境界の神トリックスター

トラウマの内なる世界において、トリックスター元型がどのように内的に作用するのか、ドナルド・カルシェッドの文章を引用しながら記述しています。

 

幼少期に虐待などを受けた子どもは、両価的なトリックスター元型がこころの防衛のために内的に作用することがあります。例えば、世話をする大人から罰を受けて、怖くてしんどくなると、身代わり天使に任せますが、その身代わり天使でさえも大人をやり込めない場合は、天使と悪魔の間を仲介する第三の存在トリックスターに代わります。トリックスターは、無情な親や学校社会が用意するあらゆる障害(ハードル)を身体ひとつで乗り越える曲芸師であり、熟練したアクロバット師であり、ときどきマジジャンであり、道化師としての役割を担います。このトリックスター元型に取り憑かれた人は、フワフワと地に足がついておらず、ストレスホルモンの増減によって、過覚醒と低覚醒の間を極端に行ったり来たりします。彼らは、変幻自在に自分の姿を変えて、スリルを求めて、危険を楽しみ、あらゆる色を纏う多面的な性格を持っています。基本的に、いたずら好きで、逃げ足が速くて、善と悪、賢者と愚者などの二面性を持っていますが、その間の仲介を担う元型的な内的人物像です。

 

ユング派分析家ドナルド・カルシェッド「トラウマの内なる世界」から、トリックスターについて。

 

ユング自身、こころのトリックスターのエネルギーに、またそれがいかに強迫と依存の傾向と関連があるかに、興味をもっていた。たとえば錬金術の研究では、彼は強迫の「スピリット」を有していることを、錬金術での地獄と悪魔に関連する物質である硫黄と類似させている。また同様に、毒々しい奸智に長けて油断ならない錬金術のトリックスター的人物像であるヘルメス/メルクリウスとも同様、類比させている。

 

他のすべての両価的なセルフ像と同じく、トリックスター的な神であるメルクリウスは、両価的で、矛盾に満ちていて、破壊と同時に癒しの源であった。この事実は象徴的に、彼の二匹の対立する蛇(一方は毒を持ち、もう一方は解毒する)が絡みついている羽の生えた杖、医術のシンボルとしての杖、で表現されている。こうして、錬金術で言われているように、内的人物像のもっとも暗く下劣なものが、悪魔の人格化そのものが、「霊薬となるべく運命づけられている」。これは、メルクリウスという両価的な人物像の、そしてこころの内にある見かけ上は「悪魔的な」もの神秘である。ユングは生涯にわたって、人々を暗闇からまた苦しみから解放する際の悪魔の逆説的な役割に感銘を受けていた。

 

トリックスターは未開文化では良く知られている人物像で、そしておそらく神話にみられるもっとも太古的な神のイメージである。彼は物事の最初の始まりから存在し、そのためしばしば老人の姿で描かれる。彼の本質的な特徴は、ヘルメス/メルクリウス(彼の人格化のひとつである)のように、ドンキホーテのような空想性と、両価性である。一方で彼は、殺人者で、道徳規範をもたず、邪悪で、しばしば地下世界の力のあるダイモンや動物と同一化している。彼はエデンのような楽園的世界に傷みや死をもたらすことに与っている。しかし彼はまた偉大なる善も為し得る。よく知られていることだが、彼は神と人間を仲介する霊魂の導き手であり、しばしば彼の悪魔的な性質は、新しい始まりを先導するのに必要なものである。たとえば、イヴを知る行為へとそそのかし、それが人間の神秘への参入を終わらせ、人間の意識の歴史を始めさせることになった、エデンの園のトリックスターの蛇としてサタンのように。

 

トリックスターは、境界の神として彼はさまざまな内的イメージや情動を切り離したり結びつけたりする。彼は物事を一緒につなげたりバラバラに引き裂いたりする。思ったとおりに姿を変え、彼は、創造的か破壊的か、変容させ守るか否定し迫害するか、である。彼はまるで道徳規範をもたず、生命そのもののように、本能的で、分化しておらず、無分別の大ばか者で、事実上のおどけ者で、人間を助け、世界を変える英雄である。

 

トリックスターの悪魔的側面は、二つに分裂させたり(解離)、トランス状態にしたり、また体験の要素間のつながり(関係)を攻撃したり、そして一般的に自己破壊的な退行をさせたりする能力がある。しかしながら注目されるのは、境界の神であるトリックスターはまた同様に、パラドックスの両側を仲介することにも関わっており、それゆえに彼の肯定的な実体化においては、ウイニコットが「移行的現象」と呼ぶものの一種の力動的な人格化と考えられるかもしれないということである。二律背反的に、彼は対立するものをともに含み、欠けている「第三」のものとなる。そのため彼はトラウマ後にこころを圧倒するような、敵対する元型的力動のあいだを仲介するという仕事に理想的に適しているのである。簡単にいうと、彼はその機能として、悪魔的(分離する)でもあり、象徴的(統合する)でもあるのだ。その悪魔的かたちでは、耐えられないことを体験するのを避けるために内的世界での結びつきを切断する。その象徴的かたちでは、以前に断片化されたものを、全体にまとめるのであり、象徴を通して無意識と自我を関係づけることによって、それをなすのである。もしも以前に外傷を負った自我が、その体験の全衝撃「精神で耐え」られるほどにいまは強いのだということになるならば、トリックスターは、悪魔的なばらばらに切り離す役割から自由になり、いまや個性化と創造的な生に貢献するのである。

▶心の中の天使と悪魔の戦い

 

参考文献

D・カルシェッド:(豊田園子,千野美和子,高田夏子 訳)トラウマの内なる世界』新曜社 2005年

 

▶シャーマンと精霊 ▶境界の神トリックスター ▶メドゥーサとトラウマ変容 ▶オシリスとイシス ▶守護天使オルファ