臨床学研究

▶ポリヴェーガル理論(多重迷走神経理論)

 

この理論は、トラウマを扱うセラピストや、一般の方にも役立つ理論です。ほど良い母親に育てられた子どもは、社会交流システムの腹側迷走神経の働きにより、外の世界の人々と創造性豊かに喜びを育むことができます。しかし、虐待やネグレクトを受けたり、慢性的なストレスに曝されている子どもは、通常の人とは異なる神経系が働き、この世界を眺めるようになります。トラウマを負った人のなかには、交感神経と背側迷走神経の成すがままになっており、用心深いトラウマ後の防衛が布置され、外の世界の人々との交流を難しくさせます。虐待を受けた子ども達の生活場面を観察していくと無意識のうちに人間は神経系の働きの成すがままになっていることが分かります。

 

ポリヴェーガル理論は1995年ステファン・ポージェス博士によって発表された神経系の理論です。人間の神経系は、中枢神経系と末梢神経系から構成されており、末梢神経系は、中枢神経系から全身に張り巡らされ、身体の各部と連絡しています。末梢神経系には、自律神経系と体性神経系があります。

 

今までは、自律神経の働きは交感神経と副交感神経という2系統で説明していましたが、人類の進化の過程から副交感神経に含まれる2つの迷走神経の働きが見つかりました。それが、社会的交流の動きを司る腹側迷走神経と、原始的な動きを支配する背側迷走神経です。

 

この発見により、自律神経系には、3系統の神経システムがあります。

①交感神経 過覚醒システム(闘争か逃走をサポートする)は虫類時代の進化

②腹側迷走神経 社会交流システム(落ち着きやリラックスなど社会的つながりを促進する)ほ乳類のみ

③背側迷走神経 低覚醒システム(不動化や凍りつきなど解離反応を起こす)魚類に由来

 

トラウマ治療のソマティック・エクスぺリエンシングを開発したピーター・リヴァインがポージェス理論についてまとめているので一部載せます。

 

ポージェスの理論では、ヒトの場合、三つの基礎的神経エネルギーのサブシステムが神経系とそれに相関する行動、情動の総合的状態の素地になるとしている。この3つのうち最も原始的な(約5億年前の)ものは、初期の魚類に由来する。この原始的システムの機能は不動化、代謝維持、シャットダウンである。活動の対象は内臓である。

 

進化の発達上、次にできたのは交感神経系である。この全身覚醒系は約3億年前のは虫類時代には進化した。その機能は可動化および活動亢進(闘争か逃走など)であり、対象とするからだの部位は四肢である。

 

最後に三番目の、系統発生的に最も新しいシステム(約8千万年前に遡る)は、ほ乳類にのみ存在する。この神経サブシステムが最も洗礼されているのは霊長類であり、複雑な社会的、愛着行動を支配する。これはいわゆるほ乳類の、または「高等な」迷走神経を調整する副交感神経系の分岐であり、神経解剖学的には、表情および発声を支配する脳神経に接続している。最後に獲得されたこのシステムは、他者や自己に情動を一体となって伝えるのど、顔、中耳、心臓、肺の筋肉を無意識的に支配する。最も洗練されたこのシステムは、関係性、愛着、絆を調整し、感情的知性も支配する。

 

ポリヴェーガル理論では、魚類~は虫類~ほ乳類への進化生物学の視点から、ほ乳類であるヒトの自律神経系を説明しています。従来の自律神経系の働きでは、外傷体験による情動を司る神経系への影響や、解離症状による凍りつきや不動状態を十分に説明することができませんでした。この理論から、自律神経系の働きを見ることにより、トラウマをより深く知ることができます。そして、トラウマによる過覚醒や低覚醒システムにはまり込んでいる人が社会交流システムを回復させる方法として、身体に働きかけるアプローチや生活臨床の有用性が科学的に証明しやすくなりました。また、カウンセリングを行う際に、身体や心の状態を観察し、神経系の働きを理解することができれば、効果的なアプローチが取ることができます。

 

参考文献

ピーター・A・ラヴィーン『身体に閉じ込められたトラウマ』(池島良子、西村もゆ子、福井義一、牧野有可里 訳 )星和書店