悪い親を死に物狂いで愛する

 ▶悪い親を死に物狂いで愛する

 

幼少期の子は、親(特に母親)を求めます。小さい子は世界が分からないことだらけで、何を求めるかというと、自分が信じられるどうかとか不安みたいなものがあって、それが解消してほしいと親に求めます。だけども、そこの基盤がきちんとしていない家庭では、安心感が育たずに、不安をが植えつけられます。

 

悪いを親を愛するか、憎むのかの間で揺れます。あまりに悪い親の場合は、 子どもは反撃しても太刀打ちできないし、愛情を貰えなくなるし、食事を与えてもらえないし、家から追い出されてしまうかもしれないし、本来の自分とは真逆の生き方になり、身体を捩じらして、悪い親に過剰に同調していくようになります。自己イメージや親のイメージが歪んだようになります。

 

悪い親ほど、子どもは親をかばい、理想化して、悪いのは全部自分だと言うようになることがあります。あまりに強い虐待を受けながらも、痛みを解離させ、酷い親を愛して、偽りの自分で生きます。大人になった今、自分の間違いに気づいても、今更後には引けなくて、後戻りもできなくて、取り返しのつかないことをしてきた馬鹿な自分を殺してと思います。

 

恐怖を与える親から逃げたくても逃げれないうちに、気づいたら自分の感情や感覚が麻痺します。麻痺が進むと、自分が傷ついていることに気づかなくなり、悪い親に気づかい、死に物狂い愛することまであります。強いストレスも見て見ぬふりします。

 

虐待などの劣悪な環境で育つと、身体にトラウマの痛みが刻まれていきます。その痛みが出ないように、人の目を気にするようになり、先読みをして、周りの気配を感じてその通りに動き、悪い空気になることを避けようとします。彼らは、一歩間違えると、全身に痛みが走り、息が止まり、一ミリも動けなくなり、感情のコントロールが出来なくなるか、意識を失うか、解離します。

 

そのため、感じ方や考え方、行動の仕方が極端になり、身体が壊れているから、自分を完璧に見せないといけないと思って気が抜けません。いつも神経を張りつめて、警戒して、休まる暇がなく、人が大勢いると疲れて、感じることに疲弊します。ずっと気を抜かずにいると、感情が爆発して、人間関係が壊れます。

 

虐待を受けている子どもは、その張本人と日常生活を送らないといけません。自分を守る場面でも戦わずして、生き残る方略を考えます。虐待者をかばうことで自分を守ろうとしたり、自分を殴り、ネグレクトし、性的にも虐待する親を死にもの狂いで愛していたとします。

 

子どもは反撃しても太刀打ちできないし、大切にしてもらえないし、食事を与えてもらえない、家を追い

 

病気がちな親、仕事がうまくいかない親、ヒステリックな親、お金のない親の苦しみに比べると自分のほうが楽

親を笑わせようとか、喜ばせようとしてきた

親のための良い子でいて、その親はいなくなると、自分が自分でなくなってしまう。

今まで精いっぱいやってきた分だけ、後には引けなくなります。

 

どんなに酷い目に遭わされても、親が一番で、親を愛して、親を守ってきた。

 

悪い親のご機嫌を伺い、先読みして、周りの目を気にしてきました。

強い虐待者をかばい、愛していくのは生存方略として用いられますが、

 

子どもの頃から、自分を殴り、またはネグレクトし、あるいは性的にも虐待する親を死にもの狂いで愛していたとします。

虐これはストックホルム症候群の自分を拘束する人物に恋に落ちたかのように振る舞う人質の心理と同質のものです。人間は愛着を持たないと生きていけませんが、その果てに、虐待には直接関与しない見て見ないふりをする養育者よりも、あまりに強い虐待を行う養育者の存在そのものに現実性が与えられず、理想化されてしまうことがあります。そして、あまりに強い虐待者をかばい、虐待者のことを悪くないと言い張り、自分が悪いからと、自分さえ居なければと自分の価値を著しく低く見るようになります。このような強い虐待者に対する生存方略の意味での愛着行動は、のちの対人関係に大きな影響を与えて、自分のこころに破壊的な作用を及ぼします。

自分を犠牲になる人生を続けていくと、今更引き下がれる訳もなく、後戻りができなくなり、

虐待する親は、後に引きけなくて、取り返しのつかないことに、もう殺してほしい。

 

本来の自分とは真逆の生き方になり、あまりに強い虐待を愛し、偽りの自分で生きます。今更後には引けなくて、後戻りもできなくて、取り返しのつかないことをしてきた馬鹿な自分で、

 

病気を患っている親を持つと、子供は自分の苦しみを親の苦しみと比べて自分の苦しみは大したことないと思います。そして、病気を患う親に献身的になり、喜ばせようとします。親を喜ばせることが生きがいになり、その親が居なくなったら、自分が無くなってしまいます。