▶シャルコーのヒステリー研究
ヒステリーを科学的解明するために、ジャン・マルタン・シャルコーは研究をしていました。意識消失や筋硬直を伴う大ヒステリーの発作の時間経過についての表を作りました。シャルコーは神経学及び心理学の発展途上の分野に大きな影響を与えた人物です。のちの精神医学をリードしていくジャネやフロイトも彼の門下として学びました。
(1)前兆期
前兆(卵巣痛は発作の始まりの告示であると同じく、持続的なサイン徴候である)。
(2)発作期
いわゆる発作。叫び声、顔面蒼白、意識喪失、卒倒に続く筋肉硬直。この時期は、てんかん性、あるいは類てんかん性といわれる。
(3)おどけ症期
つぎに来るのが、「間代性」、あるいは「おどけ症的」と言われる時期である。ここでシャルコーは「すべてがヒステリー性だ」と言っている。それは大げさな運動であり、意図的性格の身体の捻転であり、情念、恐怖、不安、あるいは憎しみなどを身振りであらわす芝居ががった仕草である。
(4)消退期
すすり泣き、涙、大笑いを特徴とする消退期である。
その他、シャルコーは、大ヒステリー患者がカタレプシー(蝋人形のように一定の姿勢を取り続ける)、夢中遊行を呈する症状を指摘していました。
シャルコーのヒステリー発作を、私なりに少し書き換えてみると、
◎前兆期は、何かに脅かされていて、過剰な警戒から緊張が強くなっていく段階で、頭の中であれこれ考えていますが、ある事柄が引っ掛かって、喉がつっかえていきます。息がしづらく、首と肩が張りつめて、動悸がして、発汗、頭痛、嘔吐、下痢、顔全体が痛く、熱ぽくなります。
◎発作期は、自分を脅かしてくる対象に逆撫でされたと感じて、交感神経系が興奮します。動悸は激しく、胸が締めつけられる痛みがあり、呼吸は浅く早く、過覚醒です。それと同時に、急速に背側迷走神経が働くため、身体がこわばり、凍りつき、呼吸はほとんど出来ず、血の気が引いて、まともに動けなくなります。この時、フリーズして、意識が喪失するかどうかの危機状況で、顔面蒼白、めまい、ふらつき、痙攣、叫び声、パニック、意識朦朧、意識喪失に至ります。
◎おどけ症期は、人格が変容し、第二人格に交代するときで、この状況を全身で乗り越えようとします。対象との関係により、緩やかに進むこともあれば、急激な反応を引き起こし、爆発的なエネルギーで、この切迫した状況を切り抜けようとします。緩やかな場合は、自分を世話してくれる対象の注意を引くため、いたずらをしたり、お道化たりします。普段とは様子が全く違い、尋常な行動を取っていて、その後、大人に許しを請います。
脅威が迫ってきて、急激な反応を引き起こす場合は、身体が固まり、凍りついて、頭はパンパンに破裂しそうで、過度な自己否定や攻撃性、自傷行為、自暴自棄になります。今の状況の見極めがつかないまま、残忍で凶暴で、過去に引きずりこまれて、理不尽なことをした人物への憎しみに狂って、手がつけられないかもしれません。防衛の第一線が突破されると、心無く、身体が別物のように動き始めます。バラバラになるトラウマの場合は、手足が勝手に動き始めて逃げようとしています。捻じれるトラウマの場合は、身体を捩じったり真正面を向いたり、反対側に捩じったりを繰り返して、正常な身体に戻そうとしています。
◎消退期は、問題が解決し、不快な状況から抜け出た時に起こる反応です。身体に滞っていた過剰なエネルギーが放出していくとともに、悔しくて情けなくて泣きじゃくったり、震えやくすぐったさで愉快に笑ったりします。そして、落ち着きを取り戻して、本来の自分が現実世界に戻ってきます。
精神分析家のシャーンドル・フェレンツィは、「恐怖が、感情と思考を互いに引き裂く力となった。その同じ恐怖はしかし、今でもずっと働き続けている。つまり、たがいに引き裂かれた心の内容を今もなお隔てているのはその恐怖である。今まで隔てられてきた心の部分と突然触れることになって、けたたましい爆発が起きるーー痙攣、感覚と運動にあらわれる過敏な身体症状、躁的な怒りの爆発、そしてたいていの場合、抑えることのできない笑いで終わる。これらは統制できない情動運動の表現である。消耗しつくすと、比較的落ちついた、悪夢から目覚めたときのような状態がやっと訪れる。」と述べています。
第二人格が現われ、大げさな運動や情動運動の表現、恐怖、不安、憎しみなどを身振り手振りで表す芝居が掛かった仕草こそが、本来の私が取るべき行動になります。トラウマの回復には、本来の私が第二人格のような動きを取り入れ、身体をダイナミックに動かすことで、生きるか死ぬかのモードから、安全なモードに切り替えることができます。
▶フロイトのヒステリー研究
19世紀後半にシャルコーの催眠術による治療を経て、ヒステリーの心因性が分かった。フロイトはヒステリーの目的を求め、症状には目的があるとし、ブロイアーは無意識によって耐えがたい記憶が検閲され、症状という形をとって表出していると考えた。ユングは夢遊状態、憑依状態から二重人格型の状態に注目した。
フロイトは、ブロイアーと協同により、1895年にヒステリー研究を書きました。今では心的外傷や解離性障害の概念に通じるものです。症例として載せているのは5例です。ブロイアーは、アンナ・Oは1880年から1882念にかけて催眠を用いた治療を試み、催眠カタルシス療法の原点になりました。治療の方は、症状が一時的に和らぐということがありましたが、アンナ・Oがブロイアーへの転移感情が高まり、治療は中断しました。エミー・フォン・N婦人は、フロイトは催眠をかけたりしていましたが、自由連想法の道が開けました。エリーザベト・フォン・Rは、フロイトが手がけたヒステリーの分析的治療です。
ヒステリー発作やカタレプシーは、無力な人や虐げられてきた人によく見られる現象で、凍りつき、痙攣、パニック発作、叫び声、解離性昏迷、不動状態からの覚醒のような状態です。また、過去の外傷体験、部分的外傷体験への想起、解離性フラッシュバック、あるいは変性意識状態による人格変容や人格交代と類似しています。このとき、別の人格に乗っ取られ、善と悪の二面性を持つトリックスターに化けるかもしれません。
▶ヒステリーを起こす人は
ヒステリー発作を起こす人は、身体の中にトラウマを閉じ込めており、恐怖や恥、苛立ちを感じると、癇癪を起したり、頭が真っ白になったり、身体が硬直したりする人に見られます。様々な心身症状があり、感覚麻痺、視野狭窄、痙攣、運動麻痺、凍りつき、崩れ落ち、健忘、朦朧などの典型的な解離症状があります。ヒステリー発作が起きるときは、怯えた表情になり、過剰警戒から、目の前の人が自分を脅かしてくる敵であるかのように察知しているような状態です。これは身体が凍りついていく過程であり、胸はざわつき、恥や怒り、不快感が沸き起こり、その場にじっとしていられなくなり、叫び声や気が狂いそうな衝動に駆られます。そして、息ができず、身動きが取れなくて、痛みに凍りつくことにより、理性ではコントロールできなくなります。理性ではなく、情動的な人格部分に乗っ取られ、怒りや恐怖、怯え、挑発、興奮、性愛を剥き出した行動を取ります。その結果、周囲は、理性で抑えらない人を見て、できれば関わりたくないと思うようになります。そのため、ヒステリー発作を起こす人は、自分が変なように思われていないかを気にしやすく、世間体を気にしたり、周囲の視線に怯えています。そして、集団のなかでは、孤立しがちで、自分のことをヒソヒソと噂されていないかを気にして、恥をかかないように外面を良くしようとします。しかし、神経が過敏で、警戒心が強く、周囲に危険があるかどうかを気にしすぎて、周囲とズレていくようになると、思うようにいかないことが不快になり、再びヒステリー発作を起こすという悪循環に陥ります。
参考文献
Etienne Trillat:(安田一郎 訳、横倉れい 訳)「ヒステリーの歴史』青土社 1998年
シャーンドル・フェレンツィ:『臨床日記』(訳 森茂起)みすず書房
トラウマケア専門こころのえ相談室
論考 井上陽平