トラウマ治療の手順

▶トラウマの治療の手順

 

当相談室では、カウンセリングの時間を大人の場合は、90分取っています。前半は対話を通したカウンセリングを行い、後半は瞑想を通したカウンセリングを行います。瞑想は、身体感覚に焦点を当てるため、身体感覚に向き合うことに価値が感じられない人には、瞑想にかける時間を短くして、対話を重視します。瞑想の技法としては、ピーター・ラヴィーンのソマティックエクスペリエンスの理論をベースにして、ユング派のドナルド・カルシェッドの瞑想やヴァン・デア・コークのトラウマへのマインドフルネスを使います。対話は、精神分析的自由連想法を行いながら、精神分析やユング派の理論、トラウマ理論、神経科学、進化生物学などから見ていきます。

 

これらのアプローチを使って、自発的に外傷体験(現実的または想像の産物でもかまわない)を想起し、その時の身体感覚になろうと努力します。そして、最適な方法で、トラウマから抜け出し、身体を自然終息させます。その結果、脳や身体の神経に働きを変えることが可能になり、交感神経と背側迷走神経の間を行き来している人の神経パターンを変えて、腹側迷走神経の働きを正常に戻していきます。(腹側迷走神経は、ほ乳類など進化した動物にみられる神経。背側迷走神経は、最も原始的な神経。)身体の硬い部分や脱力していた部分が解消されて、バランスが取れるようになり、体に安堵感が戻ると、脳の体を繋ぐ神経パターンが変化します。

 

カウンセリングの進み方は、一人一人の心身の状態や置かれている環境により、様々あります。ここでは、短期間でトラウマに焦点を当てたい人のために、だいたいの目安を書いておきます。最短では、カウンセリング2回目で、不動状態に入って、身体内部から変化を起こさせることも可能です。トラウマによる解離や離人、過覚醒、失感情症、パニック、身体症状などの方に効果が期待できます。ある程度環境が整っていて、モチベーションがあり、恐怖に立ち迎える精神力があれば、長くやり抜くことで確実に良くなります。

 

初回のカウンセリングは、

相談に至った経緯や主訴、家族関係等をご自由にお話ください。少し瞑想を行って、身体の内臓感覚、皮膚感覚、筋肉のはり、ボディイメージに注意を向けることを学びます。トラウマ治療では、身体の固まりや脱力、イライラを取って、トラウマの核の部分から抜け出し、レジリエンスを強めていくことが可能です。ただし、治療中は、今まで心がトリックをかけて、分からないようにしていた部分を見ていくことになります。その結果、離人感や非現実感が取れて、解離症状は無くなりますが、過覚醒によるイライラ、緊張、警戒などの身体に気づくことになります。そのため、生活環境が不安定だと、イライラと緊張が強まり、再び解離や離人に戻ることがあります。注意点としては、安全で安心な環境が十分整っていない場合は、トラウマに焦点を当てるよりも、環境調整の方を重視しなければなりません。特に、加害的人物から逃れられない状況にいる人は、いくら効果的な治療をしても、一進一退を繰り返して、治療を中断してしまうことになるでしょう。

 

2回目から4回目は、

対話の方は、ご自由にお話しください。セラピストは、あなたの成育歴や家族関係、現在の状況を理解していくことに時間を使います。また、トラウマへの理解を深めながら、外傷記憶を辿り、不動状態に至った経緯やそこから抜け出す最適な方法を提案します。瞑想の方は、地獄に入る準備をしていきます。まずは、頭の中で安心でき記憶や望ましいイメージを思い浮かべて、身体の安全な場所を発掘していきます。また、体の緊張している部分に焦点を当てていき、収縮させてから拡張させる漸進的筋弛緩法を行ったり、不動状態を出入りしたりします。

 

トラウマを負った体を見ていく、だいたいの手順は、①呼吸法②体と頭の繋がり③胴体の感覚④手足の感覚⑤肩のエクササイズ⑥顎のエクササイズ⑦プラスのイメージから身体感覚の変化⑧最悪なイメージから不動状態に入る⑨不動状態に意識を向けて抜け出す⑩体の安心感が持続されて脳と体の神経ネットワークが改善される。

 

5回目から9回目は、

対話の方は、ご自由にお話しください。セラピストは、あなたと外傷体験の共有をしていきます。また、生きづらくしている思考のパターンや認知の歪み、強迫観念など見ていくことになります。瞑想の方は、最悪な事態(現実にあるから現実にないことでも)を思い起こして、地獄に入っていきます。自らが意識的に、望みを捨てて、空間が崩壊したような絶望状態に入り、身体を動けなくさせます。そして、十分に身体感覚を伴わせながら、絶望の不動状態を味わい体験していくか、最適な方法で抜け出すことが出来れば、新しい体験になり、未解決なトラウマが変化します。トラウマの世界に閉じ込められている人は、身体が硬直していて、収縮の働きの方が強くなっているか、手足が脱力して、全身に力が入らない人がいます。

 

凍りつくトラウマの場合は、さらに身体を収縮させることで、固まります。そして、そこから抜け出すために身体を動かすか、不動状態の感覚に意識を集中させることで、全身が拡張されます。脱力トラウマの場合は、身体を収縮させていくと、鉛のように重く冷たくなり、全身が脱力します。そして、脱力した身体に意識を集中させることで、全身に力がみなぎってきます。こうしたセッションを繰り返して、収縮と拡張という本来のリズムが取れるようになると、胸の中心の固まりが取れて、体が軽くなり、呼吸しやすくなります。体の緊張が取れて、深い呼吸ができるようになると、安心して眠れるようになり、健康になっていきます。そして、人とコミュニケーションをするときに緊張しなくなったり、人恋しくになったり、思考がまとまるようになったり、様々な身体症状が少なくなって、生活がしやすくなります。

 

離人感が解消されたあとの過覚醒への対処の場合について、子どもの頃から、慢性的にトラウマを負っている人は、身体と心が分離されていることが多いです。トラウマの中核の部分は、身体は覚えていますが、心はしらないふりをしています。また、生活全般のストレスに対して、身体の緊張が強いと物事を適切に処理することが難しくなりますし、苛立ちが強いと人間関係がスムーズにいかなくなります。そのため、解離や離人を使いながら、日常生活をあたかも正常かのように過ごしています。治療していくと、解離や離人は解消されていくので、本来の身体の感覚が戻ってきます。ただし、身体は過剰に覚醒しており、怒りや緊張が強くて、日常生活に支障をきたす場合があります。過覚醒への対処法としては、イライラして落ち着かなくなるときの姿勢をとってもらって、その時の身体の感覚を見ていき、脱力や硬直している部分に注目していきます。そして、全身にイライラが出てきたら、自分の最も苦手な人を思い起こし、打ち倒して勝利を得るというイメージをすることで、全身が安堵感に変わります。

 

10回目以降は、

トラウマの症状が取れていくことで、セラピストとの間に愛着関係が深まります。外の世界では、社会交流システムが働き、活動性も上がっていきます。対話の方は、精神分析的な自由連想法やユング派的アプローチを行って、不確かな人生や動かしがたい他者と関係性を見ていきます。そして、不確かなことや予測できないなかで、自分の人生を自由に選択していけるように支援します。その結果、現実の世界で新しい経験が獲得され、新しい自分に生まれ変わります。瞑想の方は、地獄の世界に入ったり、健全な攻撃性を使って勝利を体感するイメージワークをしたり、トラウマを受ける前の自分の記憶を思い出したり、現実や空想の世界に入り込んで様々な感覚に馴染んでいきます。自分の身体感覚や感情と仲良くなることにより、自分が自分であるという感覚を強くします。

 

最終的には、

トラウマというのは、十字架に磔にされて、処刑されるような状態です。人は恐怖に動けなくなると、頭の中は大変だと慌てますが、取り返しがつかなくなる絶望がやってくると、無力感に襲われて、目の前が真っ白になり、凍りついた身体が崩れ落ちます。この崩壊体験を避けるために、人は機能停止させますが、皮膚感覚が無くなり、意識は遠のいて、頭の中は空っぽで、身体は溶けていきます。トラウマ治療では、恐怖による不動状態に意識的に入っていって、自分の肉体感覚を体験しつくします。人は不動状態に意識を集中させながら、触れていくことで、トラウマの世界に閉じ込められていた身体が震えたり、熱くなります。そして、熱いピリピリとした波の中で、身体が拡がっていき、トラウマ状態から解放されます。解放されると、体内が安心感を得て、神経システムが平衡状態になり、収縮と拡張の本来のリズムを取り戻します。身体を内部から変えることにより、胸の固さが取れて、深い呼吸ができるようになります。そして、背筋が伸びていき、姿勢も良くなって、手足に力がみなぎってきます。トラウマティックな脳にも変化が見られるようになり、生活全般の困難が解消されていきます。例えば、対人緊張が緩和されて、孤立や疎外された状態から社会交流システムが働き始めます。また、体調不良や身体症状、不眠症が軽減され、フラッシュバックしそうになっても、過去に引きずりこまれなくなり、嫌なことは考えたくても考え続けられなくなります。

 

▶トラウマのメカニズムから抜け出すには

 

トラウマのメカニズムから抜け出す方法を、包括的に説明してくれているのが、ヴァン・デア・コルクの「身体はトラウマを記憶する」に書かれていますが、その一部を載せます。

 

神経科学者のジョセフ・ルドゥーとその共同研究者たちは、情動脳に意識的にアクセスできる唯一の方法は、自己認識を通してであることを示しました。つまり、トラウマによって、情動脳と理性脳のバランスが崩れている人は、自分の内部で何が起こっているかに気づいて、自分が感じているものを感じることを可能にする脳領域である内側前頭前皮質を活性化する必要があります。そして、私たちの感じ方を変えられる唯一の補法は、内部の経験を自覚して、自分の内部で起こっている出来事と仲良くなれるようにすることです。トラウマ治療で有効な方法としては、マインドフルネス、ソマティックエクスペリエンス、アクセプタンス・コミットアンドセラピー、呼吸法、瞑想、ヨーガ、イメージ療法、芸術表現療法、ニューロフィードバックなどになります。

 

トラウマ治療では、まず身体の内部の感覚に立ち戻り、安全・安心感を得て、過去に引きずられることなく、過去の外傷体験に注意を向けられて、そのとき、どのように感じて、どのように振る舞ったのかを知っても平気でいられるようにすることです。トラウマを負った人は、自分の感覚に耐え、内部の経験と友達になり、新たな行動パターンを培う能力が自分にあることを学ぶ必要があります。自分が何を感じているのかに気づくだけで、情動調節がしやすくなり、自分の内で起こっていること出来事を無視しようとするのをやめる手助けになります。内側のプロセスを観察できるようになると、脳の論理的な部分と情緒的な部分を繋げる回路が活性化します。これは、人が意識的に脳の知覚システムを再構成することができる、現在知られている唯一の回路であります。

 

参考文献

ベッセル・ヴァン・デア・コーク:(柴田裕之 訳、杉山登志郎 訳)『身体はトラウマを記憶する』紀伊国屋 2016年

 

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