アレキシサイミアと抑うつ

▶アレキシサイミアと抑うつ

 

アレキシサイミア(失感情症)や離人症、解離性症状、抑うつ状態にある人は、子どもの頃から困難な人生を生きていて、良くないことが起きると、なんとかしようと頑張ってきましたが、それがいつも失望に終わっていました。そして、人生に行き詰まっていて、息苦しさ、胸部の圧迫、めまい、腹痛、頭痛、吐き気などで身動きがとれなくなり、いつからか檻に閉じ込められて、出口のない迷路を彷徨ってきました。彼らは、大人たちの身勝手な言動に苦しめられており、自分の話を聞いてもらえませんでした。恐怖や警戒心から、身体の方は常に緊張していて、疲れやすく、自分の感情や欲求や思いまでもすべて飲み込むしかありませんでした。そうしていたら、いつの間にか、嬉しいとか楽しいとか悲しみが分からなくなり、さらに自分の感覚すら分からなくなっていきました。家庭や学校社会の中では、息をひそめて、恐怖に怯えながら、周りに人に合わせてきましたが、いつの間にか自分をなくして、空想世界の中に閉じこもるようになりました。そして、逃げ出すこともできず、適応のための怒りを表現できず、どうしていいかも分からなくなると、不安や絶望の方が近づいてきて、過呼吸が起きたり、呼吸がほとんど出来なくなったり、身体が痺れたり、頭が真っ白になったりして、その後、自分がどういうことをしたかも覚えていないという、途方に暮れる人生を歩んでいます。このアレキシサイミア状態にある人は、自分の感情を表す言葉が持てなくて、感じていることを表現できません。さらに症状が重たくなると、現実感が無くなる離人症が起こります。その状態が続くと、私は人間であるという感じが無くなり、生きているか生きていないかも分からなくなることがあります。

 

彼らの家庭や学校社会の生活空間は、慢性的なストレス状態にあり、ある種の限界を超えていて、我慢できなくなり、イライラしたり、死ぬほど怖かったり、やる気が出なくなったりしますが、泣くことで、なんとか自分らしさを保ってきました。周囲には、強いふりや、明るいふり、まともな人間のふりをして、自分の本当の感情を見せないで、無意識のうちに明るく元気に振る舞ってきました。その一方で、憂うつな気分にとらわれ、物事を悲観的に考え、無気力で挫折感を抱いていて、呼吸がしにくく、胸が締めつけられ、辛くて、苦しくて、本当の自分は疲れ切っています。そして、不安や苦しさから、部屋に閉じこもり、ひとりで涙に暮れて、深く深く悲しむことで自分を慰めるしかありませんでした。しかし、本当の自分は何で泣いているかも分からず、何もないのに泣いています。また、自分の本当の感情に触れてしまうと、戸惑ったり、感情の持って行き場がわからなくなったり、爆発したり、涙が止まらなくなります。疲れ果てたあとに、頭の中で考えるのは、この世に存在しなければよかったとか、どうしようもない現実への絶望感とか、自分は何のために生きてるんだろうとか、得たいの知れない自分はいったい何者なんだろうと考えています。やがて、子どもの頃からの様々な葛藤や痛みが感じられなくなり、安全で保護的な避難場所が作られていきますが、そこも憂鬱な空想が広がる不毛な場所に変わります。

 

彼らは苦しみから抜け出して、外の世界の人々と繋がりたいとか、病気から良くなりたいとか、幸福や喜びを願っても、同時に、またひどい目に遭わされるに決まっているという否定的な感情から抜け出すことができません。そして、自分を理解してくれて、距離を近づけてくれる人が現れると、未来を期待し、情緒的な関係を持ち、無防備になりますが、トラウマ後のこころと身体内部の防衛が邪魔してきます。彼らは、情緒的な関係を持ったその日に、悪夢にうなされ、吐き気やめまい、頭痛、腹痛、麻痺で体が動けなくなるなどして、人間不信が露わになります。そのため、良くなることや希望を持つこと、変わろうとすることに対して、絶望に立たされたように感じて、逃げ出したくなるとか、辛辣になるとか、自分が自分で無くなるとか、諦めるように条件付けられているので、無意識のうちに抵抗していきます。つまり、原始的なレベルでは今だ自分が安全な場所にいることを理解できていません。こころと身体内部では、原始的な防衛システムが延々と作動しており、闘争や逃走、凍りつき、不動状態のときに生じた未完了なエネルギーが残っています。そして、解離症状や離人症により、感覚情報の断片化や自己感覚の麻痺、不動化などで、他者から良い刺激を受け取る力も失われていて、人生の方向性を見失っていき、何事にも興味が持てなくなります。

 

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