究極のナルシシズム

▶究極のナルシシズム

 

ナルシシズムという言葉は、ギリシア神話のナルキッソスの泉に映る自分の姿に恋したという話に由来するものです。ナルキッソスは、自分の前に現れたその美しい少年を抱きしめ接物しようとしましたが、すぐに自分であることに気づき、うっとりと見入りつつ、何時間も横たわりました。このようにナルシシズム(自己愛)は、自己自身を対象とする愛の状態と言えます。フロイトは、自己愛を発達的に最も初期の、自他未分化で、外界から自分に閉じこもる一次自己愛の状態としました。

 

究極のナルシシズムな状態(自体愛)というのは、自分の中にある自分でないものを美化して、その部分を愛する心性です。そして、自分の中にある自分でないものを神にして崇めたり、恋人やイマジナリーフレンドにしたりする人がいます。神にして崇める人は、新興宗教の教祖に見られたり、霊媒の能力を仕事にしている人だったり、私的にだけ利用する人もいます。自分の中の精霊のような存在を恋人にする人は、現実世界から離れていき、何も変わらない無垢さを維持していくことになります。

 

この自分の中にある自分でないものとの分離は、発達早期の外傷体験や痛ましい外傷体験に由来しています。究極のナルシシズムは、生きるか死ぬかの過酷なトラウマを被った人たちに見られることがあります。深刻な虐待や犯罪被害者、早すぎる時期にトラウマを負った子どもは、バラバラになって、天井を突き抜けて、青い空が見えて、地球を下に見ながら、宇宙に行って、宇宙を通り抜けたあとは、何もない世界に行ってしまうことがあります。宇宙の外に放り出されてしまった人は、生命を作り出す中心の場所で休み、再び地球上の生を得ます。そして、トラウマ後の防衛として、内部からその人に憑依して精霊が宿ることがあります。この精霊のような内なる人物像(保護者/迫害者)は、外の世界を用心深くを監視しています。

 

発達早期にトラウマを負い、怖がりで弱弱しい子どもは、自分の身体内部の生理的混乱を引き起こす外界の気配(急に動く影や暗闇)を潜在的な脅威として感じるようになり、本当の危険と区別できなくなります。そして、暗闇の中やピンチになったときに、内なる人物像に出会うことがあります。彼らは、自分の中にいて自分でないもの(内なる人物像)に出会い、理想化されていって、弱くて臆病な自分の心の支えになります。生活全般の困難に対しても、自分を助けてくれる声になり、守ってくれて、味方でいてくれます。そして、目には見えないけど、いつも自分の隣にてくれるとても心強い存在になります。この内なる人物像は、美しかったり、老賢者だったり、天使だったり、悪魔的だったり、頭脳明晰だったり、この世をはばかるものだったりします。

 

内なる人物像が天使や神霊、老賢者になり、恋仲に落ちていく人は、性犯罪被害者や虐待を受けた子ども、霊媒師(シャーマン)にも見られます。性犯罪被害者の場合は、身体に痛みが埋め込まれているため、頭と身体が別々のように感じたり、自分の汚れた子宮をもぎとりたいと思っています。そして、神霊や老賢者といった内なる人物像が、「自分たちの世界に来なさい。そして、あなたの身体と口を我々に委ねなさい。安心するがよい。何の心配もしなくていいように、私と婚約しましょう。やがて、あなたに人もお金も立場も与えられる時がくる。安心しなさい。」と言って、神話の世界に誘います。そして、神の力によって、子宮から頭を突き抜けて、汚れた身体が浄化されます。

 

自分の中にある自分でないもの(内なる人物像)は愛している人は、外の世界の人を愛することが難しい状態にあります。彼らは、子どもの頃から、愛する親とともにいるという希望が絶望に変わっています。外の世界の人々と繋がって、幸せを感じようとしても、そのあとは死にたくなるという現実があります。彼らは、いつも死ぬことを考えていますが、内なる人物像が前向きに立ち上がらせようと声をかけます。彼らは、外の世界の人に対して、希望を持ち、無防備になったとき、外の世界の人を愛するのか、または内なる人物像を愛するのか、選択に迫られることがあります。

 

一方で、自分の中にある自分ででないものが怒りや怨念のような性質を持っていると、内的な不安に完全に圧倒されて状態になります。そして、内的な不安が外の世界に投影されるので、迫害妄想に満ちた世界に一変します。そうなると、外の世界で他者と関わるエネルギーが無くなり、危険から自分のことを守ることで精一杯になっていきます。自分の中にある自分でないもものが、生霊や怨念、怒りになっていくと、幸せそうに笑う自分が許せなかったり、他の人と継続した関係が続かないように縁を切ったりします。

 

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