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ソマティックエクスペリエンス


トラウマの治療には、ソマティックエクスペリエンスなどの身体的アプローチが有効と言われています。従来の精神分析などのお話をする治療では、質的なものの変化が期待されますが、お金や時間が掛かりすぎる割に、効果が薄いかもしれません。

 

身体志向アプローチのなかでは、ポリヴェーガル理論をベースにしたソマティックエクスペリエンスが人間理解に役立ちます。理論がしっかりしているだけでなく、有効な治療方法になります。ソマティックエクスペリエンスを使っていくと、縮こまっていた身体が、広がっていき、本来の生得的なリズムを刻めるようになります。身体を健康にしていくと、おのずと精神も健やかになり、心まで回復します。さらに、徹底してやっていくと、強靭な肉体や精神を獲得できます。

 

ソマティックエクスペリエンシングは、ピーター・ラヴィーン博士の開発した最新のトラウマ・ケアの治療法です。この治療法は、トラウマ治療のなかでは安全で効果のある療法です。以下の2点からトラウマの成り立ちについて考察しています。

 

1.野生動物は日常的に捕食動物からの攻撃にさらされているのに、人間のようなトラウマを受けて苦しむ事がない。

2.トラウマの原因に関わらず、トラウマによって人間が苦しむ症状はほぼ同じである(不眠、フラッシュバック、パニック障害など)。

 

これらの点から研究を進めた結果、トラウマは個々の出来事の問題ではなく、それらの出来事に対して神経系がいかに反応するかという問題である、という結論を導き出しました。

 

ピーター・ラヴィーン博士の開発した治療法は、人間が本来の動物と同じ様に持っている「身体感覚」を主に使った、まったく新しいタイプのトラウマの治療メソッドです。ここでは、神経系がトラウマによって行き場を失った過剰な闘争・逃走へのエネルギーを少しずつゆっくりと解放させていくことを目指します。

 

ソマティック・エクスペリエンシングでは、激しい恐怖状態などのトラウマ反応に対処する際、セラピストに九つの基本構成要素を提供している。トラウマと「再交渉」し変容させるためのこの基本手段は、直接的でも、厳格でも、単方向性でもない。治療セッションでは、この九つのステップはむしろ互いに絡まり合って依存しており、繰り返しどのような順序で用いても良い。しかし、この心理生物学的過程の基盤を堅固なものにするには、ステップ1,2,3を最初に順番通りに実施する必要がある。

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1)相対的に安全な環境を確立する。

2)感覚を初めて探索し受容することを援助する。

3)「ペンデュレーション」およびコンテインメントを確立する。これは、生得的なリズムの力である。

4)安定性、レジリエンス、組織化を増進するために、タイトレーションを用いる。タイトレーションとは、再トラウマ化を避けるため、生きるか死ぬかという状態から生じる覚醒の感覚や他の困難な感覚に対して、最少の「滴」を落とすかのようにきわめて注意深く触れることを指す。

5)崩壊や無力感といった受動的反応を、能動的でエンパワメントされた防衛反応に置き換えることによって、修正体験を与える。

6)恐怖と無力感という条件づけされた関係を、(通常は短時間だがこの場合不適応な)生物学的不動反応から分離または「アンカップル」する。

7)生命維持活動のために動員された膨大な生存エネルギーを「放出」し再分配することをおだやかに促し、また高次の脳機能を支えるためにそのエネルギーを自由にして、過覚醒状態を解消する。

8)自己調整を用いて「動的平衡」およびリラックスした注意状態を回復する。

9)今ここにいることに注意を向け、環境に接触し、社会的つながりを再確立する。

外傷体験により、恐怖に凍りついた状態にある人が、セラピーのセッションのなかで能動的に生物学的不動状態に入ってもらい、トラウマによる原始的な防衛反応を解除していきます。人は生物学的不動状態に入ることを恐れるので、まずは、安心できる記憶や望ましい記憶を思い出してもらって、身体の中の安心できる感覚を見つけていくことから始めます。ピーター・ラヴィーン博士は、トラウマの克服の最も効果的な方略は、恐怖に向かって進むこと、不動状態そのものに接すること、起こりうる不快感に関連する種々の感覚・質感・イメージ・思考を、それがどのようなものであれ、意識的に探索することであると述べています。※打ちのめされない程度に

 

ソマティックエクスペリエンスは、今までの心理療法とは全く違います。今までの心理療法は、身体に重点を置かずに、対話を中心にしてトラウマの文脈を扱ってきました。そのため、トラウマを負って、無感覚、無感情な人に対しては、心の深い部分を扱えずに、表層的な関係で終わっていました。しかし、身体内部に働きかけるアプローチを使うと、身体も心もものすごく反応するようになり、身体が震えて、全身が熱くなり、涙が溢れ出て、真の変容が生じます。人は身体を震わし、鳥肌を立てると、身体の中に閉じ込めていたエネルギーを放出することができます。筋肉や脊髄、扁桃体に滞っていたエネルギーが抜けていくと、身体の状態が一瞬で変わって、様々な症状が解消されます。ただし、複雑にトラウマがある人は、日常生活のなかで、過去を想起させて、凍りついていくために、身体の中にエネルギーが蓄積されて、また元の状態に戻ってしまいます。治療はゆっくり時間をかけて、1年、2年とセッションを行う必要があります。

 

ソマティックエクスペリエンスは、凍りつきや虚脱のトラウマ、解離症状がある人、原因不明の身体症状がある人に最も有効な方法です。感受性が高い人や瞑想に興味がある人に向いており、子ども向きの治療法でもあります。ただし、自分の身体と向き合うことに意味が感じられない人には向かない治療法です。治療では、トラウマティックな状態に自らを持って行って、不動状態を体験しつくします。全身が縮こまり、固まった部分の感覚に一瞬でも触れていけば、身体が拡がっていきます。そして、身体内部から安心感を得て、神経システムが平衡状態になります。身体の内側が変化すれば、トラウマティックな脳も改善されていきます。

 

ピーター・ラヴィーン『身体に閉じ込められたトラウマ』(池島良子、西村もゆ子、福井義一、牧野有可里 訳 )星和書店

ピーター・ラヴィーン『心と身体をつなぐトラウマ・セラピー』(藤原千枝子 訳 )雲母書房

 

トラウマケア専門こころのえ相談室 

論考 井上陽平