もともとの私とトラウマを負ったあとの私
学校や家族という名の強制収容所

 

虐待やいじめの被害者は、恐怖に怯えて、自分の気持ちを押し殺し、親やクラスメイトの顔色を伺って、嫌われないように、周りに合わせることを強いられてきました。周りの子どもは、友達がいて、親から愛されているのに対して、自分は、友達がいなくて、親からも愛されていないので、そんな自分のことが情けなく、恥ずかしくて、大嫌いです。いつも自分に自信が持てなくて、自分のことをよく見せようと思ってもそれが失敗に終わって、自分が悪いからと自分を責めたり、皆と同じようにしたくてもできないことに苛立ちます。そして、ひとりぼっちになると気分が落ち込んでしまって、友人に嫌われる不安や友人が自分から離れていく不安を抱えています。また、いじめ被害者であれば、恥をかかされても自分が戦う意志を見せなかったことでひどい自己批判に陥ることがあります。

 

虐待やいじめの長年に渡る犠牲者は、家族や学校という名の強制収容所に拘束されていて、やり返すことができずに、八方塞がりの状態になっています。生活全般において、耐えがたい苦痛が毎日何度も繰り返されると、それに抗うことは諦めて、何も考えないようにとか、何も感じないようになっていき、自分の心の世界に閉じこもるようになります。また、離人症のようになり、恐怖や不安を感じないようにして、あたかも観察者の立場にたって物事を冷静に眺めています。さらに、空想や夢の中だけが自分で自分を慰めることができる唯一の場所になることがあります。ただし、苦痛な出来事をまるで無かったかのように忘れることで、日常生活を営みやすくさせますが、それには代償を伴います。例えば、環境が改善した後に、自分の状態を変えようと思っても、自分が自分で無くなっていて、何も考えられない、何も感じられないままで、過去の楽しかったときの自分との間でジレンマになり、イライラに苛まれます。本を読んでも、頭の中に残らなくて、何をしていても楽しいという感情が沸きません。そして、外の世界で目に見えるものが見えにくく、実感がわきにくく、まるで夢の中で生きているように感じで、本人はこの状態を非常に苦痛に感じており、元の自分に戻りたいと思うことがあります。

 

慢性トラウマの影響は、戦慄や恐怖体験により、精神的ショックを受けると、恐怖に凍りついて麻痺します。その状態が続くと、生きている実感が無くなり、この世界に積極的に関われなくなり、現実感が消えます。外の人からはあたかも正常かのように見えますが、実際は、体はいつも怯えて、凍りつき状態が続き、自分が自分で無くなりそうな恐怖のなかで、型通りの人生を生きます。

 

虐待やいじめの被害者は、生まれてきたことの暴力、変えようのない親を持つことの暴力、学校に行くことの暴力により、小さい頃から、たくさん傷ついており、限界を超えていることがあります。とても辛く、とても苦しいことが、毎日繰り返されるようになると、体が凍りついて麻痺していき、生きている感覚が無くなり、現実感も無くなります。また、夢の中にいるように感じたり、この世界に参加できずに、何もやっても身体感覚が無かったりします。そして、生活全般の困難が大きくなると、人生の出来事を意味あるものとして積み上げることができなくなります。出生直後から連続体を形成していた「自分が自分である」という身体感覚や時間感覚、感情、思考がバラバラになります。長年にわたるトラウマの犠牲者の中には、記憶なく、魂なく、抜け殻のように生きている人や、生きながら死んでいるような苦しい感覚が付きまとう人がいます。こうした人々は、体の中の痛みや不快感が強く、解離や離人症状が過剰に働くことで、精神的ストレスに対して、心と体がほとんど反応しなくなり、生き生きとした世界が枯渇して、歩く屍のようになります。長期に渡って、生活全般のストレスがあまりに大きくなると、自分の身体感覚が麻痺して、人間に備わっている自然治癒力が発揮されなくなります。そして、体はみぞおちや胸辺りに大きな塊が出来て、背中がバキバキに固くなり、頭と首、肩は常に力が入り、手と足は脱力した状態で生きることになります。体はトラウマにまみれの異常な状態にあるため、脳に緊急事態として受け取り、神経系、免疫系、ホルモン系に異常が出ます。最悪の状態になると、全身が冷たく固まり、痛みの体になります。

 

鏡を見ても自分だと認識できないこと

 

もともとの「私」と、生命が脅かされるような出来事を体験したあとの「私」とでは、生物学的な脳の構造や身体の仕組みが改変され、今ままでとは違う神経の働きのなかでこの世界と関わり、過去に汚染されていきます。また、人格構造の断層に裂け目が生じて、今ここで使える心的エネルギーの量も低下していますが、それでもなんとか日常生活に適応しようと努力します。オノ・ヴァンデアハートの構造的解離理論では、こうしたトラウマを負った人のことを「ANP(あたかも正常にみえる人格部分)」と呼んでおり、正常な生活を続けようと努力することに固着しており、日常生活のための活動システム(たとえば、探索、世話、愛着、など)に導かれていると述べています。

 

長年にわたるトラウマの犠牲者は、もともとの「私」の身体から切り離され、身体機能や感情が麻痺していき、思考は混乱して、時間の概念が消えてしまうため、鏡に映る自分の姿がどうしても自分だと認識できないことが起こります。また、自分が自分で無くなってしまうことで、自分のことがよく分からなくなり、自分の容貌が変わってしまったことに絶望して、鏡を何十回も見てしまうことがあります。自分の容貌を自分だと思えない現象は、解離性同一性障害の攻撃的な異性人格たちには一般的で、最初、自分の顔と身体が反対の性別になっていることに驚愕します。この自己認識(身体イメージ)の障害は、トラウマの犠牲者に多く、解離性障害や摂食障害、身体醜形障害の人たちに見られます。

 

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