外傷体験により人工的な心が創られる

▶外傷体験による心と身体

 

トラウマになるような外傷体験は、激しいダメージを負うために、激越な感情がありますが、その感覚や感情に耐えられないので、何も感じなくなります。トラウマを負った後も、不快な感覚を感情を切り分けながら、生活することになります。本当の痛みは、トラウマの中核を刺激して、自己崩壊を起こしかねないので、別の事が原因かのように思い込んだり、別の痛みを作って本当の痛みから目を背けたり、痛みを別の人格に押し付けたりして、その場をやり過ごします。また、身体の痛みが増大すると、もの凄い眠気に襲われるという解離現象が起きて、大きなストレスがあるのに、自分では認識できなくなります。

 

次第にトラウマの中核部分は、意識から切り離されていて、体のどこかにありますが、その部分は、凍りついてしまって、休眠状態になるかもしれません。トラウマの中核は、痛くて、嫌いで、しんどくて、苦しいので、気づきたくない部分です。痛ましいトラウマのある人が、体に注意を向けると、やめてほしい、いや、嫌い、痛い、気づかせないでほしい、死にたいと言っている声が聞こえるかもしれません。その声の主は、この世界に酷く怯えているか、怒っています。

 

虐待などの恐ろしい体験をしている子どもは、激しいダメージの末に、身体が凍りついて、何も感じられなくなります。家の中は逃げられる場所がなく、凍りついた状態のなかで、ロックされてしまって、生きながらに死んだような状態になります。歩く屍のようになった身体は回復していく力が枯渇して、その痛みの身体は、怠く重くなるので切り離されます。

 

▶解離(バラバラ)な状態から人口的な心の創造

  

虐待や性暴力被害などのトラウマのせいで、解離(バラバラ)になった人が人工的な心が創られる過程について…。

 

トラウマの上層部分を、シャーンドル・フェレンツィは、「正確にーやや正確すぎると言ってもよかろうー調整されたメカニズムを有する」と述べています。この部分は、日常生活をあたかも正常に過ごしている人格部分であり、外傷関連の記憶や感情への恐怖が条件付けられています。外の世界で社交的に振る舞って、美しさを求めて、光り輝きたいと思っていたり、病気への自覚がない状態のなかで、仕事や家事、学業を淡々とこなしていきます。

 

トラウマの最上層を、フェレンツィは、「生命維持を何者にも勝り優先する固有の存在(オルファ)。この断片は守護天使の役割を演じて願望充足的な幻覚、慰撫的ファンタジーを生成し、外的感覚が耐えなくなったときには、意識と感受性を無感覚化してそれに対抗する」と述べています。この部分は、守護天使の役割を担いつつ、様々な人格部分にスポットライトを当て、管理する立場にあります。

 

日常生活を正常に機能できなくなった存在のことを、フェレンツィは「その下には人生についてもう何を知ることも望まない存在がある。」と述べています。この部分は、もともとの自分と思われる人格部分で、とても苦しく、とても辛い毎日を繰り返してきました。生きていくことがピンチになると、本来の自分が受けた痛みや苦しみを、小さい子どもの人格部分に背負わせたり、保護者人格(守護天使)の声を支えにしてきました。ただ、それでも日常生活の耐えがたいことが続くと、身体が固まり凍りついて、胸が痛み、息をするのも大変で、どこにか消えてしまいます。

 

トラウマの下層を、フェレンツィは、「この殺害された自我の下には初期の精神的苦悩の灰がある。これに苦悩の炎が夜ごとに灯る。」と述べています。この部分は、小さい子どもでありながら、全部の痛みや苦しみを背負わされてきました。夜になると、自分に危害を加える人物の足音に怯えるようになり、外傷記憶がフラッシュバックします。小さい子どもは、痛みですすり泣き、来ないでと叫んで、怒っています。痛みを負っている小さな子どもの周りには、保護者人格(守護天使)と迫害者人格(悪魔)がいて、どちらも命を守るために活動しています。さらに、トラウマの中心には、小さい頃の自分がいて、固まった状態で、閉じ込められています。誰とも喋らず、誰にも近づかず、悲しいも嬉しいも分からない状態で、何にも反応しません。

 

トラウマの最下層を、フェレンツィは、「内容も意識もない切り離された感情の塊としてのその苦悩そのもの。元来の人間の残滓」と述べています。この部分は、小さい子どもにさえ預けられない、激しい攻撃性やぐちゃぐちゃな感情を持っています。トラウマの内なる世界では、鬼のような存在として恐れられており、人格が崩壊していて、手がつけられない状態のために、頑丈に鍵のかかった牢屋の中に閉じ込めています。爬虫類のような目つきで、周りを警戒しながら、邪魔をしてくるものには、飛び掛かるような激しい攻撃性を持っています。性格は、臆病で冷たく残忍で、自暴自棄になると、自傷や他害に至る危険性があります。

 

参考文献

シャーンドル・フェレンツィ:『臨床日記』(訳 森茂起)みすず書房

 

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