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トラウマから脳・心・体のつながり


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トラウマから脳・心・体のつながりと回復のための手法


 

世界的第一人者のベッセル・ヴァン・デア・コークの全米ベストセラーです。ヴァン・デア・コークは、私たちは何よりもまず、患者が現在をしっかりと思う存分生きるのを助けなくてはならないと述べています。世界的第一人者が、トラウマによる脳の改変のメカニズムを解き明かし、薬物療法や従来の心理療法の限界と、さまざまな治療法の効果を紹介しています。トラウマに向き合わざるを得ない人々にとって信頼できるテキストとなることでしょう。ここでは、著書の内容を少し紹介します。

第1節.

情動脳


強烈な情動が、大脳辺縁系、とくにそのうちの「扁桃体」と呼ばれる領域を活性化させることは既によく知られている。私たちは、危険が迫っていれば扁桃体に警告してもらい、体にストレス反応を起こさせることができる。トラウマを負った人々は、自分のトラウマ体験と関連した画像や音、声、思考を提示されると、たとえその出来事から長期間経過していても、扁桃体が危険を察知して驚いて反応することを、私たちの研究ははっきり示していた。この恐怖中枢の活性化は、ストレスホルモンと神経インパルスの連鎖反応を引き起こし、血圧を上げ、鼓動を速め、酸素の摂取量を増やし、闘争あるいは逃走に向けて体は準備する。 扁桃体は、普通、危険の手掛かりを捉えるのが非常に得意だが、トラウマを負うと、状況が危険か安全かの解釈を誤る可能性が増す。少しでも解釈を誤れば、家庭や職場の人間関係における不快な誤解につながりうる。

第2節.

脅威とストレスホルモン


通常は、人は脅威に直面すると、それに反応してストレスホルモンを一時的に増加させる。そして、その脅威が去るとすぐに、そのホルモンは消散し、体は常態に戻る。それとは対照的に、トラウマを負った人のストレスホルモンは、基準値に戻るまでにははるかに長い時間かかるし、軽いストレス刺激にさえ、たちまち過剰に反応して急増する。ストレスホルモン値が絶えず高いと、知らず知らずのうちに害が出て、記憶や注意に問題が起こったり、短気になったり、睡眠障害に陥ったりする。また、多くの長期的な健康問題の一因ともなる。どんな問題が生じるかは、各自の体のどこが最も弱いか次第だ。脅威には他の反応もありうることが、今ではわかっている。単に否認という反応を見せる人がいるのだ。彼の体は脅威を認識するが、意識ある心はまるで何事もなかったかのように振る舞い続ける。だが、心が情動脳からのメッセージを無視することを学んだとしても、警報信号が止むことはない。情動脳は働き続け、ストレスホルモンは筋肉に信号を送り続け、行動のために緊張させたり、あるいは動けなくして虚脱状態にさせたりする。

第3節.

闘争/逃走/凍りつき


脳の警報システムが作動すると、脳の最も古い部位で、あらかじめプログラムされた身体的避難計画が自動的に発動される。他の動物の場合と同様、私たちの基本的脳構造を構成する神経と化学物質は、体と直接のつながりを持っている。この古い脳が主導権を奪うと、高次の脳(意識ある心)を部分的に停止させ、体に命令を発し、逃げたり、隠れたり、闘ったり、ときには凍りついたりさせる。私たちが状況を完全に自覚したときには、体はすでに動きだしているかもしれない。闘争/逃走/凍結反応が成功し、危地を脱すると、私たちは内部の平衝を取り戻し、徐々に「正気を回復する」。もし何らかの理由で、たとえば家庭内暴力、レイプなどの状況で、押さえつけられたり狭い所に閉じ込められたりして、危地を脱するための有効な行動がとれなくなったために正常な反応が妨げられたら、脳はストレス化学物質を分泌し続け、脳の電気回路は空しく発火を繰り返す。実際の出来事が過ぎてからずっとあとになっても、脳は、もう存在しない脅威から逃れるようにと、体に信号を送り続けることがある。

第4節.

PTSD患者の脳


PTSDでは、扁桃体と内側前頭前皮質との間のきわめて重要な均衝が根本的に変化し、その結果、情動と衝動の制御がはるかに難しくなる。非常に情動的な状態にある人間の神経画像研究からわかったのだが、強烈な恐れや悲しみ、怒りをみな、情動に関する大脳皮質下の脳領域をより活性化させ、前頭葉のさまざまな領域、とくに内側前頭前皮質の活動を大幅に低下させる。そうなると、前頭葉の抑制能力が損なわれ、人は正気を失う。何であれ大きな音に反応して驚いたり、些細な欲求不満で激怒したり、誰かに触れられて凍りついたりする。PTSDの人は、門が全開になっている。フィルターがないので、彼らはたえず感覚過負荷の状態にある。それになんとか対処するために、彼らは自らの機能を停止させ、視野狭窄や過集中を起こす。もし自然に機能を停止できなければ、薬物やアルコールの力を借りて、周りの世界を締め出そうとするかもしれない。悲惨なことに、自分の中に閉じこもると、その代償として楽しさや喜びの源泉まで排除する羽目になる。

第5節

解離性障害患者の脳


解離こそがトラウマの核心を成す。圧倒的なトラウマ体験は、ばらばらになり、断片化するので、トラウマに関連した情動や音、イメージ、思考、身体的感覚がそれぞれ独り歩きを始める。記憶の感覚的断片が現在に侵入し、そこで文字どおり追体験される。トラウマが解消しないかぎり、体が自らを守るために分泌するストレスホルモンが循環し続け、防衛の動作や情動的な反応が反復される。トラウマを追体験すると、麻痺状態になるという反応を見せる。頭は空っぽになり、脳のほぼ全領域で活動が著しく低下し、心拍数も血圧も上がらず、自分の恐れを解離させ、何も感じなくなる。これを離人症と言い、トラウマを負った人は、生物学的な凍結反応の外面的な表れである虚ろな視線や放心状態になる。頭が働かなくなっている子供は誰にも迷惑をかけないので放置され、自分の未来を少しずつ失ってしまうのだ。

 第6節.

トラウマによる自己認識の影響


幼少期の深刻なトラウマを抱える慢性的なPTSD患者のスキャン画像を見ると、脳の自己感知領域のどれにも、ほとんどの活性化が見られなかったのだ。内側前頭前皮質、前帯状皮質、頭頂皮質、島は、まったく活性化しなかった。唯一、後帯状皮質がかすかな活性化を見せた。これは、基本的な空間定位を司る部位だ。これらの患者は、トラウマ自体への反応として、また、ずっとあとまで残っていた恐怖に対処する中で、特定の脳領域の機能を停止することを学んだのだ。それは、恐怖に伴ったり恐怖を特徴づけたりする、内臓で経験する感覚と情動を伝える領域だ。だが日常生活では、まさにそれらの領域が、私たちの自己認識、すなわち自分は誰なのかという感覚の土台を作るいっさいの情動と感覚の認識を司っている。私たちがここで目の当たりにしたのは、なんとも悲しい適応で、彼らは恐ろしい感覚を遮断しようとして、思う存分生きていると感じる能力まで弱めてしまったのだ。

 第7節.

トラウマによる身体感覚の影響


トラウマ患者の脳画像研究ではほぼ例外なく、島の異常な活性化が見つかる。脳のこの部分は、筋肉や関節やバランスシステムといった内部器官からの入力を統合して解釈し、一つにまとまった体を持っているという感覚を生み出す。島は信号を扁桃体に伝え、闘争/逃走反応を引き起こすことができる。このときには、何かがうまくいかなったという認知的な入力や意識的な認識は必要なく、苛立って集中できないと感じるだけか、悪くすると、今にも死ぬのではないかと思ってしまう。こうした強烈な感情は脳の奥深くで生み出されるもので、理性や理解によって消し去ることはできない。身体的感覚の源泉から絶えず攻撃を受けていながら、その源から意識のうえで切り離されていると、失感情症を招く。自分に何が起こっているかを感知して伝えることができなくなるのだ。自分の体と接触する、つまり自己と体の芯から結びつくことによってのみ、自分が何者なのかという感覚を取り戻し、自分なりの優先順位や価値観を回復させることができる。失感情症、解離、機能停止はみな、私たちが意識を集中させて、自分が感じていることを知り、自分を守る行動をとれるようにしてくれる脳組織と関連している。こうした重要な組織が逃避不能ショックが加えられると、困惑と動揺が起こりかねない。あるいは、私たちは自分の体との情動的なつながりを失ってしまうかもしれず、これは対外離脱体験を伴うことも多い。別の言い方をすれば、トラウマによって人は、自分の体が誰か別の人の体であるかのように、あるいは体がないかのように感じてしまうのだ。トラウマを克服するには、誰かの力を借り、自分の体と、セルフ(自分そのもの)と、もう一度結びつく必要がある。

 

参考文献

ベッセル・ヴァン・デア・コーク:(柴田裕之 訳、杉山登志郎 訳)『身体はトラウマを記憶する』紀伊国屋 2016年

 

トラウマケア専門こころのえ相談室 

論考 井上陽平