虐待を受けた子どものこころの傷
現代社会の問題

 

本来、子どもは、村社会のような中で、家庭、地域、学校、また絆で繋がり合っているような社会全体で子どもを育てていくべきでした。今は、共同体(社会)の空洞化が進んでおり、親から愛情を貰えない子どもは、自分のホームベース(帰るべき場所)がありません。親子関係でこじれた子供たちは、剥き出しの個人となって、複雑な現代社会を一人で乗り越えなければならなくなります。

 

被虐待児のこころの傷

 

虐待する親は、未解決なトラウマを抱えていることが多く、感情や自己調整機能に障害があるので、予測不能で、態度に一貫性がありません。子どもの頃から虐待を受けてきた人は、いつ何時自分が危険な目に合わせられるか、警戒心が過剰で、親の目を見てビクビクしながら過ごしています。家庭の中では、親の気持ちを先取りして迷惑をかけないようにする良い子でいる必要があり、常に高い同調性やパフォーマンスを維持しています。日常的に持続的な緊張とストレスを受けているので、過剰な覚醒と情動、生理的反応の混乱を必死に抑えようとして心身の麻痺、失感情症、抑うつ症状、身体の不調がみられます。また、自分のことを「愛される価値がない」、「可愛くなくてダメな子どもだから」と自尊心が低く、基本的信頼感を育むことが難しいです。

 

最初の親子関係にこじれた子どもは、他者への否定的認知と自分の存在が肯定されていないので、良い思い出を語るだけの経験がなく、普通に話すことがなかなか出来ません。普通の人は、自然に笑い、自然に振る舞うことができますが、虐待受けた子どもは、まともなふり、明るいふりをして生きていかなければなりません。健康的で明るくて普通を求められてしまう社会では、いくつも仮面を被り笑顔を貼り付けて、〇〇のふりをしている人は、普通の人よりも人生のハードルが何倍も高くなり、社会の枠組みの中に入り込むことが難しかったりします。そして、たった一つの親子関係のミスマッチが振りほどけないほどの縛りとなり、新しい人間関係も過去の親子関係の同じ失敗の繰り返しとなり、立ち上がる気力も失われ、普通に人生を生きていくのが困難になります。

 

虐待はさまざまな影響を与え、何年も続く傷痕を子どもに残します。虐待の被害者は、知的発達、精神発達、反社会的なリスクファクター、世代間伝達などに大きなマイナスの影響が出ます。そして、学校とか集団生活で問題を起こしたり、人格形成が歪んでしまったり、社会に悪い影響を及ぼします。さらに、将来に負の遺産を残すことになります。

 

①人というのは危害を与えるものだと根本から刷り込まれていたりします。

②虐待がトラウマ記憶として残れば、悪夢やフラッシュバックで苦しむことになります。

③親から毎日のように罵声を浴びせられることで、自己評価がとても低くなり、他者の顔色を伺いながら生きるようになります。

④虐待の恐怖は、異性への恐怖心とつながり、幸せな家庭も結婚も想像できなくなります。

⑤子ども時代の心の傷(たいしたことないと思っていた傷)が大人になればなるほど傷も深くなり、親に対する気持ち(愛と憎しみに縛られる)も複雑になって、自分の人生を生きることが出来なくなります。

⑥発達早期に虐待を受けた子どもは、肌を包んで安心させてもらうぬくもりの不足により、自己意識や感情を適切な範囲で調整する自己調整機能が阻害されます。そして、覚醒度のコントロール異常により、過覚醒か低覚醒の間を行ったり来たりして、大人しすぎる子どもか、または乱暴な子どもか、あるいはその両面を持つ子どもに育ちやすくなります。

⑦愛情深い安全基地のイメージが育っていません。養育者が刑務所に入れられたり、精神科病院に入院していたり、頻繁に引越しがあったりして、居場所がなく、法は自分を守ってくれず、内的には迫害されているように感じています。

⑧不合理な衝動を内に抱えている場合、それがいつ爆発しないかという慢性的恐怖があります。

⑨怒りの感情を内に押し込め隠すことにより麻痺することを覚えていきます。

⑩親子間のこじれが振りほどけないほどの縛りとなり、良い思い出を語るだけの経験がなく、人生を生きにくくします。

 

虐待の被害者は、虐待の苦しみを自分の問題として友達に打ち明けることがなかなか難しいものです。普通に育ってきた人は、虐待という心の痛みを知らないため、相談しても真剣に話を聞いてもらえず、余計に心を閉ざしてしまうことがあります。また、虐待者は、虐待した事実を認めることはほとんどありません。虐待の被害者は、自分の問題を秘密にしたまま、言いたいことを言えないことに慣れていき、一人で抱え込むしかなくなります。