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エル『ELLE』フランス映画の感想と解説

©2015 SBS PRODUCTIONS - SBS FILMS- TWENTY TWENTY VISION FILMPRODUKTION - FRANCE 2 CINÉMA - ENTRE CHIEN ET LOUP

この映画は、レイプシーンから始めります。

 

主人公ミシェルは、父親が連続殺人犯であり、レイプ被害者になります。また、レイプ加害者に恋をする場面があり、トラウマの生物学的ドラマの視点から書いてみます。

 

ゲーム会社の社長ミシェルは、27人を殺した連続殺人犯の娘です。彼女は、子どもの頃から、連続殺人犯の娘として、社会から迫害されてきた過去があり、パパラッチに追いかけられたり、見ず知らずの人に嫌がらせを受けたりして、世界中の人が敵のように感じていたと思います。

 

彼女は、自分のことを得たいの知れない人間(法外の人)であると感じていたと思います。不幸にも連続殺人犯の父と同じ血が流れているという、どうしようもない絶望のなかで、子どもの頃から苦しんできたのでしょう。ただし、過去のどうしようもないことをクヨクヨと悩んでもしょうがないので、深い闇を受け入れ、前に進んできたからこそ、才能に溢れ、多面性のある人間になっていったと思います。彼女には、強靭な力があるので、社会的に成功者となりますが、そこにぶら下がる息子や母親、男性、従業員がいて、その息子や母親にぶら下がる恋人たちがいます。

 

冒頭のレイプされた後、彼女は冷静に割れた食器を片づけて、何事もなかったかのように顔をします。警察に被害を届けることなく、淡々と一人で犯人捜しを始めます。ただ、フラッシュバックが起きたり、警戒心や怒り、復讐、防衛のために武器を購入したり、用心深いシーンがありました。

 

ミシェルは強い女性として描かれているように見えます。普通に考えると、レイプされたあとの心理は、こころがない(何も感じられなくなる)麻痺状態になります。そして、深く傷つき、犯人を恨んだり、恐がったりします。

 

しかし、ミシェルの場合は、犯人と心を通わせながら、何度も身体の関係を持ったり、男女関係の性暴力のもつ複雑さや、女性のしたたかさや強さのようなものが描かれています。彼女のこころが麻痺してしまわなかったのは、子どもの頃に壮絶な体験していて、恐怖への耐性がついていたのだと考えます。

 

ただし、別の見方をすると、レイプ犯と性的関係を持つストックホルム症候群を示しています。ストックホルム症候群とは、加害者に対して従順であるだけでなく、恋に落ちたかのように振る舞い、逃げるのを拒否する生物学的メカニズムです。また、ミシェルは、自分のことを得たいの知れない人物と思っているので、同じようなレイプでしか性的興奮を感じられない悪魔に対しても、私はここに居ていいんだと思える安心感があったのかもしれません。あとは、レイプ後の警戒心や恐怖から、隣人のパトリック(レイプ犯)に守ってもらいたいという、かよわい女性の心をみせていました。

 

▶レイプ犯パトリック

 

レイプ犯の覆面男パトリックは、最後に正気に戻って、ミシェルに対して、「なぜ?」と聞いて、事切れて死んでいったシーンが一番印象的でした。パトリックは、自分の妻レベッカが言ってたように、いい人の部分と病的な部分に分裂した人物であると思います。いい人の部分は、男らしさと優しさがあり、女性を惹きつける魅力があって、ミシェルもその部分を恋していたと思います。病的な部分は、暴力(レイプ)でしか性的興奮を感じられないところです。推測になりますが、パトリックの健康的な部分は、その病的で異質な部分に嫌悪していたと思いますが、二重の状態を行ったり来たりする二面性があり、行動が極端になる人でしょう。最後の描写では、病的な部分が覆面を被って、レイプをしましたが、頭を鈍器で殴られたあと、病的な部分は引っ込んで、いい人のパトリックに戻ってきて、「なぜ?」と絶望と悲しみのなかで死んでいったと解釈しました。

 

レイプ犯のパトリックは、ミシェルの父親(連続殺人犯)と同じタイプで、犯罪傾向の進んだ人間です。つまり、理性的(人間らしい)と本能的(動物らしい)の繋がりのバランスを失った人です。感情が爆発してしまうと、こころや視野が狭くなり、社会的なつながりを無視してしまって、自己中心的な行動を取ります。ミシェルの父親も、母親が言ってたように、いい人だったと言ってました。ただし、興奮してしまうと理性では手に負えない病的な部分があるのでしょう。

 

▶おわり

 

最終的に、ミシェルは、男性にうんざりしてしまって、親友であるアンナと一緒に暮らそうとする場面で終わります。ただし、問題を抱えた女性同士の同棲生活が果てしてうまくいくのかとは考えますね。