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被虐待児のこころとからだの傷


▶現代社会の問題

 

本来、子どもは、村社会のような中で、家庭、地域、学校、また絆で繋がり合っているような社会全体で子どもを育てていくべきでした。今は、共同体(社会)の空洞化が進んでおり、親から虐待を受けた子どもは、自分のホームベース(帰るべき場所)がありません。親子関係でこじれた子供たちは、剥き出しの個人となり、複雑な現代社会を一人で乗り越えなければならなくなります。

 

▶被虐待児のこころとからだの傷

 

虐待してくる親は、怒りや恐怖などの未解決なトラウマを抱えていることが多く、感情や自己調整機能に障害があり、予測不能な動きをして、養育態度に一貫性がありません。そのため、虐待を受けて育った人は、いつ何時自分が危険な目に合わせられるか分からず、全く安心できない環境で育ちました。家の中では、親の目を見てビクビクしながら過ごしており、警戒心が過剰で、神経を張りつめさせて、身体は緊張や焦りを感じてきました。

 

被虐待児は、子どもの頃から、どこまでも親が追いかけてくるような恐怖があり、親の声、叫んでいる内容、気配、足音などあらゆるものに意識を集中させてきました。些細なことでも見逃したら命に関わるので、親が今どこで何をしているのか、次に何をしてくるかを予測して、どう行動するべきかを考えて、生き延びてきました。子どもにとって、家の中は逃げ込める場所がなく、小さな体では戦えないので、自分の感情を必死に抑えて、自分の体を小さく丸めて我慢するか、自分を大きく見せて戦うかしかありませんでした。

 

親の行き過ぎた躾(怒鳴られ殴られの虐待)に、子どもは息を止めて、身体を凍りつかせて、動きづらくなりますが、更なる要求に応えないといけないので、感覚や感情を瞬間的に忘却させて、身体を動かします。家の中では、親の気持ちを先取りして、迷惑をかけないようにする良い子でいる必要があり、常に適切なリアクションや、高い同調性やパフォーマンスを維持しています。そして、親の機嫌を損ねることを恐れて、親の望むような行動を取り、予想外の出来事が起きないように願っています。しかし、虐待する親は、子どもが悪いことをしていなくても、予測つかないような理不尽なことをしてきます。子どもは、親が近づいてくるだけで、身を丸めて伏せて、両手で頭を守り、服従した姿勢を取るようになります。そして、家の中で、親のご機嫌をとりながら、自分の感情が出て来ないように押し付けて、親の意向に従う生き方を学びます。どんな酷い目にあわされても、腕力の差から、戦うことはできず、逃げるしかなくて、それでも追い打ちをかけてくるため、自分の境界性を下げて対応するしかなくなり、心身の健康を害していきます。

 

このような日常生活の緊張とストレスに曝されているので、身体がこわばったり、大げさに驚いたり、動かなくなったり、頭の中が真っ白になったりします。さらに怒りや恐怖の感情、過剰な覚醒、生理的反応の混乱を必死に抑えようとして心身の麻痺、解離症状、うつ状態、強迫観念、失感情症、離人症、自責感、体調不良が出てきます。虐待を受けた子どもは、どうすることもできない恐怖や諦めを身をもって体験します。自分が出来る事はないという無力感や無価値観が大きくなり、消えてしまいたいけど、そうできない苦しみを抱えます。さらに、親から愛されなかった子どもは、自分のことを「愛される価値がない」、「可愛くなくてダメな子どもだから」と自尊心が低く、孤独や悲しみを抱えていて、基本的信頼感を育むことが難しいです。

 

最初の親子関係にこじれた子どもは、他者への否定的認知と自分の存在が肯定されていないので、良い思い出を語るだけの経験がなく、普通に話すことがなかなか出来ません。普通の人は、自然に笑い、自然に振る舞うことができますが、虐待を受けた子どもは、まともなふり、明るいふり、何もないふりをして生きていかなければなりません。外見は健常者に見えますが、心の中は、傷だらけで、限界に達しています。

 

しかし、心は、人の目に見えないので、誰も理解してくれずに助けてくれません。健康的で明るくて常識を求められる社会では、いくつも仮面を被り笑顔を貼り付けて、まともなふりをしていかなければ生きていけません。そのため、本当の感情を押し殺して、本音を話すことができないので、普通の人よりも人生のハードルが何倍も高くなり、社会の枠組みの中に入り込むことが難しくなります。そして、たった一つの親子関係のミスマッチが振りほどけないほどの縛りとなり、新しい人間関係も過去の親子関係の同じ失敗の繰り返しになり、立ち上がる気力も失われ、普通の人生を生きるのが困難になります。

 

虐待を受けた子どもは、その後の人生のなかで回復できないと、辛さや悲しみを内包したままの眼差しで世界を見ます。社会に出て、人に会い、新しいことを経験しても、その闇のフィルターを通してのみ、世界を経験し、楽しみや喜びというものに気づかないままに、日々を過ごすことになります。酷い場合にはて大人や他人と触れ合うことが怖くて、何をやってもうまくいかないから、無気力で死にたくなります。

 

虐待はさまざまな影響を与え、何十年も続く傷痕を子どもに残します。虐待の被害者は、知的発達、精神発達、反社会的なリスクファクター、世代間伝達などに大きなマイナスの影響が出ます。そして、学校とか集団生活で問題を起こしたり、人格形成が歪んでしまったり、社会に悪い影響を及ぼします。さらに、将来に負の遺産を残すことになります。

 

▶被虐待児の特徴

 

①親がいつヒステリックに怒りだすか分からない環境で育っているので、誰が何をするのかを警戒し、過覚醒の闘争モードで過ごします。そのため、人というのは危害を与えるものだと根本から刷り込まれていたりします。

②虐待がトラウマ記憶として残れば、悪夢やフラッシュバックで苦しむことになります。

③親から毎日のように罵声を浴びせられることで、自己評価がとても低くなり、注意深く他者の顔色を伺いながら生きるようになります。

④過剰な愛とは正反対の日陰の中で育ち、理不尽な目に遭わされてきました。いつかこの家から抜け出すんだと思ったり、どうして私だけがこんな目に遭うんだろうと考えたり、なぜこの親を持ってしまっかなど考え続けて、元気を失くしています。

⑤子ども時代の心の傷(たいしたことないと思っていた傷)が大人になればなるほど傷も深くなり、親に対する気持ち(愛と憎しみに縛られる)も複雑になって、自分の人生を生きることが出来なくなります。そして、酷い目にあわされた出来事や心の傷はずっと消えません。

⑥発達早期に虐待を受けた子どもは、肌を包んで安心させてもらうぬくもりの不足により、身体はストレスに反応しやすくなり、自己意識や感情を適切な範囲で調整する自己調整機能が阻害されます。そして、覚醒度のコントロール異常により、過覚醒か低覚醒の間を行き来します。

⑦過覚醒(闘争・逃走)と低覚醒(凍りつき)を生きることで、自律神経系の調整不全に陥り、呼吸数や心拍数に問題が出ます。そして、自分の気持ちを表情に出さない大人しすぎる子どもか、または激しい怒りを継続的に出す乱暴な子どもか、あるいはその両面を持つ子どもに育ちやすくなります。思春期の頃の家出は、虐待を表していることがほとんどです。

⑧不合理な衝動を内に抱えている場合、それがいつ爆発しないかという慢性的恐怖があります。

⑨怒りの感情を内に押し込め隠すことにより、身体を麻痺させることを覚えていきます。

⑩親子間のこじれが振りほどけないほどの縛りとなり、良い思い出を語るだけの経験がなく、落ち込んで、元気がなくなり、人生を生きにくくします。

⑪過酷な環境にいる子どもは、長年のストレスと緊張に曝されています。人の目を気にしているため、自己主張できずに、息を止めて、常に身体を凍りつかせています。

⑫生活全般の困難から、精神的ストレスを受けると、すぐにエネルギー切れを起こして、集中力の低下や人の話を聞けない、面倒くさくなる、カッとなりやすくなります。

⑬親に支配されて、侵入を許してきたので、自他の境界性があいまいです。親の過干渉が強いほど、親が自分の人生に居座るようになります。

⑭親からの虐待や見捨てられた体験から、胸がザワザワして、恐怖や悲しみ、孤独などの恐ろしいイメージが付き纏っています。そして、怖くなると、身体が痛みで凍りつくか、脱力していきます

⑮本当は養育者に合わせることが苦痛で嫌でしたが、親の要求に目を向けていることが当たり前の毎日でした。大人になった今でも、怖がりで臆病なので、猫をかぶったように相手に合わせてしまいます。

⑯虐待する親の声、叫んでいる内容、足音、気配、匂いなどあらゆるものに意識を集中させて、生き延びてきました。トラウマを負うことで、過覚醒になり、身体は過敏に反応します。そして、音、光、匂い、気配、人、化学物質などに過敏になり、極度に組織化された防衛を有した人格構造を有しています。

⑰PTSDの過覚醒では、呼吸が浅く早く、警戒心が過剰で、外の世界のあらゆるものに注意が向けられています。刺激に対して、体はすぐに反応し、感覚過負荷の状態で疲れやすいです。

⑱親の支配やダブルバインドを受けることで、自分のしたいことが思い浮かばなくなるとか、自分のことが考えられなくなり、自分の頭や身体が固まり、フリーズして、意識が遠くなります。

⑲子どもの頃から、たくさん傷つけられてきて、大人や他人と触れ合うことが怖くなり、心と身体は限界に達しています。ただし、周囲を悲しませたくないので、自分の本音を誰にも話せず、何もないふりをして生きています。

⑳大人の都合に振り回されてきたので、誰も自分の事を考えてくれないと思っています。

㉑発達早期にトラウマがあると、解離で心と身体がバラバラになっていて、自分が自分であるという主体性が形成できていないことがあります。

㉒批判的な大人の部分と純粋な子どもの部分や、社会適応している部分と過去を生きている子どもの部分、周りに合わせようとする自分と怒っている部分など、自分の中にいくつかの人格部分が存在している可能性があります。

㉓胸が苦しくて、肩はあがっていて、喉は締めつけられるように痛く、息はしづらく、頭痛や吐き気、めまい、腹痛、アトピー、蕁麻疹などのさまざまな体調不良を起こしやすいです。

㉔相手の表情を怒っていると認知しやすく、相手の言った言葉を否定的に捉えがちで、相手に否定されるのを怖がります。

㉕一人になると、どうしていいか分からなくなり、心細く、怖くなるので、誰かにしがみつきたくなります。

㉖小児期の逆境体験により、体と脳は慢性的なストレスに曝されていて、炎症を引き起こしやすく、慢性疾患や原因不明の身体症状に罹りやすくなります。

㉗生活が辛くなると生きている実感が持てなくなり、過去のことを思い出せなくなります。そして、時間はゆっくり流れていて、頭はぼーっとして、夢と現実が分からなくなります。

㉘虐待者を信頼していて、褒められたいと思って張り切っているときと、怖いと思って、仕方なく合わせているいるときなど、壮絶な葛藤のなかで生きています。

㉙寝る前になると、脳が興奮して、過覚醒になり、眠れなくなります。

㉚重いトラウマを負っている場合は、取り返しのつかない恐怖や無力感にとらわれていることがあります。

㉛愛情深い安全基地のイメージが育っていません。養育者が虐待的であったり、刑務所に入れられたり、精神科病院に入院していたり、頻繁に引越しがあったりして、法は自分を守ってくれず、自分の居場所もなく、内的には迫害されているように感じています。

㉜虐待の恐怖は、異性への恐怖心につながり、幸せな家庭も結婚も想像できなくなります。

㉝自分の愛着対象が、兄弟や他の人と話していると、見捨てられた深い孤独感に襲われて、怖くなります。

㉞今こういう状態にあるのも、自分が悪かったとか、自分の責任だと思っています。

㉟母親が動けないとかパニックになっているのを見て、子どもが母親を世話するようになり、役割逆転して、子どもの成長がだいぶ早くなることがあります。

㊱身体がずっと恐怖を感じて強張っており、手が震えたり、訳もなく転んだり、物を落としたり、飲み物をこぼしたり、手足が不器用になるタイプと、自分の感覚を切り離して、もの凄く器用に立ち回るタイプもいます。

㊲家の中の日常で理不尽な目に遭うという、どうしようもなさを抱え、変えられない現実に対して、自分なりに答えを見出そうともがき続けます。

㊳親に怒りを向けても却って辛い思いをするだけなので、いちいち感情を出すことが無くなります。そして、実感が乏しくなり、自分がこの世界に積極的に関わっているという意味を感じられなくなり、ただ周りがそうだからとその役割に合わせるだけの人生になります。

 

虐待の被害者は、虐待の苦しみを自分の問題として友達に打ち明けることがなかなか難しいものです。普通に育ってきた人は、虐待という心の痛みを知らないため、相談しても真剣に話を聞いてもらえず、余計に心を閉ざしてしまうことがあります。また、虐待者は、虐待した事実を認めることはほとんどありません。虐待の被害者は、自分の問題を秘密にしたまま、言いたいことを言えないことに慣れていき、一人で抱え込むようになります。

 

あとは、虐待をする親を非難することは多いですが、子どもの側に、子宮内ストレスや医療トラウマ、出産時の医療措置の影響で幼児PTSDになり、破壊的な影響を及ぼしていることがあります。母親が普通の子どもとして育てているけども、子ども側にPTSDがあって、恐怖や痛みに過度に過敏なため、母親との間で適切な情緒交流が育まれず、ズレが大きくなり、虐待的な関係に陥ることがあります。

 

トラウマケア専門こころのえ相談室

論考 井上陽平

 

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