> > トラウマのブラックホール

虐待サバイバーの心の闇


複雑性PTSD(慢性的トラウマのサバイバー)のなかには、自分自身と繋がっておらず、身体の喪失や現実感の喪失、自己が喪失している人がいます。彼らは、被害に遭ってトラウマ化した時から、脅威に備える人生になり、自分を防御する姿勢を取り続け、長い年月に渡って、身体を凍りつかせてきました。普段から口もとから全身にかけて力が入り、胸がドキドキし、手足は痺れ、身体の中には莫大なエネルギーを閉じ込めていて、神経が痛み、疲れ切っています。危機的な状況の中にいるのに、自分の居場所がなく、寂しく、痛ましい生活を送っていますが、その自分の状態に気づきたくないと思っています。自分の身体に注意を向けると、そこに身体的な感覚が失く、自分の内面を覗き込むと、崖と崖のあいだの境界のようなものが存在し、真っ黒な空間があります。身体の中には、ブラックホールのような大きな穴が空いていて、空虚なイメージや空っぽの感覚が広がり、そこは寒々しく底が見えない恐怖があります。

 

慢性的トラウマのサバイバーは、息苦しく、身体は重く、真っ暗な世界に一人取り残されたような寂しさや孤独感をもっています。心の闇が深くなると、虚脱状態に陥り、ぐにゃぐにゃと力が入らなくなり、ふらふらして動けなくなります。生きているか死んでいるかも分からなくなり、自分の中心が空っぽで、自分の感覚が掴めなくて、何かに吸い込まれそうで、実存の中心が空虚です。身体にはぽっかりと穴が空き、何もかもひどい感覚に引きずり込むような大きな穴があります。その身体の穴を覗くと、自分を掴んで閉じ込めてしまうような強力な力と対峙します。また、胸を中心におぞましい記憶や複雑な感情が渦巻きます。真っ黒な穴は、人と話しているときや読書をしているときに、突然現れて自分に取り憑き、境界の向こう側に連れて行かれます。

 

慢性的トラウマのサバイバーは、闇にまみれた自分の心を感じることが恐ろしく、自分が耐えられる以上の感情が渦巻いており、いつブラックホールに落下するかもしれません。嫌な感覚に憑りつかれてしまうと、気分が悪くなり、手に力が入らなくなり、足も力が入らなくなり、身体がどうにかなってしまって、息が苦しくて死んでしまう恐怖や自分の感情に圧倒されてしまう恐ろしさ、自分が自分で無くなるような不安があります。そして、絶望と混乱のなかで、絶叫したくなるのを押し殺し、大荒れの渦に巻き込まれると、パニック発作が起きて、自分では収拾がつかなくなり、自分の存在が消えてなくなるように感じます。その後は、日常を送る自分は、意識を失って動けなくなるか、別の人格部分に乗っ取られるかして、その間の記憶が抜け落ちているかもしれません。

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ブラックホールに吸い込まれると


一方、闇への好奇心から、その闇を覗き込む人もおり、深くどこまでも続く真っ黒な穴があります。狂気に曝され、黒いものが一瞬自分に取り憑いて流されていくと、境界の彼方へ連れていかれて、もう二度と戻ってこれないかもしれません。しかし、一度ブラックホールに飲み込まれて出口が見えないと希望がないように思うかもしれませんが、ホーキング博士が言及しているように、ブラックホールに飲み込まれた人は、それを超えた世界に行ける可能性があると言っています。すなわち、境界の向こう側の世界へと抜け出して、現実とは異なる世界を見ることが出来るようになります。境界の向こう側を、目をこらし見ていくと、豊穣な物語が開け、自分を動かしている存在や自分の身代わりになった存在がぼやけて見えてくるかもしれません。

 

また、狂気に対してひるむことなく、身を委ねることができれば、人間の持つ自然治癒力が引き出されて、苦しい状態から抜け出すことができます。

闇の世界では


慢性的トラウマのサバイバーは、家庭内で虐待を受けて育ち、痛みと暴力の世界にいて、全てを麻痺させてきました。もう生きることに絶望して、そんな自分の存在を消し去りたいと願ったり、人を傷つけてしまうことも、人から傷つけられることもない世界に行きたいと願っています。自分の身体から離れて、苦痛を伴う現実世界をシャットダウンすると、頭の中で思考が自動的にいくつも浮かび上がって、それが延々と回るような世界に行きます。そこは、死にかけの身体を引きずり、何とか逃げ落ちた真っ暗な冷たい世界で、周りの声が入ってこず、自分の声が外側の世界に響かない場所です。彼らは、これ以上のダメージを受ける心の余裕がなく、誰にも見つからない場所で閉じこもって安心を確保することを望みます。

 

トラウマケア専門こころのえ相談室

公開:2019-11-01 

論考 井上陽平

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