第1節.
トラウマを抱える人々は、身体が縮んでロックされたような状態にあり、無意識のうちに凍りついたり、虚脱したりすることがよくあります。この状態では、身体の感覚が鈍くなり、筋肉が硬直し、呼吸も浅くなります。身体は自分を守るために常に緊張状態にあります。トラウマ治療では、この緊張した筋肉をどのように緩め、身体と心を解放して、安心感や幸福感、そして開放的な感覚に導くかが大きな課題となります。
トラウマの治療は、緊張やストレスによって縮んだバネを少しずつ伸ばしていく過程に例えられます。その際、バネが伸びるときには振動や揺れが生じます。同様に、トラウマを抱えた身体も、回復の過程で震えや揺れ、熱、寒気、鳥肌、ビリビリとした感覚、ウズウズする感覚など、さまざまな身体反応が現れます。これらの身体反応を怖がらずに受け入れ、体内で起こる変化を少しずつ感じ取りながら、身体を解放していくことが大切です。
この治療プロセスでは、身体の自然な回復力に任せながら、無理に急がず、自然に終息するのを待つことが重要です。焦らずに身体の反応に寄り添い、凍りついた筋肉を少しずつ緩めていくことで、トラウマからの解放が進み、再び自由な身体感覚を取り戻すことができるようになります。
第2節.
トラウマの凍りつきを一人でケアするのは非常に難しいため、専門のトラウマセラピストとセッションを行うことが効果的です。まず、セッションでは頭の中で恐怖を思い起こしたり、怖い映画のシーンを見たりすることで、恐れや不快感が身体全体に広がる状態を作ります。このような極限の状態に身体を置くと、自然に身体が緊張し、固く縮まっていきます。トラウマを抱える人は、通常そのような緊張状態で体がロックされ、凍りついています。
セラピーでは、そのロック状態を解放するために、立った姿勢で口の開け閉めを行い、その動作が息を吹き返す動作へと発展していきます。この過程で、身体の自然回復力が呼び起こされ、まずは口元や顎の筋肉がほぐれ始め、次第に身体全体が解放されていきます。これにより、麻痺し凍りついていた身体感覚が少しずつ溶け出し、自分の身体が抱える不調にも気づけるようになります。
例えば、凝りがひどくなり、蕁麻疹が出たり、首筋や頭に痛みを感じたり、背中が張り出すことがあります。こうした不調に意識を向けつつ、口の動きを続けることで、さらに身体がほぐれていきます。このとき、不快な感覚やストレスが高まり、「動きたいのに動けない」というウズウズ感が出てくることがあります。しかし、それでも動作を続けると、やがてそのウズウズ感が消え、次第に無感覚のような状態に変わります。
そして、口元から顎の筋肉がゆるみ始め、顔周りが温かく感じられるようになります。ここで、シンギングボウルの音を聞くと、さらに不快感が癒しに変わり、音と動きが合わさることで、身体が一層ほぐれていきます。最初に感じていた体の張りや痛みが次第に和らぎ、最終的には体が柔らかく、軽く感じられるようになるのです。
第3節.
トラウマケアが順調にいくと、身体は驚くほど軽くなり、動きやすさが増し、怠さもなくなります。胸や気管支が広がることで、低覚醒状態の人は呼吸数や心拍数が上昇し、例えば極度の緊張状態にあった人が、呼吸数が5回から8回に増え、身体が縮こまっていた人の場合は10回から12回に増えるなど、心拍数も含め正常な数値に近づいていきます。この呼吸数の回復によって、体内の酸素供給が改善され、免疫機能が高まり、口内炎などの炎症が起こりにくくなるのです。
さらに、身体の凍りつきが解け、心拍数が正常に戻ることで、血液が全身に巡り、手足が温かくなり、体温も上がります。このような状態になると、一日中続いていた眠気が和らぎ、活力が湧いてきて活動量が増えます。物事に対する捉え方も自然と楽観的になり、精神的にも身体的にも軽さを感じられるようになります。睡眠の質も向上し、夜の疲労がしっかりと取れることで、さらに翌日も体が軽く感じられます。
この状態は、ヨガ後のリラックス感を上回るもので、手などにも力が入りやすくなり、全身にエネルギーがみなぎるように感じるでしょう。しかし、日常生活に戻ると、身体は再び緊張し、凍りついた状態に戻ってしまい、息苦しさや身体の重さを感じることがあります。そのため、トラウマ治療は継続的に行う必要があり、最終的には自分自身でケアできるスキルを身につけることが重要です。これによって、日常の中でも安定した状態を維持できるようになるでしょう。
第4節.
トラウマの凍りつきを解消するためには、身体が硬直し、動悸が激しくなったり、落ち着かなくなったり、頭痛や吐き気、居ても立っても居られないような状態を耐え忍ぶための注意力や集中力が求められます。しかし、脳や神経系に深刻なダメージがある場合、解離や離人感、虚脱といった反応が引き起こされ、最後まで治療プロセスを進めることが難しくなり、トラウマからの回復が妨げられます。
この回復プロセスで最も問題となるのは、逃走反応、解離反応、麻痺反応、そして虚脱反応です。逃走反応では、身体が硬直し始めるとウズウズして、その場にじっとしていられない感覚に苛まれます。解離反応では、身体が硬直しているにも関わらず、強い眠気に襲われ、集中力が著しく低下します。麻痺反応では、身体の感覚が鈍く、内面が虚ろな状態が続き、前進することが困難です。そして虚脱反応では、身体に異常が現れると手足の筋肉が極度に脱力し、エネルギーが尽きたような状態に陥ります。
このような反応を持つ人は、身体と神経が正常な回復プロセスを進めることができず、トラウマに固着したままになります。そのため、トラウマ治療においてはこれらの反応に適切に対処し、徐々に凍りついた状態を解放していくことが重要です。専門的なサポートを受けながら、この過程を繰り返し進めることで、徐々に身体が緩み、トラウマ反応から解放されていく道が開かれます。
第5節.
トラウマの影響で神経発達に問題を抱える人は、脳と身体の神経が自分の意思に反して常に危険を察知し、見えない敵と戦う状況に置かれがちです。この過剰な警戒心により、突然の不意打ちを受けたようにぐったりしたり、ガチガチに凍りついてしまうことがあります。この状態では、困難な状況を耐え忍ぶ力が弱く、治療には時間をかけて慎重に進めることが必要です。以下に紹介する方法は、トラウマや発達障害を抱える人に効果的なアプローチです。
1.スムービーリングを振る
スムービーリングを使用することで、手足に振動を与え、身体の感覚や動きが脳に伝わりやすくなります。この振動が神経系を刺激し、麻痺していた身体感覚を徐々に解放することで、心と身体のつながりが回復します。トラウマや発達障害を抱える人々にとって、スムービーリングはアセスメントや治療の一環として非常に有効です。振動を通じて、自分の体がどのように反応しているのかを認識し、失われていた感覚を取り戻す第一歩となります。
2.手足の震えを自然に受け入れる
手足が震える場合、自然に震えを止めようとするのではなく、その反応が終息するまで観察し、受け入れることが重要です。震えが出ていることを恥ずかしく感じるかもしれませんが、これは身体が自然に回復しようとするプロセスの一部です。震えは身体に溜まっているエネルギーを放出し、緊張を解放する重要なサインです。無理に止めることなく、自然に任せることで、身体と心がバランスを取り戻しやすくなります。
3.トランポリンやバランスボールを使ったエクササイズ
トランポリンやバランスボールを使って体をジャンプさせることで、内臓感覚を取り戻し、身体の奥深くに眠っているエネルギーを活性化させます。このエクササイズでは、「ヴー」と声を出しながらお腹から息を吐くことで、さらにエネルギーが全身に流れる感覚を促進します。これにより、身体に蓄積された凍りつきが解放され、より自由な身体感覚を取り戻すことができます。個々の効果は異なるものの、このような運動を繰り返すことで、徐々に身体の柔軟性や活力が回復します。
4.口の開け閉めとシンギングボウルの音を使ったリラクゼーション
口の開け閉めの動作に、シンギングボウルの響きという音の刺激を加えることで、身体全体の筋肉や神経を緩め、リラクゼーションを促進します。顎を少し引いて、ゆっくりと口を開け閉めすることで、首や肩、全身の緊張が解け、身体に溜まっていたストレスが軽減されます。このプロセスを通じて、体に感じていた違和感や痛みが徐々に解消し、リラックスした状態に導かれます。
5.虚脱状態の回復法
虚脱状態にある人は、過去に息が止まるようなトラウマ体験に固着しているため、筋肉が崩壊し、極度に弛緩しています。このような場合、まずスクワットや腕立て伏せなどのエクササイズで筋肉を刺激し、身体を活性化させます。疲労した後、スムービーリングや呼吸法などのリラクゼーションエクササイズを行うことで、徐々に身体の感覚を取り戻し、筋肉の張りや神経の緊張を解消する助けとなります。このアプローチを通じて、虚脱した身体が再び機能を回復し、心と体が一体となって動き始めます。
トラウマケア専門こころのえ相談室
公開日:2019-10-25
論考 井上陽平