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身体の中に閉じ込められたトラウマ


トラウマによる原始的な神経の働きや、凍りつきや死んだふりの不動状態の時に生じる身体症状は、一般的な検査ではなかなか異常がみられないので、原因不明とされてしまって、こころの問題として見られることがあります。しかし、命に関わるような衝撃的な体験は、強い緊張状態から、動悸が激しくなり、心に突き刺さるような痛みや全身がゾワゾワするような恐怖が取り憑き、胸は圧迫されて、息は止まりそうになり、身体が凍りついて、身動きが取れなくなり、人はトラウマの中で極限まで縮まります。そして、敵の容赦ない攻撃により、身体はもがき苦しみ、頭の中は混乱し、無力感、絶望感、恐怖、怒り、孤独、焦燥、麻痺などが瞬時に砂嵐のように渦巻くことで、精神システム(認知機能)が破綻して、皮膚や内臓の感覚が無くなり、目の前が真っ白になり、意識が遠のきます。心と身体はバラバラに機能し、身体は極限まで伸びるか縮まって、解離や離人、機能停止、虚脱、全身が崩れ落ちます。トラウマを負った後は、脅威に備える生き方になり、神経が外を向くようになって、日頃のちょっとした環境の変化でも恐怖に身がすくんで、凍りついて、怖くて縮こまろうとします。トラウマの影響下にある人は、そのまま脅威を遠ざけるために警戒した状態を保ち、目立たずに大人しく生きるか、社会に出られなくなるか、冷静にこの世界を分析するか、すごい自分や怒りの自分になって生きる人がいます。

 

過去のトラウマが未解決なまま残っている人は、命の危機に瀕した経験を身体が記憶していて、トラウマを閉じ込めています。そして、危機が迫ってこないか、身体は絶えず次の変化に備えて緊張と警戒を続けており、何かが起きても大丈夫なように、身構えています。危険や脅威を感じて、不安や恐怖が強まると、交感神経や背側迷走神経が過剰に働くため、頭の中が固まっていき、目に力が入り、顎をぐっと下げ、歯を食いしばり、汗をかき、肩は上がり、腕は自分を守ろうとし、呼吸は浅くなります。また、喉や胸、頭、背中、お腹は、収縮していき、締めつけられるような痛みがあるかもしれません。子どもの頃から、様々な外傷体験を受けてきた人は、長期間の間、焦燥感や過緊張状態のなかにいて、恐怖を感じると、身体がこわばり、目は凍りつき、手足も固まって、物をこぼしたり、落としたり、震えたりします。また、怖くて動けなくなると、注意力が散漫になったり、声が出なかったり、頭の中が真っ白になったりします。身体の方はみぞおち辺りにトゲトゲした塊が出来て、胸が痛んだり、鼻や喉、皮膚、胃、腸、食道などが炎症を起こしたりして、喘息や息苦しさ、頭痛、肩こり、視力への影響、吐き気が出ます。さらに、身体のある部分は感覚が麻痺したり捻じれたりバラバラだったりして、原因不明の身体症状を表します。

 

慢性化したトラウマの影響は、脳を過剰警戒にして、身体を過緊張や凍りつき状態に置きます。生活全般の困難により、頭の警報が鳴りまくり、ストレスを感じると、過緊張の身体がさらに収縮して、胸や背中、肩、首周辺が硬直します。一方、親や兄弟、配偶者などに支配されて、言いなりになる生活を続けていくと、身体が自動機械のように動き、手足の筋肉は極度に脱力していきます。手足に力が入らず、首や肩、顎、背中で身体を支え、凍りついた状態のなかで生活を続けていると、首や肩が痛く、やがて痛みの身体になります。そして、人間関係のストレスを感じる度に、不安や焦り、苛立ち、こわばりが出て、体調不良や精神症状に直結していくと、曖昧なことや不確かな人生、動かしがたい他者との関係の全てが脅威として認識されるようになるかもしれません。そのため、その場の状況を先読みして、できるだけ予測可能な現実にしようと努力し、自分に脅威が迫ってこないようにリスクを考えて、安全性を高めています。さらに、自分の感情を押し殺して周囲に合わせたり、心の奥深い世界に一人で引きこもったり、怖いものを遠ざけるために戦うこともあります。また、幼少期から、様々なトラウマを受けてきた人は、胸の中に嫌な記憶がたくさん詰まっていて、それを吐き出そうとしても、恐怖のほうに圧倒されてしまって危険です。ですから、トラウマは身体の奥深いところに頑丈に鍵をかけて閉まってあります。

 

PTSD症状がある人は、危険を感じると、聴覚や視覚などのセンサーが過敏に働いて、様々な刺激に敏感に反応し、交感神経系が活性化するため、目が大きく開かれ、瞳孔が拡大し、四肢が次の行動に備えて、闘争・逃走モードに入ることがあります。呼吸は浅く早く、心臓がドキドキして、心拍数が上昇し、全身に血液が循環し、頭部は熱くなり、発汗が見られます。日常でも、嫌なことがあると、ソワソワやザワザワ、ピリピリなど不快感が生じて、身体中を駆け巡るために、じっとしれいられず動きたくなります。物事を解決しないと不安になり、頭の中で悪い仮説を想像したり、過去のことばかり考えます。そして、良くても悪くても解決しないと、イライラして落ち着かず、気が狂うとかパニックになることもあります。

 

解離症状がある人は、潜在的な脅威に反応して、原始的な背側迷走神経の働きが過剰になり、身体の方は麻痺させられ、心臓や筋肉は虚弱化していきます。日常生活のなかでは、トラウマのトリガーを引くと、心臓がバクバクしているのに、凍りつくため、喉は詰まり、胸が痛み、身体は動けなくなります。脅かされる状況が続くと、睡眠の質が下がり、身体の機能も低下し、心拍数や血圧は下がり、めまいやふらつきが見られます。頭の中は、恐怖や絶望、無力感、ネガティブな考えに支配されます。また、身体が凍りつきやすい人は、恐怖を感じると交感神経系が過剰になりますが、一定の水準を超えてしまうと、身体の方が麻痺していき、急激に背側迷走神経が働くので、パニック発作や過呼吸など頻繁に起こします。このような原始的な神経の働きにより、身体の生体機能のリズムに異常が出て、自分の身体が敵になります。自分の身体に意識を向けない生活が長引くと、人間本来の自然治癒力は発揮されずに、硬直や脱力したまま身体を放置してしまうことになります。トラウマの末期症状としては、虚脱状態が続くことで、全身が冷たく固まり、痛みや炎症だらけの身体になるか、意識レベルが下がり、半分眠ったような状態で動けなくなります。

 

セラピーでは、身体の部位を一つ一つ観察していきます。身体のなかで緊張している部分があり、そこに注意を集中させると、どのように自分を守ろうとしているのかが分かり、過去のトラウマが露わになります。例えば、肩の緊張の高まりがトラウマの状況を現わしていきますが、その肩がどのように表現したがっているかをじっと注意を向けて、少しの間、筋肉や皮膚感覚の実感をじっくり感じてもらって、身体が動かしたいように動かします。また、口がどのように表現したがっているか、口の開け閉めをしながら、じっと注意を向けて、身体の中の揺れ、震え、不快感を見ていきます。そのあと、身体の内なる感覚をじっくり感じながら、恐怖や不動状態に耐え忍ぶことができたら、トラウマが解きほぐされます。ただし、身体の凍りつきをほぐしても、1日も経てばまた凍りついていくために、長い年月をかけて継続していかないといけません。生か死のトラウマを抱えて、症状が重たい人がトラウマの中核に迫ると、胸が苦しくなり、胸が何かを出したくなり、吐き気や気持ち悪さ、寒気、鳥肌、震え、電気が走るなど身体に凄まじい反応が出ますが、自然終息するまで耐え忍ぶ必要が出てきます。

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フェレンツィの臨床日記|心的ショックの心因について


苦しみに襲われているらしい兆候が見えるだけで精神がそこになかったあいだに、彼女が何を経験していたのか探索にとりかかった。呼吸がどんどん浅くなり、思考はとりとめなく、考えることといえば混乱した恐ろしいことだけで、激しい頭痛が首筋に感じられたという。(同じ箇所の頭痛は、彼女をはじめトランス状態を経験した患者が以前からよく口にしていた。)その間は、かすかな音がしただけでも、ほんの軽く触れられただけでも耐えられないようだが、患者はなぜそうなのか説明することができない。そのときいったいどんなふうな気分の動きを感じるのかと尋ねられて彼女はこう答えた。「腹が立ってしかたがない。言いようがない怒り。死ね、死ね、死ね!というだけ。」

ピーター・ラヴィーンのナンシーの治療場面|感動的な発見


まず私はナンシーに、慢性的に緊張している首と肩の筋肉に意識を向け、緩めることを教えた。彼女は深くリラックスしているように見受けられた。呼吸が深くになるにつれ、心拍数が正常範囲へと減少していった。しかし、数分後、彼女は突然激しく興奮しだした。心臓は拍動を強め、一分間におおよそ130回まで心拍数が上昇した。彼女が不規則に喘ぐにつれ、呼吸は早く浅くなった。そして私がなす術もなくただ見つめていると、彼女は突然恐怖で凍りついたのだった。顔は死に顔のように青白くなった。からだは麻痺し、ほとんど呼吸ができないように見えた。心臓はほぼ停止しているかのように思われ、1分間に約50回まで心拍数は急激に低下した。パニックになりそうな自分と戦いながらも、私はまったくどうしていいかわからずただ茫然としていた。

 

「死んでしまいそうです。死なせないでください」。小さな張りつめた声で彼女は懇願した。「助けて、助けてください!どうかこのまま死なせないでください!」……

 

「走って、ナンシー!」私はよく考えもせず指示をしていた。「トラが追いかけてくる。あの岩に上って逃げるんだ」。自分自身の突然の激しい言葉に当惑しながらも、私は驚嘆しながら彼女を見つめていた。ナンシーの足が震え始め、さらに上下に動き始めた。まさにそれは自発的な、走る動作のように見えた。彼女の全身がブルブル震え始めた。初めは痙攣のようだったがそのうちよりおだやかになった。震えがしだいに治まるにつれ(1時間余りかかった)、彼女はある種の幸福感を経験した。彼女いわく、「温かいピリピリとした波に包まれているようなものであった。」

 

参考文献

シャーンドル・フェレンツィ:『臨床日記』(訳 森茂起)みすず書房

ピーター・A・ラヴィーン『身体に閉じ込められたトラウマ』(池島良子、西村もゆ子、福井義一、牧野有可里 訳 )星和書店

 

トラウマケア専門こころのえ相談室 

論考 井上陽平

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