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境界性パーソナリティ障害の心理療法


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 第1節.

境界性パーソナリティ障害の子どもの頃から


虐待や機能不全家庭で育った子どもは、あらゆる苦痛と、苦しすぎる感情を自分の中に封じ込めてきました。しかし、長く過酷な状況から抜け出せず、厳しい環境の変化に適応できないなかで、生きている実感を失い、こころや身体が衰弱しています。そして、ジャネの意識下の固着観念とか、ユングの感情に色づけられたコンプレックスとか、現代的に言えば、怒りや恐怖に怯えた情動的人格部分に支配されていきます。また、複合的なトラウマを負った子どもは、通常の人とは全く違う形でこの世界を知覚していて、この世界が怖くて恐ろしくて、人間が嫌いで、自分に自信がなく、迫害的で脅かされているように感じています。例えば、彼らは、ヒステリックな母親や厳格な教師を見ると、自分を拷問する悪魔のように見えて、この世界がとても恐ろしくて危険に満ち溢れていると感じていることがあります。

 

トラウマにはまり込んでいる子どもは、常に危険や脅威が身近にあるように知覚するので、扁桃体と交感神経の成すがままになり、原始的防衛操作にすっかり染まっており、過剰警戒、過敏性、過覚醒、悪夢、睡眠不足、再体験、パニック発作などで慢性的にストレスホルモンが高い状態にあります。些細なことでも苛立ち、集団が交わる場面では、自分の意志に反して動物的で反射的に危険を感じて、癇癪や暴言、暴力、物損、不動、緘黙、投げやり、無表情などの行動を起こすことがあります。そのため、皆と同じことができずに置いてけぼりを食らったり、自分は他の人とはずっとずれているように感じたり、目立たないようにしたり、周りに合わせようとしたり、みんなを笑わせようとしたりして、自分で自分をコントロールしようとします。 

 

子どものうちは自分の行動を統制する力も弱く、外からの刺激によっては、情動的人格部分が自動的に機能して、訳もなく悲しみ、理由もなく無力感に陥り、意味もなく怒りが沸いて問題行動を起こします。最悪の場合は、大人からの処罰を受ける悪循環にはまり込んでしまうために、恐怖に凍りついて、身動きがとれなくなり、背側迷走神経の働きから、慢性的なうつや解離症状、パニック発作、原因不明の身体症状に襲われてしまい、人生に絶望していきます。そして、身体的には無力な存在なので、本来の自分は、恐怖に震えて、体を縮ま、小さくなっていきますが、もう一方は、強くなろうとして、弱い自分を奮い立たせて、怒りになります。

 

危害を加える人物との争いが続くと、本来の自分と怒りの部分のバランスは崩れていき、エネルギーは枯渇して、痛みや苦しさに変わります。さらに、フラッシュバックや身体症状を引き起こすトリガーが増えていくと、なおいっそう悪魔が蔓延っている不条理な世界であると知覚するようになり、人間不信と愛情の飢えから、こころや精神性の成長は停止します。境界性パーソナリティ障害の人は、原始的な神経の働きや神経系のON、OFF、身体の状態、覚醒度の変化から、自分の状態がコロコロと変わり、一貫性が持てません。そして、解離症状や被害妄想、部分的なフラッシュバックが同時に生じたり、行ったり来たりしているので、常に不安定な気分にさせられながら、生活全般の困難に対しても生きていくしかありません。この耐えられない痛みを切り離す方法がリストカットや過食、買い物、薬物、アルコール、セックス、共依存などになります。

 

性虐待とか性被害に遭った人は、善と罪悪が同時にある状態になることがあります。一方は、親を崇め讃えて、愛されなかった自分が悪いと純白さと純潔さの善の自己像で、他方は、人間を憎しみ、己の罪を罰する漆黒と不潔さの悪の自己像の二つにスプリットします。そして、その間を行ったり来たりしており、前向きに率直に仕事している一方で、自傷を繰り返したり、援助交際でお金を稼いだりします。

 

境界例の重い人の心の中は、すべての色が消えて、白か黒か、快か不快か、支配か服従かという二者択一的な単純行動でありながら、不安と恐怖状態にあり、混乱、興奮、苛立ち、麻痺、空虚感、孤立感の入り混じった複雑な心理構造をしています。そして、心の中にいる自分は出口の見えない迷路のような内的世界に閉じ込められています。親しくしてくれる相手を見つけたら、脱出が不可能な迷路の中に巻き込みます。自分が有利で相手が不利になるようなマイルールを持ち出して、相手を不正に操作できるような構造を作っています。相手が疲れ切ってうずくまると、高慢で支配的な態度を取ります。

 第2節.

境界性パーソナリティ障害の方の心理療法


境界性パーソナリティ障害の心理療法は、難しいと言われています。気分が高揚して、自分の問題と向き合う気持ちがあるときは、カウンセリングを受けたいと問い合わせをしてきますが、当日までその気分が続くことなくキャンセルされる方が多いです。また、気分の高揚と投げやり態度、意欲低下、無気力などの状態を目まぐるしく行き来しているために、途中でドロップアウトしてしまう確率は高いです。

 

当カウンセリングルームでは、まず、セラピストは、出口のない巨大迷路のような内的世界を一緒に歩いて回ります。クライエントは、治療構造を壊しにかかったり、マイルールを持ち出したりするので、こちらもしっかりとした枠組みを作り、構造化させていきますが、両者の構造の中間の道を探ることになると思います。治療期間は、最低でも1年以上かかりますが、トラウマが治るわけではなく、より良い生活が送れるように改善をはかります。

 

クライエントは、過去、親または重要な他者に受け止めてもらえなかった怒りや恐怖、痛みを、現在の人間関係で再現させて、ネガティブな感情として表現していることが多いです。まずは、怒りや悲しみなど思っていることを外に向かって何でも遠慮せずに話していく必要があるので、セラピストは、そのことを十分感じながら、鬱屈した感情を晴らすための容器のような役割(ビオンのコンテイナー)を担います。

 

苛立ち絶望しているクライエントが良い対象であるセラピストに体の中の不快なものを吐き出すことで、セラピストは愛されもせず汚れたものとして扱われるかもしれません。これはクライエントが自分を傷つけた加害者に同一化し、自分が過去にされてきたことを今ここで仕返しているようにも見えますが、その一方で、今までの人生の胸が張り裂けるほどの悲しみや、どうして私だけが…ひどい目にあうのという苦しい胸のうちを晴らしているとも言えます。そして、セラピストは、クライエントの苦しい胸のうちを包容します。

 

クライエントは、セラピストの愛情と不屈の思いやりを通して、安心感を得ていき、胸が潰れそうな思いとか鬱屈した感情ですっかり染まってしまった体を綺麗にしていくことが出来ます。そして、耐えられない痛みの代償行為としての過食嘔吐、自傷行為、過量服薬、アルコール、薬物乱用、衝動的暴力、性的逸脱から次第に抜け出し、良い習慣が獲得されていきます。その後も、クライエントは、償いと攻撃と取り入れと吐き出しのドラマを繰り返しますが、セラピストの思いやりと同一化していくことができれば回復の第一歩が達成されたことになります。そして、クライエントは、どんなことがあっても自分のことをずっと見てくれて、話を聞いてくれたことに感謝し、表情が柔らかくなります。

 第3節.

身体志向アプローチ


上記の方法に加えて、マインドフルネス瞑想や身体志向アプローチ、イメージ療法、音楽療法、動作法、呼吸法を用います。これらの技法は、現実世界の絶え間ない内外の刺激に対しての体の痛みや情動、覚醒度の振れ幅に耐えれるようなこころを育て、体の中の安全な場所を発掘していきます。そして、見捨てられる不安や、一人でいるときの虚無感、自分の思い通りにいかない他者との関係への痛実、不快な感覚を自分一人で処理できるようにしていきます。

 

まずは、体を一通り観察していき、自分の体の凸凹を修正していきます。最初は、凍りついて麻痺した体を見ていき、痛みや違和感、圧迫感、異変を見ていきます。体を見ていくと、麻痺が次第に溶けていき、顔や首、肩、胸、背中などに痛みや凝りがあることが分かります。その部分に着目して、体に意識を向け続けると、どのような変化が起こるのかを経験してもらいます。

 

次に、望ましい記憶や安心できる記憶を思い出してもらい、安全な身体感覚を作ります。と同時に、トラウマがある人は、原始的な防衛システムも作動するので、体の不快感と安全な感覚の間を振り子のように行き来します。体の不快な部分に注意を向けている時は、体の生理的反応の変化を感じながら、気づきを深めていき、緊張をほぐし、思いを吐き出していきます。そうすることで今まで耐えられない感覚や感情を改善するために何をしたらよいのかが分かり、自分が生きているという現実感を感じるようになります。

 

最終目標では、自らの力で不動という極限状態の出入りができるようになると、自然治癒力が発揮されて、心身の状態が大幅に改善されます。このようなセッションを継続すると、身体に本来の安心感が戻ってきて、少しずつ警戒心が消えていき、大きな痛みがありきたりの痛みに変わって、生活全般の困難に立ち向かえるようになります。また、人生を前向きに生きれるようになれば、知覚や認知の歪み、強迫観念を修正していく認知行動療法や精神分析、メンタライゼーション等の技法が有効になっていくでしょう。日常生活では、友人や家族との楽しい時間を過ごす、睡眠をしっかりとる、体に良い食事をとる、瞑想、ヨガ、ダンス、格闘、スピリチュアルなどに取り組むと良いと思います。そして、今の自分で良いと思えるようになっていき、やりたいことに取り組んでいくことで状態は改善されていきます。

 第4節.

日常生活の中で取り組むこと


境界性パーソナリティ障害の方が、日常生活の中で取り組むことを箇条書きにすると、

①家族や友人に協力してもらって、会話をして落ち着いた時間を過ごすとか、外に出て自分の好きなことのために活動する。

②ヨガを継続的に行って、筋肉を伸ばしたり縮ませたりして、しなやかな体を作ります。

③興味や関心のあることに取り組んで、熱中し続けられるような生産的な活動を見つける。

④公園や自然の中で、緑の木々を眺めつつ、地に足をつけてしっかり歩く。

⑤自室では、模様替えをして自分の好きなものを飾るとか、音楽を聴いて自分を癒す。

このようなことを行いながら、家族や社会に支えてもらっているという感覚を育て、自分は何でもできるという自己肯定感を高める必要があります。

 第5節.

心理療法で使われる主な技法


①転移やエナクトメントを扱う技法

カウンセリングルームのなかで、セラピストとの対話を通して浮かび上がる「こころ」「感情」「身体」の動きを見つめながら、自分について語り、自己理解を深めていきます。そして、物事の見方が固定化されていることが多いので、自分や他者の精神状態や気持ちを十分に読みとり受け取る力を育てます。

 

②問題の外在化技法

妄想観念(見捨てられ不安、被害妄想、関係妄想など)を認知的フラッシュバックとして扱い、自分のこころと過去の観念の混同に気づき、その間に仕切りをつけ、客観的に見れるようにします。また、情動的な人格部分を擬人化させ、自分の問題を分かりやすくします。そして、自分の怒りや不安、傷つきやすさなど、防衛している部分に気づき、対話していくことで、その部分に頼らなくてもいいように本当の自分を成長させていきます。

 

③認知行動療法

子どもの頃からの複合的なトラウマにより、歪んで形成されてしまった不安、嫌悪感、罪悪感、従順さ、高慢さ、潔癖さ、粗末さ、攻撃性、妄想、錯覚などの認知の歪みや強迫観念の修正に取り組みます。そして、物事の見方が増えたり変わることで、体質は改善されて、人生が良い方向に進むようになります。

 

④身体志向アプローチ

マインドフルネスやソマティックエクスペリエンス、イメージ療法、自律訓練法、呼吸法などを組み合わることで、身体内部の緊張や麻痺、痛みに向き合いながら、自律神経系に働きかけて、自然治癒力を引き出し、身体の中に安心して住めるように支援します。

 

最終的には、トラウマによって生じる恐怖、混乱、興奮、焦り、苛立ち、麻痺、空虚感、孤立感の入り混じった複雑な感情に対応できるだけの心を育てます。そして、不合理・不確実な社会の中で、どう自分のこころと現実との間で折り合いを付けられるかを話し合い、さらに、何か危険を感じて、落ち着かなくなっても、その場で踏ん張って、自分を元気づけたり、気晴らしの行動を取ったりして、感情をコントロールする方法を学びます。

 

トラウマケア専門こころのえ相談室

論考 井上陽平

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