トップページ > トラウマ・PTSD研究 > トラウマという病
人はトラウマを経験してしまうと、それを経験した後と経験する前では、あまりに強い衝撃に曝されたため、脳や身体が変わってしまいます。恐怖に動けなくなるトラウマを経験すると、同じような経験をすることを恐れ、脅威に備えた生き方になり、身体が鎧化して固くなり、呼吸は浅く、手足は冷えていきます。再び被害に遭うことを恐れる生活が続くと、環境の絶え間ない変化に対して、身体はギュッと縮まった状態でロックされていきます。そして、本来危険でない出来事さえ、体は闘争・逃走や、凍りついて震えるため、自分が脅かされているように感じて、嫌悪する対象への許容範囲が失われていき、対人関係に問題が出ます。また、トラウマの影響により、不安、パニック、うつ、解離など、身体が過剰に反応して、理性よりも情動の働きが強くなり、合理的な脳があまり働かなくなって、情緒がすぐ不安定になります。そのせいで、今の状況を適切に判断できずに、物事をうまく対処することが出来なくなり、自分の人生に意味を見出せなくなります。
家や学校、職場のなかで、自分を脅かしてくる人がいると、闘争ー逃走の過覚醒状態で、サバイバルモードになり、動悸や焦燥感、怯え、苛立ち、過敏さ、怒り、恐怖を感じて、その場にじっとしていられない感覚に陥ります。自分を脅かしてくる存在がとにかく苦痛で、絶え間ない緊張感で、次に何か起きないかと目と耳を澄ませて、神経が張りつめています。自分を脅かしてくる人物に対して、上手く対処できないと、身体が凍りついて、息が苦しくなるとか、胸の奥がギュッと締めつけられる痛みが出て、気が狂ってしまいそうな恐ろしい感覚を味わい、不快感や苛立ち、パニック、過呼吸、フラッシュバックに襲われて、居ても立っても居られないイライラになります。さらに、脅威が存在するのに、闘争-逃走の過覚醒を抑えて、じっと我慢していると、恐怖や無力感が強くなり、疲れて動けなくなるとか、強迫行動を取りたくなるとか、強迫観念で頭の中を嫌なことばかりが浮かんで心配事が増えるとかして、トラウマの世界に閉じ込められます。長年に渡り、このような生活が続くと、トラウマの世界から抜け出せなくなり、複雑性PTSDに至ります。そして、過酷な環境に留まり続けると、過覚醒、凍りつき、感覚過敏、悪夢、気配過敏、驚愕反応、低覚醒、現実感喪失、離人、不動、二重の自己などさまざまな症状が表れます。
人がトラウマの衝撃を受けると、情動の嵐(恐怖や怒り)により、心臓がバクバクし、全身に血液を送って、力をみなぎらせて、過剰に覚醒していきますが、それと同時に、急速に麻痺させられる反応が起きると、筋肉は脱力し、血液の循環が悪くなり、意識レベルが下がって、身体が動かなくなるか、その場に崩れ落ちます。トラウマの衝撃や戦慄は、交感神経と背側迷走神経の働きを目まぐるしくして、心拍や呼吸、筋肉、内臓などの身体の中の生理現象が急激な変化を起こすために、自己の統制力が奪われてしまって、気が狂ってしまいそうな狂気を感じます。人はこの情動状態から、目の前の問題が最悪な方にいかないようにするため、理性を働かせ統制しようとしますが、その代わりに解離症状や離人症、失感情症、原因不明の身体症状、過緊張、過剰適応、嗜癖行動、回避行動、強迫行為、支配的な行動を取るようになります。また、日常生活の中で、身体の中にトラウマを滞らせていると、様々な生理的反応(緊張、不快感、痛み、疼き、痒み、動悸、呼吸、発汗、吐き気、覚醒、麻痺、不動化、脱力など)が現れて、その反応に混乱します。また、統制の利かない情動(恐怖、怒り、悲しみ、寂しさ、恥辱、無力感、絶望)に圧倒されます。さらに、それらを引き起こす外界の刺激(人の表情、気配、態度、感情、話す内容、足音、物音、光、匂い、光景、振動など)に敏感になり、過剰警戒して、嫌悪する事柄が増えていきます。そして、ちょっとした刺激にも、脳や身体の神経が繊細に反応し、ストレスや緊張、恐怖が絶えず高い状態になると、心身のバランスが崩れていき、苛立ちや集中力低下、忘れっぽさ、注意散漫、焦燥感、睡眠障害など陥ります。
トラウマの恐怖に苦しんでいる人は、過去のトラウマを思い出させる人や場面との接触に恐怖します。再びトラウマに曝されてしまうのではないかというと予期不安に胸が苦しくなります。また、実際にトラウマを再体験しそうになると、動悸が激しくなり、胸は締め付けられて、呼吸は浅く早く、焦燥感に駆られて、身体がもの凄く反応し、動きたいという衝動が出ます。このときに、適切な行動が取れないと、不快な気持ちや考えに囚われていきます。人によっては、息ができなくなり、フラッシュバックやパニックが起きます。トラウマがある人は、恐怖や嫌悪する刺激に曝されると、筋肉が収縮し、自律神経系の調整不全が生じて、複雑な症状を呈します。頭の中は、恐怖に関連した光景、感覚、情動、音、臭いなどが蘇ると、身体は硬直して、呼吸困難や頭痛、胸の痛み、お腹の痛み、発汗、吐き気が出ます。また、普段から漠然とした不安があり、何か取り返しのつかない恐怖を感じたり、どうしようもない人間関係のことをグダグダと悩んだり、ネガティブに考えすぎたりしてしまいます。そのため、健康な人に比べて、心と体が3-100倍くらい傷つきやすく、恐怖や不快感、孤独への耐性が低いのが特徴です。トラウマがある人は、自分は大丈夫だと思っていても、毎日のように脳や身体の方が危険や脅威を感じています。脳や身体の方が勝手に危険だと判断すると、闘争・逃走反応のスイッチが入り、過覚醒になります。トラウマを負った本人はよく分からない場面でも、身体の中のトラウマが疼きだして、モヤモヤ、ソワソワして、落ち着きがなくなったり、イライラ、ムズムズして、じっとしていられなくなります。そして、不快な感覚にのまれて、居ても立っても居られなくなり、無意識のうちに動かされ、不適応な行動を取るかもしれません。さらに、その不快感を発散できないでいると、怒りの爆発とか、息がしづらくなるとか、固まるとか、頭が真っ白になるとか、自分が自分で無くなるとか、機能停止に陥ることがあります。
トラウマのある人は、ストレスが去った後でも、ストレスホルモンが通常の人よりも下がりにくく、不快感が残り続けます。そのため、人にイライラをぶつけたり、投げやりな行動をとったり、無表情になったりして、人間関係がうまくいかず、気分が落ち込んで、身体がしんどくなります。人は、トラウマ的出来事に曝されることで、敏感に反応するようになり、ほんとうはそうされていなくても、想像上の脅威を感じたり、被害妄想が膨らんだり、過剰に警戒させられて、身体は鎧化します。そして、興奮した状態がなかなか冷めなくて、睡眠が取れなくなり、長期的なストレスは、身体を過緊張や麻痺状態に置いて、自律神経システムや免疫システムは破壊されます。今やトラウマを負った人は、外界の気配や他者の言動に対して怯えるだけでなく、内なる葛藤や身体内部の混乱により、内的な世界が戦闘地帯になり、頭の中がネガティブなことで支配されます。生まれ持って身体が弱い人は、さまざまな身体の症状に苦しむようになり、原因不明の身体の不調に悩まされます。また、内的世界の葛藤や混乱を外在化させ、外的現実と身体内部の境目が無くなくなり、現実検討力が失われます。そして、外の世界の刺激に警戒し、身体内部からも攻撃されているように感じて、無数の目に見えない想像上の脅威と戦うようになり、トラウマ性の精神病に陥ることもあります。トラウマのストレッサーが身近にあり、フラッシュバックや不眠、身体の不調でまともな日常生活が送れなくなると、頭の中で思考がグルグルと回るだけになり、自責感や迫害不安に悩まされて、自殺を企てることがあります。最悪の場合、あらゆる刺激が不快な情動や生理的反応の痛みを起こす引き金になるので、ストレス過多になり、通常のリラックスした状態には二度と戻れなくなります。そして、脳や体は悲鳴をあげて、炎症を起こしていって、長期のストレスや不安から植物のようにじっと動けず、いつまで生きていられるかという世界にいる人もいます。
トラウマによる恐怖や麻痺の対象は、学習や条件反射による汎化という現象によって、次第に拡大していき、本来は危険でないはずのものまで脳や身体が危険だと認識することが起きます。また、極限の緊張状態にあると、恐怖や怒り、戦慄、動悸、麻痺、凍りつき、パニック、疼痛などの身体内部の生理的反応が外界の刺激によってもたらされたと思い込むようになり、不快な刺激が段々と増えていって、この世界はとても恐ろしく、危険に満ちていて、敵ばかりがいるように知覚されます。そして、周囲の視線や気配に過敏になり、危険や脅威が身近にあるように捉えるようになるため、交感神経に乗っ取られやすく、原始的防衛操作にすっかり染まって、過剰警戒、長期的な不安、過覚醒、不眠、否定的認知、フラッシュバック、イライラ、緊張、身体不調などに悩まされます。さらに、自律神経システムは乱され、身体内部は混乱して、外からの刺激に敏感に反応してしまい、不快な情動や生理的反応を引き起こす刺激は回避するようになり、最悪の場合は、身動きが取れなくなることもあります。また、些細な刺激に対して、敏感に反応することで生活全般が困難になると、逆に今度は、刺激を麻痺させることで対処しようとして、何も感じられない、何も考えられない、自分のことがよく分からない解離状態になります。
トラウマケア専門こころのえ相談室
論考 井上陽平