トップページ > トラウマ・PTSD研究 > 過剰警戒のメカニズム
第1節.
過剰警戒とは、どのような状態を指すのでしょうか? これは、長期間にわたり脅かされる環境に身を置いてきた結果、心と体が過度に敏感になってしまう状態を指します。具体的には、体が常にビクビクしていて、脳が周囲の危険を敏感に察知するようになります。これにより、常に落ち着かず、周りを警戒せざるを得ない状況が生まれます。
この過剰警戒の状態は、過去に経験したトラウマティックな出来事が引き金となっていることが多く、日常生活のさまざまな場面がそのトラウマを呼び起こすトリガーとなります。そのため、トリガーに触れないように、周囲の状況に対して非常に注意深くなるのです。
特に、トラウマの影響が強く残っている場合、予想外のストレスや突然の出来事に直面すると、体が反射的にビクッと反応し、心臓が激しく鼓動し、息苦しさを感じることがあります。こうした身体反応は、危険を回避するために、さらに周囲を警戒する行動へとつながります。
長期間にわたり警戒状態が続くと、他者の顔色や発言、振る舞い、表情までもじっと観察するようになります。これは、無意識のうちに潜在的な危険を察知しようとする自然な反応ですが、過度に働くことで日常生活に大きな負担をかけることになります。
過剰警戒には、主に二つのタイプがあります。一つは、身体が常に緊張していて、生存本能が強く働くために、ネガティブな情報や物事の細部に注意が集中するタイプです。もう一つは、全体的な状況を把握し、場の空気を読み取ろうとするタイプです。どちらも生存を維持するための適応的な反応ですが、過度に働くことで、心身に大きな負担をもたらすことがあります。
▶過剰警戒:日常生活への影響と対処の工夫
過剰警戒に陥っている人は、身体が過去の生命の危機を覚えているため、日常生活の中で常に負の影響を意識しながら、工夫して生活を送っています。彼らは常に神経を張り詰めており、大勢の人が集まる場面では不安が一層高まり、周囲の物事が気になって視線が絶えず動き、周囲を観察せずにはいられません。
嫌な予感がすると、彼らはそれを全力で回避しようと行動します。何か悪いことが起こるのではないかという不安に常に苛まれており、自分の感情に圧倒されたり、行動を制御できなくなったりすることを恐れています。そのため、取り返しのつかない事態に陥らないよう、強い刺激を避け、注意深く状況を見守り続けます。
彼らの目に映る外の世界は、安心して広がっている場所ではなく、むしろ他人が自分に危害を加えようとしているかのように感じられます。その結果、自己を守るための手段を見つけることができず、常に不安と警戒心に苛まれながら生活を続けています。
第2節.
トラウマを抱えている人は、常に自分にとって脅威が存在するかどうかを意識し、周囲の状況に細心の注意を払っています。彼らの自律神経系や覚醒度はうまく調整できず、身体内部に常に不安や不快感を抱えているため、外界からの微細な刺激にも敏感に反応してしまうのです。普段なら気にしないようなことまでが、過剰警戒モードを引き起こし、身体が緊張状態に陥ります。
特に、人混みや苦手な人物がいるかもしれない場所では、人の気配や足音に敏感になり、頭の中ではその状況を理解しようと絶えずアセスメントが行われます。そして、潜在的な危険が迫っていると感じた瞬間、恐怖や怯えが一気に強まり、交感神経が過剰に働いて身体が行動の準備を始めます。このとき、頭の中では理性的な判断よりも情動的な反応が優先され、接近か回避かを即座に決定しようとします。
その結果、闘争・逃走反応が引き起こされるか、あるいは身体が凍りついてしまうようなフリーズ反応、あるいは虚脱してしまうことがあります。これらの反応は、過去のトラウマが強く影響しており、トラウマを抱える人々にとっては、日常生活の中でも繰り返し起こる苦しい体験です。
第3節.
親子関係のトラウマに悩まされている人は、日常生活の中で常に親の顔色を窺い、気配や足音に敏感になります。親の気配を感じると、息を止め、聞き耳を立てて状況を探り、家の中で物音がするたびに警戒心が高まります。この過剰な警戒心は、心臓がドキッとし、動悸が激しくなり、呼吸が浅く速くなるといった身体的な反応として現れます。息を潜め、恐怖でビクビクし、落ち着きを失ってしまうのです。
特に、家の中で苦手な人と突然出くわしたときには、驚愕反応が起き、心臓が縮みあがるか、身体が凍りつき、時には自分の体から意識が離れるような感覚に襲われることもあります。さらに、苦手な人がヒステリックに態度を豹変させ、攻撃的になると、命の危険を感じるほどの恐怖に苛まれます。このような状態にある人は、戦うことも逃げることもできず、自分を守る術を持ちません。その結果、相手に目をつけられないように、目立たないように息を潜める日々を送ることになります。
日常的には、相手の顔色や振る舞い、気持ちに敏感に反応し、足音が近づいてくるたびに恐怖心が募ります。また、いつ苦手な人に出くわすかを常に気にしており、相手が家にいるかどうかを確認し、帰宅する時間を恐れています。長年このような生活を続けていると、常に次の脅威に備える生き方が染みついてしまい、どこにいても緊張状態が続きます。その結果、神経は張りつめ、外の世界に対して過敏になり、身体がカチコチに凍りついたように感じ、さまざまな心身症状に悩まされることになります。
第4節.
過剰警戒の状態にある人は、些細なことにも過敏に反応し、頭の中で警告音が絶えず鳴り響きます。彼らの意識は常に外部に向けられ、全方位に注意を張り巡らせています。人の気配や言動、振る舞い、態度など、細かいことまで気にせずにはいられず、ソワソワと落ち着きを失ってしまいます。例えば、一人でいるときには多少リラックスできることもありますが、周りに誰かがいると、途端に安心感を失い、「今ここ」にいること自体が不安を引き起こします。彼らはその不安から目をキョロキョロと動かし、周囲の情報を集めようとします。
こうした過剰警戒状態の人は、他者の動向に敏感に反応し、自分がどう見られているのか、相手の気持ちがどうなのか、自分の状態がどうなのかを常に気にかけます。その場の空気を読み取ろうと全体を見渡し、頭をフル回転させながら、目や耳、鼻を使って相手の動向を探ります。相手の目の動きや表情の変化をコマ送りのように細部まで観察しようとし、周囲の動きや置いてあるものの細かいところにまで気が付きます。さらには、目に見えないものまで感じ取り、時には自分の背後にも意識を向けることができるほどです。
しかし、このような過剰な情報処理は、心身に大きな負担をかけ、慢性的な疲労を引き起こします。特に集団の場面では、多くの情報が一度に入ってくるため、その処理に追われ、安全かどうかを確認するまで前に進むことができず、気を使いすぎて疲弊してしまいます。また、一般的に目に見えないものや、新しい変化に対して強い恐怖を抱く傾向があり、急な出来事や想定外の状況には対応が難しくなります。このような過剰警戒状態が続くと、日常生活においても常に緊張感が伴い、心身の健康を損なうことがあります。
第5節.
過剰警戒の状態にある人は、常に脅威を避けようとし、強い緊張感に苛まれています。その結果、人生がなかなかうまく進まないことが多く、日常生活に多大な支障をきたします。彼らの神経は非常に繊細で、些細なことでも体がビクッと反応し、周囲の人の気配に過敏になってしまいます。このため、自分のやりたいことに集中できず、意識と労力を周りに注ぎ込みすぎてしまうのです。
一方で、人生が順調に進んでいる人々は、過剰な不安や警戒心に縛られることがなく、安心感を持って生活しています。彼らは周囲の人々に過度な意識を向けることなく、自分自身の興味や関心に集中できるため、効率的に物事を進めることができます。この違いが、人生の質に大きな影響を与えるのです。
安心感を持つためには、自分の内面を見つめ直し、過剰な警戒心や緊張を和らげることが重要です。そうすることで、自分の人生に集中し、より充実した日々を送ることが可能になります。
第6節.
過剰警戒モードから抜け出すためには、まず、人の気配や嫌な情報を意識的にシャットアウトすることが大切です。視覚情報に敏感な人は、視界をぼんやりさせることで、過剰な刺激から自分を守ることができます。例えば、視力を落とすためにソフトな光の環境を作ったり、部屋の照明を暗くすることが効果的です。聴覚に敏感な人は、聴覚過敏用の耳栓を使用したり、特定の音が気になる場合には、その音を発している人と話し合い、音量を下げてもらうようお願いすることが良いでしょう。
人の気配に過敏になりやすい方は、自分の好きなことに没頭し、周囲の気配から意識を外すように努めることが重要です。趣味や興味のある活動に集中することで、過剰な警戒心を和らげ、リラックスした状態を保つことができます。
過剰警戒状態にある人は、常に次の脅威に備えるため、体が無意識に緊張してしまいます。この緊張を解くためには、全身の力を意識的に抜くリラクゼーション法を取り入れることが効果的です。深呼吸やストレッチなどを日常的に行うことで、体がリラックスし、警戒モードが徐々に解かれていきます。
さらに、脅威に備えなくても良いという感覚を身につけるために、自分の体の反応を日常的に観察するセルフモニタリングも有効です。自分の体がどのように反応しているのかを冷静に見つめ、過剰に反応していることに気づいたら、リラックスする方法を実践する習慣をつけましょう。これにより、過剰な警戒心が徐々に和らぎ、心身のバランスを取り戻すことができます。
トラウマケア専門こころのえ相談室
論考 井上陽平