身体論

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トラウマによる精神疾患とは、長期的に気持ちが沈みこんだり、絶望や無力を感じたりすることによって、日常生活を営むことさえ困難になるような精神的、または身体的症状を発症することから、「心」に生じる病であると思われるかもしれません。しかし、そのような病症を「心」の問題に還元して捉えるのは、今日の日本社会に浸透する近代的な思考によるものということができます。近代社会においては、医療の在り方をみても明らかなように、本来であれば切り離して捉えることができない、繋がりをもったものである人間の心身をばらばらのものとして捉えて治療するという特徴があります。これは、近代医療が、哲学者デカルトの思想の影響を受けていることを示しています。彼は、「我思う故に我なり」と論じましたが、自分が「考える」ということを根拠に自分が存在していることを示しており、身体は二次的なもので思考こそが一番重要なものとして捉えています。ここから、心身を二元論的に捉える思考が始まり、心と身体を別々のものとして見なすようになっていきました。今日の医療では、身体上の病理や怪我などは、近代医療施設において投薬や手術などの方法でそれらの症状を取り除かれ、治療において焦点があてられるのは身体のみであることがわかります。そこでは、多くの場合が、患者の「心」や思いがなおざりにされているが現状です。

 

しかし、トラウマを経験することで精神疾患や身体の症状を抱えている場合には、心身の症状を別々に扱ってそれぞれを別に治療しても改善は難しいと言えます。先にも述べたとおり、人間の心と身体は繋がっているために、トラウマを経験した心身の症状を治療するためには、その両方に着目することが重要となっていきます。当相談室では、トラウマによる精神疾患を、単に心に傷や悲しみを負った状態である「心」の問題としてのみ捉えるのではなく、それらの経験によって生じた身体の症状を取り除くことによって「心」の状態を改善させることを目指します。

 

トラウマを心身両方の問題として捉える理由には、トラウマを負うと、まずは身体の神経や五感が過敏になることがあげられます。それらは身体を通じた経験として身体に刻まれるため、トラウマを負った人の身体は元のそれとは異なるものに変容した状態になります。なにか恐ろしい経験をすると、身体が、過敏に周囲の環境や、他者との関係性を含む日常のあらゆる出来事に反応するようになります。視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚といった感覚が過敏になるため、日常のなかでそれらを感じとるたびに過剰に反応することが不快になっていきます。敏感に感じ続けることに避けるために、自分を取り巻く環境や他者を警戒し、傷ついたり身体に痛みを感じたりするのを避ける傾向がでてきます。したがって、普段より痛みを感じないように、身体を麻痺させて生きていくようになりますが、そうすると過去に受けたトラウマやそれが原因となって、これまで麻痺させてきた身体の感覚が、身体のなかで塊となった状態のなま麻痺させて固まっている状態が続くことになります。

 

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