自己愛の病理と人格形成

自己愛性人格障害が形成されていく要因は、大きく分けると6つあります。一つ目は、母子等の人間関係のこじれによる劣等感や無力感、孤独感、恥辱感、自己愛的傷つきから自意識が過剰になる心理学的要因になります。二つ目は、子ども時代のトラウマによる過覚醒症状から、前頭葉(前頭前皮質)の実行機能が鈍くなるとか、扁桃体や交感神経系の働きにより、理性的な判断が難しくなっていて、こころの発達が未熟で自己中心性の高い人です。このような人は、不快刺激に圧倒されて、過覚醒になってしまうことが嫌なので、出来る限り、快刺激に接近してようとして自己中心的になっていきます。三つ目は、発達早期のトラウマにより、一度破綻(身体の凍りつき、不動化、孤立無援、崩れ落ちる)の衝撃を経験している人です。一方は、日常生活の衝撃や恐怖に圧倒されていて、恥や敗北、無力化した自己の部分は内側に閉じこめられていきます。もう一方は、対人関係において自分が恥をかかされたり、敗北した状況を避けようとしており、相手と比べて自分が優位に立とうとします。また、他者に関わるために使えるエネルギーが低下していて、思いやりや共感性を持つよりも、危険から自分のこころと身体を守ることが最優先されているため、不快を避けて快を得るという自己中心性に支配されています。四つ目は、自己愛の強い親の顔色を伺いながら育ってきてるために、親の言動や信念をモデリングしていることがあります。五つ目は、社会や家族の変化により、皆のこころが自由になり、以前より多様性がずっと認められるようになりました。その反面、皆が利益ばかりを追求して、損得勘定が世間一般の価値観になってしまったので、法律に反していなければ何をしても良いとか、正しさよりも快楽や欲求を充足させることを優先する人がいます。六つ目は、生まれ持った資質の弱さや発達のアンバランスがあり、苦手さを補うために過剰になるとか、想像力の質に障害が見られるため、世間一般の常識と自分の認識にズレがあるとか、ネガティブな感情をうまく処理できない人です。これらの要素が複雑に絡み合いながら、トラウマという不条理な有り様のなかで育ち、内的には自己の分裂が存在していて、極端な性格になることで、自己愛性人格障害を形成していきます。自己愛性人格障害の人は、利己的で他罰的で、自分の欠点を否定し、他者の意見を素直に受け入れられなくなり、他者と競争し、自分の目的のためなら他者を操作をしようとする自己中心的な行動を取ります。

 

▶自己愛の病理

 

自己愛の病理は、ありのままの自分を愛せない病気とも言えます。例えば、虐待やネグレクトする親を持つことの絶望とか、性被害にあうことで変えようのない体を持つとか、ギャンブルやアルコール依存にはまる親を持つどうしようもなさとか、いじめられていても戦うこともできない無力な自分とか、父親から暴力を振るわれる母親を見ている無力な自分とか、様々なことを負わされることで自分のことを愛せなくなります。また、深く傷つけられた体験をした人が自分は汚らわしい存在とか、恥をかかされたのに怒ることが出来ず自分は無力であると自己規定してしまうと、良い自分(他者との関係で承認された良い部分)のほうが悪い部分(不承認される悪い部分)を批判したり、なんとか追い出そうとしたりするので、高められた自己像と低められた自己像の間で分裂が起きます。この二つに分裂した自己像を統合することは難しく、ありのままの自分を愛することは出来なくなります。別の言葉を使えば、痛ましいトラウマにより、尊厳が踏みにじられることで自己を構成する各部分がスペクトルの両極に分裂してしまい、一瞬にしてありのままの自分(等身大の自己)を失ってしまいます。一部、例を挙げると、万能感か無力感、善か罪悪か、純潔さか不潔か、優越感か劣等感、過覚醒か低覚醒か、亢進した部分か退行した部分か、サディズムかマゾヒズムかに引き裂かれることにより、極端に違う自分が同時に存在する状態になり、その間を行ったり来たりすることで自己イメージは混乱して、極端な行動をとるようになります。

 

一方で、発達早期のトラウマの場合、ありのままの自分は、現実ではあまりに小さくて無力なため、生き残れなかったと言える場合もあります。例えば、大人から侮辱され、恥をかかされ、理不尽な目に合わされてきた子どもは、酷く傷つき、弱くて小さい存在です。しかし、弱くて小さいありのままの自分では生きては行けないので、生き残るための一つの方法として、強くなって、冷酷になって、加害者の大人側に回ることがあります。そのほかにも、大きいふりしたり、明るいふりしたり、まともな人間のふりをしたりと自分の本当の感情を見せないで、無意識のうちに強く明るく元気があるように振る舞ってる人がいます。あるいは、狼のようになって周囲を過剰に警戒したり、攻撃したりして生きている人います。また、困難な日常生活を切り離しながら、夢の中で生きている人もいます。こうした子ども時代の親子間、学校社会のトラウマにより、子どもは自己を極端に分裂させてしまうため、将来の人格形成に大きな影響を与えてしまいます。

 

自己愛性パーソナリティ障害とは

▶自己愛性パーソナリティ障害の原因

 

自己愛パーソナリティ障害はどのような原因でなってしまうのか、その流れを記述していきます。自己愛性パーソナリティ障害の人は、養育者からのネグレクトや虐待、過干渉など受けて、子どもの頃から過酷な環境で育っており、とても臆病で傷つきやすく大人しい一方で、傲慢で妄想的で尊大に振る舞うなど歪んだ自己愛の世界で生きています。子どもは、母親(養育者)との関わりのなかで、自分を意識し、自己概念を発達させます。つまり、子どもは、どんな時でも母親(養育者)を必要としており、自分が自分であるというのは母親があって成り立ちます。そして、子どもは母親の眼差しを見て自分のことを価値があるように思います。母親から愛情をたっぷり貰うことで、自己のまとまりはしっかりしていき、こころは豊かになります。しかし、母親の不在やネグレクトなどの虐待、過干渉のもとで育った人は、自己愛が歪んだ形であらわれて、こころは病的になります。例えば、母親から愛情を一つも貰えなかった子どもは、自分の心を落ち着かせて支えてくれる体験が不足していきます。そして、母親に見捨てられるという恐怖があるので、必死にしがみついて、良い子を演じるとか、母親の愛情を勝ち取るために、誰よりも優位に立とうと努力します。また、生まれ持った資質の弱さや不幸な生い立ちの子どもは、自分の恥じている部分を隠そうして、人の目を気にします。あとは、トラウマによる恐怖や痛みを麻痺させていくようになると、自分の感覚も人の気持ちも分からずに育っていきます。その一方で、ある時、大人から愛情を貰うとか、クラスメイトの子よりも勝っているという優越感に浸る体験をするとか、周りの子から羨ましがられることがあると、今まで欲しかったものが手に入り、その快感に取り憑かれるようになります。その後も、そのときの快感が忘れられず、自分の中に強く残ってしまうので、人と比較するとか、人に認められるための行動をするようになり、自分を尊大に見せるために、対人関係の取り方が極端になっていきます。

 

母親の世話(肌を包んで安心させてもらうぬくもり)が過度に不足し、虐待やDVを受けて育った子どもは、両親の顔色を伺いながら、気持ちを先取りして、期待に添えようと、規律を守り、行動の順序を考えて、良い子として頑張ります。しかし、普段の頑張りを誉めてもらない場合は、ガラガラと崩れ落ちる絶望感のなかで、親の不適切な養育に怯えながら、落ち着いて身体を休めることができません。次第に、生活全般の困難に圧倒されて、自己感覚が麻痺していき、太古的な情動や興奮に身体が蝕まれ、過覚醒が慢性的に活性化してストレスになり、自己調整機能や覚醒度のコントロール異常が起きます。そして、過剰な警戒心から、身体が緊張していき、ある状況を不快に思ってしまうと、全身が闘争・逃走の過覚醒にすっかり染まってしまうため、自分を落ち着かせる刺激を過剰に好むようになります。また、乳児期から児童期のトラウマは、一瞬にしてその人をバラバラにして力を奪い取り、感覚情報が視床と皮質で統合されずに断片化されることがあり、意識や認識過程の領域を狭めて、こころの成長を止めてしまうことがあります。さらに、トラウマにより脳のフィルターが全開になっている人は、無意識の本能的衝動や欲求との境界が開放されているので、自我意識(衝動を抑えて欲求の充足を先に延ばし、長期的な目標に従う)は衰弱していきますが、衝動のままに行動して目先の欲求を満たそうとする快楽原則に支配されます。あとは、日常生活の困難が増して、恐怖や苦しみに圧倒されると、解離性症状が重くなり、私は人間であるという体験(自己感覚・身体感覚)が麻痺していきます。自分が自分で無くなっていくことで、自己、身体、感情、時間感覚が分からなくなり、他者の視点に立つよりも自分の感覚を取り戻すために、強迫的に力やスリルを求めることがあります。また、自己感覚が麻痺すると、自他の区別がつきにくくになり、自分のことがよく分からず、当然他者の気持ちも理解できなくなり、世間一般の常識と自分の認識がズレていきます。さらに、発達早期に無力化されるようなトラウマを受けた人は、その衝撃や恐怖により、自分が自分でなくなり、もともとの自己の部分は、内側に閉じこもることがあります。そして、二度とこのような破局(カタストロフ)体験が起きないようにと用心深くなりながらも、完璧なものを求めて、自分の存在感をアピールしたり、他者に認められようと過剰に努力します。身体の方は、常に緊張していて、とても疲れやすくなりますが、その分だけ好き嫌いをはっきりさせて、自分のしたいようにすることで自分を楽にします。自己愛性人格障害の人は、自分のやりたいようにやっているときが人間らしい呼吸ができる唯一の時になります。

 

以上のことが折り重なり合うことで、感覚の過敏性と鈍麻の間を行き来して、不快な場面では、泣いて怖がり、身体の感覚を麻痺させるようになりますが、興奮する場面では、周りが見えなくなるほど熱くなって自己中心性が増していきます。そして、親の機嫌の悪さを察知して、臆病で過剰に同調的な良い子の部分と、親に注目されようと、明るく元気に振る舞ったり、おどけて悪ふざけが過ぎたりする部分と、危険を感じて覚醒し、自分の技能を高めるために、スリルを楽しんだり、周りが見えなくなるほど自己中心的に振る舞ったりする部分など、極端な行動をとる自己を持つようになります。また、人間は生理的欲求が欠乏すると、その充足を求めて行動しますが、安全・安心が脅かされたり、尊厳が踏みにじられることにより、神経系の働きが闘争・逃走反応の状態に改変されて、ストレスホルモンのレベルが高くなると、理性との間で生理的混乱が生じます。その混乱を制御しようとすればするほど、多くのエネルギーが必要になり、自制しようとするパワーも切れるので、自分を誘惑する内なる声に従うようになります。さらに、神経が尖って精神機能が過酷になると、他者の感情を読み取ったり受け取ったりすることが出来なくなり、社会の人々との繋がりを難しくさせます。あとは、子どもはケアの不足により生じた悲しみとか、空虚感を埋めるように物心ついた頃から、女の子はスピリチュアルな空想へ耽溺し、お人形遊び、絵を描くなど女性性と同一化します。他方で、男の子は力のある誇大感を欲して、戦隊モノやヒーロー像、武器など男性性と同一化しますが、男女共に現実の親子関係よりも空想した人物を同一化のモデルにして精神のバランスを保ちます。そして、男の子の場合は、男性性の誇大感を高めるため、力、成功、論理的思考、決断力を身につけ、周りから認められたいと頑張ります。

 

父親から暴力をふるわれる母親の姿を見たりとか、精神的に未熟で、自分の情緒を安定させるために「良い子」でいるようにコントロールされた子どもは、親子の境界性(バウンダリー)が恐怖によって侵害されており、ありのままの等身大の自己が育っていません。このような子どもは、他者の顔色を伺い、他者に強く影響されていて、自他の区別がつきにくい状態にあります。そして、無意識のうちに親の支配下に置かれていて、親の不安や強迫観念、損得勘定を引き継いでおり、幼児的万能感や妄想の体系を維持するために、他者を不当に利用して自分が有利になる構造を作り出し、自覚なしに境界性を侵害します。また、トラウマの恐怖により、私は人間であるという自己感覚・身体感覚が麻痺していくと、相手に侵入される恐怖と、相手の境界性に勝手に侵入していくようになります。その他、本当の自分の感情を見せず、良い子の仮面を被って努力している場合は、親から高い達成レベルを求められると、その理想に届きようがないので、子どもは無意識のうちに空想の中で自分はもっとできるんだと思い込むことがあります。その一方で、大人から酷い目に合わされてきた子どもは、「どうして私だけが…」と被害感情の方が強くなりすぎて、他者の精神状態を思いやる余裕が無くなります。そして、「自分はダメな人間だ」という劣等感で落ち込んでいると、誘惑に負けやすくなり、ストレスによって欲求が生じて、本能のままに間違った方向に進みます。一般的に自己愛が強い人は、被害感や劣等感のある部分と自分は何でも出来るんだと思い込んでいる誇大な部分の間を行ったり来たりしています。

 

あとは、社会学的な見方で言えば、利益ばかりを追求する格差社会のなかで不条理な立場にいる子どもは、他人と同じことをしたくても出来ないので、辛さ、悲しさ、悔しさ、やり切れなさ、それが怒りになって、自己中心的で浅ましい人間になりがちです。また、発達学的な見方で言えば、自己愛性パーソナリティ障害と見える人の中には、生得的な発達障害(軽度の自閉傾向、他者の表情を読み取るのが苦手、抽象的な言葉や比喩を理解できない、感覚過敏、こだわり、視覚優位、自他の区別があいまい、恥の体験をうまく処理できないなど)を基盤に持っており、能力のアンバランスさが大きかったり、生まれつき劣っているという劣等性を持っていたりします。

 

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