自己愛の病理と人格形成

自己愛性人格障害が形成されていく要因は、大きく分けると4つあります。一つ目は、母子等の人間関係のこじれによる劣等感や無力感、虚無感、自己愛的傷つきから自意識が過剰になる心理学的要因になります。二つ目は、子ども時代のトラウマによる過覚醒症状から、前頭葉の実行機能が鈍くなるとか、扁桃体や交感神経系の働きにより、理性的な判断が難しくなっていて、こころの発達が未熟で自己中心性の高い人です。三つ目は、社会や家族の変化により、皆のこころが自由になり、以前より多様性がずっと認められるようになりました。その反面、皆が利益ばかりを追求して、損得勘定が世間一般の価値観になってしまったので、法律に反していなければ何をしても良いとか、正しさよりも快楽や欲求を充足させることを優先する人がいます。四つ目は、生まれ持った資質の弱さとか、発達のアンバランスがあり、ネガティブな感情をうまく処理できない人です。これらの要素が複雑に絡み合って、自己愛性人格障害を形成していきます。

 

▶自己愛の病理

 

自己愛の病理は、ありのままの自分を愛せない病気とも言えます。例えば、性的に虐待する親を持つことの絶望とか、性被害にあうことで変えようのない体を持つとか、ギャンブルやアルコール依存にはまる親を持つどうしようもなさとか、いじめられていても戦うこともできない無力な自分とか、父親から暴力を振るわれる母親を見ている無力な自分とか、様々なことを負わされることで自分のことを愛せなくなります。また、深く傷つけられた体験をした人が自分は汚らわしい存在とか、恥をかかされたのに怒ることが出来ず自分は無力であると自己規定してしまうと、良い自分(他者との関係で承認された良い部分)のほうが悪い部分(不承認される悪い部分)を批判したり、なんとか追い出そうとしたりするので、高められた自己像と低められた自己像の間で分裂が起きます。この二つに分裂した自己像を統合することは難しく、ありのままの自分を愛することは出来なくなります。別の言葉を使えば、痛ましいトラウマにより、尊厳が踏みにじられることで自己を構成する各部分がスペクトルの両極に分裂してしまい、一瞬にしてありのままの自分(等身大の自己)を失ってしまいます。一部、例を挙げると、善か罪悪感か、純潔さか不潔か、率直さか不正か、霊性か肉体か、過覚醒か低覚醒かなどに引き裂かれることにより、極端に違う自分が同時に存在する状態になり、その間を行ったり来たりすることで自己イメージは混乱して、極端な行動をとるようになります。

 

一方で、発達早期のトラウマの場合、ありのままの自分は、現実ではあまりに無力なため、生き残れなかったと言える場合もあります。例えば、大人から侮辱され、恥をかかされ、理不尽な目に合わされてきた子どもは、酷く傷つき、弱くて小さい存在です。しかし、弱くて小さいありのままの自分では生きては行けないので、生き残るための一つの方法として、強くなって、冷酷になって、加害者の大人側に回ることがあります。そのほかにも、大きいふりしたり、明るいふりしたり、まともな人間のふりをしたりと演技して生きている人もいます。あるいは、狼のようになって周囲を過剰に警戒したり、攻撃したりして生きている人います。また、困難な日常生活を切り離しながら、夢の中で生きている人もいます。こうした子ども時代の親子間、学校社会のトラウマにより、子どもは自己を極端に分裂させてしまうため、将来の人格形成に大きな影響を与えてしまいます。

 

自己愛性パーソナリティ障害とは

▶自己愛性パーソナリティ障害の原因

 

自己愛パーソナリティ障害はどのような原因で出来るのか、その流れを記述していきます。自己愛性パーソナリティ障害の人は、養育者からのネグレクトや虐待、過干渉など受けて、不条理な環境で育っており、とても傷つきやすく大人しい一方で、傲慢で妄想的で尊大に振る舞うなど歪んだ自己愛の世界で生きています。子どもは、母親(養育者)との関わりのなかで、自分を意識し、自己概念を発達させます。つまり、自分が自分であるというのは母親(養育者)があって成り立ちます。そして、子どもは母親の眼差しを見て自分のことを価値があるように思います。しかし、母親の不在とか過干渉、ネグレクト等の虐待を受けて育った人ほど自己愛が歪んだ形であらわれます。特に、母親の不在や虐待、父親から母親へのDV、母親の精神病理、母親の理不尽な養育態度(兄弟葛藤)で育つと、子どもの自己は生成されず、こころは貧しくなります。一方で、母親から愛情をたっぷり貰うと、自己のまとまりはしっかりしていき、こころは豊になります。

 

母親の世話(肌を包んで安心させてもらうぬくもり)が過度に不足し、暴力的言動を受けるとか、目撃するなどの厳しすぎる家庭環境に育った子どもは、自己が生成されず、太古的な情動や興奮などの自己調整機能や覚醒度のコントロール異常が起きます。さらに、乳児期から児童期のトラウマは、一瞬にしてその人をバラバラにして力を奪い取り、感覚情報が視床と皮質で統合されずに断片化されるので、意識や認識過程の領域を狭めて、こころの成長を止めてしまうことがあります。他方、自我意識の衰弱と共に、無意識の本能的衝動や欲求との境界が開放されていき、不快を避けて快を求める快楽原則に支配されます。人間は生理的欲求が欠乏すると、その充足を求めて行動しますが、安全・安心が脅かされたり、尊厳が踏みにじられることにより、神経系の働きが防衛的に改変されて、過剰な警戒心や攻撃性など生理的混乱が生じます。そして、神経が尖り精神機能が過酷になると、他者の感情を読み取ったり受け取ったりすることが出来なくなり、社会の人々との繋がりを難しくさせます。

 

子どもの頃から虐待やDVを受けて育った子どもは、両親の顔色を伺いながら、気持ちを先取りして、期待に添えるように良い子として頑張ります。と同時に、親の暴力的言動に怯えながら、親の機嫌が悪いのは自分が悪い子だからと思い込みます。また、身体の神経系は過剰に警戒しており、全身が闘争・逃走の過覚醒にすっかり染まっていきます。その結果、大人しく同調的な良い子の部分と、自分が悪い子と思っている部分と、危険を感じて覚醒し、自分の技能を高めるため、スリルを楽しんだり、自己中心的に振る舞ったりする部分の多面性を持つようになります。また、子どもはケアの不足により生じた悲しみとか、空虚感を埋めるように物心ついた頃から、女の子はスピリチュアルの空想への耽溺や、お人形遊び、絵を描くなど女性性と同一化します。他方で、男の子は力のある誇大感を欲して、戦隊モノやヒーロー像、武器など男性性と同一化しますが、現実の親子関係よりも空想した人物を同一化のモデルとしています。そして、男の子の場合は、男性性の誇大感が高めるため、力、成功、論理的思考、決断力を身につけ、周りから認められたいと頑張ります。

 

 父親から暴力をふるわれる母親の姿を見たりとか、精神的に未熟で、自分の情緒を安定させるために「良い子」でいるようにコントロールされた子どもは、親子の境界性(バウンダリー)が侵害されていて、ありのままの等身大の自己が育っていません。このような子どもは、無意識のうちに親の支配下に置かれていて、親の不安とか強迫観念、損得勘定を引き継いでおり、幼児的万能感や妄想の体系を維持するために、他者を不当に利用して自分が有利になる構造を作り出したり、自覚なしに境界性を侵害しがちです。また、良い子でいて努力していますが、親から高い達成レベルを求められると、その理想に届きようがないので、子どもは無意識のうちに空想の中で自分はもっとできるんだと思います。その一方で。大人から酷い目に合わされてきた子どもは、「どうして私だけが…」と被害感情の方が強くなりすぎて、他者の精神状態を思いやる余裕が無くなります。さらに、「自分はダメな人間だ」という劣等感や人間不信が強くなります。一般的に自己愛が強い人は、被害感や劣等感のある部分と自分は出来るんだと思い込んでいる部分の間を行ったり来たりしています。

 

あとは、社会学的な見方で言えば、利益ばかりを追求する格差社会のなかで不条理な立場にいる子どもは、他人と同じことをしたくても出来ないので、悲しさ、悔しさ、やり切れなさ、それが怒りとなって、自己中心的で浅ましい人間になりがちです。また、発達学的な見方で言えば、自己愛性パーソナリティ障害と見える人の中には、生得的な発達障害(軽度の自閉傾向、視覚優位、自他の区別があいまい、恥の体験をうまく処理できないなど)を基盤に持つ方もおられます。

 

▶自己愛性パーソナリティ障害の特徴

 

自己愛パーソナリティ障害の特徴を記述していきます。自己愛性パーソナリティ障害の人は、幼児期から児童期にかけて、弱くみじめな立場にいて鬱屈しており、不平、不満、恨みを晴らすために力強い何かに溺れたいと力やスリルを希求します。そして、トラウマティックな変性意識状態(過覚醒)を通じて、力のある誇大的自己と同一化し、弱くみじめな無能的自己との間で分裂していきます。この神経学的かつ心理学的意味においての分裂が自己愛性などの各種のパーソナリティ障害や精神障害、心身症の基盤を作ります。誇大的自己と同一化した部分は、弱さは恥なので、理想やスリルを追い求めるとか、ただただ強くなろうとして自分の技能を高め、敵と対抗して戦うために交感神経の働きを活発化させ、攻撃性が病的に拡大されていきます(基本的に、女性は攻撃性が内側に向きやすく、男性は外側に向く傾向があります)。また、交感神経の働きが優位になると、理性的な判断がしづらくなり、注意散漫になりますが、自己暗示で自分は特別な存在だと信じたり、自分と他者を比較して勝ち負けにこだわるようになります。さらに、自分が常識で、善悪の判定者であるかのようにふるまい、優れた人物であるようにと印象操作し、自分の欠点に気づかないようにするために他者の欠点を暴き、賞賛してもらうために他者を利用したりします。その一方、無能的自己の方は、生活全般の困難に対して逃避的で、自分は何もすることができないといった諦めが条件付けられています。また、物質的に満たされる環境であっても、自己存在感が希薄で、自分には価値がないと感じており、他者の批判をうまく処理することができないため、なかには憤怒や固まりといった破綻恐怖を持つ人がいます。

 

誇大的自己と無能的自己の間で、強い解離があって、家庭や学校社会で不条理な目に遭わされ、この現実を拒絶した人のなかには、激しい怒りと過覚醒を基盤とした自己中心的な支配衝動に駆られ、反抗挑戦性障害や反社会性パーソナリティ障害になっていく方もおられます。でも、ほとんどの子どもは、この覚醒時の衝動を異質なものとして押し戻そうとします。そして、日常生活に適応しようとして、周囲の評価を過剰に気にしながら、他者に批判されないように、先手をうって完璧で安心できる環境を作ります。一方で、恥ずかしめられた者の怒りのエネルギーは、弱い相手に向けられ、尊大で傲慢な態度(批判的、自己没頭、不寛容、自己中心的思考、操作的)をとることがあります。

 

▶境界性パーソナリティ障害と自己愛性パーソナリティ障害の違い

 

境界性パーソナリティ障害は、女性に多く、愛着システムに作動された人格部分が日常生活を大部分を担っていますが、何らかのトラウマによって自己調整機能が阻害されており、内部崩壊を起こすような情動的人格部分をコントロールできないことに悩んでいて、愛着対象との関係で心の安定を保ちます。自己愛性パーソナリティ障害は、男性に多く、理想やスリルを求めて自分には実現できないことなど何もないといった尊大で全能感を持つ誇大的自己と、もう一方の逃避的で自分は何もすることができないといった臆病な無能的自己の両面を持っており、相手や場面によって振り子のように両極端に動いています(健康な自己愛を持つ人はあまり動かない)。自己愛性パーソナリティ障害は、境界性パーソナリティ障害と人格構造の水準は似ていますが、自己愛性パーソナリティ障害の方が自己の構造は安定しています。

 

▶自己愛無関心型と自己愛過敏型

 

自己愛性パーソナリティ障害の人を大きく分けると自己愛無関心型と自己愛過敏型の2タイプあると言われています。自己愛無関心型は、力や成功を勝ち得るために誇大的自己と同一化した人格部分が日常生活の大部分を担っており、弱くみじめで無力な自己はどこかに隠れています。自己愛過敏型は、周囲の評価を気にしながら、内気で恥ずかしがり屋を見せていますが、一方で、本当の自分は優れていると思っており、傲慢な誇大的自己がときどき顔を出すことがあります。従来の自己愛性パーソナリティ障害で言われているのは、自己愛無関心型です。自己愛過敏型は、恥の感情に特徴づけられ、周囲の人が自分にどういった反応をするかに非常に敏感で、他者からの批判に傷つきやすく、容易に侮辱されたと感じてしまいます。他者に非難されたり、欠点を指摘されることを恐れ、社会的に引きこもることで葛藤を避け、自己の万能世界を築きあげようとします。

 

自己愛性パーソナリティ障害の人は、母親(養育者)との関係で傷ついており、愛されなかった自分は無能であり、理想化された幻想的な母子一体感を求めて過敏に反応しやすく、内気で弱弱しい一面があります。一方で、子どもの頃の不幸を回避するため、理想化された対象をめぐるポジション争いにおいては、尊大になり、ライバルをこき下ろしたり、自分のしていることに無自覚でいることが多いように思います。自己愛性パーソナリティ障害の人がパートナーに対して、両極端なところの悪いほうに傾くと、尊大で傲慢な態度をとり、その結果として、パートナーはドメスティックバイオレンスやモラルハラスメントなどの被害を受けることになります。