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完璧主義とナルシシズム


自己愛性人格障害やナルシストの人は、潔癖で完璧主義の傾向があります。ここでは、自己愛の病理を持つ人や完璧主義的な人の特徴を見ていきたいと思います。自己愛の病理を持つ人は、物事の解決策がないと不安になるため、細かいところまで目につき、先手先手をうって、先読みし、全ての問題をコントロールできるような完璧な状態を作りたいと思います。完璧にできずに、問題を残した状態では、居心地が悪くなり、不穏さを感じて、すっきりしません。自分の中に守るべき基準(マイルール)みたいものを打ち立てて、それらを完璧に管理しなければならないと考えています。

 

彼らは、急なことや予想外のことが起きると、ビックリして心臓が縮みあがるような弱さがあります。そして、心臓がドキドキしたり、息切れしたりと、生理的反応が乱れるため、このような自己の完全性を脅かすようなノイズに弱くて、嫌悪する刺激に耐えることができません。彼らにとって嫌悪することや不快な状況とは、日常生活の中で恥をかいたり、想定外の事態に巻き込まれたり、他人から批判されたり、外見やプライド、ステータス、健康状態に関わってくることを指し、それらにとても敏感です。周りの人と比べて自分がどう見られているのかということや、自分の変な部分がバレないようにということを気にしており、完璧な自分を見せたいと思っています。その一方で、恥をかいたり、怒られたり、自分の弱みを見せたりすることを嫌います。

 

完璧主義の人は、人前で恥をかくと、動悸、胸の痛み、眉間のしわ、息苦しさ、圧迫感、赤面恐怖、発汗、頭の中が真っ白、身体の震え、屈辱感、苛立ち、見捨てられる不安などが出て、精神状態が不安定になります。さらに、自分の完璧さを維持するためには、自分に対する価値観、自己イメージ、エピソード記憶のなかに不快な要素があることに耐えられず、それらを排除したいと望みます。自分の過去の嫌なエピソードなどは思い起こしたくないことであり、人を傷つけたり、見下したり、恥をかいた過去は無いものになっています。いつも自分は正しくて、相手は間違っている世界で生きています。また、嫌な要素は、具体的な不安としてあるのではなく、漠然とした不安として現れ、完璧を求めるために、常に欠点に目を向け、それらに悩み、不完全さを受け入れることができません。たとえ他人が客観的に見て、彼らに能力や美しさなどを認めたとしても、本人には常に不安があり、人生が上手くいかないと感じて死にたいとさえ思うこともあります。

 

また、完璧主義の人は、他人とうまく境界線を引くことが苦手で、線引きの対処の仕方が分からないことがあります。他者が自分の領域に入ってくるのを極度に嫌い、生活上のルールがきちんとしていないとストレスになります。その理由は、トラウマがある人ほど、過去に身勝手な人から傷つけられており、勝手気ままに振る舞うような無秩序な環境では、いつ自分が脅かされるかわからない恐怖が付きまとうからです。また、自分の価値観とは違うことをされたり、想定外のことが起きたりする環境では、神経が繊細に働きすぎて、それらに耐えられなくなり、身体の機能のリズムが狂うからです。

 

生体機能のリズムが狂うほど、神経系の働きや免疫システム、ホルモンバランスが崩れて、自分を守ろうとする姿勢が強くなり、身体を固く硬直させます。また、身体への不安が大きくなればなるほど、外の世界の刺激に過敏に反応します。外の世界も身体の反応も怖くなると、自分の身体性に気づかなくなり、自他の境界線が曖昧になって、相手が自分に下した評価をそのまま自分のこととして受け取る傾向があります。トラウマの影響により、身体がしんどくなっていくと、頭で考えたり、目で見たりしたことに執着するようになり、美醜にこだわるようになります。美しさが重要なのは、人に良く思われることが自分を満たす手段であるからであって、それが自分のサバイバル法になります。彼らは、見た目の形にこだわり、自分が綺麗でないと受け入れられないという特徴があります。

 

完璧主義の人は、過去にトラウマの経験をしていることが多く、例えば、親から愛されなくて自分の居場所が無かったり、人前で失敗したり、恥をかく経験をしたりして、それらが原因で劣等感や不完全感を強く感じています。それらが自律神経系の調整不全や生体機能の乱れにつながり、その不全感を埋めるために完璧なものを求めるようになります。子どもの頃から、辛い毎日を送っており、過酷な環境にいると、現実は悲しみや痛みが伴うため、反発する力が働き、それらは肯定的な面と悪魔的な面の両面をもつようになります。彼らにとって嫌なものは、不安や焦り、恐怖、絶望に繋がり、それらに反発するために怒りで吐き出すか、一人で涙に暮れるか、誇大な妄想に耽ることで回避しました。対人場面では、相手に良く思われるように努力することで、人に良く思われていると自分を肯定するか、自分はすごいという妄想をもつことで、自分の居場所を確保し、自分を健康な状態にしてきました。

 

例えば、家庭環境が良くない状況で育った子どもは、親の嫌なところを見て育ってきた場合が多く、こうした親になりたくないと思います。そういう場合には、親のそういう側面が嫌で、穢れた側面として感じるようになり、そういうものに引きずり込まれないように、そこに汚染されない、自分だけの完全無欠の真っ白な状態を保とうとします。親の全ての側面が悪ではないのですが、悪い記憶が連鎖をなして許すことができずに偏った見方になり、それらを世の中の嫌なこととして捉えるようになり、殻に閉じこもって、人と距離をとるようになります。そのような社会の嫌な部分にがっかりし続けて、それらが自分に侵入してくることを嫌がり、何からも汚染されないように殻の中にこもって、既に自分の中にある傷を浄化しようとします。過去の嫌な記憶を消そうとしながら、なりたい自分や完璧な自分を想像し、そこに早くたどり着きたいと追及します。しかし、自分の弱さを見せれないのは息苦しくなるし、完璧な自分を演じようとすると、厳しい人生になり、上手く生きれなくなります。治療では、不完全感の原因を探るために、過去の悲しみに近づくことが作業になります。

 

トラウマケア専門こころのえ相談室

更新:2020-06-11

論考 井上陽平

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