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死んだふり/擬死反応


死んだふりや擬死反応は、外敵に襲われた動物が、生命の危機を感じて、その状況を生き延びるために動かなくなるという捨て身の生存方策になります。このとき、人間の場合は、交感神経と背側迷走神経が拮抗しあって過剰で、体が凍りついた後に、筋肉を硬直させたまま全身が縮まってうずくまります。戦っても勝ち目がなく、逃げる場所がない場合は、捨て身の戦法を使って生き延びようとします。家庭内で虐待を受けている子どもは、この方法を取っていることが多く見られます。

 

この動かないという捨て身の戦法を取っても、脅かされ続ける場合は、対処できなくなり、自分の容量を超えます。そして、交感神経系はシャットダウンし、背側迷走神経の働きが過剰になると、筋肉が崩壊して、心臓の働きが弱まり、心拍数と血圧が低下し、息が吸いづらく、血の気が引いて、気を失いそうになって、力が入らずに倒れ込みます。多くの場合は、時間が経過すると、心臓の働きが元に戻ることで、血液の循環や筋肉の働きが正常に戻っていって、動き始めることが可能になります。

 

死んだふりの受動的な防衛スタイルの人は、子どものときから、相手の顔色を伺い、相手の機嫌が悪いと怖くなり、相手のニーズに合わせて、自分の本音を話すことはほとんどありませんでした。いつも何か追い立てられている感覚のなかで、警戒を強めた生活をしており、恐怖を感じて、自身の感情の渦に巻き込まれると、ビクッと石のように固まりました。これらの反応は、人といると避けられないものであり、抵抗できない自分を責めたり、自分を弱いと思ったり、自分を恥じます。石のように固まることが何回も同じパターンが繰り返されると、自分を石にする対象が怖くなり、心の余裕が無くなり、嫌な気分になって、その時間がとても辛くなります。そして、体が疲れ切ってしまい、力が抜けて、投げやりな態度を取るとか、頭を空っぽにして、死んだふりをしてやり過ごすようになります。また、死んだふりをしていたら、意識がぼんやりしていき、何も感じなくなり、心は楽な方にいって、体は動かなくなります。その後、外敵の脅威が遠ざかると、体が正常に機能し始めて、現実に意識が戻ってきます。そして、危険がないかを周りを確認して、何もなければ日常に戻っていきますが、自分の体の痛みや凍りつき、脱力に気づきます。

 

死んだふりの受動的な防衛は、危害を加えてくる人物から自分の身を守る利点があります。死んだふりをして、ただ時間が過ぎ去るのをじっと待つことで、加害者からの攻撃が止むのを待ちます。また、加害者の攻撃に対して、何かを言い返すなど反撃してしまうと、もっと酷い目に遭うことを学習していくので、死んだふりの防衛が常態化していきます。対話などを通じて相手とより理解した関係を築こうと試みても、もしも相手にその気が無く、理解しようとも試みず、どう頑張っても関係性を改善できそうにないときは、加害者の攻撃からただ身を守ることが残された選択肢となり、死んだふりの防衛を用いて関わらざる負えなくなります。彼らは、反撃することが許されず、やり返してもやり返されるだけなので、死んだふりをして生きていくしかなくて、手足に力が入らず、怒りは他人事だと思います。そして、自分の気持ちを悟られないようにしたり、自分が求めていることを言わなかったり、自分を隠すようになっていきます。

死んだふりから虚脱や不動状態


動物の場合は、このような死んだふり/擬死は、 生命の危機に直面した時に、それを打開して生き延びる手段として、実践させます。しかし、人間の場合は、危機的状況に直面したときのみに、死んだふりをするのではなくて、脅かされることが繰り返される家で育つと、その状態が日々の日常生活を送る中で長く続いて、神経発達が特殊になります。

 

神経が繊細すぎて、情緒が不安定になり、自分ひとりでは抱えきれず、自分ひとりで立て直すことができません。嫌な経験だけが積み重なり、これ以上ショックに曝されないように、自分を隠すことでかろうじで生き延びます。大人になっても、家の中では、身を潜めて、じっとしている時間がほとんどになり、気持ちが塞ぎ込んでいます。死んだふりの神経にされていくと、ぐったりと疲れて、寝ることやアニメ、ゲーム、本、空想に耽ることで安心を得ます。また、長年に渡って疲労が蓄積され、交感神経系のエネルギーがシャットダウンすると、人を虚脱状態にします。

 

死んだふりから虚脱状態に陥っている人は、小さいときから、恐怖や戦慄のショックに曝され、体を凍りつかせた後も、ただただ酷い目に遭わされてきました。致命傷になるようなトラウマを負うことで、頭の中が混乱し、喉や胸が圧迫感され、痛みで全身がバラバラになり、知覚が断片化しました。このような家庭や学校生活の中で、つらく、くるしい毎日を繰り返して、フラフラになり、苦痛でもがき苦しんでいるときに、全てが崩れ落ちていきました。その時から、時間が止まったように感じていて、記憶を思い出せなく、生きている感覚が無くなりました。

 

長年に渡って、感情や感覚を閉じ込めて、体を凍りつかせながら、地に足がつかず、死んだように生きている感じが当たり前になると、実際に脅威に曝されたときでも、体の反応が鈍くなり、動かなくなります。エネルギーが低い状態のレベルまで落ちて、外からの刺激を受け付けなくなり、腹が立ったり、疲れたり、悲しくなったりして、気力がなくなります。現実世界は苦痛だらけで、このような状態が続くと、酷い眠気に襲われたり、手の施しのようないくらい、体が動かなくなります。また、背側迷走神経が過剰に働くことで、内臓は働きますが、手足をうまく使えず、頭は働かず、体力は衰えて、心身の機能が低下します。このような心も体もないような状態では、人間らしさも失われて、何も感じないために、自分のことが分からなくなります。

 

凍りつきと死んだふりの間を繰り返している人は、一瞬回復できたとしても、ショックを受けやすい状態のため、すぐに何かに脅かされているように感じて、すぐに凍りついていくかもしれません。そして、小さい頃から、潜在的な脅威に対する強い不安が複雑に絡み合って、身動きがとれなくなり、前を向いて頑張ろうとしても、すぐに逃げたくなり、人生をうまくやれないことへの自責感や罪悪感に苛まれます。仕事や学校に行く時は、自分を奮い立たせて、交感神経のスイッチをONにして頑張りますが、自分の体に鞭を打ち続けると、戦うエネルギーが燃え尽きます。踏ん張り切れなくなると、人は虚脱化して、筋肉が極度に弛緩し、心臓の働きが弱くなり、血液の循環が悪くなります。そして、体の中心は凍りつくか、伸び切っていて、手足はだらーんと垂れ下がり、猫背の姿勢で、目(瞳孔が小さい)に希望は無くて、生きる屍状態になります。

 

人間らしくさせる機能が低下しているために、力が入らなくなり、体は怠く重くて、心は無力感や絶望感で、死にたいとか消えたいと思い、いっそのこと死んでいるほうが楽な状態です。感情を出すとかえって辛くなるだけなので、何も感じないように麻痺させて、死んだように生きるほうが安心感になります。人目につかないように、じっとして、自分の殻に閉じこもり、息を殺し、体を小さく固めて、心を閉ざします。やがて、意識がぼんやりしたなか、心の奥底の暗い部屋の隅っこで、うずくまり、表の世界に出てこなくなります。

 

トラウマケア専門こころのえ相談室

論考 井上陽平

 

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