境界性パーソナリティ障害の診断基準(DSM-5)では、感情や対人関係の不安定さ、衝動をうまく制御することができないことが特徴です。成人期早期までに始まり,種々の状況によって明らかになります。
(1)見捨てられる体験を避けるため懸命に努力する。
(2)不安定で激しい人間関係をもち、理想化と過小評価の両極端を揺れ動く。
(3)自己像や自己感覚の不安定さ。
(4)衝動性によって自己を傷つける可能性のある行動(安全ではない性行為、過食、危険運転)。
(5)反復的な自殺行動、自殺の脅かし、自傷行為の繰り返し。
(6)気分の急激な変化
(7)慢性的な空虚感、退屈。
(8)不適切な強い怒りまたは感情のコントロールの難しさ。
(9)一過性の妄想的念慮もしくは重症の解離症状。
第1節.
一つ目は、子宮内の環境や出産時の医療措置の影響、そして幼少期における外傷体験です。これらが神経発達を阻害し、生物学的な脆弱性を持つことが要因となります。胎児期や出産時のストレスが、後の精神的な発達に影響を与えることがあるのです。
二つ目は、小児期から続く逆境体験です。身体的虐待や性的虐待、親の過干渉、機能不全家庭での生活がこれに該当します。幼少期に受けたこうしたトラウマが、人格形成に深刻な影響を及ぼし、境界性パーソナリティ障害の発症につながることがあります。
三つ目は、敏感な体質を持つために、都市型生活のストレスや緊張が強くなること、または性暴力などの犯罪被害に巻き込まれることです。これらの影響により、パーソナリティの構造が変化し、境界性パーソナリティ障害を引き起こす可能性があります。
境界性パーソナリティ障害を持つ人々は、親子関係において「良い子」であろうと強く努めます。親の期待に応えようと、常に強い緊張状態で歯を食いしばり、懸命に努力しますが、どれだけ頑張っても褒められることはありません。このため、自己否定的な思いが強くなり、「自分が悪い」「自分さえ消えてしまえばいい」といった攻撃性が自分自身に向かうことが多く、特に女性に多く見られる傾向があります。
幼少期から親の目を気にし、父親から母親への暴力を目撃したり、母親がヒステリックであったり、虐待や過干渉、厳しい躾を受けるなど、過酷な家庭環境で育った人々は、常に親の態度が豹変することを恐れています。そのため、人の気配や足音に過敏になり、常に気を抜けない環境で育った結果、思春期には心身に限界が訪れ、解離症状やうつ、摂食障害、強迫観念、原因不明の身体症状といった複雑なトラウマ症状が現れることがよくあります。
このように、親の目や世間体を気にするのは、発達早期のトラウマが身体に深刻なダメージを与えた結果です。これ以上のダメージを避けるために、神経は常に張りつめ、頭の中ではあらゆる予測を立てて人に悪意を持たれないように努め、自分を良く見せることが自己防衛の手段となります。しかし、人に悪く思われたり、悪い噂が立ったり、自分の居場所を失うと、身体は過覚醒や凍りつき、離人感や虚脱状態に陥ります。これにより、自分が世界から切り離された存在であるかのように感じ、宇宙の外に投げ出されて孤独に漂い、消えてしまうのではないかという強い恐怖を抱くこともあります。
特に性暴力被害を受けた人々は、猫の毛が逆立つような過緊張や内側に攻撃性を抱えながら、身体が凍りついたり、死んだふりをして生活することがあります。彼らは心の中で「私を見捨てないで」と叫び続け、誰かに助けを求めながらも、自分を守るために過剰な防衛反応を取り続けているのです。
このような状況にある人々に対して、周囲の理解と支援が必要です。彼らが抱える痛みや苦しみを理解し、寄り添うことで、少しでも安心できる環境を提供し、トラウマの影響を和らげる手助けをすることが重要です。
第2節.
長年にわたって不条理なトラウマの影響を受け続けた人は、呼吸が浅くなり、血液の流れも悪くなります。この結果、身体の中に莫大なエネルギーが滞り、日常生活においても多くの困難を抱えることになります。急な出来事や想定外の事態が起こると、驚愕反応が現れ、心臓が縮み、胸が痛くなることがあります。また、顔面蒼白、冷汗、動悸、震え、鳥肌、脱力感といった身体的な反応が次々と現れます。
こうした経験を繰り返すことで、最悪の事態を避けようとするリスク回避の人生が形成されます。常に身の回りを警戒し、過剰に防衛する傾向が強まります。人の気配や物音に過敏になり、神経が張りつめた状態で生活することが日常化します。このような生活を続けると、心身ともにストレスが限界に達し、さらなる身体的な反応が引き起こされます。
心身のストレスが極限に達すると、身体の中からエネルギーが噴き出し、その感覚や感情に対して嫌悪感を抱くようになります。この不快な感覚を麻痺させるために、身体は慢性的に凍りつき、感情や感覚を感じ取ることができなくなります。その結果、自分自身が空っぽになったように感じ、楽しいと感じることができなくなります。
空虚な自分と向き合うと、モチベーションが湧かず、虚しさだけが残ります。こうした状況が続くと、人生そのものがただの暇つぶしに思えてくることがあります。自分に向き合うことすらも虚しいと感じ、日々を無為に過ごしてしまうことが増えてしまいます。このような状態から抜け出すためには、まずは自分の身体や感情に目を向け、少しずつその感覚を取り戻していくことが重要です。
第3節.
境界性パーソナリティ障害を抱える人々は、複雑なトラウマの影響によって、重篤な解離症状や認知的なフラッシュバックに悩まされています。この障害を持つ人々は、PTSDに見られる過覚醒症状と解離症状が同時に現れ、交感神経と背側迷走神経の間を絶えず行き来しています。その結果、気分が急激に変化し、天国のような状態から地獄の状態へと一日に何度も心の状態が変わり、常に不安定な状態で日々の生活を送らざるを得ません。仕事や夫婦・恋人関係、子育て、学業に取り組む際も、この不安定さが大きな影響を与えています。
過覚醒症状が現れると、覚醒水準が高まり、交感神経が活発に働き始めます。このとき、身体のエネルギーが外側に向けられ、興味や関心を持つものに取り組んでいるときは、前向きな気持ちになり、周囲のものに没頭することができます。身体も軽く、好奇心旺盛で、身軽に動ける状態です。しかし、脅威に対して過敏になっているときは、闘争-逃走モードに入りやすくなり、力やスリルを求める危険な一面が現れます。感情が著しく高ぶる場面では、自分の手に負えなくなり、自滅的な行動に走ってしまうこともあります。
身体的な反応としては、呼吸や動悸が乱れ、冷汗が出たり、うろたえたりすることがあります。そのため、過食、アルコール、セックス、薬物、買い物、他者への依存などで気持ちを落ち着かせようとすることが少なくありません。過覚醒状態では、合理的な思考が働かず、リスクを考えずに無計画な行動をとることがあり、全力で突っ走り続けてしまう結果、他人を巻き込んでしまうこともあります。そして、危険な目に遭うと、驚愕反応や逃避、凍りつき、解離、離人化など、さまざまな反応が引き起こされます。
過覚醒状態が続いた後、エネルギーがシャットダウンすると、虚無感に襲われます。この時期には、感情がジェットコースターのように急降下し、心身ともに疲れ切ってしまいます。酷い場合には、自分の将来に絶望し、寝たきり状態になり、死にたい、消えたいといった感情が強くなることもあります。複雑なトラウマを持つ人々は、ストレスや不快な状況が続くと、落ち着きを失い、その場にいられなくなることが多いです。不快な状況に対処する術がなく、逃げ場もない場合、ヒステリーや過呼吸、パニックを引き起こしてしまいます。
新しい場面や不確実な事柄に取り組むことが困難になり、何をするにしても心配事が増えていきます。感情的な行動を取ってしまい、何度も失敗を繰り返すと、自分に対する嫌悪感や恥ずかしさが強まり、抑うつ症状が悪化します。生活全般が困難になり、絶望や無力感に囚われて動けなくなることもあります。そして、死にたい、消えたいという気持ちが強くなり、眠れなくなったり、身体が痛くて怠くなるなど、状態がますます悪化していくのです。
第4節.
日常生活の中で、他人との微妙なズレを感じながらも、周囲に合わせようとするあまり、自分の本音や本当の感情を見せることができない人がいます。彼らは、痛ましい感情を抱えていても、それを正面から受け止めることが難しく、明るいふりや何もないふりをして日々を過ごしています。しかし、本当の自分は居場所を失い、心の中にぽっかりと空いた穴を感じ続けています。トラウマの影響により、自己調整機能が低下しており、感情や行動をコントロールできなくなることを恐れています。トラウマを再体験しないために、他者を利用するか、引きこもる必要が生じることもあります。普段から、胸の潰れそうな思い、恐怖、混乱、興奮、苛立ち、麻痺、空虚、孤立などが入り混じった感情を抱えており、特定の他者に近づいて自分の居場所を見つけようとします。彼らは、幸せな生活を夢見て、自分を大切にしてくれる人を探し、好きな人から必要とされたいと強く願っています。
トラウマの症状が重い人ほど、自分自身を信頼できず、自分を嫌い、安心感や安全感を持てません。彼らは、他者との関係の中でしか自分を成り立たせることができず、しばしば大切な人にしがみついてしまいます。そして、自分勝手な解釈でその人を理想化し、見捨てられることを避けるために過剰に努力し、周囲を巻き込んで他者を操作し、自分が有利になるような状況を作り出します。しかし、大切な人の言動に矛盾を感じたり、自分が必要とされていないと感じると、胸がざわつき、不快な気持ちが生じます。
親密な関係が進むと、彼らは相手が自分をどれだけ必要としているか試すようになります。自分の期待通りの言葉が返ってこない場合、相手をこき下ろしてしまうこともあります。彼らは、希望は長続きしないと感じており、絶望や惨めさに取って代わられることが多いです。大切な人が別の誰かと連絡を取ったり、怒ったり、批判したり、連絡を絶ったりすると、凍りつくか、被害妄想に囚われた怒りの状態に陥り、体調や感情が大きく乱れてしまいます。そこで生じた恐怖が、良い対象を悪い対象へと急速に変え、相手の価値を否定してしまうこともあります。このように、愛していた感情が一瞬で否定され、巻き込みや立ち去りといった行動を繰り返しながら、緊密な関係が揺れ動くことになります。
トラウマの背景には、幼少期に見捨てられた体験や想像を絶する恐怖があり、身体の神経が極限まで高まり、痛みが深く刻まれています。最終的には、不快な状況で怒りをコントロールできず、手を出してしまったり、やり返されたりして、恋人や友人が離れていくことが多くなります。自制心が効かなくなる場面では、記憶の欠落が起こることもあり、自分のしたことに気づかず、後悔したり、誰かに助けを求めたり、引きこもるしかなくなることがあります。怒った時の記憶が抜け落ちることで、いつも傷つけられた被害者としての自分しか記憶に残らず、自分が加害者であることを自覚できないまま過ごすことになります。このような解離現象がキレる場面で起こると、パートナーとのトラブルに発展しやすくなり、身体や精神が限界に達してしまいます。
このように、複雑なトラウマを抱えた人々は、長期的な未来に対して不安や恐怖を感じ、自分が自分でなくなることを恐れます。彼らは、自分を守りながらも、安定した未来を手に入れるために日々苦闘しています。
第5節.
重篤な解離性障害と境界性パーソナリティ障害にはいくつかの違いがあります。解離性障害の人は、自分自身をあまり理解できておらず、自己感覚が希薄で、まるで半分眠ったような状態で日常を過ごしています。他者の欲望に対して服従的で、人間関係から引きこもりがちであり、外傷体験時には、闘争-逃走モードに入る代わりに、凍りつき、離人、そして死んだふりという防衛反応を示すことが多いです。本来なら一貫性を保つべき時間の連続性が断裂しており、自分の感情を理解できなかったり、思考が鈍化していることもあります。
解離性障害がさらに進行して解離性同一性障害(DID)となると、状況は一層複雑になります。この状態では、複数の人格が日常生活を交代で担い、覚醒状態と夢の世界を行き来しているかのように感じられます。基本的に覚醒水準は低く、重いうつ状態や慢性疲労に陥っており、意識は常に朦朧としています。しかし、別人格たちは内部世界を知覚し、認識し、外界の脅威に対して防衛を図る役割を果たしています。
解離性同一性障害の特徴的な現象の一つが、危険を察知した際に起こる人格交代です。危険が迫ると、交代人格たちが脳内で「会議」を行い、その結果として人格交代が発生します。このように、彼らは自分の内側での調整を通じて外界の脅威に対応しようとしています。このプロセスは、外傷体験から身を守るための複雑な適応メカニズムであり、外部から見れば非常に不安定に見えるかもしれませんが、彼らにとっては生き延びるための重要な手段なのです。
解離性障害の人々は、常に内部と外部の二つの世界を行き来しながら、どちらの世界でも生き延びるための方法を模索し続けています。そのため、彼らに対する理解とサポートは、非常に繊細で深い洞察を必要とします。
第6節.
普段から、人の気配に過剰に警戒し、恐怖に怯えて生活している人は、身体が慢性的に縮こまっていることが多いです。このような状態では、一人になると心が落ち着かず、自分が本当は何者なのかが分からず、悲しみや孤独感に苛まれます。心細さや恐怖から、誰かに助けてほしいという強い願望を抱えることもしばしばです。
この状態では、身体が小さなことにも過敏に反応し、ストレスに対して極めて脆弱です。常に危険が迫っているのではないかという原始的な防衛反応が延々と作動し、過覚醒と低覚醒、PTSD症状と解離症状の間を行ったり来たりするようになります。この連続する反応は、心身に大きな負担をかけ、生活全般に影響を及ぼします。
脳と身体の神経系に問題を抱えているため、自己調整機能や感情のコントロールが難しく、本来の自分を見失ってしまいます。その結果、極端な行動や不安定な自己像が形成されやすく、日常生活がさらに困難になります。これらの状態は、感情や覚醒度のコントロールがうまくいかず、病的な行動パターンに繋がることがあります。
身体の中に蓄積されたトラウマが疼くことで、自分の感情をどう処理して良いのか分からず、不適応な代償行動に走りがちです。自傷行為、過食、アルコール、セックス、買い物、薬物などへの依存がその典型です。また、愛着対象に過剰に依存することも多く、このような依存行動は一時的に不安や痛みを和らげることがあっても、根本的な解決には至らず、さらに自己を見失う原因となります。
このように、過剰な警戒心と恐怖が日常を支配する生活は、心身に深刻な影響を与え、極端な行動や依存行動を引き起こします。これらの症状に対して、理解と支援が不可欠であり、適切な治療とサポートが必要です。
トラウマケア専門こころのえ相談室
論考 井上陽平