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構造的解離理論の進化と実践――トラウマの深層を探る


心的外傷(トラウマ)は近年、その複雑さが増しており、治療は決して容易ではありません。その中で、注目を集めているのが、ヴァンデアハートらによる「構造的解離理論」です。この理論は、心的外傷を人格構造の「解離」として捉え、フランスの心理学者ピエール・ジャネの理論を基盤にしています。構造的解離理論は、心的外傷に苦しむ人々が示す複雑な症状や病理を理解するための基本的な枠組みを提供してくれます。

 

この理論によれば、人格は複数の下位システムから成り立っており、外傷体験によってこれらのシステムが分断され、それぞれが独立して機能することが解離性障害の原因であると考えられています。具体的には、解離性健忘、離人感・現実感喪失症、そして解離性同一性障害などが、代表的な解離症状として挙げられます。

 

この理論を用いることで、心的外傷に苦しむ人々の複雑な症状を体系的に理解し、治療法を模索する手がかりとなります。心的外傷治療の最前線にある構造的解離理論は、今後もトラウマ治療の重要な理論としてさらなる発展が期待されます。

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構造的解離理論とジャネの遺産――心的外傷の理解に新たな光を当てる理論


1.構造的解離理論の背景と展開

O. van der Hart、E.R.S. Nijenhuis、K. Steele(2006)らによる「構造的解離理論」は、診断基準には含まれないものの、近年注目を集めている理論です。この理論は、日本でも2009年頃から専門誌や学会で紹介され、2011年11月にはその上巻が国内で翻訳出版されました。

 

2.ジャネ理論との関連性

構造的解離理論は、19世紀のフランス人心理学者ピエール・ジャネの理論を基盤にしています。ジャネは、1889年に出版された著書『心理学的自動症』の中で「意識の解離」について論じ、環境の変化に適応できず、精神力が衰弱した人々に注目しました。彼は、意識が狭まり、無意識下に固着した観念が人格機能に影響を及ぼす現象を「統合」と「解離」のモデルとして提唱しています。

 

しかし、この「解離」の概念は、その後、フロイトの「抑圧」概念やブロイラーの「統合失調症」概念に押され、精神医学の歴史から一時的に姿を消すことになりました。さらに、精神分析の発展と行動主義の台頭により、解離理論は影を潜める時期もありました。

 

3.現代における解離と精神医学の位置付け

現代の精神医学においても、外傷を基盤とする解離性障害や解離性同一性障害、境界性パーソナリティ障害と、生物学的基盤を重視する統合失調症、双極性障害、ADHDとの間で、理論的な対立が続いています。また、フロイトの精神分析学とジャネの解離理論は、相互の発展を阻む要因ともなってきました。

 

4.構造的解離理論の核心

構造的解離理論では、人格は複数の「下位システム」から成り、そのシステムが外傷によって分断され、バラバラに機能することが解離性障害の根本的な原因であるとしています。これを「構造的解離」と呼び、人格構造の凝集性と柔軟性が欠如した状態として捉えています。解離とは、精神と身体が密接に結びついたシステムが外傷によって断裂し、異なる下位システムが独立して作用する現象です。

 

さらに、解離が発生するメカニズムについて、「人格構造には発達論的に明確な断層線があり、外傷がこの断層線に沿って解離を引き起こす」と述べています。これは偶然や外部の影響ではなく、人類が進化の過程で自然淘汰により獲得した適応的な反応であるとし、精神生物学的な視点で解離を理解しようとするものです。

 

5.解離理論の重要性

構造的解離理論は、心的外傷の理解における重要な鍵を提供しており、外傷性障害に悩む人々の複雑な症状を解明する手助けとなります。この理論は、外傷と解離の関係を深く掘り下げ、トラウマ治療に新たな視点をもたらしています。

構造的解離の3段階モデルとトラウマの影響――心の分裂と治療への理解


1.構造的解離とは何か?

構造的解離 (structural dissociation) とは、トラウマや外傷体験によって引き起こされる心の分裂状態を説明する理論です。この理論では、人格が日常生活に適応する「通常の自己 (ANP: Apparently Normal Part)」と、外傷体験に関連する「外傷の記憶を持つ自己 (EP: Emotional Part)」に分かれると考えます。そして、このANPとEPの組み合わせによって、解離の状態を3つに分類することができます。

 

2.第1次構造的解離 (Primary Structural Dissociation)

第1次構造的解離は、1つのANPと1つのEPで構成されます。これは比較的単純な解離状態であり、単純型PTSDや離人症性障害、解離性健忘/解離性遁走といった単純型の解離性障害が該当します。この段階では、個人の人格はまだ比較的一貫しており、トラウマ体験に対する反応が限定的です。

 

3.第2次構造的解離 (Secondary Structural Dissociation)

第2次構造的解離は、1つのANPと複数のEPによって構成されます。ここでは、複数の外傷体験がそれぞれ別個の記憶として分割され、異なるEPが形成されることが特徴です。複雑性PTSDや特定不能の解離性障害、そして境界性パーソナリティ障害など、より複雑な症状が現れます。この段階では、トラウマに対する反応が多岐にわたり、人格の断片化が進行しています。

 

4.第3次構造的解離 (Tertiary Structural Dissociation)

第3次構造的解離では、複数のANPと複数のEPが存在する状態で、解離性同一性障害(DID)が代表的です。この状態では、異なる人格がそれぞれの「通常の自己」と「外傷の自己」として現れ、意識的に分裂した人格が交代しながら生活を営むことになります。この段階では、日常生活において統一的な自己感覚を維持することが極めて困難になります。

 

5.解離による「今」と「私」の希薄化

通常、私たちは「今ここにいる自分」という一貫した意識を持ち、日々の経験を統合していきます。しかし、慢性的な外傷体験によって心的エネルギー (mental energy) が消耗すると、「今」「私」という軸が弱まり、自己の体験が断片化されます。この状態では、自分自身が「誰の体験」をしているのか、そして「今がいつなのか」という感覚が不安定になり、自己の統合が崩れやすくなります。

 

6.衝動性と恐怖症が引き起こす代償行動

さらに、外傷体験の影響で衝動性が高まり、恐怖症的な反応が条件付けられます。この結果、不適応な代替行為や代償行動 (substitute action) が生じ、感情の爆発やフラッシュバック、過食や自傷行為などが現れます。これらは、解離による分裂した人格が外傷体験に対処しようとする無意識的な反応の一部です。

 

7.まとめ

構造的解離理論は、心的外傷が人の人格や意識にどのような影響を与えるかを理解する上で重要な理論です。この理論を通じて、解離性障害やPTSDの複雑なメカニズムを理解し、適切な治療法を見つけるための鍵が見つかるかもしれません。

 

参考文献

ヴァンデアハート・オノ:(野間敏一 訳、岡野憲一朗 訳)『構造的解離』星和書店 2011年

 

トラウマケア専門こころのえ相談室

更新:2020-06-10

論考 井上陽平

 

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