診断基準に含まれない解離理論としてO.van der Hart。E.R.S.Nijenhuis、K Steele(2006)らの構造的解離理論があり、日本では2009年頃から専門誌や学会などで紹介されており、2011年11月にその上巻が国内でも翻訳出版された。
構造的解離理論は、ジャネの理論を様々に駆使している。ジャネについて述べると、1889年の著書「心理学的自動症」の中で意識の解離を論じており、環境の変化に適応できず、精神力が衰弱し、統合機能の低下した人の意識の可変性に注目しており、意識野の狭窄が生じることで、あるいは、意識下の固着観念に支配されることで、人格機能の一部が自動的に作用するという「統合」と「解離」モデルを唱えた人である。
ただし、ジャネの解離の概念は、フロイトによる抑圧概念の提唱とブロイラーによる統合失調症概念の確立により、さらには、精神分析学が繁栄していき、その批判として、行動主義が台頭していく流れの中で、精神医学の歴史から一度消えかかることがあった。現代の精神医学でも、生物学的基盤を重視する統合失調性、双極性障害、ADHDに対して、外傷を基盤とする解離性障害、解離性同一性障害、境界性パーソナリティ障害との間で古くからの問題がある。また、フロイトの精神分析学とジャネの解離理論の間においても、理論と実践を発展させる組織において互いの認識を妨げてきたと言えるだろう。
構造的解離論では、「人格とは、なんらかの心理生物学的状態であるさまざまな下位システムから成る一つの構造である。外傷を受けた場合、その構造に断層が入り、それぞれの下位システムが互いにばらばらに機能するようになる。すなわち、外傷に関連した解離とは、人格構造の凝集性と柔軟性が欠如した状態である。そこからこれを「構造的解離」と名づけた。」と述べている。
また、「解離とは人格を構成している精神身体的システムの特定の組織に関わる。私たちの見解では、この組織は恣意性とか偶然の産物などではない。外傷の際にはかなり明確な、発達論的に比喩を用いるならば人格構造の「断層線”fault line”」をたどって生じるようである。」と述べている。この理論は、解離が外傷を理解する鍵概念だと指摘しており、自然淘汰によって、人類が進化してきた点を強調し、精神生物学的な視点で解離を捉えようとしている。
構造的解離 (structural dissociation) は ANP と EP の組み合わせにより3つに分類される。 そこでは解離の概念を外傷性精神障害全般に拡げられている。
通常、人間は「今私が此処にいる」「私が感じる」「私の体験」という風に、「今」「私」という軸を持っている。しかし慢性的な外傷体験などによって心的エネルギー (mental energy) が損なわれると「今」「私」という軸が希薄になり、「誰の体験」「今がいつか」という「個人化 (personification)」と「現在化 (presentification)」が十分になされず、逆に「私」がそれぞれの「体験」に分割されてしまう。 そして衝動性が増す。同時に条件づけられた恐怖症 (phobia) を持つ。 衝動性と恐怖症から不適応な代替行為・代償行動 (substitute action) を行い、これが情動の暴発やフラッシュバック、過食症や自傷行為などとなる。
参考文献
ヴァンデアハート・オノ:(野間敏一 訳、岡野憲一朗 訳)『構造的解離』星和書店 2011年
トラウマケア専門こころのえ相談室
更新:2020-06-10
論考 井上陽平