トラウマの定義
トラウマの定義

 

トラウマといえば心的外傷後ストレス障害(PTSD)を思い浮かべる人が多いと思います。ここでのトラウマの範疇は、PTSDの原因となる戦争、自然災害、事故、事件、暴力犯罪、性犯罪、虐待、いじめ、手術中の医療ミス等のさまざまな慢性・急性の外傷体験になります。また、PTSDの診断はされませんが、家庭や学校、取り巻く生活空間の全体がストレス過多になる慢性的なトラウマ、親子間のこじれが振りほどけないほどの縛りとなる世代間伝達トラウマ、子どもの発達を脅かす依存欲求に応じてもらえない体験、養育者に強い恐怖あるため子どもと養育者の役割逆転、自分は親から望まれてこの世に生まれたのではないというメッセージの受け取りなど累積したトラウマまで入ります。トラウマとは、個人が心身に耐えられない傷を負うことで、それは、客観的に確認できることから、主観的に経験されるものまで、さらには、解離を基盤とする機能停止や凍りつきという重いトラウマの犠牲者から、抑圧を基盤とする自己を脅かす心理学的意味の分裂まで広い範囲でトラウマを捉えています。

 

トラウマ(PTSD)の歴史
トラウマの歴史

 

19世紀後半の「ヒステリー研究」で始まり、外傷的な出来事に関する耐え難い情動反応が一種の変性意識を引き起こし、この変性意識がヒステリー症状を生んでいるというもので、外傷記憶とそれに伴う強烈な感情を取り戻させ、言語化することによってヒステリー症状が軽快するという発見がなされました。次に、第一次世界大戦おける塹壕戦の経験を踏まえ、戦後、米国と英国から始まり、ベトナム戦争後に頂点を極めた「戦闘ストレス反応の研究」であって、最初、臆病者であるからだと結論し、処罰と脅迫が行われていました。第三の流れは、ごく最近認知されてきた性的暴力と家庭内暴力の外傷に関するものであり、幼児期の身体的虐待や性虐待は慢性かつ重度のPTSD発症の原因となることが知られています。日本でも阪神大震災や地下鉄サリン事件の被害者に関連して知られるようになり、市民生活の中での性的暴力や家庭内暴力においても注目されるようになりました。

 

トラウマ概念の危機と再吟味

 

トラウマは、歴史上のある時期から、特にフロイトのエディプスコンプレックスの概念あたりから、大人が子どもにトラウマを与えるという事実が精神医療領域で消え去ることがありました。それは、トラウマ(家庭内虐待や戦争による戦闘ストレス反応)という事実が、既存の社会の秩序とか、権威への敬意を失墜させると恐れられていたようです。さらには、愛国心や家族愛の価値観とも相性が悪く、純潔さを求める保守的な人々には、トラウマという概念は受け入れ難いものでした。また、人が他者のトラウマという苦悩を見て、自分のことのように共感的に考えられる人もいますが、その一方で、他者のトラウマという苦悩を見て、強い情動を感じ、扁桃体が刺激されることで、そのトラウマが自分にまで降りかかるのではないかとリスクを恐れる人がいます。現在でも、複雑な環境要因を重視するトラウマ理論は、国家や社会、学校教育、家庭等の環境側に問題があるということを案に伝えているので、トラウマを見ないことにして生活全般、そして、社会が回っています。権力者との折り合いが悪いため、トラウマという領域に踏み入ることは禁じられている領域もあります。また、トラウマを負った人は、たいていの場合、トラウマ体験を思い出したくないので、できれば無かったことにしておきたいとか、そっとしておいてほしいと思っており、トラウマ概念とは相性が良くありません。そのため、残念ながらトラウマを扱う臨床家は不遇な運命を辿りがちです。

 

トラウマへの理解は、人それぞれの正義感や脳の仕組みの違いにより、いつの時代も分裂しています。最先端と言われているアメリカの精神医学の領域でも、トラウマへの理解は不十分なままで、日本でもアドラー心理学「トラウマなんて存在しない」が流行ったりもします。トラウマの概念は、社会内の権力の変化と共に流行り、衰退しを繰り返しています。現在の医療現場では、科学的根拠が求められており、虐待やいじめ、親子間のストレス、社会環境などの複雑に絡み合ったトラウマが原因で現在の精神疾患になっていると証明することが困難なため、トラウマは過小評価されています。また、これからの社会は、リベラル派(弱者への再配分、危害を加えられた人へのケアを重視)が衰退し、世界的に保守化や市場主義化が進んでいて、格差社会になっていてのが心配です。貧困は、治安の悪化、親子間の世代間伝達トラウマとなります。もし、今からでもトラウマを勉強される方には、ベッセル・ヴァン・デア・コークの著書「身体はトラウマを記憶する」、ピーター・A・ラヴィーンの著書「身体に閉じ込められたトラウマ」をおすすめします。また、トラウマを知るためには、トラウマの専門書のみならず、当事者の言葉とインターネットを丹念に調べていくことで真実に近づくことができます。

 

重い外傷体験(PTSD体験)
▶外傷体験時のこころと精神と身体

 

人が外傷体験を負うと、生命が脅かされたり、尊厳を踏みにじられるようなことにより、強い衝撃を受けて、心的機能(身体・神経システムと精神システム)がショック状態になり、恐怖、無力感、回避、再体験、過覚醒などの症状が出ることがあります。特にPTSD症状のなかで日常生活を困難にさせるのが、トラウマになった出来事が繰り返し蘇ってくる再体験症状(フラッシュバック、悪夢)と言われます。フラッシュバックが生じているときは、左脳はほとんど機能しておらず、言葉にすることができないので、その出来事を客観的に分析したり、自分の物語の一部として見ることが出来ません。

 

外傷体験の記憶の中で最も精神的ショックが大きいところをホットスポットと言います。人は危機に直面すると、交感神経が活発に働き始めて、戦い、逃げることが可能になりますが、そのどちらの行動も取れない状況では、背側迷走神経が働き、凍りつきや機能停止が起きて、その後の記憶は断片化されます。この機能停止は、体から魂がどこか遠くに消えてしまったような抜け殻状態で身体が静止しています。また、子どもが慢性的なトラウマをやり過ごすとき、過覚醒になり、戦うか逃げるかの選択になりますが、それも効果がない場合は、低覚醒になり、あたかも眠ったかのように過ごすとか感覚を麻痺させてやり過ごします。一般的に、慢性的に外傷体験に曝されている人は、日常生活を困難にすることに対して、意識を変容させ、あいまいにしたり、忘れたりした方が楽なのでそうしますが、それが影響して現在の人間関係を生きにくくします。

 

人によってトラウマのホットスポットの恐怖の度合いは様々ですが、圧倒的な恐怖や戦慄、無力感から神経系が極限まで緊張し、興奮し、心拍数が上昇し、呼吸は浅く早くなり、身体が苦悶したのちに、頭が真っ白になったり、ブラックホールに吸い込まれたりします。そして、精神と身体(私が私であること)が凍りつき、固まり閉じこめられる極限の状態のなかで、機能停止してしまうか、あるいは、凍りつきかけた精神と身体を融解させるため、目と鼻から大粒の涙を流し、ガタガタと身体を震わせながら回復していくのを待つかの選択肢に迫られているような重いトラウマもあります。

 

▶四重の恐怖サイクル

 

心が凍りつき、固まり閉じ込められるようなトラウマを負っているにもかかわらず、自分に悪意を向け、恐怖で支配するその張本人とともに日常生活を送り続けることで四重の恐怖サイクルにはまり込むことがあります。そして、身体の中に住むことが安全だと感じられなくなったり、世界中の人が敵にしか見えなくなるような知覚や気分の変動が起こることもあります。また、統制の効かない問題行動を繰り返し、失敗を繰り返すことで、強烈な自己批判をするようになり、攻撃性は自分へ向けられることがあります。

①外傷体験に刻まれた無力感と恐怖

②身体が麻痺して固まり閉じ込められる恐怖

③過覚醒による統制の効かない恐怖

本来は危険でないはずのものまで脳や身体が痛みを感じる恐怖

トラウマの治癒には、複数の恐怖症を少しずつ人間が本来備えている生命エネルギーの源として感じられるように支援していく必要があります。

 

発達障害とトラウマの見立ての難しさ
▶発達障害とトラウマの見立て

 

発達障害の子どもたちは、トラウマにつながりやすいと言われています。と言うのも、学校などの集団場面で不適応になりやすく、また、育てにくさから養育者との間でストレスが生じやすく、さらには、感覚過敏や感覚処理の問題から外の世界のストレスに弱かったりと、複合的なトラウマを抱えやすいからです。また、発達障害の子どもを取り巻く生活空間(家庭、学校等)の全体がストレス過多になると原因不明の身体症状、パニック、過覚醒、フラッシュバックが起こり、自己中心性やこだわり、感覚過敏がより強くなります。そして、傷つきトラウマを負った発達障害の子どもは、集団場面で空気が読めなかったり、こだわりが強すぎたり、身辺自立能力が乏しいために、周りの児童に馬鹿にされ続けることで、キレる暴れるなどの問題行動として表れたり、解離して凍りつく反応を示したりします。ちなみに、発達障害とは、脳の特性のアンバランスさが大きく、現在、学校や職場などで不適応行動があると診断されます。

 

長年にわたるトラウマ犠牲者に対して、適切な心理支援を行うには、複雑性PTSDや解離性障害、自己愛性、境界性パーソナリティ障害、摂食障害などのベースに発達障害があるかどうかを見極めることが重要になります。しかし、実際には、発達障害がベースにあることが見逃されたり、見極めるのが困難な場合が多いです。それは、機能不全家庭(虐待またはネグレクト)で育った場合でも、健全な発達が必然的に抑えられてしまい、健全に成長していく機会がほとんど与えられないため、発達障害の子どもと同じく発達のばらつきが出てしまうからです。発達障害とトラウマの概念は、双方ともにあいまいさを残しており、環境と遺伝が相互に複雑に絡み合っていると考えたほうが無難でしょう。