トップページ > トラウマ・PTSD研究
第1節.
トラウマと聞くと、多くの人が心的外傷後ストレス障害(PTSD)を思い浮かべるでしょう。特に日本では、1995年の阪神・淡路大震災や地下鉄サリン事件を契機に、「トラウマ」や「こころのケア」という言葉が広く使われるようになりました。実は、私自身もこの時期に深い影響を受けた一人です。1995年、私は神戸市東灘区に住む中学3年生で、震度7の激しい揺れに襲われた時、身体が凍りつき、窓越しにまるで光の大気のようなものが見えた瞬間を今でも鮮明に覚えています。
その後、オウム真理教による地下鉄サリン事件が続き、私は自然とトラウマというテーマに興味を抱くようになりました。この興味をさらに深めたのが、1998年に発売されたRPGゲーム『ゼノギアス』でした。このゲームは、主人公が解離性同一性障害を抱え、臨床心理学や生物学、ユング心理学、キリスト教、さらには社会問題までが絡み合ったストーリーを展開しています。『ゼノギアス』を通じて、トラウマや臨床心理学の世界に、抵抗感なく自然に引き込まれていった感覚を覚えています。
大人になってからは、さらに深いトラウマに関わる経験を積むことになりました。ジャニーズ事務所の性暴力問題や、アイドルと付き合う女性がファンの複雑な関係における暴力、これらの人と関わることで、私は自分が今まで生きてきた世界とは全く異なる次元の現実に直面しました。こうした経験を通して、トラウマがもたらす心理的影響や、それに対する理解の必要性を強く感じるようになりました。
1. トラウマの見えざる影—15年間の学びと経験から見えたもの
トラウマとは、非常に定義しづらく、理解するのが難しい概念です。私は15年以上にわたり、トラウマについて学び、何千回とトラウマを抱える人々と対話を重ねてきましたが、それでもなお、その全貌を掴むのは容易ではありませんでした。私がトラウマと本格的に向き合い始めたのは、23歳で社会人として働いていた頃のことです。
当時、トラウマを抱えたある女性と、何度も会いましたが、彼女が心に深い傷を負っていることに全く気づきませんでした。彼女は明るく振る舞い、本音を隠し通していたため、その表面だけを見ていた私は、肝心な部分を見逃していたのです。さらに、当時の私自身がトラウマという概念をほとんど理解していなかったこともあり、その存在を想定すらしていませんでした。
私がトラウマの存在を初めて知るきっかけとなったのは、彼女の親友から教えられた言葉でした。その親友は、現実の世界とトラウマの世界の橋渡しをしてくれる存在であり、彼女の過去の出来事を私に伝えてくれたのです。その瞬間から、彼女の表情や仕草の中に、これまで見えていなかったトラウマの影が浮かび上がるようになりました。
トラウマというものは、単なる「心の傷」とは異なり、身体が健全な人には理解し難い、見えざる何かを含んでいます。それは、言葉や理論だけでは捉えきれない、深い精神的な影響を持ち続けるものです。この経験を通して、私はトラウマがいかに複雑で、そしていかにその影響が広範囲に及ぶものなのかを、少しずつ理解するようになりました。
第2節.
トラウマを一言で定義するならば、それは「個人の心身に耐えがたい傷をもたらす出来事や体験」と言えます。この傷は、客観的に確認できるものから、非常に主観的な経験に至るまで、広範囲に及びます。トラウマの範疇に入るのは、個人が持っている通常の対処法では到底対応しきれないほどの、圧倒的な衝撃を受けたときです。その結果、PTSD(心的外傷後ストレス障害)のような症状を引き起こすことがあります。
PTSDを引き起こす原因は多岐にわたり、戦争体験や地震、洪水などの自然災害、交通事故や暴力犯罪、さらには性暴力や子ども時代の虐待、学校でのいじめなどが挙げられます。これらの出来事は、慢性的なものもあれば、突発的に起こる急性的なものもあり、それぞれが心身に深刻な影響を与えます。こうした外傷体験が個人に与える衝撃は計り知れず、誰もがその影響から容易に回復できるわけではありません。
トラウマはその人の人生に長期にわたり影響を及ぼし、通常の生活を送ることが困難になる場合もあります。心身に耐え難い傷を負った時、個人が感じる恐怖や無力感は、単なる「心の傷」を超えた深い問題となり、人生全般にわたって影響を及ぼすことになるのです。このように、トラウマは単なる一時的なストレスではなく、心の深い部分にまで影響を及ぼす、極めて重要な概念です。
1. 診断に現れない心の傷—累積するトラウマの多様性
医学的なPTSD(心的外傷後ストレス障害)として診断されない場合でも、以下のようなさまざまな要因が個人に深刻なトラウマをもたらすことがあります。
これらは、急性的なものから累積的なものまで、さまざまな形でトラウマとなり得る要因です。これらの経験は、日常生活において深い影響を及ぼし、心の奥底に癒えない傷を残すことがあります。
2. トラウマが生み出す凍りつく心と崩れ落ちる身体
トラウマとは、圧倒的な脅威に直面しながらも、有効な対処法が見つからず、心臓が激しく鼓動する中で、体が凍りついて動けなくなり、声さえ出せなくなる経験を指します。凍りつく瞬間、神経は極限まで緊張し、痛みが走り、感覚が麻痺して、自分の体が切り離されたように感じることがあります。この状態に陥った後、さらに酷い出来事に見舞われると、全身に衝撃が走り、まるで足元が崩れ落ちるような感覚を覚えます。この崩れ落ちる感覚は、無力感に打ちのめされた結果であり、体は動けなくなり、深い無力感からうつ症状が現れることもあります。
このように、対処不可能なトラウマ的な出来事を経験すると、心身に大きな影響を及ぼし、その後の人生において生物学的な変化を引き起こします。トラウマを経験する前と後では、神経発達が阻害され、脳や体が根本から変わってしまうことがあります。これらの変化は、心だけでなく身体にも深刻な影響を与え、日常生活においてもその影響が続くことがあります。
第3節.
トラウマ治療の歴史は19世紀後半に、シャルコーが催眠術を治療に取り入れた「ヒステリー研究」に始まります。この時期、フロイトは外傷的な出来事によって生じる耐え難い情動反応が、一種の変性意識を引き起こし、それがヒステリー症状を生み出すという理論を提唱しました。彼は、外傷記憶とそれに伴う強烈な感情を再体験し、それを言語化することでヒステリー症状が軽減することを発見しました。
その後、第一次世界大戦の塹壕戦を経験した兵士たちの「戦闘ストレス反応の研究」が行われました。当初、これらの症状は臆病の表れとして解釈され、処罰や脅迫が行われていましたが、戦後、米国や英国での研究が進む中で、これらがトラウマ反応であることが理解され、ベトナム戦争後にはピークに達しました。
さらに最近では、性的暴力や家庭内暴力に関連する外傷が認知されるようになり、特に幼児期の身体的虐待や性虐待が、慢性的かつ重度のPTSDを引き起こす原因として注目されています。日本でも、阪神・淡路大震災や地下鉄サリン事件を契機に、トラウマが市民生活に及ぼす影響が広く知られるようになり、性的暴力や家庭内暴力の外傷に対する理解が深まってきました。
1. トラウマ研究—消え去った真実と孤独な臨床家たち
トラウマは、その歴史的な背景から、精神医療の領域で一時的にその存在を隠されていた時期がありました。特に、フロイトがエディプスコンプレックスの概念を提起した頃、大人が子どもに与えるトラウマという事実が精神医学の主流から外れることがありました。これは、家庭内虐待や戦争による戦闘ストレス反応といった現実が、既存の社会秩序や権威への敬意を損なう恐れがあったためです。さらに、トラウマの概念は愛国心や家族愛といった保守的な価値観と相容れないものであり、特に純潔さを重視する人々には受け入れがたいものでした。このように、トラウマの研究や治療は、権力者にとって不都合な領域として、しばしば踏み込むことが禁じられてきました。
そのため、トラウマを扱う臨床家たちは、歴史の中で不遇な運命を辿ることが多かったのです。例えば、フェレンツィやジャネ、ライヒといった先駆者たちは、生前にその業績が正当に評価されることはほとんどありませんでした。(最近になってようやく再評価が進んでいますが。)組織や集団に所属する人々は、往々にして真実の探求よりも合理性やポジション取りに終始する傾向があります。組織自体も体制を維持し、利益を追求するために動くものです。トラウマを扱う臨床家がこうした組織に所属すると、強い葛藤を抱えるようになり、自分の価値観や内なる熱意を抑え込まざるを得なくなるのです。トラウマ研究に真剣に取り組みたいならば、ひっそりと一人で行わなければならない、そんな厳しい現実があります。
2. 権力構造に埋もれる患者の真実
心理臨床の世界では、トラウマを抱えた人々の苦痛や問題行動、自責感、罪悪感、希死念慮、自分が自分でなくなる恐怖といった心と体のメカニズムに、十分な関心が向けられていない現実があります。臨床家たちが重視しているのは、世間一般と同じ価値観、つまり家族や仲間、職場でのポジション争いや、師と仰ぐスーパーヴァイザーとの関係、そして同業者との人間関係です。
本来、トラウマを抱える患者を支援するはずの心理臨床家が、社会の権力者たちの機嫌を伺い、その影響を否認し続けてきたことは大きな問題です。トラウマによる問題行動を、もともとの気質や性格の未熟さに結びつけ、患者の真実を軽視してしまう状況が生まれています。彼らは患者の苦しみよりも、自分たちの利益や立場を守ることに終始し、結果としてトラウマの根本的な問題を見過ごしてきました。
第4節.
トラウマとは、単に心に傷を負うだけではなく、生命の危機に直面し、圧倒的な恐怖に晒されることで生じる複雑な反応です。トラウマが形成されるメカニズムは、生きるか死ぬかという極限状態で、戦うか逃げるかの反応が失敗に終わり、有効な対処ができずに絶望の中に陥る時に発動します。このような状況では、交感神経と背側迷走神経が過剰に拮抗し、不動状態に陥ることで強烈なストレスを感じ、それがトラウマへとつながります。
トラウマを経験した後、人は再び同じ被害に遭わないように警戒し、その出来事を思い出すことが辛くなり、その記憶を隅に追いやろうとします。しかし、恐怖の記憶は消えることがなく、思い出すたびに身体が過剰に反応し、心臓が激しく鼓動し、胸が締めつけられ、呼吸が苦しくなり、落ち着きを失います。また、予期せぬ出来事や他者からの怒りに直面すると、足がすくみ、身体が凍りつくような恐怖に襲われ、過去の被害時と同じ反応が再び現れることがあります。
さらに、脅威を感じ続けると、脳は生き延びることに集中するモードへと切り替わり、合理的な思考が働かなくなり、情動に支配されていきます。このように、トラウマは心だけでなく、身体にも深く影響を及ぼし、その影響は長く続きます。脳と体が過去の恐怖に縛られ、現在の生活にまで影響を与えるのです。
1. 外傷体験が身体と心に刻む深い衝撃
外傷体験のショックは人それぞれ異なりますが、特に深刻な場合は、まるで1万ボルトの電流が全身を貫くような強烈な衝撃を受けることがあります。こうした体験に直面すると、身体は凍りつき、意識が飛んでしまうことさえあります。全身の神経は極限まで張りつめ、筋肉は「戦うか逃げるか」という本能的な反応に従い、極端に収縮と伸展を繰り返します。しかし、その状況で身動きが取れなくなると、心に深い傷が刻まれます。
この未曾有のショックが全身に刻み込まれることで、未完了のエネルギーが体内に閉じ込められ、新たな負の神経回路が形成されます。このような神経回路は、その後の生活においても大きな影響を与え、心と身体のバランスを崩す原因となることがあります。外傷体験が心と体に及ぼす影響は非常に深く、後々まで続くものなのです。
2. 生き残った後の凍りつきと過敏反応
外傷体験から生き残ったとしても、その衝撃は身体と心に深い影響を与えます。激しいショックを受けると、身体が凍りつき、何も感じられなくなることがあります。その後、適切なサポートがないと、脳は常に脅威に対抗するための警戒態勢を続け、身体は慢性的に収縮し、凍りついた状態にロックされてしまいます。この状態では、体本来のリズムを取り戻すことが難しく、自然な回復が阻まれます。
外の世界に対して過敏になり、視覚や聴覚が過剰に鋭敏になる一方、筋肉や内臓は絶えず緊張し続けます。脳は危機感を募らせ、ネガティブなものにばかり注意が向かいがちです。このような状況では、身体が闘争・逃走、凍りつき、虚脱などの反応を繰り返し、トラウマの影響がさらに強化されてしまいます。
トラウマを抱える人は、些細なことにも過剰に反応してしまうため、本来は危険でない状況でも身体が凍りつき、震えてしまうことがあります。その結果、人間関係においてもトラブルを引き起こしやすくなり、自分自身を守るために過剰な防衛反応を示してしまうのです。
3. トラウマが刻まれた体が生み出す防衛反応
体にトラウマを刻まれた人は、常に脅威を遠ざけ、生体を保護しようとする強力な防衛反応が働きます。日常生活では、トラウマのトリガーを引かないように細心の注意を払い、先手を打って脅威を避けるために、外の世界に対して過敏になります。頭の中では、過去の記憶を整理し、現在の状況を分析するプロセスが絶えず行われていますが、情報が過多になると、思考が混乱しやすくなります。
嫌悪するものや状況に直面すると、体内から怒りや恐怖、焦り、苛立ちといった不快な感覚や感情が沸き起こります。脅威が近づき、不快な状況に置かれると、体がソワソワと落ち着かず、古い傷が疼くように感じることがあります。これが原因で、体が硬直し、神経や関節に痛みが走ることもあります。さらに、嫌なことを思い出すと、気持ちが重くなり、不満や後悔、自責、罪悪感に囚われてしまいます。
このように、トラウマが身体に刻まれている人は、日々の生活においても、無意識のうちに自己防衛のための行動を繰り返し、心身の負担が増大していくのです。
4. 子どもの頃からの過剰なストレスがもたらす心身への影響
子どもの頃から過剰なストレスが長期にわたって続くと、心身のバランスが大きく崩れていきます。疲労が蓄積するほど、心の余裕が失われ、不快な出来事に対する耐性が低下し、感情のコントロールが難しくなります。ちょっとしたことでも焦りや苛立ちを感じ、適切な対処ができなくなるのです。
さらに、生活全般の困難が続くと、感情や感覚が次第に麻痺し、体のどこかに炎症が発生します。これが脳、循環器、消化器、四肢、神経、筋肉、免疫系、内分泌系など、広範囲に悪影響を及ぼします。このような状態が長年続くと、痛みや不調が耐え難いものとなり、一般的に健康な人には理解し難い苦痛を抱えることになります。
トラウマとは、単なる心の傷にとどまらず、生物学的な変化を脳や体全体にもたらす深刻な状態です。現在では、トラウマは全身に及ぶ疾患として認識されており、その影響は心身ともに広範囲にわたることが明らかになっています。
第5節.
トラウマは、心と体に深い影響を与え、さまざまな症状として現れます。これらの症状は、大きく分けてPTSD症状、解離症状、そして身体症状の3つのカテゴリーに分類されます。
PTSD症状は、トラウマ体験を再現するようなフラッシュバックや悪夢といった再体験症状から始まります。これに伴い、トラウマを引き起こした状況や記憶を避ける回避症状が現れます。また、認知と気分に変化が生じ、過覚醒や睡眠障害などの覚醒度と反応性の著しい変化が見られることがあります。さらに、これらの症状はしばしばパニック発作としても現れるため、日常生活に深刻な影響を与えます。
解離症状は、自己感覚の喪失や解離性健忘、離人感や現実感喪失症として現れます。これにより、自分が自分であるという感覚が希薄になり、思考が混乱し、感情の麻痺が生じます。さらに、人格の一部が別人格として分離し、自分自身が何者か分からなくなることもあります。
身体症状としては、原因不明の身体的不調が挙げられます。これには、自律神経系の調整不全が関与しており、戦うか逃げるか、あるいは凍りつき、虚脱するような反応が引き起こされます。その他にも、喘息や偏頭痛、吐き気、過敏性腸症候群、顎関節症といった症状や、慢性的な疲労、慢性疼痛、さらにはチックやトゥレット症候群といった神経症状が含まれます。
これらの症状が複雑に絡み合い、トラウマがもたらす影響は非常に多岐にわたるため、適切なケアと治療が不可欠です。
1. 慢性化するトラウマの恐怖
単発の急性外傷から回復できない場合、PTSD(心的外傷後ストレス障害)を発症するリスクがあります。そして、PTSD症状が慢性化するにつれて、解離症状が次第に重篤化していきます。長年にわたってトラウマが慢性化すると、身体に恐ろしい影響が現れます。疲労が蓄積し、ストレスに対抗する力が弱まることで、自律神経系が調整不全を起こし、体温や免疫力が低下し、副腎皮質の機能までが低下します。
このような状態に陥ると、生きるか死ぬかのギリギリの状態で生活することになり、複雑性PTSDや境界性パーソナリティ障害の発症リスクが高まります。特に、体に深刻な問題が生じ、自分自身の感覚が失われると、重度の解離症状や解離性同一性障害に苦しむことになります。
子どもの頃からトラウマを抱えている人は、PTSD症状と解離症状の間を行ったり来たりしているため、ストレスに対する耐性が極めて低くなりがちです。その結果、原因不明の身体症状に悩まされ、感情や自己調整機能に深刻な障害が出ることがあります。このように、トラウマがもたらす影響は心と体にわたり、適切なケアが必要です。
第5-1節.
PTSD(心的外傷後ストレス障害)とは、外傷的な体験をした際に、激しい感情が湧き起こり、その結果、身体にショックを与えて神経の働きや生理現象を大きく変えてしまう現象です。PTSDを抱える人は、危険を感じると過剰な警戒心が生まれ、身体が「闘争・逃走反応」の過覚醒モードに入ります。
この過覚醒状態では、交感神経が活性化し、体内にアドレナリンやノルアドレナリンが大量に放出されます。これにより、身体は戦うか逃げるために必要な筋肉を動かす準備を始めます。具体的には、全身の緊張が高まり、心臓の鼓動が速くなり、血圧が上昇します。筋肉が収縮し、血液が体中に勢いよく送り込まれるため、運動能力が高まります。また、運動に必要な酸素を供給するため、気管支が開いて呼吸が浅く速くなり、発汗も見られます。
さらに、動けなくなることが命に危機を及ぼすため、身体は胃液の分泌を抑え、消化器の働きを停止させ、尿意を感じなくさせます。また、周囲の危険を察知するために瞳孔が開き、視野が広がることで、あらゆる動きに対して敏感に反応する準備が整います。この過覚醒状態では、身体は常に緊張状態にあり、一瞬の刺激に対しても過敏に反応するため、落ち着きが失われ、苛立ちや焦燥感が増し、身体を動かさずにはいられなくなるのです。
第5-2節.
解離症状とは、強烈な恐怖や戦慄の衝撃によって、身体の「闘争・逃走反応」が失敗し、全身が凍りつく現象です。この凍りつき状態では、通常の行動が一切取れなくなり、全身に膨大なエネルギーが滞ります。その結果、身体は不動化し、まるで死んだふりをしているかのように機能が停止し、瞬時にして心と体のブレーカーが落ちたような状態になります。
このとき、交感神経はシャットダウンし、筋肉は緊張の果てに崩れ落ち、心臓はショックを受けます。さらに、脳に十分な血液が巡らず、呼吸が困難になることで、身体は生存の危機に瀕します。こうした極限の状態から身を守ろうとするために、解離が起こります。
解離の体験は人それぞれ異なりますが、共通しているのは、心が痛みを感じる体から分離し、意識がぼんやりしたり、暗闇に包まれたり、現実から切り離された夢の中にいるような感覚になることです。この現象は、心と体が耐え難い状況から自らを保護するための防衛反応であり、現実との繋がりが薄れ、意識が別の場所に飛んでいくかのように感じられるのです。
1. 日常生活における解離状態の影響
解離状態が日常的に続く人は、常に人との接触に対する恐怖と警戒を抱えており、その結果、身体は硬直して凍りつくか、極度に弛緩してしまいます。このような状態では、自分の身体感覚が麻痺し、体の反応が鈍くなり、動くこと自体が非常に困難になります。心もまた何かを感じることができなくなり、感情が麻痺した状態が続きます。
不快な状況が持続すると、心臓や気管支の働きが弱まり、喉や胸は締めつけられたように苦しくなり、呼吸が浅くなります。さらに、心拍数や血圧、体温が低下し、めまいやふらつきが頻繁に起こります。一方で、胃腸の消化機能が過剰に働くため、腹痛や下痢、吐き気といった症状が現れることがあります。
生活全般にわたってストレスと緊張が長期間続くと、次第にストレスに対する耐性が衰え、身体はますます疲弊し、衰弱していきます。頭の中では絶えず考えごとが浮かび、慢性的な疲労感に陥りやすくなります。筋肉が張り詰めることで、偏頭痛や背中の痛み、関節の痛みなど、慢性疼痛にも苦しむようになります。
第5-3節.
人が危険を感じた瞬間、まずはその気配を感じた方向に視線を向け、耳を澄まし、身体全体に緊張が走ります。警戒心が高まると、筋肉は硬直し、肩には自然と力が入り、無意識に肩が上がっていきます。そして、生命の危機に直面する場面では、戦うか逃げるかという生存本能が働き、全身が戦闘態勢に入ります。神経は外界の脅威に集中し、瞳孔が開いて視野が広がり、身体は限界まで緊張し、針で刺されたような感覚に襲われます。このとき、猫が毛を逆立てるような感覚が全身に広がります。
もしこの状況で戦うか逃げることで安全を確保できれば、身体はすぐに回復し、成功体験から全能感を得ることができます。しかし、敵が圧倒的に強いと感じた場合、戦うことも逃げることもできず、身体は無意識に身を守る反応を示します。顎は反射的に下がり、奥歯を強く噛みしめ、眉間にしわが寄り、口元は固く閉じられ、身体は動けなくなります。不意を突かれた時、全身は凍りつき、頭から血の気が引いて背中やお腹が硬直し、心臓を鷲掴みにされたような衝撃が走り、気管支が圧迫されて息が詰まります。この衝撃を和らげるため、身体は本能的に顔を下げ、背中を丸めて猫背になり、外界からのダメージを最小限に抑えようとします。
1. 外傷体験がもたらす身体と心の分断
外傷体験の際、激しいショックに直面すると、人はまるで息が止められたかのような感覚に襲われます。首の神経や血流、リンパの流れが途絶えるように感じ、その瞬間から身体の上半身と下半身が分断されたかのような恐怖が全身を支配します。こめかみは強く脈打ち、頭痛が始まりそうな気配がします。顔全体が熱を帯びて赤くなり、汗がにじみ出し、目は見開かれて充血し、涙が眼球を覆い尽くします。喉はつっかえ、唾を呑み込むことさえ困難になります。
この極限状態では、筋肉は崩壊し、心臓の鼓動は落ち、心拍や血圧が急激に低下します。脳への血流が減少し、酸欠状態に陥り、体は動かなくなります。人はその場に崩れ落ち、意識が朦朧とし、やがて気を失うこともあるでしょう。このような命の危機に瀕した瞬間の記憶は、身体に深く刻まれ、忘れ去ることのできない痕跡として残ります。その出来事は、後々まで身体に影響を与え、再び似た状況に直面すると、同様の反応が引き起こされることがあります。
第5-4節.
トラウマがもたらすショックとは、脳や心臓、胃、腸などが極限まで収縮し、一瞬にして凍りつくような体験です。これらの反応は驚くほど速く起こり、その速度に神経が追いつかなくなります。その結果、気持ちの整理がつかないまま、心と体が分離した状態で日常生活に戻ることになります。このような恐ろしい外傷体験によって神経が繊細になると、過剰覚醒や驚愕反応、凍りつき、虚脱、不随意運動、チック、トゥレット症候群、痙攣、頭痛、肩こり、吐き気といった身体症状が次々と現れるようになります。
トラウマは非常に痛ましい体験であり、それが体に深く刻み込まれると、重く暗い感覚が心の奥底に残ります。胸の傷がうずき、胸が締めつけられるような痛みや、張り裂けるような苦しみが訪れます。また、「心が痛む」「心苦しい」「身を切るような痛み」など、心の痛みが身体に表現されることもあります。これらの痛みは、まるで心臓を鷲掴みにされたかのように感じられ、やりきれない感情が胸をえぐるように襲いかかってくるのです。トラウマは単なる記憶ではなく、心と体に深く刻まれた、生き続ける痛みなのです。
1. 揺れ動く感情と不安定な心身の反応
体にトラウマが刻まれている人は、無意識のうちに脅威を避けるための防衛反応が働き、目や耳、鼻、顎、首、肩などが特定の方向に向かい、外界の刺激に対して極度に敏感になります。この過剰な感覚の鋭さにより、体は常に緊張状態に置かれ、呼吸は浅く速くなり、心臓の鼓動は不安定で、嫌悪感が募ります。嫌な刺激に対しては、筋肉が硬直し、神経が圧迫されることで、心臓がドキドキし、胸が痛み、息苦しさが増していきます。さらに、不快な状況が続くと、体は闘争、逃走、凍りつき、虚脱といった原始的な防衛モードに陥りやすくなり、日常生活においてもその影響が色濃く現れるようになります。
体の中には、外傷体験によって生じた不快な感覚や感情が蓄積されています。その影響で、理由もなく自律神経の調整が乱れ、一日の中で気持ちの浮き沈みが激しくなることがあります。憎しみや不安、焦り、苛立ち、そして過剰なテンションや麻痺といった感情が繰り返し現れ、嫌な記憶を引きずるようになります。頭の中で嫌な記憶が蘇ると、胸が締めつけられるように苦しくなり、息がしづらくなって、過呼吸やフラッシュバックを引き起こすこともあります。また、突然、胸がモヤモヤ、ザワザワ、ソワソワする感覚や、足元がムズムズ、ウズウズする感覚に襲われ、落ち着きを失い、無意識に不安な行動を再現してしまうこともあります。さらに、繰り返し襲ってくる恐れや怒り、戦慄、無力感、そして絶望の感情に苦しみ続けることになります。
2. トラウマがもたらす心身の解離
トラウマを抱えた人は、社会に適応しようとする過程で、体内に蓄積された闘争・逃走反応と絶えず戦い続けます。しかし、凍りつき反応に対する恐怖が強まると、心が次第に体から離れ、自分自身の身体感覚が希薄になります。この身体性の喪失は、自己感覚の崩壊を引き起こし、結果として自分が自分でなくなってしまう感覚に陥ります。この状態では、時間感覚が狂い、感情が鈍麻し、集中力が低下し、思考が混乱することが増えていきます。
トラウマティックな状態が持続すると、過覚醒、凍りつき、虚脱状態が日常化し、体は次第に捻じれや詰まりを感じるようになります。その結果、神経や関節が痛み、筋肉が衰弱し、さらには内臓や皮膚にも炎症が広がっていきます。トラウマは心だけでなく、体にも深刻な影響を与えることを忘れてはなりません。
第6節.
トラウマの影響を最も深刻に受けやすいのは、発達初期の赤ん坊です。生まれて間もない赤ん坊が、生きるか死ぬかの外傷体験を経験すると、心と体に基本となる安定基盤が築かれる前に、その体は凍りつき、トラウマに基づく防衛システムが自動的に作動してしまいます。こうした赤ん坊は、母親が目を向ける方向に目を合わせなかったり、指差しに反応しなかったり、母親の後を追うことも抱っこを求めることもせずに育つ可能性があります。これにより、母親は育児のストレスを強く感じ、母子関係の愛着形成に深刻な問題が生じることがあります。
早期にトラウマの影響を受けた子どもは、そのトラウマが慢性化しやすく、長期にわたって精神疾患や身体疾患、自身の性格形成や対人関係に苦しむ人生を歩むことになるかもしれません。特に、幼少期にトラウマを負い、過緊張な状態で成長する子どもは、アレルギー体質やアトピー、喘息、頭痛、腹痛、鼻炎、吐き気など、体にさまざまな症状が現れます。こうした子どもは、日常的に体の不調に苦しむため、他の子どもたちと比べて笑顔が少なく、楽しそうに見えないことが多いです。また、無表情やしかめっ面が多くなり、物事をネガティブに捉えやすくなります。その結果、成長しても心身のしんどさを抱え続けることになります。
1. 発達早期のトラウマの影響と診断の盲点
発達早期に経験するトラウマ、特に胎児期や周産期、出生時の医療措置による外傷体験は、本人の意識には全く記憶が残らないものです。しかし、そのトラウマは体に深く刻まれ、影響を及ぼし続けます。たとえ記憶に残っていなくても、体はトラウマを忘れず、さまざまな形でその影響を示します。体の痛みや凍りつき、詰まり、捻じれ、感覚の過敏さ、危険を察知する能力、そして頭の中の情報処理の仕方など、体のサインを注意深く見ることで、トラウマの存在を発見することができます。
しかし、現在の精神医学では、身体に閉じ込められたトラウマの存在に十分に目を向けていないのが現状です。その結果、こうしたトラウマが引き起こす問題行動や情緒の不安定さは、遺伝や環境の影響と捉えられ、発達障害として診断されることが多いです。身体の中に隠されたトラウマを見逃すことなく理解することが、真の治療への鍵となるかもしれません。
2. 出生前後のトラウマが複雑化する防衛メカニズム
出生前後にトラウマを経験した子どもは、他者との交流を求める愛着の神経と、生存のために脅威に反応する防衛の神経が同時に発達します。特に、脅かされる状況が繰り返されると、その防衛機能が強化され、無意識のうちに闘争・逃走や凍りつき状態が続きます。これにより、脳機能や自律神経系、ホルモンバランス、免疫系が調整不全を起こし、トラウマ症状が複雑化していきます。
発達早期のトラウマを抱えた人は、些細なことで興奮し、交感神経系に支配されやすく、攻撃的な傾向が見られることがあります。また、恐怖による麻痺や不動化が起こり、背側迷走神経が働くことで体は凍りつき、時には死んだふりをすることもあります。極限状態では、交感神経系がシャットダウンし、現実感喪失や離人感、虚脱などの解離症状が現れ、活動性が著しく低下することがあります。
第7節.
PTSDやトラウマは、同じような出来事を経験しても、ある人には深刻な影響を与え、一方で他の人にはほとんど影響を与えないことがあります。トラウマになりやすい人は、身体が過剰に反応しやすく、ショックを受けるとその衝撃が強く心身に刻まれます。彼らは、ショックな出来事を体験すると、その記憶を避けようとして無意識に意識の外に追いやります。これは、過剰な身体反応が恐怖を強め、トラウマの記憶を押し込めようとする防衛反応の一部です。
一方で、トラウマになりにくい人は、身体の反応が穏やかで、ショックの影響が比較的小さくなります。たとえショックな出来事があっても、彼らはその出来事を繰り返し思い出し、時間をかけてその衝撃を和らげることができます。このように、トラウマに対する反応には個人差があり、その違いは身体の反応性に大きく依存しています。
1. トラウマに敏感な心と体—その違いが生む恐怖の差
トラウマを抱える人は、身体がショックに対して過剰に反応するため、音や光、人の気配など、わずかな刺激にも非常に敏感です。例えば、ショックな出来事が起こると、胸がザワザワしたり、心がヒヤリとしたり、足がすくんだり、体が崩れ落ちるような感覚に襲われます。こうした些細な刺激でも、神経が鋭敏に反応し、筋肉が硬直し、血管が収縮して、過剰な警戒心や防衛反応が現れます。脳もまた防衛的に働き、過覚醒や凍りつきなどの症状が心身に表れ、そこからの回復が非常に困難になります。
環境の変化にも過敏に反応するため、日常生活の中でさえも、些細なことが生理的な反応を引き起こします。トラウマに苦しむ人は、心身が常に弱った状態にあり、自らの身体感覚を恐れるあまり、症状が悪化していくことがあります。一方で、トラウマを抱えない人は、ショックを受けにくく、仮にショックを受けたとしても、すぐに回復できる強い心身を持っています。このように、トラウマがある人とない人では、自律神経の働きが異なるため、同じ出来事に対する恐怖の感じ方が大きく異なり、その差は2倍から10倍にもなります。
2. トラウマが心身の調整機能を奪う恐怖
トラウマが体に深く刻まれた人は、背側迷走神経の凍りつき状態にロックされ、生理的な混乱に恐怖しながら過ごします。また、交感神経の闘争・逃走反応との戦いに追われ、自分の状態を適切に調整できなくなります。日常生活の中でショックな出来事があると、自律神経系や覚醒度の調整がうまくいかず、ホルモンバランスが崩れ、さまざまな身体症状が現れます。しかし、体は回復に向かうことができず、不調が続くことでストレスが蓄積され、最終的にはうつやパニック発作、フラッシュバック、不眠、食欲不振などの症状が現れます。
さらに、体に疲労が蓄積されると、心の余裕が失われ、些細なことにもイライラし、負担を避けるために閉じこもりがちな生活を送るようになります。最も深刻な状態になると、体への不安が強まり、外の世界にも過敏に反応するようになります。自責感や無力感、被害妄想、希死念慮に囚われ、動くことさえ困難になることもあります。
3. トラウマになりやすい人の特徴とその背景
トラウマになりやすい人々には、特定の心身の特徴が見られます。彼らは神経発達に問題があったり、非常に敏感で緊張しやすい体質を持つことが多いです。こうした体質は、遺伝的要因よりも、早産や低体重児として生まれたこと、子宮内でのストレス、出産時の医療措置、または発達早期における外傷体験といった非常に早い段階で命の危機に直面した経験から生じると考えられます。
このような体の弱さを持つ人々は、しばしば体力が乏しく、エネルギーが不足しており、体調のバイオリズムも大きく変動しがちです。幼少期から喘息や高熱、アトピー、頭痛、腹痛、吐き気など、原因不明の身体症状に苦しむことが多く、これがトラウマへの脆弱性を高めます。
さらに、トラウマになりやすい人々は、母親や父親にトラウマや発達障害があるケースが多く、育った環境が悪く、親子関係に問題を抱えたまま成長することが多いです。子ども時代に必要なサポートを受けられなかったため、命の危機に直面した際に家族から助けを得ることができず、闘争・逃走・凍りつき反応を強いられることが頻繁にあります。
特に年齢が低い子どもほど、身体が小さく筋肉量が少ないため、危険を感じたときには息を止め、心拍がスムーズに変動しなくなります。この結果、交感神経にブレーキがかかり、不動化やシャットダウン、さらには解離反応が起こりやすくなり、トラウマが形成されるリスクが高まります。
4. トラウマを乗り越える力と自己肯定感の影響
トラウマを抱えている人でも、問題解決能力が高く、危機に際して戦ったり逃げたりできる人は、自分を守る力を持っています。これに対して、危険を感じたときに体が石のように固まって動けなくなる人は、体内に莫大なエネルギーを閉じ込めてしまい、これが原因で体に様々な症状が現れます。こうした人々は、ストレスに対する対処能力が低くなり、常に危険に備えた緊張状態で生きることを強いられます。危害を加えられる恐怖に駆られ、自分のことよりも相手に意識が向くため、自己防衛のために首や肩、顎などに過度な力が入ることが特徴です。
また、自己肯定感の高さもトラウマに対する影響を大きく左右します。自己肯定感が高い人は、物事をポジティブに捉え、トラウマ化しにくい傾向がありますが、逆に自己肯定感が低い人は、認知がネガティブになりやすく、結果としてトラウマを抱えやすくなります。
第8節.
発達障害の子どもたちは、複雑なトラウマを抱えることが少なくありません。彼らは、生まれたときから神経発達に問題を抱えているため、通常の人々とは異なる感覚過敏や感覚処理の特性を持っています。そのため、外部からのストレスに対して特に敏感で、体が繊細に反応しやすくなります。この過敏さから、学校などの集団生活において不適応を起こしやすくなり、社会的なプレッシャーや孤立感を強く感じることが多いのです。
さらに、発達障害を持つ子どもは育てにくさがあり、そのため養育者との間でストレスが生じやすい傾向があります。親子関係における摩擦や誤解が重なると、これが複合的なトラウマとなり、子どもの心身に深い影響を与えることがあります。発達障害の子どもたちが抱えるこの複雑なトラウマは、彼らの人生において大きな課題となり、適切な理解と支援が求められます。
1. 発達障害の子どもに起こるトラウマの連鎖
発達障害を持つ子どもたちは、生活環境がストレス過多になると、さまざまな身体的・心理的症状が現れます。家庭や学校、地域といった生活空間で過度なストレスにさらされると、原因不明の身体症状が頻繁に現れ、パニックや過集中、エネルギー切れ、解離、虚脱、うつ症状、フラッシュバック、悪夢など、さまざまな形で苦しむことになります。さらに、自己中心性やこだわり、感覚過敏といった特性が一層強くなることで、日常生活の質が大きく損なわれます。
特に、トラウマを負い傷ついた発達障害の子どもたちは、集団の中で「空気が読めない」と見なされやすく、自分のこだわりが強すぎるために、教師から注意を受けたり、クラスメイトに馬鹿にされたりすることが多くあります。このような経験は、彼らにとって深い恥の感覚をもたらし、それ自体がさらなるトラウマとなります。結果として、自己肯定感が低下し、社会との関わりがますます難しくなるという悪循環に陥ってしまいます。
トラウマの影響によって、発達障害の子どもたちは主に4つのタイプに分類されます。それぞれのタイプには、特有の行動パターンや対人関係の特徴が見られます。
積極奇異型: このタイプの子どもたちは、他者に対して積極的に接近しますが、相手の気持ちや状況を考慮せずに関わるため、誤解や摩擦を引き起こすことが多くあります。社交的なように見えますが、その関わり方が一方的になりがちです。
尊大型: 自分の思うように物事が進まないと、強い怒りを示し、暴力的な行動に出ることがあります。このタイプは、自分の意志が通らない状況に対して極端な反応を示すため、周囲との衝突が多くなりやすいです。
孤立型: 周囲への関心が非常に薄く、他者とのコミュニケーションをほとんど取らないタイプです。社会的な関わりを避け、孤独を好む傾向が強く、周囲から理解されにくいことが多いです。
受動型: 他者からの命令や指示に従いやすく、周囲の流れに身を任せるタイプです。自分の意志を主張することが少なく、他人に依存しやすい傾向があります。
2. 発達障害とトラウマの相互作用
発達障害とは、脳の気質的・機能的な問題により、心と身体の成長がアンバランスになる状態を指し、学校や職場での不適応行動が見られる場合に診断されます。しかし、その原因は完全には解明されておらず、診断は主に投薬治療や特別支援のため、または当事者や家族が自己理解を深め、生活上の問題に対処できるようにするために行われます。
トラウマの影響を受けた人々に対する適切な支援には、複雑性PTSDや解離性障害、統合失調症、双極性障害、自己愛性パーソナリティ障害、境界性パーソナリティ障害、摂食障害などの背後に発達障害があるかどうかを見極めることが重要です。しかし、発達障害が見逃されることや、発達障害と虐待、発達早期のトラウマによる症状を区別するのは難しいとされています。
これは、機能不全家庭で育った人や発達早期にトラウマを負った人が、健全な発達を妨げられ、発達障害の子どもと同様に発達のばらつきが生じることが多いためです。発達障害とトラウマの概念はともに曖昧さを含んでおり、現在の生きづらさを理解するには、環境要因と生物学的要因が相互に複雑に絡み合っていると考えることが重要です。
第9節.
トラウマを扱うことが難しい理由の一つは、トラウマを負って苦しんでいる人たちが社会全体ではマイノリティであるためです。トラウマを抱える人々は、トラウマ体験を思い出すことで身体的な症状が現れ、その苦痛から逃れたいと強く願います。そのため、トラウマを思い出したり語ったりすることに対して強い抵抗を感じ、無かったことにしたいと考えることが少なくありません。しかし、勇気を持って辛い体験を話しても、理解されないことが続くと、二重の苦しみを味わい、そのことについて話すこと自体を避けるようになります。
一方で、トラウマを抱えていない一般の人々は、トラウマに苦しむ人が身近にいることに気づいていながらも、その現実を見て見ぬふりをして、日常生活や社会の流れを維持しようとします。特に、トラウマの経験がなく心身が健康な人は、トラウマの存在自体に気づかず、他者がその苦しみに耐えていることを想像するのが難しい場合が多いのです。世の中の多くの人は、体が丈夫で、ショックからすぐに立ち直れる人々です。そのため、体が弱く、ショックから立ち直れない人々のネガティブな見方や心情を理解するのは非常に難しいといえます。トラウマは、それを実際に経験した人以外には理解しづらい現象なのです。
また、トラウマの捉え方は、その人の脳の状態にも大きく依存します。トラウマを抱える人々の苦悩に共感し、自分のことのように感じる人もいれば、その痛ましい経験に圧倒され、トラウマが自分にまで及ぶのではないかと恐れる人もいます。これらの要素が、トラウマの理解と共感をさらに難しくしています。
1. トラウマをどう見るか—臨床場面での専門家の課題
臨床場面でトラウマという問題を扱う際には、慎重な視点が求められます。患者さんが「親が酷い」と訴える場合、単にその気持ちに同調し、親を悪者扱いすることが適切かどうかは難しい判断です。トラウマ症状に苦しんでいる人々の中には、単に環境の問題だけでなく、体の弱さが原因で症状が出ている場合もあります。例えば、物心ついた頃から心臓に圧迫感を感じたり、過度な緊張で気分が悪くなったり、ストレスで皮膚が痒くなったりする人がいます。これらの体の不快感を外部の要因に結びつけるのは自然なことですが、その原因が親の養育態度にあるのか、困難な出産や医療措置によるものなのか、もしくは胎内での外傷によるものなのかを慎重に見極める必要があります。
また、性暴力被害者や虐待被害者は、精神科医や心理士、教育現場の先生との相性があまり良くないことが多いです。これらの専門家は、それぞれの領域での知識を持っていますが、トラウマの影響を十分に理解し、その影響を見極める教育がまだ不足しているのが現状です。精神科医は診察時間が短く、目の前の症状に集中するため、過去の出来事やこころの奥深くまで目を向けることが少なくなります。心理士は個人の心や発達に問題があると見立ててしまいがちで、身体的な問題や生活環境に対する配慮が欠けることがあります。学校の先生も、子どもの心や身体の状態を十分に見る余裕がなく、発達障害や未熟さに原因を求める傾向があります。
このように、トラウマを適切に理解し対処するためには、専門家自身がトラウマに関する深い理解を持つことが不可欠であり、また患者や被害者の身体的・精神的背景を包括的に捉える必要があります。
第10節.
トラウマへの理解は、人々の正義感や脳の仕組み、体の状態、そして成育環境の違いにより、いつの時代も分裂してきました。最先端とされるアメリカの精神医学においても、トラウマの理解は未だに不十分です。日本では、戦後のトラウマが世代を超えて伝わっているにもかかわらず、その現実を誰も語ろうとはせず、高度経済成長の時代には、社会全体が浮かれ、痛みを抱える人々の存在に目を背けてきました。結果として、トラウマの影響を受ける人々は、孤立し、理解されることなく苦しみ続けているのが現状です。社会が目を向けなかったこの「人間の痛み」は、世代を超えて今なお影響を及ぼし続けており、私たちはこの現実に目を向けるべき時期に来ているのです。
1. トラウマと社会の関係—科学と権力が左右する概念の行方
トラウマの概念は、時代ごとの社会的・権力的な変化に影響を受け、流行と衰退を繰り返してきました。現代の医療現場では、科学的根拠(エビデンス)が重視されるため、子供時代の虐待やいじめ、親子間のストレス、医療ミス、戦争、自然災害、事故、重病、社会環境などが複雑に絡み合い、現在の精神疾患や身体疾患を引き起こしているという因果関係を証明するのは難しく、トラウマは過小評価されがちです。
しかし、近年の科学の進展により、小児期の逆境体験(トラウマ)が、その人の寿命を5年から20年も縮める可能性があるという驚くべき相関関係が明らかになっています。ACE(Adverse Childhood Experiences)研究からは、トラウマが単なる「心の傷」ではなく、神経系、免疫系、内分泌系に深刻なダメージを与えることが、生物学的および臨床的見地から示されています。
このような背景の中、トラウマを専門に扱う臨床家たちは、個人の心と身体、そして社会との繋がりに焦点を当てています。彼らは、進化生物学や神経科学の最新の知見を取り入れ、トラウマが引き起こす複雑な環境要因にも目を向けています。トラウマは、単なる個人の発達や心理の問題にとどまらず、国家や社会、学校教育、家庭などの環境側に根深い問題が存在することを伝えようとしているのです。
2. トラウマの見立てとこれからの社会—心と身体の深層に迫る
トラウマを見立てるという作業は、トラウマを受けた人がどのようなプロセスでその主観的な世界を形成しているのかを探り、その人の生い立ちや幼少期の記憶、身体の反応、心の動きを丁寧に観察することから始まります。そして、そこには世界の豊かさや残酷さ、そして時にはその曖昧さをも交えて、トラウマの影響を説明していくことが求められます。
今後の時代には、弱者への支援や被害者へのケアを重視するリベラル派が衰退し、世界的に保守化や市場主義化が進むことで、格差社会が一層進行していくと考えられます。その結果、一部の富裕層が富を独占し、大多数の人々が心と身体を蝕まれていく中で、貧困が治安の悪化や虐待、DVの蔓延を引き起こし、さらには親子間での世代間伝達トラウマを深刻化させる恐れがあります。
トラウマについて深く学びたい方には、ベッセル・ヴァン・デア・コークの著書『身体はトラウマを記憶する』や、ピーター・ラヴィーンの著書『身体に閉じ込められたトラウマ』をおすすめします。さらに、トラウマの理解を深めるためには、専門書だけでなく、虐待などの被害を受けた当事者の言葉や、インターネット上の情報を丹念に調べることが真実への近道となるでしょう。トラウマの理解は、単なる知識ではなく、より深い人間理解と社会の仕組みへの洞察に繋がります。
トラウマケアこころのえ相談室
更新:2020-05-23
論考 井上陽平