子どものトラウマに関する問題の根底には、親や周囲の大人たちが、子どもの心や身体、そして神経系に与える深刻なダメージに気づかず、無理解な関わり方をしてしまうことが大きく影響しています。虐待やいじめ、体罰が行われているにもかかわらず、それを見て見ぬふりする大人たちが多く存在し、こうした態度は子どもにとって深刻な二次被害をもたらします。さらに、周囲の大人たちの無関心が、子どもたちの心に深い傷を残し、信頼感を失わせてしまいます。その結果、子どもは人間不信に陥り、心を閉ざすようになり、孤立感を深めていくのです。このような状況は、子どもたちが健全に成長するために不可欠な信頼関係を築くことを阻害し、長期的に心身の健康に深刻な影響を与える可能性があります。
今後の課題として、学校や医療現場で虐待やいじめ、早期トラウマ、体罰を受けている子どもに気づける大人の数を増やすことが急務です。教師や医師、スクールカウンセラー、スクールソーシャルワーカーなどが、このような問題に敏感であり、適切に対応できるようになることが求められます。しかし、現実には、トラウマや解離症状を的確に見抜ける専門家が非常に少ない状況です。
心理学や精神医学、福祉、児童領域の専門家を育成する教育過程においても、虐待やいじめ、早期トラウマに関する教育が不十分です。この分野における学びの機会を拡充することは、今後の重要な課題です。現場で活躍する多くの専門家は、親子関係の支援や発達障害の対応を主に行っており、「トラウマ」という概念を十分に理解していない、またはそれを日常的に扱う機会が少ないのが現状です。
その結果、大人や社会(学校、医療機関、教育者、医療従事者、心理士、親など)が、子どもを保護すべき存在とする性善説に立った対応を行ってしまい、虐待やいじめ、早期トラウマ、体罰を経験した子どもたちが、さらに二次的な心の傷を負うことがあります。こうした状況を改善するためには、教育現場や医療現場でのトラウマ対応の専門知識を持つ人材の育成が不可欠であり、子どもたちの心身の健康を守るために、社会全体での取り組みが必要です。
子どもの頃にトラウマを適切に見立てられず、必要な環境調整や治療を受けられなかった場合、その影響は生涯にわたって深刻な結果をもたらすことがあります。具体的には、解離性障害、PTSD、うつ病、双極性障害、パーソナリティ障害、統合失調症、慢性疾患、自律神経失調症、慢性疲労症候群、線維筋痛症、過敏性腸症候群など、さまざまな精神的・身体的な障害が引き起こされる可能性があります。これらの症状が長期間にわたって続くと、生活の質が著しく低下し、日常生活を送ることさえ困難になることもあります。
しかし、子どもの段階で適切な治療を受けることができれば、たとえ状況が困難であっても、良好な改善が期待できます。適切な治療と環境調整が行われないまま成長すると、身体が慢性的に緊張し、縮こまった状態が続いてしまい、その結果として、免疫系や神経・内分泌系、ホルモンバランスに悪影響を及ぼすことがあります。
子どもは、大人に比べて蓄積された痛みが少なく、回復力が高いため、早期の介入と治療が極めて重要です。また、子どもは感受性が豊かで、恐れずに新しいことに挑戦する力を持っています。適切な環境調整と治療を行うことで、子どもたちは驚異的な回復力を発揮し、トラウマを乗り越えてその経験を成長の糧に変えていくことができます。
学校現場では、トラウマという言葉が虐待やいじめと直結するため、多くの人々が「トラウマ」という概念を大げさに捉えがちです。その結果、虐待の早期発見や適切な対応が遅れることが少なくありません。一方、医療現場では、発達障害や子育て支援が収益につながるため、優先的に扱われる傾向があります。しかし、トラウマや解離症状を抱える患者さんは、複雑な症状により就労困難なケースが多く、経済的に安定した治療を受けることが難しいとされています。さらに、患者さん自身が気分の浮き沈みや病院への恐怖、体力の低下、交通手段の制約などの理由で、安定した治療を続けることが難しい場合も多く、積極的な診断や治療が行われにくいのが現状です。
また、カウンセリングや心理療法の分野においても、子どもの頃からトラウマを抱えている人々を支援するには、長期間にわたる治療と多額の費用が必要となり、現実的に難しい問題が多いです。今後は、人権が侵害された被害者への救済と支援をより一層充実させることが求められます。これにより、トラウマを抱える人々が適切なサポートを受け、回復の道を歩める社会を築くことが重要です。
虐待による複雑性PTSDや解離性障害、境界性パーソナリティ障害を抱える患者にとって、解離された情動やトラウマは、彼らが想像しうる中で最も恐ろしいものとして経験されます。これらのトラウマが意識に現れるとき、患者は強い恐怖に襲われ、身体的にも心理的にも大きなダメージを受けます。具体的には、恐れや麻痺、行動の衝動化、身体症状の出現などが引き起こされ、彼らの力を著しく弱らせてしまうのです。
そのため、解離された情動やトラウマに焦点を当てた心理療法は、慎重に進める必要があります。場合によっては、患者の不安や症状が悪化し、生活全般における困難が増大するリスクも伴います。このような心理療法が直接的な利益をもたらさないばかりか、かえって患者の状況を悪化させる可能性があるため、治療には十分な配慮が求められます。患者に対する支援は、彼らの安全を最優先に考え、慎重に進めることが重要です。
薬物療法は、睡眠の改善や不安や恐怖の軽減に一定の効果があり、日常生活の困難やストレスを軽減する上で役立ちます。さらに、トラウマの影響が内臓や脳にまで及ぶことがあるため、痛みや炎症を抑えるために薬が必要になる場合もあります。しかし、薬物療法は、外の世界の人々との社会交流を促進したり、自分の身体との親しみを育むことはできません。また、薬は根本的なPTSDの発症原因を取り除くものではなく、本質的な治療法とは言い難い面があります。
一方で、トラウマの軽減には、瞑想やヨガ、ダンス、運動、音楽、マッサージといった身体的なアプローチが有効とされています。これらの手段は、身体の芯から癒される感覚をもたらし、一定の効果があるとされています。しかし、言葉を通じて心の動きに働きかけるわけではなく、トラウマの核心となる痛みに直接向き合うものではありません。そのため、真の変容に至らない場合もあります。トラウマ治療には、これらの手段を組み合わせた包括的なアプローチが必要とされるでしょう。
心理療法は、一進一退を繰り返すため、即効性が期待できないかもしれません。しかし、少なくとも3カ月ほど続けることで、内省する力が習慣化され、徐々に心や体の変化が現れてきます。まず、セラピストとの対話を通じて浮かび上がる感情や心の動き、身体感覚に気づくことで、自分にも「こころ」があることを実感し、固く閉ざされていた心が少しずつ柔らかくなっていきます。さらに、抑え込んでいた感情が表に出てくるようになります。
毎週、自分のことを話し、相談していくことで、人間関係や人生における迷いに対しても、見誤るリスクを減らし、自分自身の考えに基づいて選択ができるようになります。そして、半年、一年と心理療法を続けることで、予測できない出来事にも柔軟に対処できる力がつき、不確かな人生を楽しむことができるようになります。それまで固定化されていた考え方から解放され、物事の見え方が広がり、心の視野が広がります。
さらに、自分や他者の精神状態や気持ちを深く理解し受け取る力が育つことで、この世界の見方が変わり、自分自身の物語も新たな形で展開していきます。このように、精神的に大きな成長を遂げるためには、心理療法をすぐにやめてしまわず、長期間継続することが重要です。持続することで、深い内面の変化と自己成長が得られるのです。
子どものトラウマに対処するためには、まず第一に、安心と安全を感じられる環境を整えることが最も重要です。子どもが安心して生活を送るためには、周囲の大人たちのサポートが欠かせません。家族や教師、カウンセラー、地域の支援者など、多くの人々が協力して子どもを支える体制が整えば、子どもの状態は徐々に改善していきます。
特に、親子間に問題がある場合には、トラウマに関する心理教育や、適切な情緒的な交流を促進し、健全な愛着関係を築けるように支援することが必要です。保護者に対しては、子育てに関する支援を充実させ、母親の悩みや不安をしっかりと受け止めることが欠かせません。
また、学校や家庭環境の構造に問題があり、子どもがヒエラルキーの一番下に置かれている状況では、問題行動が頻発し、それに伴う叱責や処罰が繰り返されるパターンに陥りがちです。こうした状況から子どもを解放し、自由に自分を表現できる環境を提供することが必要です。これにより、子どもは健全な成長と回復の道を歩むことができるでしょう。
子どものトラウマに対しては、生活臨床やプレイセラピーといった個別的なアプローチが非常に重要です。発達の早い段階でトラウマを経験した子どもたちは、肌を包み込んで安心感を与えるような温もりが不足していたり、暴言や暴力を受けたり、そのような場面を目撃したり、不運なトラウマ体験を経た結果、身体が縮こまり、感覚が過剰に負荷され、自己調整機能が阻害されていることがあります。その結果、覚醒度のコントロールに異常が生じることも少なくありません。
トラウマを抱えた子どもの治療においては、意図的に子どもを少し欲求不満にさせたり、適度な負荷をかけることで、身体的な反応を観察し、セラピストが効果的に包み込むように対応する方法があります。これにより、子どもが自分の感覚や感情に対する自覚を深め、これらを処理する能力を高めていくことが期待されます。また、子どもが自己感覚を育むためには、自分の身体と心が対話できるようにセラピストが効果的に介入することが有効です。
さらに、外界に対して過剰な警戒心を抱き、過覚醒状態や身体の凍りつき、麻痺といった症状や極端な行動が見られる場合、外の世界からの刺激と自分の身体内で生じている生理的反応を結びつけ、安全と安心を感じられるように支援することが必要です。子どもが自分の身体の中で安心して過ごせるようになることで、心の状態も次第に改善していきます。
愛着システムと過覚醒システムの間を行き来する子どもは、愛着システムが働いているため、比較的信頼関係を築きやすい傾向があります。しかし、過覚醒システムが作動すると、些細なことで苛立ち始め、扱いにくい子どもと見なされることがあります。こうした子どもは、交感神経系が過剰に働いているため、興奮しやすく、遊びが激しくなることもあります。
セラピストは、このような子どもに対して、穏やかさと厳しさをバランスよく取り入れながら関わることが重要です。許容(穏やかさ)と禁止(厳しさ)の間を行き来しながら、子どもが攻撃的な衝動や凍りつきの状態から抜け出せるようにサポートします。このプロセスを通じて、子どもは自身の感情や身体反応をより適切に理解し、自己調整力を高めていくことができます。
セラピストの役割は、子どもが安心して自己表現できる環境を提供しながら、内的な安定を取り戻すための支援を行うことです。このようなアプローチにより、子どもは徐々に過覚醒の状態から解放され、より安定した心身の状態を保つことができるようになります。
重要なポイントは、まず子どもが遊びの中で悪い敵をイメージし、それを打ち倒して勝利を得るというファンタジーを作り出すことです。このプロセスを通じて、子どもは自己効力感を感じ、内なる力を再発見します。また、子どもがイライラやモヤモヤ、攻撃性を感じる場面では、身体に焦点を当てるアプローチが重要です。このアプローチにより、子どもは自身の「闘争モード」に耐え、凍りついた体を最適な形で解きほぐしていくことができます。具体的には、胸や背中、肩、首にある緊張や塊を取り除くことで、トラウマの影響を和らげることができます。
さらに、セラピストに対して怒りが向けられる場面では、優しく抱きしめてあげることが非常に重要です。子どもを押さえつけたり、拘束したりするような行為は決して行ってはいけません。なぜなら、戦うか逃げるかの状況で四肢を拘束されると、子どもは再び外傷を負ってしまうからです。セラピストは子どもを優しく抱きしめながら、短い目線のやり取りを通じて、子どもの怒り、恐怖、悲しみ、悔しさなどの感情を丁寧に聞き取ります。この過程で、子どもは自分の苦しみや痛みを言葉にし、闘争を通して主体性を取り戻していきます。
最終的に、子どもが闘争システムで活性化した交感神経系から、共に悲しみ、涙を流すことで社会交流システムの腹側迷走神経系へと移行します。この思いやりの包容の中で、真のトラウマ変容が起こり、子どもは自分の主体を失うことなく、熱意を持って自分を表現できるようになります。
低覚醒システムの中で生きている子どもは、無口で目立たず、大人しく、身体の一部が麻痺したような状態にあります。彼らは場面緘黙や回避的な行動をとることが多く、周囲の大人からは一見して問題があるように見えないかもしれません。しかし、こうした子どもたちは、社会交流や愛着システムが麻痺しているため、他者との信頼関係を築くことが非常に困難です。
このような子どもたちを支援するためには、まず信頼関係を築くことが最も重要です。信頼関係を築く過程では、一進一退があることを理解し、焦らずに時間をかけてサポートする必要があります。また、権威的な態度を取る大人には、彼らは心を開かないため、同じ目線に立ち、優しい言葉や微笑みを通じて接することが重要です。
子どもたちが安心して自分を表現できる環境を整えることで、少しずつ心を開き、社会交流や愛着の回復が進んでいきます。優しい態度と共感をもって接することが、子どもたちが再び社会とのつながりを感じ、心身ともに成長するための第一歩となるのです。
まずは、子どもの心と身体が一致するように、身体の状態に注目しながら一緒に観察していくことが大切です。子どもが身体の感覚が鈍く、脱力している部分、固まっている部分、またはバラバラになっている部分に意識を向けることで、徐々に身体の感覚が戻ってきます。解離や離人感が和らいでいくと、子どもの遊びが進み始め、原始的でエネルギッシュな遊びが見られるようになります。
この遊びの中で、これまで抑えていた怒りや悲しみが表現されることがあります。大人は、その残酷な表現を仕返しすることなく受け入れ、共にその世界を生き抜くことが重要です。子どもは、この闘争を通じて、自分の身体を取り戻し、主体性を回復していきます。
さらに、子どもが身体の芯から楽しさや喜びを感じられる体験を積み重ねていくことも大切です。課外活動や遊びを通じて、外の世界の人々と繋がり、社会交流システムを活性化させることで、子どもは自信を持って社会に参加できるようになります。これらの体験が、子どもの成長と回復を支える基盤となります。
トラウマケア専門こころのえ相談室
論考 井上陽平