> 身体的変容

心に効く身体的アプローチ


トラウマというのは、得体の知れないもので、過去の経験が自分の体のどこかに凍りついています。トラウマというのは、心が壊れて、その傷がその人の人格や生活に影響を及ぼしている状態と言えます。一見、トラウマは捉えどころがなく、体のどこに潜んでいるかわからない不可視なもののような気がします。しかし、トラウマは身体の中に潜んでおり、トラウマの経験をその人が抱えている体の疼きとか、眼球の動き、顎の緊張、肩の上がり方、心臓の鼓動、胸の痛み、胃のムカつき、激しい攻撃性、感覚の麻痺など具体化して、可視化することができます。

 

トラウマ治療では、体と心の状態を観察して、具体的にやっつける部分を明確にすることから始まります。たとえば、胸のザワザワした感覚、喉の苦しさ、みぞおちの塊、肩の硬直、顎の緊張、片頭痛、手足の力が入らない、気持ち悪さなど、一つ一つ焦点を当てながら、より楽な状態を作るための策を練ります。トラウマを単純に心の抱えている問題とか傷というような、ボワッとしたものではなくて、体に直接働きかけることで直接取り除くことができるものとして、トラウマが現れてきます。また、精神疾患というのは、体や脳のほうに原因があって、体や脳の異常を取り除くことで、この世界の見え方や心の感じ方が変わります。

 

人間の体というのは、緊張とリラックスの間を生きており、体は縮まるか広がるかを繰り返しています。トラウマを受けた人は、恐怖や戦慄により、体は硬直し、凍りつくか、崩れ落ちていく体験をしています。未解決なトラウマを抱えると、体は恐怖に怯え、脳は危険信号を送り、過剰警戒から過緊張が続き、慢性的に縮まった状態で生きていくことになります。トラウマ治療では、ソマティックエクスペリエンスによる最新のトラウマケアを開発したピーター・ラヴィーンのペンデュレーション(収縮と拡張)と不動状態の原理をうまくつかうことで、身体の中に滞っていた莫大なエネルギーを解放することができます。

 

トラウマを負った人は、ヴィパッサナー瞑想のように自分の体を分けて観察します。そして、体の中の硬直している部分や脱力している部分を見ていきます。硬直の部位は、体の緊張を段々強めるイメージをしてもらって、体をある程度固めてから、リズムよく動かします。脱力の部位は、機能が回復していくまで、その部分の筋肉を動かし、時間をかけて意識を向けます。体を観察していって、ある段階までいくと、最悪の事態を思い起こすか、自然にトラウマを再現させるかします。恐怖で息が止まり、必死で息を吸おうとするときの身体は固まって動けなくなります。その動けない状態の体の感覚に意識を向けることで、体に滞った莫大なエネルギーが解放されて、全身が収縮から拡張に向かいます。そして、温かい波を感じ、自然終息に向かえば、身体の中に安心感が戻ってきて、呼吸がしやすく、全身が軽やかになり、この世界がはっきり見えるようになります。

 

治療では、ネガティブに自分を追い込み、不快な身体感覚を感じ続けることで別の次元の感覚に変わっていくことを体験してもらいます。また、過覚醒の体に対しては、リラックスできる方法を学んでいってもらいます。低覚醒の体に対しては、体を意識していくことで、心身を活性化させ、健康のレベルを引き上げていきます。体を自分で自己調整できるようにしていって、体と心の在り方が変わっていくようになり、トラウマは小さくなります。

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神秘的な身体変容


自発的に恐怖に立ち向かい、息をたくさん吸おうとする瞬間や体を縮めていく防衛的なポーズを取って、望みを捨てたあの日の不動状態に達すれば、神秘的な身体的変容が待ってます。恐怖による不動状態を体験していくと、身体は麻痺していきますが、と同時に、気を失う手前で耐えていくと、体の内側が熱くなり、全身が震えたり、体が勝手に動きます。体の内側のエネルギーを感じて、触れていくと、あたたかいものが両太もも、両腕に入ってきて、体の中にも入ってきます。胴体、顔、足、手が丸みを帯びていきます。体の中があたたかくて、体を意識すると、心地よくて、体の中に空気が入ってきて、両手が膨らんでいきます。ふくらはぎやほっぺも膨らんでいって、首と肩がリラックスします。あたたかいミルクを飲んでいて、裸の赤ん坊が真綿にくるまれて、なんの心配もなく眠っている赤ん坊のような気分でいます。雲の中にずーんと体が沈んで、子宮の胎盤の羊水の中であたたかく浮いているような感じです。生まれたばかりの赤ん坊は、環境との完全無欠で、手足をめいいっぱいぐぅーと伸ばして、あたたかいです。目がすっきりして、光がまぶしくて、世界が新しくなって見えてくるかんじです。体があたたかくてふわふわして、満たされている気分で、体の痛みが取れて、あたたかい、生まれ変わった気分になります。

極限状態の震え体験


切迫した状況、切迫した選択肢を幾度となく、くぐり抜けてもその先に絶望がある場合は、息が吸えなくて、脳がシャットダウンを起こします。人が切迫した状況にいると、呼吸は浅く早く、鼓動が高鳴り、背中が丸まり、顔を下に向け、顎を下げ、みけんにしわがより、拳に力が入ります。視界が狭くなり、頭の中が真っ白になり、全身が凍りついて、動けなくなります。この凍りついた状態から最適な方法で抜け出すと、足の方から体にかけて、全身がマグマのように熱くなります。体の中心から外側に向かって熱い波を感じたり、全身のエネルギーを吐き出すかのように大粒の涙を流したり、体をブルブルと震わせ、光の霧が溢れ返り混じり合う現実に戻ってくることがあります。この固まる様に閉ざされていた感覚や感情、喜びの全てが心の中から溢れかえるような体験は、ルドルフ・オットーの「聖なるもの」と言われています。この五感の全てが震える神秘状態は畏怖すべきものであり魅惑的なものでもあります。

 

※トラウマ治療では、身体的な変容や神秘的な体験を一度体験しただけでは治りません。数回行うことで、エネルギーが覚醒していき、トラウマの凍りつきが消えていく人もいます。一般には、セッションを何十回と繰り返し行い、やがて自分ひとりでも出来るようになり、家で自主トレーニングをしてもらって、時間をかけて強靭な精神と肉体を作り上げます。恐怖に向き合い、体が固まることに慣れていけば、以前ほど固まらなくなります。自分の体の不快な感覚を恐れなくなると、周りの目が気にならなくなり、自由に生きれるようになります。そして、肉体が回復していき、自分で強靭な肉体を作る努力したことを振り返って、自分はなんでもできるとか、自分は大丈夫という自信になります。自分への価値を感じて、自己肯定感が高まれば、ありのままの自分を肯定できるようになります。ありのままの自分でもいいと思えると、嫌なことを思い出したり、苦手な相手のこともほとんど気にならなくなります。その結果、不安や警戒、緊張モードではなく、安心や自分への自信、リラックスモードで日常を過ごすことが可能になります。

 

注意点としては、長年に渡って、体が凍りつき、虚脱していて、エネルギーが枯渇しているような人は、体が反応しなくなっているので、治療が難しくなります。また、複雑なトラウマを抱えている人ほど、常に体が凍りついているために、その体に着目すると、麻痺が解けていって、痛みや不快感が表面化します。その神経の痛みのせいで、解離や離人感、麻痺、集中力低下の悪循環に陥り、体の中を探索するのに時間がかかって、心と体を繋げていくことが大変になります。

 

トラウマケア専門こころのえ相談室 

論考 井上陽平