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解離・離人による芸術志向


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▶心と身体が解離する過程

 

幼い頃にトラウマを負った人は、恐怖で身体が硬直し、頭や喉、胸が圧迫感されて、痛みでバラバラになるか、捻じれていくか、知覚が断片化されていくかもしれません。こうしたトラウマを負うと、それ以後の人生においても、それらの恐ろしい体験を身体の神経が記憶していて、過緊張状態になり、頭の中は危険や脅威を見極めようとして、外の世界の刺激に敏感に反応します。そして、脳のフィルターは全開で、現実の絶え間ない脅威を遠ざけようとして、神経が研ぎ澄まされていきます。意識は外側に向いて、頭の中であらゆる情報が飛び交い、周りの気配を注意深く観察し、情報処理が過剰です。近くにある刺激をもろに受けるので、身体の中の生理現象が急激に変わり、身体の方は、固まり凍りついています。心(頭)の方は、身体から切り離されたような感じになり、周りの気配も切り離して、絵、音楽、詩、本、自然、宇宙、空想、想像、他者の世界に入り込んで夢中になります。

 

解離や離人が起こる過程では、外傷体験時に戦慄や衝撃に曝され、心と身体に恐ろしいことが生じてしまうと、それ以後、トラウマティックな状態に固定化されてしまうことがあります。トラウマを負った人が、劣悪な養育環境にいると、身体は恐怖に怯えるようになり、脳は危険を感じて症状が複雑化します。 複雑なトラウマを抱える人は、嫌なことや自分の思うようにいかないことが起きると、身体はすぐに防衛態勢を敷いてしまいます。さらに、不快すぎる状況が続くと、身体は凍りつき、眠気やめまいとともに、心が自分の身体から離れていって、意識が朦朧としたり、意識が飛んだり、真黒な世界に行ったり、自分の身体から抜け出たりします。一方、身体が自分のもので無くなると、自分の時間軸や空間軸が分からなくなり、感情が鈍くなり、身体感覚が無くなり、現実感が遠のきます。

 

このような心と身体が分離した状況が続くと、心は嫌な感覚や感情を切り離して、重力まで失って、別の所に存在するようになっていきます。身体を切り離した生活をしていくと、感覚が分からないために、無理が効きますが、回復していく過程を失います。頭は外の世界を観察し、身体は半分死んだようになり、痛みや疲労は蓄積されていって、心はその痛みだらけの身体を所有しきれなくなります。そうすると自分の身体の感覚や感情というものが感じられなくて、もはや身体自体が自分のものでは無くなります。そして、自分の頭に、周囲の環境や他者の評価がダイレクトに入ってくるようになり、自他の境界線が次第に無くなります。心が自分の身体から離れると、自分のことを意識的に無にすることができるので、目の前にある対象と同一化できるようになります。

 

この点に関しては、悪い影響のみではなくて、身体や自己が透明になっているということは、あらゆる世界、例えば、芸術や想像や空想の世界、他者に入り込むことを可能にします。現実世界では、次々と辛いことが起きるため、その痛みの身体を切り離して、自己統制身体が透明になるほどの痛みがある状況では、その痛みを切り離して、自己陶酔の世界に没頭します。日々の苦痛はナイフのように尖り、その分だけ感受性を高めて、自分の内側から言葉や思考、イメージが浮かんできて、豊かな想像力に発展し、芸術的感性が高まったり、感動したりする感性が人よりも繊細に磨かれるようなケースもあります。一般の人は、自分の身体を保持する自己が強固で、確固たる自己が既に構築されているために、自他の境界線が明確に存在します。そのような場合には、他者の評価も客観的に評価して、完全に自己と同一化することはありません。従って、自分の周囲の環境世界や他者というものをそのまま自分のものとして取り込むことがないから、境界線が常に存在します。

 

▶解離した心が芸術に向かうとき

 

トラウマがある人は、外の環境や自分の身体に安心できる場所がないから、生きている間は、問題意識を持ちながら、様々なことに目が向いて、好奇心を持たないと生きていけません。自分が興味がある事柄は生活に必要なものであり、その人の生きる意味になります。辛い状況においても、心の充足、心の栄養になり、音楽や絵、詩などの芸術は、周りの気配を気にしなくてよくなる効果があります。また、どこにも逃げ場が無くなり、圧迫されて縮こまった身体とか、怠く重い身体とか、粉々でバラバラな身体から離れて、心を守るバリアとして機能します。

 

トラウマがある人は、身体がしんどくて、辛い状態にあるために、自分の心が器としての身体の中に安心して宿ることができません。さらに、現実世界を生きるなかでも、周囲や他者は脅威として捉えられるため、心の安定は得られません。自らの身体も、自らが生きる現実世界も、心は安心できる場所が見つかることができずに、より空想や想像が許される芸術のほうに寄せられていきます。いわば、心が自分の身体や現実の生きる世界に安心して宿すことができないために、唯一自分で想像して作り上げられる心地よい世界を芸術的世界に求めます。その空間のみが心が安定していることを許してくれる空間になります。

 

解離やトラウマがある人は、苦しい現実に対処するために、感覚が鋭くなり、豊かな感性・想像性を育んで、文章、詩、絵画などの創作意欲を高めます。そして、心地良い世界を追求するなかで、芸術、演劇、学者志向になる場合もあり、視線の先に好奇心を見出します。彼らは、絵、音楽、詩、本、図鑑、好きな人が自分の栄養になり、生きる糧になっていきます。

 

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トラウマケア専門こころのえ相談室 

更新:2020-06-21

論考 井上陽平