第1節.
下界は、生き地獄の世界。
中層は、人間が実際に生きる世界、社交的な世界。
上界は、神々しい光に溢れていて、世界を管理しています。
ネパールのある民族の間では、シャーマニズムの典型的な形が見られます。シャーマニズムの起源はシベリアにあるとされ、特に脱魂型のシャーマニズムが主流です。シャーマンは、自分の魂を外界に飛ばし、他者の魂や精霊たちとコンタクトを取りながら、病を治癒していきます。
また、死者が出た際には、シャーマンが太鼓を叩きながら、死者の魂を上界へと導く儀式を行います。魂はヒマラヤのエベレストを越えて旅を続け、先祖の世界に辿り着き、最終的には最上界に繋がるとされています。このように、シャーマンは死者の魂を天国へ送り届けるだけでなく、地獄の世界にも連れて行くことができると信じられています。
第2節.
シャーマニズムの世界には天国と地獄という二つの極が存在しますが、この対極的な世界は、トラウマを抱えた人の内面にも同様に存在します。複雑なトラウマを負った人は、脅威に直面したとき、自分の身体を明け渡し、心を別の領域へ飛ばすことで現実から切り離されます。そして、心の中に独自の内なる世界が構築されるのです。
この内なる世界は、三層に分かれています。最上層には、自分の存在を管理する人格が住み、神聖な世界が広がっています。この人格は、身体の動かし方や生きるための指令を下します。中階層には、恐怖に弱いものの、明るい日常を過ごす人格が存在します。ここでは、希望や絶望を感じながら、他者と関係を築いていきます。最下層は、トラウマそのものを象徴する世界であり、見過ごされてきた傷が腐り、悪魔的な力が肥大化しています。シャーンドル・フェレンツィは、これを「攻撃者と同一化した部分」と呼び、「内容も意識もない切り離された感情の塊」と表現しています。ここには、圧倒された人の絶望と混乱が複雑に渦巻いているのです。
第3節.
最下層にいる住人には、二つの対照的な存在がいます。一方は、怒りや恐怖に支配され、自分自身をコントロールできず、この世のすべてを憎み、復讐を望むために頑丈な鍵のかかった牢屋に隔離されています。もう一方は、恐怖に震え、凍りついて動けず、胸の痛みですすり泣く存在です。言い換えれば、この最下層には、怒りに満ちてこの世を恨む「鬼」と、避けられない痛みに押しつぶされ、泣き続ける「子ども」が住んでいます。この二人組は、まるで地獄の最下層で迫害者と被害者というペアを形成しているかのようです。
第4節.
最下層に潜む化け物は、暗い穴から這い上がろうとし、表の世界に現れると、とぐろを巻く蛇のような姿で、ギョロギョロと目を光らせ、周囲を威嚇します。常軌を逸した行動や攻撃性を持ち、目を大きく見開き、歯をギシギシと鳴らし、拳に力を込めて興奮しています。地面を爪で引っ掻き、舌を出しながら、不気味な声や唸り声を発します。この部分は脳幹や大脳辺縁系、いわゆる爬虫類脳に支配されており、統制の効かない怒りや反撃性が特徴です。どんなに絶望的な状況でも、この部分は竜巻のような混乱の中で活路を見出そうとし、激しく暴れて自暴自棄な行動を取るのです。
第5節.
体の中にこのような怪物を抱え、さらに外の世界には自分に危害を加える人物が存在することで、複雑なトラウマを抱えた人は、次第にうなだれた肩、前かがみの姿勢、そして心臓の鼓動が遅くなるなど、身体的な影響を受けるかもしれません。手足には力が入らず、目は死んだように一点を見つめ、表情が消え、無感情な状態に陥ることもあります。その結果、生きている実感がなくなり、自分が生きているのか死んでいるのかもわからなくなり、心と体が空っぽになってしまうのです。
このように3つの分裂した自己が内部でせめぎ合う中、彼らはあたかも正常であるかのように日常生活を送らなければなりません。彼らは、生と死の間で揺れ動きながら、最終的には「もう死んでしまう」という決断を下すのか、それともこの3つの部分が互いに許し合いながら生き続ける道を選ぶのかという、究極の選択を迫られることになります。
トラウマケア専門こころのえ相談室
論考 井上陽平