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体の生得的なリズム:拡張と収縮


人間の身体は、リラックスしているときに「拡張」、緊張しているときには「収縮」という二つの状態を繰り返しています。健康な人は、これらの拡張と収縮のエネルギーが正常な範囲内でバランスを保っており、日常生活を円滑に送ることができます。しかし、トラウマの衝撃を受けた場合、そのバランスが大きく崩れてしまいます。

 

極限のストレス下では、心臓が激しく鼓動し、全身に血液が急速に送り出され、筋肉は即座に闘争や逃走のための準備を整えます。この時、エネルギーは極端に引き伸ばされ、その後、一気に収縮し、縮んだ状態でロックされて動けなくなる「トラウマの凍りつき状態」が生じます。さらに、凍りついた後、心身が限界を超えた場合、筋肉が機能しなくなる「虚脱状態」に陥ることもあります。

 

トラウマを経験すると、脳と身体の神経は常に危険を察知しようと警戒し続け、身体は慢性的に収縮状態を保つようになります。この結果、トラウマのエネルギーが体内に閉じ込められ、身体全体が緊張状態に陥ります。嫌悪感や不快な刺激に対して過敏になり、首や肩が硬直し、身体が凍りつくことがしばしば起こります。

 

このような状態が長く続くと、交感神経と背側迷走神経が過剰に働き、心身にさまざまな病状が現れるリスクが高まります。特に、脅かされ続けてきた人は、身体の反応が過剰になり、心臓や気管支、胸腺が収縮し、神経系、免疫系、内分泌系に悪影響を及ぼします。結果として、心身の健康が大きく損なわれる可能性が高まるのです。

ピーター・ラヴィーンのトラウマ理論


ピーター・ラヴィーン(Peter Levine)は、ソマティック・エクスペリエンシング(Somatic Experiencing, SE)の創始者であり、トラウマ治療の分野で広く知られています。彼の理論の一つに、「生得的なリズム」としての「収縮と拡張」という概念があります。

 

ラヴィーンによれば、すべての生物は自然なリズムとして「収縮」と「拡張」というプロセスを持っており、このリズムは生命の基本的な働きの一部です。具体的には、これらのリズムは身体的および感情的な状態に密接に関連しています。

 

収縮(Contraction: 収縮は、危険やストレス、脅威に直面したときに身体や心が防御的になる反応を指します。収縮状態では、筋肉が緊張し、呼吸が浅くなり、身体が守りに入る準備をします。心理的には、恐怖や不安、閉じこもる感覚が強まることが特徴です。

 

拡張(Expansion: 拡張は、安心感や安全が確保されている状態で、身体や心が開放される反応を指します。拡張状態では、筋肉が緩み、呼吸が深くなり、リラックスした状態が促進されます。心理的には、安心感や幸福感、開かれた感覚が強まることが特徴です。

 

ラヴィーンは、収縮と拡張のリズムが自然なバランスで働くことが、健康な心身の維持に不可欠であると説いています。特にトラウマの影響を受けると、このリズムが乱れることがあります。例えば、トラウマを経験した人は、収縮の状態に長く留まりがちで、拡張への移行が困難になることがあります。これにより、身体的・精神的な緊張が慢性的になり、さまざまな不調や症状が現れることがあります。

 

ソマティック・エクスペリエンシングのアプローチでは、この生得的なリズムを回復させることが重要な治療目標となります。治療では、収縮した状態から拡張状態にゆっくりと移行するプロセスをサポートし、身体が自然なリズムを取り戻せるようにします。これにより、トラウマによって乱されたリズムが整い、心身が再びバランスを取り戻すことが期待されます。

健康な人は


トラウマがない人は、体が自然に適度な範囲で伸びたり縮んだりすることで、健康を維持しやすい状態にあります。健康な人は無意識のうちに、この伸縮のリズムを保ち、呼吸が深く、血液がスムーズに巡り、気持ちにも余裕が生まれます。彼らは、のんびりとリラックスした日常を送り、ストレスに直面しても、体が一瞬縮んだ後に再び伸びることで、自然にストレスを跳ね返す力を持っています。

 

また、自分がやりたいことに積極的に取り組んでいる人は、神経や筋肉がフワッと広がり、身体が軽く楽になる感覚を得ることができます。このように、心と体が開放されることで、イマジネーションも膨らみ、創造力が高まるのです。結果として、心身のバランスが整い、さらに充実した人生を楽しむことができるようになります。

不健康な人は


不健康な人、特にトラウマを抱える人や神経発達症の人は、不安や恐れに支配されやすく、交感神経と背側迷走神経が過剰に働いているため、慢性的に身体が縮み、息がしづらく、血流が滞りがちで、痛みを感じやすくなります。さらに、ストレスに対する抵抗力も弱くなります。トラウマを抱えることで、静止している時に身体が凍りついたように縮み、不快感が募るため、多動や注意集中困難、解離、衝動行為、過食、依存、嗜癖、自傷、不動化といった問題が現れます。

 

最も酷い状態にある虚脱状態の人は、身体がこれ以上縮まることができず、逆に極度に伸び切ってしまい、環境の刺激に対して反応しなくなり、心の成長も止まってしまいます。慢性的にトラウマ状態が続くと、頭の中は将来への不安で支配され、「何かをしなければならない」「すべきだ」という思考に囚われ、物事を否定的に捉える傾向が強くなり、常に周囲の人々の目を気にするようになります。

 

生きがいを感じられず、日常が辛く感じる人ほど、身体が縮みすぎてロックがかかった状態か、逆に伸び切ってしまっているため、その不自然な状態から抜け出せなくなってしまいます。

トラウマへの身体アプローチ


トラウマを抱える人は、脳と体の神経が危険を察知すると、無意識のうちに筋肉が縮み、緊張や凍りつき状態に陥りやすくなります。生まれつきストレスに対する耐性が低い人は、他者が近づいてくるだけで、どう対処すれば良いのか分からなくなることさえあります。まずは、自分が無意識に体を縮ませてしまっていることに気づき、過緊張や凍りつきの状態を自覚することが重要です。

 

その上で、ヨガや瞑想を日常的に取り入れ、マインドフルネスの状態を意識的に作り出すことで、自分の体がどのように伸びたり縮んだりしているか、その一瞬一瞬を観察する習慣をつけましょう。例えば、瞑想を通じて体を静止させることで、自分の癖や行動パターン、体の感覚の変化に気づき、それを修正していくことが可能になります。トラウマに振り回されるのではなく、自分の体の感覚と仲良くなり、その感覚を受け入れていくことで、トラウマが引き起こす恐怖は徐々に小さくなっていくでしょう。

まとめ


トラウマは、体に深く染みつき、無意識のうちに身体の動きや反応が癖となって蓄積されているため、一朝一夕で解消できるものではありません。トラウマの影響を改善するためには、焦らず、時間をかけてじっくりと取り組むことが大切です。体が持つ反応や癖は長年かけて形成されたものですから、それを変えるには根気と継続的な努力が必要です。徐々に自分の体と向き合い、少しずつ積み重ねていくことで、トラウマの影響を和らげ、健康な状態へと近づけていくことができるのです。

 

トラウマケア専門こころのえ相談室

更新:2019-10-29

論考 井上陽平

 

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