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パニック障害


パニック障害は、多くの場合、幼少期のトラウマや長期的なストレス、神経系の発達的な脆弱性などから生じます。発達的に神経系が脆弱な人や、長期にわたってストレスが高まる環境にいる人が特にリスクを抱えています。また、パニック障害の発症には性格的な傾向も影響を及ぼします。例えば、恐怖感が強い人や完璧主義者、几帳面な性格の人が多く見られます。

 

パニック障害は身体全体の反応に影響を及ぼし、その反応は典型的には、心臓の動悸、呼吸困難、身体の硬直、冷汗などとして表れます。これらの症状は、特定の状況や思考、記憶が引き金となり、急激に現れることが特徴的です。これらの反応は、個人が過去の体験や現在の環境から感じる脅威や恐怖により引き起こされます。

 

パニック発作を経験すると、その人は再び発作が起きることを強く恐れ、その恐怖が日常生活に大きな影響を及ぼします。また、発作の恐怖から過去のトラウマを引き起こした状況や事象を避ける傾向があります。

 

パニック障害を持つ人は、常に高まった緊張感や焦りを感じ、それが症状を引き起こします。具体的には、心臓が高速に動悸し、呼吸が困難になり、身体が硬直し、冷汗が出るといった症状が出現します。これらの症状は特に、人前で何かをするとき、大勢の人々の中にいるとき、物事に集中しているときなど、緊張感が高まる状況でより一層強まることがあります。

 

パニック発作は突然のものであり、その結果として人は急速に動けなくなることがあります。これは、個人が自分の身体や感情に対するコントロールが失われると感じる瞬間で、しばしば死の恐怖を伴います。このような経験を経ると、再び発作が起きることへの恐怖が強まり、過敏になります。

 

生活全般のストレスや緊張が続くと、パニック障害の症状が悪化します。具体的には、疲労が蓄積し、現実感が薄れ、周囲の人々や状況への恐怖が増すことがあります。この状況は特に、不快な対象が目の前にあるときや、身体が過度に覚醒し、感情が高ぶった状態で顕著となります。

パニック障害の事例


(30代女性)

発作が起こるとき、それはなんの前触れもなく、突如、私の身体を襲う。そのさきぶれはいつでも、なんとなく胃腸が痛いというような日常でよくある身体の不調にすぎなかった。しかし、そのようないつもの腹痛はそれそのものの症状として治まる一方で、それが発作とつながるときには、そのわずかな異変が連鎖反応のように加速して痛みは膨れ上がり、全身を駆け巡ることになる。

 

パニック発作の経験、それは私にとって、何事もなく過ごしている日常において一瞬にして引き起こされる心身の錯乱の経験に他ならなかった。朝、家では身支度を整えているとき、仕事に向かう電車のなか、街で買い物をしているとき、これまで何一つ狂うことなく保たれていた心身の調和した状態が、瞬時に切り裂かれ、解体、破壊に向かう。そんなときには、どこか身体の深い部分からすべてが切り裂かれてしまいそうな緊張が、全身を貫いているのを感じるのだった。

 

耐えられないほどの痛み、吐き気、焦り、絶望、混乱、ままならない自分の身体。発作が起こったならば、それは私の内臓を通り抜け、燃えるような痛みとともにあらゆる臓器が溶けだし液状となって体外へと流れ出ることとなる。

 

多くの場合、胃、大腸、ときには子宮が燃えるように熱くなった。発作は、欠陥がカラカラになるまで血液やそれらの臓器を煮えたぎらせた。絶えずこみあげてくる吐き気と、胃腸をわしづかみにされているような痛みが同時に襲う。嘔吐、下痢を繰り返し、胃袋と腸の内容物をすべて吐き出してからは、胃液や水のような半透明の嘔吐物ばかりが排出されるのだった。その痛みは恐怖でしかなかった。

 

これらの症状は、私の体温感覚までをも狂わせた。長時間、下半身を丸出しにしてトイレに座り込んだまま、足は寒さにがくがくと震えていた。冷え切った足先の爪は、ペパーミント色に変色しているのがわかる。しかし、寒いのにも関わらず、首筋や背中にはびっしりと汗をかいていた。寒いのか、暑いのか、そこにあるのはまるで体温調整ができない身体だった。冷えた鉄板かなにかを全身に押し当てられているかのように、頭頂から血の気がひき、次第に全身から血色が失せ硬直状態となった。

 

発作は、これらの痛みをもたらすだけではなかった。それは、私の視覚にも攻撃を加えた。はじめは白い火花のようなものがはじけ飛ぶ。のちに、その光加減は強度を増し、まるで生き物のように動きまわった。砕け散り、微塵になった星の破片のようなものが集合体をなし、眼前を、光の群れが戯れるかのように踊り狂うのだった。その色彩の激しさは強い眩暈を引き起こした。

 

暗闇のなかで浮かぶ像が表れては消え、色や光は生成変化を続け、微細化されたそれらの粒子は、眼を閉じているにもかかわらず光を放ち続け、動き、光度を変えた。光の束は、私の脳裏や視界に鋭い軌道を刻み込んだ。それらは、現実世界の太陽が映し出す光景よりもまばゆいために、もはや自分が眼を開けているのか閉じているのか、昼なのか夜なのかもわからなくなるのだった。それは、私の視覚を狂わし、現実と幻想、昼と夜、内部と外部を分かつ境界を、すなわち「狂気」の世界を保つ境界線を解体しにかかってくるのだった。

 

発作の連鎖はなおも続いた。吐き気とともに幾度となく咽喉にまで上がってくる胃酸は、まるで刺激性植物の表皮に生える針状の毛のような働きをなした。胃液は突起状の針となり、咽喉や舌を刺激し痛みを生じされた。息を吸うことが難しく、酸素を取り込むことができないために、身体中の細胞が縮んでいくかのような感覚に襲われた。空気を吸うことも、水を飲むことも、ベッドに横たわることもできなかった。助けを呼ぼうにも、声は咽喉に引っかかり、ただただ痛みに身をよじって発作が過ぎ去るのを待つしかなかった。

パニック障害の回復には


トラウマによる生物学的メカニズムを理解して、身体の硬直と凍りつき、不快な感覚やイメージ、自動思考、自律神経系の調整不全から、パニックや過呼吸が起きていることを理解します。セラピーでは、自分の身体感覚の変化を観察していきます。脳の高次の意識機能と身体感覚を使いながら、不安に耐え忍ぶだけの心を育て、身体の捉え方が変わると、身体の状態も変わり、パニックや過呼吸に対処できるようになります。また、心地良いイメージと最も最悪なイメージの間を行き来しながら、自発的に不動状態に入ってもらって、パニックにならずに、適切な方法で自然終息させます。不動状態の出入りができるようになると、体の安心感や所有感が高まり、メンタルが鍛えられます。その結果、全身が軽くなり、呼吸がしやすくなって、睡眠も取れるようになります。日常場面では、自分の身体のアンバランスなところに、興味を持って、意識を向けられるようになると、手足に力が戻り、背筋が伸びて、姿勢も良くなり、呼吸も深くなって、自分に自信が出てきます。カウンセリングでは、日常生活を困難にさせている対処法を一緒に考え、後半は、瞑想を行って、自分の体の仕組みと仲良くなる方法を学び、ボディイメージや意識の在りようをプラスにしていきます。

 

薬物療法では、動悸がしてからの予期不安や発作時に、緊張、気管支、消化器系の症状を取り除くために薬を飲むのも有効です。パニックになりそうなときは、その不安を受け入れて、自分の置かれている状況を観察しましょう。不安があっても自分の体は大丈夫と思って、再び状況を観察して、また体に大丈夫ということを繰り返すことが良いと思います。また、何か大きな存在に支えられているようなイメージを持ちつつ、自分は大丈夫と言い聞かせてみるのも良いでしょう。さらに、パニックになりそうだと感じたときは、そこから離れて休憩するのが良いです。そして、気持ちを切り替えて、自分の身体を冷静に観察していって、自然終息を待ちましょう。また、何事にも完璧にしようとか思わず、頑張りすぎずに、ストレスを減らして、自分を楽にして過ごしましょう。その他にも、ゆっくり息を吐く呼吸法をするとか、胸や喉が苦しいときは水をごくりと飲むとか、安全な場所に逃げるとか、気持ちを切り替えるとか、緊張を解くためにリラクセーションをするとか、たくさんの方法があるでしょう。また、パニック障害を治す方法としては、自分と同じように病気に苦しんでいるたちが頑張っている姿を見て、自分も同じように頑張ろうと思うことが大切です。不幸な生い立ちでも夢を追いかけている姿や病気から逃げずに真っ向から立ち向かっていく姿に勇気をもらい、自分にも勇気を持てるようしていきます。

 

トラウマケア専門こころのえ相談室

論考 井上陽平 

 

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