他人軸で生きる械的人間の特徴

▶自分がない…他人軸で生きる人

 

劣悪な家庭環境や不運な事件に巻き込まれた人は、トラウマティックな状態に固着してしまうと、慢性的に体が収縮する方向にいきます。体はいつもビクビクと怯えるようになり、ちょっとしたことでもドキッとし、ビビりやすく、脳に対しては危険信号を送り、自分の存在が小さく、他者の存在が大きく見えるようになります。

 

トラウマがある人は、ネガティブな状況になると、落ち着きがなくなり、何かに追い立てられるような感覚に陥ります。体は緊張しすぎて、脳は過剰警戒になり、ちょっとした刺激に体がすぐ反応して、胸がざわつくため、人の気配に察して、視線や首、肩が動いていきます。周りに合わせて、無意識のうちに体が動き、頭の中は自分が人にどう思われているか、自分がどんな状態なのかを考えさせられます。

 

体の緊張状態が続くと、頭が危険を感じて、周りに動かされるようになり、ネガティブな思考やイメージが出てきます。周りが気になる状況では、じっとしていられず、頭は回転し、体は重くなっていきます。長年に渡り、相手の顔色や気配を伺う生活が続くと、自分に安心感がなく、自分の軸はいつまでたってもできません。他人軸の人生のなかで、社会の役割の中で埋没し、一人になると何か得たいの知れない不全感が残ります。

 

とても辛く、苦しい毎日の繰り返しで、トラウマが慢性化すると、感覚の麻痺が進んで、実存の中心は空虚になります。生きているという実感が乏しくなり、自分がこの世界に積極的に関わっているという感覚が無くなり、ただ相手や役割に合わせるだけで、型通りに生きる人生になります。

 

また、他人軸で生き続けていると、疲れ果てて、体の中のエネルギーが切れます。燃え尽きてしまうと、不安や無力感に囚われて、元気や活気がない状態で生きるようになり、人との関係や物事の捉え方もネガティブになります。 さらに、体が凍りついて、離人感になると、自分を遠くから見ているようで、全体像を見て動いています。その場その場を感覚的に生きるのではなく、頭の中で考えて動けない状態になります。

 

▶他人軸で生きる機械的な人間

 

他人軸で生きる人は、自分の意志や思いではなくて、他人に動かされて生きています。そのような人は、組織や集団の目的達成に集中し、自分を機械的にモードを切り替えて行動します。普段から、合理性や生産性を重視し、目的達成のためにルーティン化して、問題解決していきます。彼らは、不快で不要な体の感覚を封じて、頭の中の思考だけで活動し、体が自動化されます。

 

他人軸で生きる機械的な人間は、自分が自分であるというはっきりしたものがなく、自己存在が希薄です。相手の顔色や気配を伺い、相手の要求通りに動くため、自分の感覚に乏しく、体力や気力も持続しません。そのような人は、躾の厳しい親の元で育ち、親のご機嫌を取って、自己主張や感情を出せてこなかった経験をしている場合が多いです。親がしてよい事と悪いことなどの基準を決めて、子どもにその通りに振る舞わせようとする家庭などは、子どもの身体を規律してしまうために、子どもの主体が奪われていき、個性がない機械のような身体になっていきます。

 

親は、競争社会の育ち、価値観として真っ当な人間になれと子供をコントロールしてしまいます。現代社会は、機械的な人間が量産されて、自分の感覚を麻痺させてきたために、空虚感だけが増します。幼少期から、親の望むように生きてきて、親の目を伺いながら、親の価値基準に沿って、いろんな価値観の影響を受けてきました。

 

こうするべきとか、どう振る舞えばいいかを考え、体が緊張して、固くなり、力が入って、柔軟性がなくなります。体がガチコチで、自分らしさがなくなって、機械のような感情や感覚が乏しい人になっていきます。常に相手の顔色や気配を伺ってきたために、自分に何もなく、自分の軸がなく、他人軸の人生になり、役割の中で生きています。自分の胸や腹の感じを感じることが出来ず、痛みや心地良さを感じることや、自分の気持ちなどを表現することも苦手です。

 

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