> 解離・離人症研究

解離と離人:慢性外傷がもたらす心と体の分離


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 第1節.

解離性障害の歴史:フロイトとヒステリー研究の歩み


かつて解離性障害や身体表現性障害は、特に女性に多く見られるとされ、「ヒステリー」と呼ばれていました。この名称は、子宮を意味するギリシャ語「ヒュステラ」に由来し、女性特有の病気と考えられていたのです。当時の医療界では、ヒステリー患者の症状には運動麻痺や感覚麻痺、痙攣、健忘といった身体的な症状が目立ちました。フランスの著名な神経学者ジャン・マルタン・シャルコーは、パリのサルペトリエール病院でこれらの患者の治療に取り組み、特に暴力やレイプなどの過酷な体験を逃れてきた若い女性たちに注目していました。

 

ジークムント・フロイトは、シャルコーのもとで催眠療法を学び、彼の影響を大いに受けました。その後、フロイトはヨーゼフ・ブロイアーと共に「ヒステリーの研究」を進める中で、ヒステリーの原因に心的外傷やPTSDが関わっていることを明らかにしていきます。フロイトが到達した治療法の鍵は、ヒステリー患者が無意識に抑圧した苦痛やトラウマを、身体症状として表出するのではなく、意識的に思い出し、それを言葉にして語ることで解放し、症状を和らげるというものでした。

 

この発見は、ヒステリーの症状が単なる身体的な病ではなく、心の深い部分に起因していることを示す重要な進展であり、現代の解離性障害や身体表現性障害の理解につながっています。

 第2節.

解離の起源とピエール・ジャネの功績


解離の概念を最初に提起したのは、フランスの精神科医ピエール・ジャネでした。彼は、ヒステリーや霊媒現象、さらには心霊に取り憑かれたとされる患者の状態を、臨床的な視点から詳細に記述しました。特に、ヒステリーが単なる身体症状ではなく、心の深い部分、すなわち「下意識」に関連していることを研究していました。

 

1889年に発表された著書『心理学的自動症』の中で、ジャネは、ある特定の心理現象が忘れ去られるかのように無意識の一部に押し込められる状態を「解離」と名付けました。これが、解離の概念の起源となります。ジャネは、意識が環境の変化に適応できなくなり、精神力が低下することで、意識が狭まる現象に注目しました。彼の理論によれば、この意識の狭窄や固着した観念により、人格の一部が自動的に機能し始めるのです。これを「統合」と「解離」というモデルで説明し、人間の意識は一つのまとまりではなく、条件によっては分裂する可能性があるとしました。

 

しかし、ジャネのこの「解離」モデルは、その後の精神分析学の発展と共に、特にフロイトの影響力が強まる中で、その重要性が薄れていくことになります。

 第3節.

解離の再発見:PTSDとフェミニズム


1970年に出版されたアンリ・エレンベルガーの著書『無意識の発見』によって、解離の概念が再び注目を集めるようになりました。それ以降、ベトナム戦争から帰還した兵士たちに見られるPTSD(心的外傷後ストレス障害)の研究が進み、戦争のトラウマがもたらす心の分裂が理解されていきました。同時に、フェミニズム運動の台頭により、性的暴力や児童虐待の被害者にも、戦争帰還兵と類似したPTSD症状が見られることが分かり、解離の概念はさらに広がりを見せます。

 

1980年代に入ると、DSM-Ⅲ(精神疾患の診断と統計マニュアル)で多重人格障害(現在の解離性同一性障害)が正式に認められ、PTSDとの関連性が議論されるようになりました。この時期から、解離に伴う様々な症状が注目を浴びるようになり、1994年にDSM-Ⅳでは「解離性障害」として、解離性健忘、解離性遁走、解離性同一性障害の3つに分類されました。

 

解離性障害の主な特徴は、過去のトラウマ体験が原因で、現在の自分との感覚が遮断されることにあります。これにより、自分自身を感じられなくなり、現実感が失われてしまいます。離人感や現実感喪失といった低覚醒状態が基盤となり、意識がぼんやりとし、物事を忘れやすくなるといった症状が現れます。このように、解離性障害は心の自己防衛反応として、過去の傷を避けるために自分とのつながりを絶ってしまう、非常に深刻な精神状態を引き起こすのです。

 第4節.

解離現象:文化、宗教、そして極限状態における役割


解離という現象は、時代や文化を超えてさまざまな形で現れ、人々の心と体を守るための重要な役割を果たしてきました。たとえば、シャーマニズムや神秘的宗教体験における憑依現象は、解離によるものと考えられています。シャーマンが精神世界や精霊との対話を行うとき、現実から一時的に切り離され、異なる次元との接触を図るという解離的な状態に陥るのです。こうした体験は、シャーマンだけでなく、古代から多くの文化に見られる宗教的儀式や神秘体験にも共通して見られる現象です。

 

また、解離は極限の状況下でも発生します。第二次世界大戦時の強制収容所に収容された人々の中には、圧倒的な苦痛や死の恐怖を前にしながらも、精霊や自然、宇宙、さらには亡くなった家族との対話を通じて精神の均衡を保とうとした人々がいます。こうした極限状態で、目に見えない存在や自然とのつながりを感じることは、解離の一つの形であり、精神的に耐えがたい状況でも希望や安らぎを見出す手段として機能していたのです。

 第5節.

解離の多様な段階:正常から病的解離


解離という現象は、誰にでも起こりうる「正常な解離」から、生活に支障をきたすほどの「病的な解離」まで、さまざまな段階があります。正常な解離は、私たちが外部の刺激を処理するとき、感覚を自動的に遮断する一種の防衛反応です。たとえば、強い眠気に襲われ、ぼんやりしている間に時間が過ぎていた経験や、車の運転中、電車やバスに乗っている途中の出来事を一部または全部思い出せないことがあるでしょう。こうした現象は、物思いや空想にふけっていたり、心配事に気を取られていたために起こるものですが、日常生活に大きな混乱をもたらすわけではありません。

 

一方、病的な解離は、極限状態のなかで発生し、深刻な影響を及ぼすことがあります。例えば、強いストレスや恐怖にさらされたとき、筋肉が固まり、凍りついた状態から、自分が自分であるという感覚が消え、意識が遠のきます。内臓感覚や皮膚の輪郭が溶けていくような感覚に襲われ、頭の中が真っ白になり、声が出なくなったり、周囲の状況がまったく見えなくなったりすることがあります。この状態では、時間の感覚がなくなり、現実から完全に切り離され、空想の世界に逃避してしまうこともあります。

 

1.解離の役割:日常生活における心と体のバランスを保つ力

 

人間は、意識と無意識の適度なバランスを保ちながら、日常生活を営んでいます。生活が困難に感じる場面でも、適度な解離や抑圧が働くことで、不安や恐怖、疲労、痛み、怒り、怠さ、辛さといった心の葛藤が過剰にならないように調整されているのです。解離は、外部からの刺激が強すぎたり、過剰に生々しかったりしても、生体のリズムが乱れないように、自動的にフィルターの役割を果たしてくれます。このため、私たちが心身の疲れを蓄積しにくくなり、日々のストレスや負担を軽減する手助けをしているのです。

 

適度な解離は、不安や苦しみ、痛み、ストレス、疲れなどを和らげ、私たちに休息やリラックスをもたらします。これは、人間が持つ普遍的な力であり、自分を守りながら日常生活の困難を和らげる重要な役割を果たしています。この自然な防衛機能によって、私たちは過剰なストレスや感情の高ぶりに押しつぶされることなく、日々の生活を乗り越えていくことができるのです。

 

2.逆境がもたらす脳と身体の反応:安心の脳と脅威の脳の発達の違い

 

生まれつき身体が弱い人や、幼少期に痛ましいトラウマを経験した人が、家庭や学校などで長く逆境体験を繰り返すと、他者と安心して交流する脳がうまく育たず、代わりに脅威に反応する脳が発達します。脅威を感じると、身体は脳に危険信号を送り、全身が緊急事態モードに突入します。このとき、人は「闘争・逃走モード」に入り、呼吸が浅く速くなり、緊張感が高まるか、息を殺して身体が凍りつき、まるで死んだふりをするかのような「擬死の不動状態」に入ることがあります。

 

脳と神経は生存のために過剰な警戒を続け、頭の中では情報処理が過剰に働きます。しかし、脅威に対抗するための有効な手段が取れない状況が続くと、身体は動けなくなり、激しい痛みが襲ってくることがあります。このとき、心はその痛みから距離を取ろうとし、意識が変容して狭窄した変性意識(トランス)状態に入ります。これによって、自分が自分であるという感覚が薄れ、自分を維持する力が弱まってしまいます。このような反応は、過去の痛みや恐怖から身を守ろうとする自然な防衛反応ですが、長期間続くと心身に大きな負担をかけ、日常生活に深刻な影響を及ぼすことがあります。

 

3.恐怖がもたらす身体と心の凍結:日常への影響

 

長期にわたり脅かされる状況が続くと、人は酷い恐怖や怯えに耐えざるを得なくなります。このような状態では、身体が固まり凍りつくか、まるで死んだふりをしているかのような不動状態から抜け出せなくなります。恐怖に対抗できず、繰り返しその状況にさらされることで、身体には疲労や痛みが蓄積され、次第に感覚が麻痺していきます。その結果、自分の身体が自分のものでなくなったように感じ、エネルギーは枯渇し、半分眠ったような低覚醒状態に陥り、重い解離症状へと進行します。

 

解離は、健常な人が朝に夢を見る感覚に似ていますが、病的な解離を抱える人の場合、日常生活の困難に対処するために身体感覚を切り離し、日中でも強い眠気に襲われ、低覚醒状態で生活することが常態化します。体は常に怠く、何も手につかず、ただ時間が過ぎていくのを感じながら、白昼夢を見たり、頭の中の世界に没頭したりします。

 

さらに深刻なことに、数分前や数時間前、一日前のことを思い出せなくなり、自分が日常生活で行っていた活動すら忘れてしまうという緊急事態が発生します。これは、解離性障害の典型的な症状であり、恐怖やストレスに対処するための脳と身体の防衛反応が極端化した結果として現れるのです。

 

4.解離症状のメカニズム:心と体が離れていく瞬間

 

解離症状が現れると、身体はまるで凍りついたかのように硬直し、死んだふりをするかのように虚脱状態に陥ります。この時、心と体は分離し、脳から筋肉、内臓、皮膚へと繋がる神経が遮断されたような感覚が生じます。恐怖によって身体が凍りつくと、人間らしさを司る神経の一部が停止し、顔や目、鼻、口、耳、喉、心臓、肺、手足といった感覚や運動機能が麻痺し、生き生きとした世界が失われてしまいます。

 

ストレスと戦い続ける力が尽きると、心臓の機能が低下し、血圧や心拍数が下がり、脳に十分な血液が行き渡らなくなります。筋肉も衰弱し、体力が著しく低下し、最小限の機能で生活を維持しようとします。危険が差し迫る状況では、心臓が激しく鼓動し、息が詰まり、手足は冷たくなり、血の気が引いていきます。さらには、意識がフワフワと遠のき、視界が真っ白になって、身体が現実から解離していくのです。

 

このような解離状態では、脳と体を繋ぐ神経の機能が遮断されたように感じ、身体の感覚や動きが鈍くなります。これにより、現実とのつながりが失われ、危機に対処するためのエネルギーが尽き、心と体の間に大きな隔たりが生まれてしまうのです。

 

5.生きるか死ぬかの緊張状態がもたらす解離と現実感喪失

 

 長期にわたり、生きるか死ぬかという極限の緊張状態で生き延びる中、恐怖や苦痛、深い悲しみを抱えながら自分を守ってきました。嫌悪刺激に曝されると、身体の痛みが激しくなり、呼吸が困難になり、身体を小さく丸めてやり過ごすことしかできなくなります。この状態が続くと、身体は凍りついたように固まり、死んだふりや虚脱状態が無意識のうちに持続し、自分の身体が自分のものだと思えなくなります。無反応で無表情、まるで抜け殻のような状態になっていくのです。

 

恐怖や脅威が繰り返されるたびに、現実世界や痛みを伴う身体の感覚が耐えがたくなり、心は自分の内なる世界に逃げ込むようになります。これが解離の始まりです。次第に、日常生活のすべてがストレスとなり、トラウマのトリガーが至るところに存在するようになると、現実から逃れるために、身体から心を切り離し、現実感を失ってしまいます。やがて、目に見えないものが見えたり、空想や妄想の世界に飛び込んだりすることが癖になってしまいます。

 

さらに、空想の世界にいる間、自分の身体は現実に残っているものの、その間の記憶は完全に失われてしまいます。この結果、別の人格が自分の代わりに仕事や学校に行くようになり、日常生活に支障をきたすようになります。この繰り返しによって、自分自身とのつながりが失われ、現実感が希薄になっていくのです。

 第6節.

解離性障害:心と身体が分離する苦しみ


解離性障害とは、心と身体のつながりが切れ、自分が自分であるという感覚を失ってしまう状態です。この状態にあると、まるでカプセルの中に閉じ込められたように現実感がなくなり、特定の時期の記憶が全くない、いつの間にか自分の知らない場所にいるといった体験が日常的に起こります。このような症状により、生活にさまざまな支障が生じます。

 

解離性障害を抱える人たちは、日々とても辛い状況に追い込まれています。どんよりとした感覚の中で、思考がまとまらず、言葉がうまく出てこないこともあります。何をしたか、何を話したかが記憶に残らず、まるでその瞬間に自分がいなかったかのように感じます。彼らは、現実世界の生々しい刺激に対して無意識のうちに変性意識状態に入り、自己防衛を図るのです。

 

特に、人格交代が起きている場合、子供のようにお菓子を食べたり、買い物をしたり、ぬいぐるみを並べて遊んだりすることがあり、その後、自分の行動に対して戸惑いや嫌悪感を抱くこともあります。このような状態が続くと、本人は自分の存在に対する混乱や恐怖を強く感じ、日常生活を送ることが非常に困難になります。

 第7節.

幼少期からのトラウマ・ストレスがもたらす解離性障害


解離性障害を抱える人々は、幼少期からさまざまな辛い体験をしてきたことが多く、空想に逃避する傾向が強いと言われています。解離性障害の多くは、幼児期から児童期にかけて、強い精神的ストレスを受けたことが原因とされています。その要因として、以下のようなものが挙げられます。

  1. 学校や兄弟からのいじめ
  2. 養育者による精神的な支配、自由な自己表現が許されない環境
  3. ネグレクト(育児放棄)
  4. 心理的虐待、身体的虐待、性的虐待
  5. 殺傷事件や交通事故を目撃したショック、または家族の死

これらの体験によって、子どもは常に緊張状態にさらされ、安心して過ごせる場所を持つことができません。幼少期に感じた不安や恐怖は、思春期や青年期になると身体症状として現れ始めます。頭痛、腹痛、便秘、下痢、睡眠障害、過呼吸、パニック発作など、原因がはっきりしない身体の不調に苦しむことが増え、自分自身がよく分からなくなる感覚に襲われます。

 

このように、幼少期からのストレスやトラウマが蓄積され、心と体に分離が起こり、解離性障害として表れるのです。

 第8節.

解離性障害の症状と進行:心と体が分離するプロセス


解離性障害の初期症状は、身体の異変から始まることが多く、これが大きな不安を引き起こし、不安発作へとつながります。例えば、心臓の鼓動が早くなったり、息苦しさや手足の冷えを感じることで、「体に何か異常が起きているのではないか」という強い不安が生じ、さらにパニック状態に陥ることがあります。

 

次に、対人過敏症状が現れます。これは、人から傷つけられるのではないかという強い恐怖心が引き金となり、他者との接触や外界に対して過剰に警戒するようになるものです。日常の会話や、ちょっとした視線ですら攻撃的に感じ、常に周囲を警戒し続けることで、精神的に消耗していきます。

 

さらに進行すると、離人症や解離性健忘といった典型的な解離症状が現れます。離人症では、自分が自分でないような感覚や、現実から切り離されているような感覚に悩まされます。また、解離性健忘では、過去の出来事や重要な情報が思い出せなくなり、時には自分がどこにいるのか、何をしていたのかさえ分からなくなることもあります。

 

さらに深刻な場合、人格が交代する「多重人格症状」や、幻覚といった症状が見られるようになります。これにより、現実とのつながりがますます希薄になり、日常生活に大きな支障をきたすようになります。

 第9節.

記憶の断絶と無意識の行動:解離性障害の苦悩と誤解


解離性障害の症状は、日常生活のあらゆる場面でトラウマのトリガーとなり得ます。身体は怯え、人から傷つけられることへの強い恐怖に晒されています。自覚していなくても、身体は危険を察知しやすく、逃げ道を探しながら、呼吸が浅くなったり、筋肉がこわばったりしています。この状態が続くことで、さまざまな解離症状が現れるのです。

 

解離症状には、身体のある部分が勝手に動いたり、無意識に話し出したり、突然歩きにくくなったり、体が動かなくなることがあります。話そうとしても声が出なかったり、相手の声が聞こえなくなったり、視界が急に閉ざされることも。また、気がつくと何時間もぼーっとしていたり、異常に眠くなったりすることも少なくありません。さらに、まるで自分が空中から自分自身を見下ろしているような感覚や、数時間前の記憶が全く思い出せないなど、現実と自己感覚のズレが生じます。

 

このほかにも、思考や感情の働きが鈍くなり、身体の感覚がぼやけ、自分を外から見つめる感覚に陥ったり、頭の中で誰かが自分を攻撃する声が聞こえることもあります。理由も分からないまま、急に無力感に襲われ、心身の機能が麻痺することさえあるのです。

 

解離性障害の症状は、外見からは分かりにくいことが多いため、家族や周囲の人に理解されることが難しい疾患とされています。本人も、自分が感じている恐怖や苦しみを言葉にするのが難しいため、孤立感や無力感を抱えがちです。

 

1.解離性障害の健忘と行動の裏に潜む真実

 

解離性障害の症状には、いくつかの特徴的なものがあります。その中でも特に注目すべきは「解離性健忘」です。この症状は、本人が特定の出来事や内容を全く覚えていないことが特徴で、単なる物忘れや意図的な嘘とは区別されるべきものです。しかし、外部から見ると、解離性健忘が「都合の悪いことを隠しているだけではないか」と疑念を抱かれることが多く、判断が難しい場合もあります。

①解離性健忘とその判断の難しさ

例えば、ある人が重要な出来事や会話の内容をまったく覚えていない場合、単なる忘却では片付けられないことがあります。この「解離性健忘」は、過去のトラウマや強い精神的ストレスが原因で、脳がその情報を遮断してしまう現象です。そのため、本人は意識の中でその出来事を処理できず、結果として記憶から完全に抜け落ちてしまいます。しかし、外部の人から見ると、「単に嘘をついているのではないか」や「高次脳機能障害による物忘れなのではないか」と疑うこともあります。このようなケースでは、解離性健忘と他の要因を区別するために、専門家による適切な診断が不可欠です。

②自覚のない加害行為は嘘か、無意識か

解離性障害のもう一つの特徴として、本人が行った行為を全く覚えていない場合があります。特に、加害行為に関して「自分がやった覚えがない」と主張する場合、これが嘘なのか、それとも無意識のうちに行われた行動なのかを見極めるのは難しい問題です。解離性障害では、解離状態に入ると、本人の意識とは別に行動が起こり、その行動に対する記憶が一切残らないことがあります。これは、人格が一時的に交代する場合や、記憶が切り離されてしまう場合に起こることです。

 

しかし、外部から見ると、これもまた「言い訳ではないか」「責任逃れではないか」と疑われることがあります。事実、解離性障害の人自身も、自分が無意識のうちに行った行動に困惑し、苦しんでいることが少なくありません。

 

2.解離症状がもたらす心身の疲弊と現実との断絶

 

解離性障害を持つ人は、身体が常に満身創痍の状態にあることが少なくありません。彼らの身体は足がすくみ、全身が固まって凍りついたり、力が入らなくなったりします。このような身体的な症状に加えて、解離を頻繁に起こすことで、日常生活の中で自分の経験に連続性がなくなっていくのです。

 

解離性障害の症状が重くなると、本人が記憶していない間にさまざまな出来事が起こり、その結果、現実世界に戻ったときには、想定外の状況に直面することがしばしばあります。これにより、自分が何をしていたのか、何が起きたのかがわからないという不安感や、現実に対する違和感が増していきます。こうした記憶の断絶は、本人の生活に大きな支障をもたらし、自己の存在感覚が失われる原因にもなります

 

また、解離性障害を持つ人は、普段から心身ともに緊張しており、気を緩めることができません。現実世界の慌ただしさやストレスに追いつくことができず、次第に身体が動けなくなったり、立ち上がれなくなったりします。こうした状態が続くと、エネルギーは枯渇し、慢性的な疲労感に苛まれるようになるでしょう。

 

解離の結果、身体と心がうまく機能しない状態に陥ることは非常に苦しいものです。自分の意思に反して身体が動かなくなり、エネルギーが尽きてしまう感覚は、精神的にも大きな負担となります。また、自分が覚えていないうちに起きている出来事に対して無力感を感じることもあり、生活全般に対する不安が増幅されます。

 第10節.

感情の暴走:対人トラブルがもたらす過覚醒と孤立


解離性障害の特徴の一つとして、強い感情に支配され、自分の行動をコントロールできなくなることがあります。特に対人トラブルにおいて、怒りの感情に飲み込まれ、交感神経が過剰に高ぶった状態になると、自分とは思えない言動を取ることがあるのです。この状態では、本人の意思とは無関係に、無意識的な行動が現れるため、次のような症状がよく見られます。

 

解離性障害の人は、怒りの瞬間や感情が極端に高ぶった時に、記憶が途切れることがあります。突然、頭が真っ白になったり、うっすらと背後から自分を見ている感覚に襲われることも少なくありません。このような時、身体が勝手に動いてしまい、自分でコントロールできない行動を取ってしまうのです。本人にとっては、その瞬間の記憶が無いことも多く、行動に責任を持てない状態になってしまいます。

 

このような行動は、周囲から見ると「キレやすい人」として認識されがちです。本人の自覚がないため、いくら注意されても、同じ行動を繰り返してしまうのです。親や教師から注意されても、すぐにまた同じようなトラブルが発生し、本人は何度も落ち込んだり反省したりしますが、根本的な問題が解消されないまま、行動が繰り返されます。この繰り返しは、本人にとっても周囲にとっても大きな負担となります。

 

解離性障害の人は、自分の感情や行動を一貫して管理することが難しいため、感情と行動が分断された状態に陥ります。感情に乗っ取られた瞬間、記憶が曖昧になり、あたかも自分自身を遠くから見ているような感覚が強まります。このような現象が繰り返されることで、現実とのつながりが希薄になり、対人関係の中で孤立しがちになります。

 

1.対人トラブルと解離反応:過覚醒が引き起こす不適応

 

対人トラブルが発生すると、交感神経が過度に高ぶり、過覚醒の状態に陥ることがあります。このとき、闘争・逃走反応が強く出てしまい、本来の自分は凍りついてしまい、引っ込んでしまうように感じることがあります。しかし、このような状況で出現する解離症状(解離性健忘、解離性憤怒、人格交代、離人症、現実感喪失など)は、本人が自分自身をコントロールできなくなるため、特に学校や職場などの集団環境では不適応を引き起こしやすくなります。

 

さらに、このような解離反応を経験する人は、知らず知らずのうちに他者からの虐待や攻撃的な態度を呼び込んでしまうことがあります。解離中は自分の記憶が曖昧で、体が自動的に動いてしまったり、自分とは異なる誰かが問題行動を引き起こすような感覚を持つことも少なくありません。その結果、本人が意識しないうちに、他人の態度が突然変わり、予測不可能な形で暴言や暴力、性的な関係、処罰などの攻撃を受けるという悪循環に陥る可能性が高まります。

 

このような症状は、外部からの刺激やトラブルに対して、自分自身を守るための一種の防衛反応ですが、結果として周囲との関係が悪化し、自分の意図とは異なる結果を招いてしまうことがあります。

 

2.トラウマと解離の世界:誤解と孤立の悪循環

 

トラウマを抱え、解離症状を持つ人は、しばしば「どうして?」「なぜ怒られるの?」「いきなり抱きしめられるの?」というような、突然予測不能な出来事が起こる世界に生きています。解離性健忘や離人症、現実感喪失、人格交代の間に、本人の意識が戻ると、周囲の状況が大きく変わっており、自分では何もしていないはずなのに、気づくとトラブルの渦中にいます。相手が悲しんでいたり、怒っていたり、さらには性的な場面に巻き込まれていたりすることもあります。

 

このような体験は、本人にとって大変混乱を引き起こし、周囲の人々に誤解される原因となります。周りの人々は、解離中に現れる「偽りの自分」を本物の本人だと思い込み、次第に誤解が積み重なっていきます。本人は誤解を解きたいと願っていても、誰にどう話せばいいのか分からず、話しても理解されないという壁に直面します。その結果、人に自分のことを話すのが怖くなり、本音や感情を表に出せなくなります。

 

一方で、偽りの自分が行動するたびに、本人の意図とは無関係に、他人との衝突が生じます。大人から怒られたり、同級生から悪口を言われたり、恋愛関係が勝手に進展してしまうこともあります。こうした出来事が繰り返されると、人への不信感が強まり、自分自身さえ信じられなくなります。なぜ自分だけがこんな状況に陥るのかという疑問が頭を離れず、普通の人が経験しないような現実を生きていると感じます。

 

人生が切迫した状況の連続となり、自己否定や悲観的な未来観、自暴自棄な行動が強まっていきます。やがて、運命や宿命の妄想に囚われ、「自分は変わっている」「嫌われているに違いない」と思い込みが強くなり、人からの悪意に敏感になりすぎてしまいます。この状態が続くと、息を潜め、身体が固まり、解離や離人症の症状が深刻化していきます。

 

さらに、警戒心が極度に高まり、周囲のあらゆる細かい部分まで危険がないかを念入りに調べるようになります。他人の視線や表情に過敏に反応し、先回りしてあらゆるパターンを考え、強迫的な思考が強まっていきます。このような強迫傾向は、解離とともに日常生活に深刻な影響を与え、本人が自分らしさを失い、孤立感に苦しむ原因となります。

 第11節.

低覚醒状態と解離:ストレスがもたらす記憶の断絶


PTSDの影響が深刻になると、解離症状が強まり、嫌悪する刺激に対して身体が反応し、筋肉が硬直してしまいます。これにより、身体に痛みが生じ、次第にその痛みは慢性的なものとなります。特に、不快な状況が長く続き、出口のない状態に追い込まれると、心身の疲労感がさらに増し、常に身体が凍りついたような状態に陥ることがあります。このような時、意識は現実の苦痛から逃れるために、妄想や空想の世界へと飛んでいき、その中で一時的な多幸感に浸ることがあるかもしれません。

 

現実があまりに苦痛に満ちていると、背側迷走神経が過剰に働き、感覚が麻痺し、自分が自分でなくなったように感じることもあります。結果として、低覚醒状態に陥り、まるで眠ったまま生きているような感覚に包まれ、現実感が失われていきます。この状態は、まるで夢の中にいるかのように感じられ、現実の出来事に対する認識が薄れてしまうのです。

 

さらに、解離性健忘の影響で、自分がいつの間にか別の場所にいたり、時間が経過していることに気づいたりすることがあります。自分の意識がない間にトラブルを引き起こしたり、予期せぬ状況に巻き込まれてしまうことも少なくありません。これにより、本人はますます混乱し、現実とのつながりが希薄になってしまうのです。

 

1.低覚醒状態がもたらす記憶の断絶と被害妄想:現実とのズレ

 

低覚醒状態に陥ると、話した内容に罪悪感が伴う場合、瞬間的にその記憶を忘れてしまうことがあります。また、頭痛や強い眠気に襲われ、身体の感覚が失われると、現実と夢の境界が曖昧になり、自分自身を見失ってしまいます。頭の中が真っ白になり、自分が何を考えていたのか、何をしていたのかも分からなくなり、昨日の出来事すら記憶から抜け落ちてしまうことがあります。

 

このような記憶障害は、自分に起こった出来事を理解する妨げとなり、人とのコミュニケーションが非常に難しくなります。例えば、同級生や知り合いに声をかけられても、その人との過去の会話や出来事を思い出せず、どう対応すべきかが分からなくなってしまうのです。さらに、見知らぬ人から親しげに話しかけられると、その状況に戸惑い、次第に人間関係が恐ろしく感じられるようになります。

 

自分の知らない間に、別の自分が行動していたことを理解するまでには長い時間がかかります。そのため、解離症状を持つ人は、自分の行動の結果を他者のせいにしてしまうこともあります。さらに、自分にとって知られたくないトラウマや秘密が、自分の知らないうちに噂となって広まっているように感じ、その噂を広めたのは誰なのか疑い始めます。こうした推測や憶測、さらには被害妄想に取り憑かれてしまうこともあります。

 

特定の人物に対する被害妄想が膨らむと、その人への嫌悪感が増し、自分で自分を追い込む結果となります。このような状態が続くと、所属している集団の中で生活することが次第に困難になり、ますます孤立してしまうのです。また、集団の中で四方八方から攻撃されているように感じるようになると、常に凍りついた状態で生活するようになり、身体の不調が現れます。過呼吸やパニック発作、悪夢に悩まされ、最終的には身動きが取れなくなり、自分の居場所を完全に失ってしまう可能性が高まります。

 

2.エネルギー切れがもたらす背側迷走神経の支配:慢性疾患

 

生活全般が困難になると、エネルギーが尽きてしまうことが頻繁に起こり、背側迷走神経が主導権を握るようになります。これにより、脳と身体を繋ぐ神経の働きも正常に機能しなくなり、さまざまな不調が現れるのです。背側迷走神経の作用によって低覚醒状態に切り替わると、自分自身が自分でないように感じ、つい最近の出来事さえ覚えていないという緊急事態に陥ることがあります。

 

そのような状態の中で、何とか自分の一貫性を保とうとするあまり、不利な出来事を矮小化し、誇張した作り話や複雑な思考を展開してしまうことがあります。このように心の中で起こる葛藤に加えて、身体にも様々な不調が現れます。息苦しさ、体の痺れ、腹痛、吐き気、さらには体が固まって動けなくなったり、めまいで動けなくなることもあります。

 

長年にわたり、慢性的なストレスにさらされると、身体を感じる感覚が鈍くなり、次第に自分の身体を自分のものとして思えなくなります。自己の身体とのつながりが失われることで、心と体が分断されていくのです。さらに、脳と身体はストレスホルモンの過剰な分泌に侵され続け、これが原因で炎症が引き起こされる可能性があります。その結果、慢性的な疲労や痛み、消化不良などの慢性疾患にかかるリスクが高まるでしょう。

 

このような心身の不調は、ストレスに対する防衛反応として現れますが、長期的には身体の健康を蝕み、精神的な安定も損なわれてしまいます。

 第12節.

解離と心の空白:トラウマに囚われた子どもの孤立


解離している子どもたちは、自分が解離していることに気づいている場合もあれば、多くは気づかずに過ごしています。例えば、休日に家族とどのように過ごしたのかを尋ねられても、首をかしげ、「覚えていない」「忘れた」と答えることがよくあります。これは、過去の出来事が解離によって切り離され、記憶に残らないためです。

 

特にフラッシュバックが起こっているとき、解離した人格の部分はまるで過去に戻ったかのように感じ、過去の光景が目の前に広がり、同じ臭いや身体的感覚が蘇ります。このとき、子どもは心を失った操り人形のように、自動的にその過去のトラウマを再現してしまいます。外から見る限り、周りには何も異常がないように見えますが、本人は幻覚の中で、かつて不条理な行動を取った親や大人たちと再び対峙し、見えない敵に向かって文句を言い、戦っているのです。

 

一方で、フラッシュバックを経験している本人は、そのことにまったく気づかないことが多いです。現実の時間に戻ってくると、まるで何事もなかったかのように笑顔で日常生活に戻ります。外から子どもを見ている人にとって、フラッシュバックの現象は異常に映りますが、本人はその現象がいつ、どのように起こっているのかさえ自覚していないことがほとんどです。

 

つまり、幼少期から解離を経験している人は、自分がトラウマを負った当事者だということに気づくことが難しいのです。しかし、本人がそのトラウマに気づいていなくても、身体はトラウマを記憶しています。そのため、身体の一部が突然麻痺したり、筋肉が硬直したり、疼痛が生じたりと、原因不明の身体症状に襲われることがあります。

 

このような解離やフラッシュバックの現象は、周囲の人には理解しがたく、子ども自身も気づかないうちにトラウマを繰り返し再体験してしまいます。結果として、現実世界とのつながりが薄れ、日常生活で孤立感や不安感を抱えるようになりがちです。

 

1.幼少期から続く苦痛の切り離しと夢の世界

 

幼少期から解離を使ってきた人は、自分の苦しみや痛みを簡単に切り離すことに長けています。辛い場面や叫びたくなるような瞬間に直面すると、まるで自分の身体から抜け出たかのように、傍観者の立場から「あの子は大変だね」と自分を眺めているかのように感じます。あるいは、頭の中で夢のような世界に飛び込み、現実を忘れ、固まった状態で意識を閉ざし眠りにつくことができます。

 

こうした解離のプロセスでは、しんどい現実を切り離し、自分の分身のような存在に交代させることがあります。この時、頭痛がしたり、何かに引っ張られたり、前に押されるような感覚を覚え、強い眠気に襲われることがあります。自分自身が消えたように感じたり、頭の中が真っ白または真っ黒になったり、夢の中にいるかのような感覚が訪れます。

 

夢の世界では、懐かしい風景が広がり、時には子どもの頃の自分と会話をすることもあります。解離は、想像力を駆使して不快な現実をどこかへ追いやり、自分にとって安全で心地よい環境を作り上げる防衛手段です。現実の苦しみから逃れるため、解離によって作り出された世界は、時に救いとなり、心を守る役割を果たしますが、同時に現実との距離を広げる要因にもなります。

 

2.解離する子どもの自己状態の揺れ:制御不能な行動と記憶の欠落

 

解離している子どもたちは、自分の知らないうちに口が勝手に喋り出したり、手足が意識に反して動いたり、悪ふざけをするなど、様々な困った行動を引き起こします。突然泣き出す、言いたくないことを言ってしまう、虚ろな表情になる、不機嫌になる、何も感じなくなる、身体が固まる、声が出なくなる、周囲の音が聞こえなくなる、活発に動き回る、衝動的な行動に走る――こうした現象は、本人の意思とは無関係に起こります。

 

特に、いくつもの自己状態を行き来している子どもは、交感神経系が過度に活性化し、いわゆる過覚醒状態に入ってしまうと、記憶が欠落することがあります。このため、自分が何をしているのかに気づくことが難しくなり、自分の行動を止められない状況が生じます。

 

さらに、身体の方は、かつて生命の危機に瀕した体験を記憶しており、問題のある場面に直面すると、交感神経が過剰に働いて体が「アクセル全開」になります。しかし、その直後に急速に背側迷走神経がブレーキをかけると、体が固まり、動けなくなってしまうのです。このように、身体はトラウマを抱えた状態で、極端な反応を示し、時には完全にシャットダウンしてしまうこともあります。

 

このプロセスは、外からは理解されにくいものであり、子ども自身も自分の行動や身体の反応を理解できずに苦しむことがあります。結果として、周囲とのコミュニケーションが難しくなり、さらなる孤立感や不安感を招いてしまいます。

 

3.社会的不適応:学校生活で孤立する子どもの苦悩

 

学校生活の中で、集団の中に馴染めない子どもたちは、皆と同じことをしようとしても、身体が無意識に命を守るための原始的な防衛反応を示し、社会的な交流を司る神経がうまく働かなくなってしまいます。この防衛反応が働くと、社会交流のための神経機能が凍りついてしまい、次のようなさまざまな身体的症状が現れます。声が出なくなったり、音が聞こえづらくなったり、視野が狭くなったり、手先が動かしにくくなったり、歩行が困難になったり、身体が痛んだり、逆に痛みを感じなくなったりすることがあります。さらに、身体が固まって動けなくなり、立ち止まったり、うずくまってしまったり、過呼吸やパニックに陥りやすくなり、集団の中で孤立してしまうのです。

 

このような子どもたちは、静止した状態でいると不安が募り、イライラしたり、焦ったり、心配事が頭を支配してしまいます。自分の知らないうちに身体が勝手に動き、問題行動を起こしてしまうことや、逆に身動きが取れなくなってしまうこともあります。そのため、自分では何も悪いことをしていないつもりでも、周囲からは誤解され、責任を押し付けられることがあります。

 

本人は真っ当な行動をしているつもりでも、周りからは「おかしい」「なぜ皆と同じことができないのか」と非難されることが多く、次第に人との関わりを恐れるようになります。周りの言葉や態度に傷つき、人と関わること自体が怖くなってしまうのです。結果として、人の言葉や表情に過敏になり、相手が自分のことをどう思っているのか常に気にするようになります。傷つきやすく、周囲との距離を感じながらも、社会的なつながりを求めて苦しむ状況に追い込まれていきます。

 

4.自己を見失う恐怖と空虚感:傷つくことを恐れる子ども

 

人から傷つけられるかもしれないという恐怖が強くなると、周囲への過剰な警戒心が生まれます。その結果、外界のあらゆる情報を無意識に取り込み、頭の中では常に先読みをしようとするようになります。この過剰な警戒によって、自分自身に注意を向けたり、安心して何かに集中することが難しくなり、日々の生活は苦しさと辛さの連続となります。

 

このような状態が続くと、身体は苦痛を感じるようになり、その苦痛を切り離すために自分の身体や感覚を麻痺させることが増えていきます。すると、世界を生き生きと感じることができなくなり、次第に様々な感情や感覚を失い、物事を自分の内側で感じ取ることができなくなります。こうして、自分の存在感や人との距離感、さらには「普通」とされる学校の枠組みすら分からなくなっていきます。

 

自分が何を感じているのかが分からなくなると、どう思っていたのか、何を考えていたのか、何をしていたのかすら分からなくなり、自分自身が空っぽになったように感じます。自分のことさえも理解できなくなると、どんな経験をしても何も心に積み重なっていかず、何をすべきかが分からなくなります。その結果、人に合わせることが唯一の生き方となり、自分らしさを見失ってしまいます。

 

表面を取り繕うことで、あたかも正常であるかのように振る舞い、周囲の期待に応えようとします。しかし、内面では自分自身を見失い、無意識のうちに他者に同調することで、周囲の人の行動を真似する生き方に頼るようになります。これにより、ますます自分らしさを見失い、苦しみが深まっていくのです。

 

このような心の状態は、外からは理解されにくいものの、本人にとっては非常に大きな苦しみであり、周囲との関わりの中でますます孤立していく要因となります。

 

トラウマケア専門こころのえ相談室

論考 井上陽平