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精霊の恋人ダイモン・魂の片割れ


精霊の恋人ダイモンは、解離性同一性障害の人や解離した人格部分を持つ人の交代人格(保護者人格)として考えてみてもよいかもしれません。精霊ダイモンとは、ギリシャ思想において、神と人との中間者で、個人の運命を導く神霊的な存在です。ギリシャの哲学者であるソクラテスは行為に際して、時折自己の奥底にダイモン的なもの(ダイモ二オン)の声を聞いていたといいます。ダイモンは、導き手や守護神であります。彼らは地上の善きダイモンとなり、死すべき人間の守護者として、繭に身を包み、地上をくまなく徘徊しつつ、正義と悪行とを見守り、人間に富を授けます。

 

精霊ダイモンは本来の自分を全面的に肯定し、優しく慰めてくれて、恐怖や不安などの苦しいものを和らげる存在です。そして、心を守ってくれて、味方をしてくれます。ダイモンのような守護天使は、絶望や混乱をもたらずデーモン側の勢力との人格同士の戦争のためとか、主人格が自殺や他害に至らないようにするため、命の防衛として存在します。

 

このようなダイモンの存在は、トラウマを負った無垢な自我の救済として現れます。例えば、ダイモンは、解離性同一性障害などの複雑なトラウマを持つ人を救済し、精霊の恋人となります。そのような症状を持つ人は、自分を脅かしてくる人物が現実にいて、さらに心の内なる世界に悪魔がいることが多く、現実では普通の幸せがなかなか望めなくて、死にたいという気持ちが大きくなります。現実世界に疲弊し、現実世界の人に関心を持てなくなると、現実逃避して、あちら側の世界(妄想の世界)で自分を癒します。そして、あちら側の世界にいるダイモンが自分の良き理解者になり、完全な保護空間のなかで愛を交わします。

 

解離傾向を持つ一部の人たちは、精霊の恋人ダイモンがいてくれることで、この現実世界のつらさ、くるしさを乗り越えることができます。 精霊の恋人は、別の言葉で言い換えると、魂の片割れとも呼ばれて、現世では目に見えない存在になり、悪魔の対極にあるような存在です。

 

ちなみに精霊というのは、肉体に束縛された存在でなく、空間を自由に移動できます。また、実体は無いですが、実際にそこにいるというありありとした感覚を伴い、意識を交わして会話することができます。彼は実在していて、この現実の世界を生きています。精霊の恋人をもつと、彼の身体は見えないけども、抱きしめられている感覚があります。

精霊の恋人と生きること


幼少期の頃から、逆境体験が繰り返されてきて、現実世界があまりに辛すぎる人は、肉体を切り離して、内側にもう一つ別の世界を作ることがあります。肉体を失くすことでいける夢の世界は、外敵が一切入ってこない守られた世界になり、そこで背後から自分に憑りつくような存在に出会います。その存在が精霊の恋人となり、人生で挫けそうになったときに現れて、いろんな言葉で話しかけてきます。語りかけてくる人格と恋愛に陥るケースもあり、そういう場合は、現実世界で恋人を見つけることが難しくなります。

 

そのような事例は、人類学の本の中でも取り上げられており、モロッコの貧しい労働階級のトゥハーミという名の中年男性が、生まれたころからの持病持ちで、社会とは隔絶された街はずれに一人で住んでいます。その人は、そのような状態にあるために、結婚の可能性を奪われてしまっていて、モロッコの神話に出てくるアイシャていう女性と結婚していると語ります。

 

このような話しにもあるように、人が精霊の恋人をもつということがわかりますが、なぜ精霊の恋人ができるかというと、生と死の瀬戸際にいるなかで、自分がピンチに陥ったときに現れてくれることがあります。それに助けられたり、自分がそれを助けたりしながら、関係を作っていきます。そして、精霊の恋人は、これまでに自分が得ることができなかった安心感を与えてくれる存在になっていき、何が起こっても、理解してくれて、守ってくれる存在となります。

 

精霊の恋人が担う役割は、本人が危機的な状況に陥らないように声をかけてくれたり、幼く怯えた子どもの頃の自分を守ってくれます。本人が、現実の苦痛から逃げたくなるときに、精霊の恋人は、神話の物語をみせて、あなたは特別な存在だから生きなくてはいけないと説得します。しかし、本人は、普通の人間であって何も特別な存在ではないから、つらい現実から逃げたいと言います。精霊の恋人は、なかなか本人が特別であることを認めずに、生きようとすることを諦めようとしても、傍にいて応援しています。

 

精霊の恋人が作る神話の物語というのは、精巧に作られた物語であり、自分の中の記憶に矛盾が生じないようにしています。物語の中では、もともとは精霊の恋人と本人は一心同体でくっついていましたが、何かの拍子に二つに割れてしまい、片方が堕ちて、その衝撃で死んでしまったため、精霊となって存在するようになりました。この二つに割れてしまう体験というのが、発達早期の外傷体験のことを指していると思われます。一方は、地上にいて恐ろしいことに巻き込まれてしまったため、犠牲になりました。他方は、上空から見下ろしており、生き残ったために、日常を送ることになりますが、半身・片割れを踏み台にして、この世に生まれた罪を背負うことになります。この危機的な状況は、原初の記憶として残り、また夢の中に現れたりします。

 

トラウマによって、本来の一体性を失い、幼い意識が互いに分化し、異質なものになっていきます。生き残ったほうは日常生活を送るようになり、犠牲となったほうは精霊として存在するようになります。そして、現世では、目に見えないけども、精霊の存在は、魂の片割れとなり、本人はその片割れを取り戻そうとします。魂の片割れは、その人の背後などに潜んでおり、何よりも分かり合えて、誰よりも自分の近くにいてくれる存在となります。

 

精霊の恋人と本人の関係では、今世で出会っただけではなく、はるか昔から必然的、宿命的に出会ったものであり、それが現在まで繰り広げられていて、過去から不幸が続いている状態になんとか終止符を打とうとして、本人に前向きにがんばるように励ましています。

 

精霊の恋人は、本人に対して、二人は、100年前、500年前の時代でも出会ってきましたが、どの時代でも不幸を繰り返し、どちらかが先に息絶えてしまいます。何かと近い存在として生まれては、でも必ずどちらかが先に死んだり、もう片方が後を追うなど、うまくいかないことを繰り返してきました。

 

精霊の恋人は、現実の辛い状況のなかで、本人が、すぐに固まって凍りついて判断力を失ったときに助けようとします。そして、常に自分の背後で守っていてくれて、死を選ぼうとするときなどの究極の状況では、親でもなく友人でもなく、その精霊が声をかけてくれます。そのようにして、本人は、目に見えない存在を慕い、それを愛していきます。

 

心の中に精霊の恋人がいる人は、その存在が誰よりも自分の事を理解してくれるため、外の世界の異性と関係を持つことに消極的です。また、外の世界の恋人をもつと、心の内なる世界の悪魔が暴れるために、普通の幸せを望めないことがあります。それでも、外の世界に恋人を見つけてしまうと、精霊の恋人は、その必要性を失われてしまうために、自分のもとから消えてしまうかもしれません。しかし、人間の恋人は、精霊の恋人が自分を守ってくれたようには完璧に保護してくれないので、最初の恋愛に失敗していきます。そして、次の恋愛をしようとしたときに、外の世界の恋人か、精霊の恋人かを選択することに思い悩むことになります。

 

トラウマケア専門こころのえ相談室

論考 井上陽平

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