トラウマとは、個人が心身に耐えられないほどの傷を負うことを指します。これには、虐待やネグレクト、いじめ、犯罪、事件、事故、自然災害、手術中の医療トラウマなどによって引き起こされる、著しい心的外傷後ストレス障害(PTSD)の症状—過覚醒、再体験、回避行動—が含まれます。また、心理的虐待や過酷な受験競争、親子間のミスマッチ、世代間伝達トラウマ、出産時の医療措置、母胎内トラウマなど、物理的な痕跡が残らないものの、目に見えない形で何年も続く心と身体の傷跡もトラウマに含まれます。
トラウマの定義は広義にも狭義にも捉えられますが、子供の頃にトラウマを体験する子供は想像以上に多く、虐待はどこでも起こりうる現実です。また、法律に規定されない暴力もこの世の中には溢れており、それがトラウマの一因となることも少なくありません。
トラウマを体験した子供たちは、さまざまな反応を示します。幸いなことに、親子関係が良好で、安全で安心できる生活環境が整っている場合、子供たちは自然に回復していくことが多いです。しかし、非常に痛ましいトラウマや、赤ん坊の頃に経験したトラウマ、またはネグレクトや虐待をする親と共に日常生活を送らなければならない場合、心身に深刻な悪影響が現れることがあります。
一度トラウマティックなストレスに曝され、強烈な衝撃を受けると、神経回路が正常に機能しなくなり、心拍や呼吸に異常が出ることがあります。これにより、心が傷つきやすくなり、繰り返し脅かされることで、心と体の形そのものが変わってしまいます。小さなことでも痛みを感じるようになり、トラウマが複雑化し、さらに深刻な影響をもたらすことがあるのです。
発達早期にトラウマを経験した子供は、問題行動を起こしやすく、それが原因でこれまでの人間関係において多くの失敗を経験している可能性があります。これらの失敗から、自分自身を否定的に捉えるようになり、自尊心が低下してしまいます。また、自分の行動が思うようにいかないことが続くと、さらに問題行動が増え、周囲から嫌われていると感じるようになります。その結果、対人関係における距離感がわからなくなり、他者との関わり方に困難を覚えるようになります。
このような子供たちは、一般的に過剰な警戒心を持ち、外の世界を危険に満ちた場所と考えています。他者に対して常に身構え、周囲の人々の些細な行動や言葉にも敏感に反応します。彼らは、目を凝らし、耳を澄ませ、頭をフル回転させながら、その状況が自分にとって好ましいか、危険かを常にアセスメントしています。この過剰な警戒心は、彼らの生活に大きな負担をかけ、自己の安全感や安心感が著しく損なわれる結果を招きます。
さらに、自分を弱く無力だと感じ、絶望感や無力感を深める一方で、外界に対して猜疑的な態度を取りながらも、自己愛的な力を希求することがあります。彼らは、自分を守るために親と離れることを極度に恐れたり、特定の他者に強い愛着を持つことで、自分の身を守ろうとします。この愛着は、自己の存在価値を確認し、外界の脅威から身を守るための手段となりますが、その一方で、依存的な関係が形成されやすく、さらなる対人関係の困難を引き起こすこともあります。
家庭内で虐待やネグレクトを受けた子供は、肌を包んで安心させてくれるぬくもりが不足しているため、自己意識や感情を適切に調整するための自己調整機能が大きく阻害されます。彼らの身体には、痛みが深く記憶されており、上がった肩、硬直した眼球の動き、顎の緊張など、トラウマの痕跡が顕著に残されています。
外界の状況に影響されて、彼らの覚醒度のコントロールが異常をきたし、過覚醒と低覚醒の間を行ったり来たりすることが多くなります。このため、感情が急激に変わりやすくなり、生理的な混乱も伴うことから、ほんの些細なストレスに対しても強烈な苛立ちを見せることが少なくありません。このような慢性的なストレス状態が続くと、安心して眠れなくなり、悪夢や睡眠障害に悩まされるようになります。日常生活では、落ち着きがなくなり、身体が常に緊張している状態が続き、集中力が低下し、イライラや衝動的な行動が目立つようになります。
さらに、フラッシュバックなどの侵入症状が現れることで、日常生活は次第に疲弊していきます。その一方で、自己感覚があいまいになり、意識がフワフワと漂うような感覚に陥り、物事に対する方向性を見い出せなくなることがあります。このような状態では、注意散漫になりやすく、物忘れが増え、心身が麻痺したり無感覚になったりする解離性症状も見られるようになります。
また、長期的なストレスにより、生まれつき身体の弱い部分が影響を受け、原因不明の身体の不調に悩まされることがあります。これらの症状が悪化すると、PTSD特有のフラッシュバックによる回避行動や原因不明の身体症状が重なり、日常生活を送ることが困難になります。こうした状況が続くと、切迫感や焦燥感が高まり、自殺を考えるようになることもあります。
虐待やドメスティックバイオレンスを受けている子供たちは、その加害者である養育者とともに日常生活を送り続けなければなりません。子供たちは、虐待的な愛着対象をかばうことで自分を守ろうとしたり、家庭内の見せかけの正常さを維持しようと、必死でその加害者を愛そうとします。時には、自分を殴り、性的に虐待する養育者に対しても、命がけで愛情を示そうとすることがあります。これは、ストックホルム症候群に似た心理状態で、自分を拘束する人物に対して恋に落ちたかのように振る舞う人質の心理と同質のものです。
人間は誰しも愛着を持たずには生きていけません。しかし、その結果として、虐待を行う養育者があまりに強大な存在として現れると、現実を歪めて理想化してしまうことがあります。このような状況下で、子供は虐待者をかばい、「虐待者は悪くない、自分が悪いのだ」と思い込むようになります。そして、自分さえいなければよかった、自分には価値がない、といった極端に自己評価を下げる思考に陥ることがあります。
このように、強い虐待者に対する生存戦略としての愛着行動は、子供の後の対人関係に大きな影響を及ぼし、心に破壊的な作用をもたらします。日々繰り返される辛い経験の中で、子供は次第に自分自身が何者であるのか、どのような感情を抱いているのかが分からなくなっていきます。これらの心理的影響は、解離性症状、離人症、解離性健忘、失感情症などの症状として現れることがあります。
虐待を受けた子供は、虐待を行う養育者の反社会的な行動や物事への対処の仕方を繰り返し目にする中で、その養育者を心の中に内的な人物像として取り入れてしまいます。これにより、子供は自らが直面するさまざまな問題に対して、暴力を用いて解決しようとする方法を学んでしまうのです。
性的虐待を受けた子どもは、自分の性器を使って急に訪れた快感を試そうと不適応な行動を起こしやすいです。特に児童期の子供は、自分自身を統制する力がまだ十分に発達していないため、性化行動や暴力行動といった問題行動から自力で抜け出すことが非常に難しい状況にあります。そのため、大人からの適切な支援が不可欠です。
こうした問題行動は、虐待者をモデルとしたモデリングが一つの要因となっていますが、他にも複数の要因が絡み合っています。例えば、子供自身が衝動をコントロールできない場合や、言語能力が未発達で感情を言葉でうまく表現できない場合、これらが行動化に結びつくことがあります。また、家庭内でのストレスや、養育者が子供に対してマナーやルールを教えていない場合、さらには親子間の境界線(バウンダリー)が侵害されている場合にも、子供の問題行動が生じやすくなります。
さらに、これらの問題行動の背後には、子供が日常生活において「つまらない」「満たされない」といった感情を抱えていることも影響しています。これらの感情が蓄積されると、子供はその不満を行動で表現しようとし、結果として問題行動が引き起こされるのです。
このような背景を理解し、子供が抱える課題に対して適切なサポートを提供することが、彼らの健全な成長にとって非常に重要です。大人が子供の感情や行動に敏感に反応し、健全な方法での表現や対処を教えることが、将来的な問題行動の予防に繋がります。
発達早期にトラウマを負った子供は、その恐怖体験を頭の中で鮮明に記憶しているだけでなく、身体の方でもその体験を覚えています。発達早期のトラウマは、虐待だけでなく、恐ろしい事件や事故、手術中の医療トラウマなどが原因で恐怖症を引き起こすことが多く見られます。したがって、児童期における子供の問題行動を単に虐待や発達障害の問題として捉えるだけでは、十分な理解に至らない場合があります。
乳児期から児童期にかけて、サディスティックな虐待を受ける、あるいは手術台で身体を押さえつけられるような体験をした子供は、生命の危機に直面する中で、解離や離人といった防衛機制を簡単に使えるようになることがあります。身体の中に刻み込まれた生命の危機的な体験は、原始的な防衛システムを長期間にわたって作動させ続けます。その結果、学校生活の中で集団と交わることが非常に苦手になり、他者と同じ行動を強要されることに強い抵抗を感じるようになります。
こうした子供たちは、教室で落ち着かず、虚ろな表情を浮かべ、身動きが取れなくなり、固まったまま立っていることがあります。これらの行動は、単なる問題行動ではなく、深いトラウマから生じる防衛反応の一部です。発達早期のトラウマが及ぼす影響を理解することは、こうした子供たちに対する支援の鍵となります。
トラウマを経験した子供は、そのサディスティックな体験を無意識のうちにしぐさや会話、ままごと遊びやお人形遊びを通じて再現しようとします。さらに、絵を描く際には、身体がバラバラになったような不気味な絵を描くことがあり、これを見た周囲の子供や大人たちから奇異な目で見られることがあります。
こうした子供たちは、他の人々と常にズレを感じており、普通の状況では意味がない行動を取ったり、場にそぐわないほど感情的な反応を示すことがあります。そのため、いじめの対象になりやすく、親や教師からも理解されないことが多いです。このような状況が続くと、小学生の時期から不登校になる傾向が強くなり、さらに居場所を失い、自尊心が低下していきます。
自分の居場所を見つけられず、周囲に馴染めない子供は、次第にどこに行っても不条理な目に遭うと感じるようになります。その結果、小動物を殺したり、スリルを求めて危険な遊びに興じたりする奇行を見せることがあります。さらに、嫌いな人間にトラウマを与えることを考え始め、毒物を混ぜるといった危険な空想に耽る子供もいます。
このような子供たちに対する支援者や関わる大人たちは、これらの感情の爆発や行動化がトラウマの再演である可能性を理解することが重要です。その視点を持つことで、子供たちとの間に新しいパターンの関係性を築き、彼らの回復を助けるためのアプローチを見出すことができるでしょう。
トラウマケア専門こころのえ相談室
論考 井上陽平