境界心性

▶境界性人格障害

 

慢性的に虚無感がある人は、境界性パーソナリティ障害や複雑性PTSD、重篤な解離症状を持つ人に見られます。彼らは、心と体が分離し、身体感覚が麻痺し、時間感覚が分からなくなり、感情が鈍麻し、思考が混乱し、自己感覚が喪失します。このような症状を持つ人は、かなり早い段階からトラウマを負っているか、アレルギー体質やアトピー、喘息、過緊張、嘔吐、頭痛、腹痛、高熱などで体が弱いか、神経発達に問題があり、成育環境が劣悪で、体に根深いトラウマを閉じ込めています。

 

幼少の頃から、恐怖にびくびくと怯えて、この世界が恐ろしいように感じてきました。この過酷な環境のなかで生き延びるには、怒りや苛立ちを見せると、かえって辛い思いをするので、何も感じないようにすることが有効な方法でした。しかし、その異常な環境で、異常な状態の生活が当たり前になると、心にポッカリと穴が空き、自分の感情や感覚が分からなくなり、自己感覚が喪失して、慢性的な虚無感に悩まされるようになります。

 

体の中に爆弾を抱え、ビクビクし、ショックを受けると心臓が縮まり痛むなど致命傷的なトラウマを持っています。親との関係は、怒られないようにするため、親の顔色を伺いながら、親の期待に応えようと頑張ってきました。体のほうは、親の気配や足音に身構えていて、過緊張や凍りついた状態で生活していました。どこに行っても、安心感がなく、親から愛情を貰えている感覚がなく、人間が怖くなり、感覚が麻痺していきました。

 

逃げ場がなく、ただ日常に耐えるしかないから、自分を動かなくして、意識を別の領域に置きます。そうすると、意識が何もない空間に入って、頭はフリーズし、体の動きが止まり、心を使って、何かを感じることが出来なくなり、感情や感覚、現実感が薄くなります。そして、自分の心を覗き込むと、とてつもない虚しさに襲われます。

 

空っぽの人生なので、好奇心や夢中になれるものを追いかけてきました。はじめのうちは、自分に自信を持っていることがあって、美しい世界を追い求め守ろうとします。しかし、世の中の人間関係をがっかりしつづけると、どんどん閉じこもっていくように心を閉ざします。周りの人に傷つけられ、誰も助けてくれず、イライラし、心の余裕が無くなります。これ以上、負担を負いたくないのに、人一倍敏感になって、傷ついて、疲労がどんどん蓄積されると、自分が自分でなくなり、別人格のような感情状態になったり、感情が無くなります。自分のやりたいことも分からなくなり、生きている実感や自信を持てなくなります。

 

 

逃げ場がなく、ただ日常に耐えるしかないから、自分を動かなくして、意識を別の領域に置きます。そうすると、意識が何もない空間に入って、頭はフリーズし、体の動きが止まり、心を使って、何かを感じることが出来なくなり、感情や感覚、現実感が薄くなります。そして、自分の心を覗き込むと、とてつもない虚しさに襲われます。

 


▶慢性的な虚無感

複雑なトラウマにより、体が瀕死状態かのようになり、体と心を空っぽにして、不快な感覚、感情が出てこないようにします。神経の痛みや怒りの感情、気持ち悪さをまともに受けていたら、精神がもたないから、痛みを切り離して、心を遠くに飛ばします。

身体感覚が麻痺して、時間感覚が止まると、周りに置いてきぼりにされた感覚が残り、自分が成長していけなくなります。

感情がなく、 否定的なことを考えます。

自分の中が空っぽ

自分の中で何も残らず、現実に関わっている感じがなく、経験が積み上がっていかない。

生きる意欲が湧いてこない。

自我が弱く、自分が自分であるという感覚がない。

家族や学校に虐げられてきたために、体の感覚(はらわたが煮えくり返る、心臓が痛む、皮膚が痒い、寒気、気持ち悪さ)に耐えれなくて、その感覚が麻痺していきました。自分の体内感覚に耐えれない人は、思考で埋め尽くすようになります。ただ、体をシャットダウンし、頭の中で生活するようになると、体はガチガチに凍りついたままになります。自分に何もないことが分かって、むなしくなります。空っぽの自分に向き合うと、体の中の渦巻く感情が全部を飲み込んでいって、消えてなくなりそうな恐怖があります。そして次の変化に備えて、身体を過緊張にします。虚無になると、実体が無くなり、石みたいになります。

 

考えすぎて、生きているか死んでいるか分からない、自分の感覚が分からずに、何かの吸い込まれていくよ鵜な感覚を持ちます。そうすると、絶望と混乱で、分からなさを持ち付け、生きている実感がなくただ型通りに生きているに感じます。心を満たすことができずに、自分が周りの人とは全く違って、何者にもなれないと考えます。

 

 

 

 

自身の感覚が、体の中にいると、不快感が出てくるために、心と体が離れます。そうすると、筋肉が伸び切って、血液が巡らず、疲れ切って、動けなくなり、家に引きこもります。自分の身体が空っぽで虚しい 何もない感覚を覗き込むのが怖い、いつもビクビク、緊張と焦りで、消えることのない敵から安全な場所に逃れることができない感覚が襲ってきて、ただじっとしていて、固まって麻痺していきます。

 

 

 

 

 ▶境界性人格障害の人の神経の働き

 

 

境界性パーソナリティ障害の人は、身体が凍りついたり、死んだふりのような状態で生活していて、喜びや幸せを感じようとしても感じなく、何をしても意味がないように思っています。

 

体にトラウマが刻まれていると、交感神経(闘争ー逃走モード)のスイッチが入りやすく、体は戦うか逃げるか反応が出るため、その体と戦うことになります。また、脅威を感じると背側迷走神経(凍りつきー死んだふりモード)が過剰になり、体の凍りつく反応に恐怖し、神経の痛みから逃げようとします。トラウマが慢性化すると、背側迷走神経や交感神経が過剰になり、拮抗しあって、体は凍りつきます。

 

人の視線を気にして、周囲が怖くて、ビクビクして、警戒しています。闘争スイッチが入ると、情動を抑え込まないといけなくなります。神経の働きにより、苛立ち、焦り、麻痺、無力、虚無を感じて、前に進めなくなります。何もできずにいることで、イライラしていて、何かしないといけないという焦燥感に駆られます。

 

 

 ▶境界性人格障害の人の人間関係

 

 

大切な人(恋人や配偶者)との関係は、 情緒不安定なりやすく、攻撃したり、しがみついたり、試し行動をしたりと相手とぶつかり合う緊密な関係性になります。その結果、大切な人との関係は、見捨てられたり、失ったりするのが怖くて、自分からその関係を壊し、お別れの連続の人生になり、自分の居場所が無くなります。人によっては、たった一人の人に見捨てられるのが怖くて、浮気や不倫をして、不特定多数の異性と関係を持ったりします。

 

慢性的な虚無感がある人は、一人になると、自分が自分で無くなり、自分がどうしていいか分からなくなります。自分というものが無いので、空っぽな自分に向き合うのが怖くて、虚しくなります。ストレスがかかるとイライラし、辛いことがあると、すぐ消えていなくなりたいと考えます。一人でいると、自分が自分で無くなってしまうので、常にパートナーや他者がいることで、自分という存在が成り立ち、常に他者に影響された人生になります。そして、大切な人との関係や仕事の役割に執着していきます。

 

人間関係では、誰かいないと、自分が自分でなくなって、何もできません。かといって、誰にも合わせられません。人の気持ちに振り回され、人に依存したり、依存されたりを繰り返します。自分の中が空っぽで、一人でいると虚しさや寂しさで苦しくなり、生きていても何が楽しいのか分かりません。この世界を自分の虚無のフィルターを通してみています。

 

この世界が敵だらけで、大嫌いだから、強くなることや金を得ることを望み、力やスリルを追い求めます。力やスリルを追い求めているときが一番人間らしく呼吸ができるときです。闘争モードでいるときは体が軽くなり、もの凄く動けませんが、凍りつきや服従モードになると、自分の感情がなく、否定的なことを考え、自分が自分でなくなります。

 

相手の態度が悪いと、交感神経系に乗っ取られて、怒りが爆発します。そして、当たり散らしたり、態度が悪くなったりします。一方で、自分の感情が爆発してしまうことを恐れて、ある程度、仲良くはなれても、それ以上は深まれず、壁を作ってしまいます。元気になって、人前で無防備になっても、そこでトラブルが起きやすく、恐怖で固まるか、ややこしいことが起きて、感情的になるか、元気がなくなり、抑うつ状態に陥るといった繰り返します。

 

これまでにも、虚無な感じを極度に恐れており、どこにも自分の居場所がなく、彷徨ってきました。パートナーに対しては、理想化して、期待値が上がります。相手の愛情を受け取れず、本当に自分のことを愛しているのか聞いたり、愛情を確かめるような行動を取ってしまう。

 

その理由には、体が固まり凍りついている人は、自分の体の感覚が分からなくなり、現実感が無くなり、世界に一人取り残されて、誰とも関われていない感じがすることがあげられます。自分が自分で無くなると、自分に意識が向かなくなります。自分がないと他者性が大きくなり、大事な人が幸せそうにしていると、自分の存在が発生します。大事な人の存在次第で、何かを感じたり、自分が自分であることが分かるようになります。大事な人がいない世界は、現実離れした夢見る世界です。

 

長年に渡って、自分が自分でない状態で過ごしてきたために、今までの自分の人生はなんだったんだろうとか現実を生きれなかったことに後悔や恨みがあります。このような病症を抱える人は、穏やかにいたいことを心から望みます。