境界性パーソナリティ障害の心理療法

▶境界性パーソナリティ障害の子どもの頃から

 

虐待や機能不全家庭で育った子どもは、厳しい環境の変化に適応できなくなると、こころや身体が衰弱していきます。そして、ジャネの意識下の固着観念とか、ユングの感情に色づけられたコンプレックスとか、現代的に言えば、情動的人格部分に支配されていきます。また、複合的なトラウマを負った子どもは、他の人とは全く違う形でこの世界を知覚しています。例えば、彼らは、厳格な教師や大人を見ると、自分を拷問する悪魔のように見えたり、この世界をとても恐ろしくて危険に満ち溢れていると感じていたりします。トラウマにはまり込んでいる子どもは、常に危険や脅威が身近にあるように知覚するので、扁桃体と交感神経の成すがままになり、原始的防衛操作にすっかり汚染されていき、過剰警戒、悪夢、睡眠不足、再体験などで慢性的にストレスホルモンが高い状態にあります。些細なことでも苛立ち、自分の意志に反して動物的で反射的に危険を感じて、癇癪や物損などの問題行動を起こすことがあります。子どものうちは自分の行動を統制する力も弱く、外からの刺激によっては、情動的人格部分が自動的に機能して、訳もなく悲しみ、理由もなく無力感に陥り、意味もなく怒りが沸いて問題行動を起こします。最悪の場合は、大人からの処罰を受ける悪循環にはまり込んでしまうので、身動きがとれない状況に置かれると背側迷走神経が働き、重篤な解離症状に襲われて、人生に絶望していきます。そして、フラッシュバックや身体症状を引き起こすトリガーが増えていき、なおいっそう悪魔が蔓延っている不条理な世界であると知覚するようになり、人間不信と愛情の飢えから、こころや精神性の成長は停止します。境界性パーソナリティ障害の人は、解離症状や部分的なフラッシュバックが同時に生じたり、行ったり来たりしているので、常に不安定な気分にさせられながら、生活全般の困難に対しても生きていくしかありません。この耐えられない痛みを吐き出す方法がリストカットや過食嘔吐になります。

 

性虐待とか性被害に遭った人は、善と罪悪が同時にある状態になることがあります。一方は、親を崇め讃えて、愛されなかった自分が悪いと純白さと純潔さの善の自己像で、他方は、人間を憎しみ、己の罪を罰する漆黒と不潔さの悪の自己像の二つにスプリットします。そして、その間を行ったり来たりしており、前向きに率直に仕事している一方で、自傷を繰り返したり、援助交際でお金を稼いだりします。

 

境界例の重い人の心の中は、すべての色が消えて、白か黒か、支配か服従かという二者択一的な単純行動でありながら、不安と恐怖状態にあり、混乱、興奮、苛立ち、麻痺、空虚感、孤立感の入り混じった複雑な心理構造をしています。そして、心の中にいる自分は出口の見えない迷路のような内的世界に閉じ込められています。親しくしてくれる相手を見つけたら、脱出が不可能な迷路の中に巻き込みます。自分が有利で相手が不利になるようなマイルールを持ち出して、相手を不正に操作できるような構造を作っています。相手が疲れ切ってうずくまると、高慢で支配的な態度を取ります。

 

▶境界性パーソナリティ障害の心理療法

 

境界性パーソナリティ障害の心理療法は、難しいと言われており、途中でドロップアウトしてしまう確率は高いです。当カウンセリングルームでは、まず、セラピストは、出口のない巨大迷路のような内的世界を一緒に歩いて回ります。クライエントは、治療構造を壊しにかかったり、マイルールを持ち出したりするので、こちらもしっかりとした枠組みを作り、構造化させていきますが、両者の構造の中間の道を探ることになると思います。

 

クライエントは、過去、親または重要な他者に受け止めてもらえなかった痛みを、現在の人間関係で再現させて、ネガティブな感情として表現していることが多いです。まずは、怒りや悲しみなどを外に向かって吐き出すプロセスが必要なので、セラピストは、そのことを十分感じながら、鬱屈した感情を晴らすための嘔吐物を吐き出す容器のような役割(ビオンのコンテイナー)を担います。苛立ち絶望しているクライエントが良い対象であるセラピストに体の中の不快な嘔吐物を吐き出すことで、セラピストは愛されもせず汚れたものとして扱われるかもしれません。これはクライエントが自分を傷つけた加害者に同一化し、自分が過去にされてきたことを今ここで仕返しているようにも見えますが、その一方で、今までの人生の胸が張り裂けるほどの悲しみや、どうして私だけが…ひどい目にあうのという苦しい胸のうちを晴らしているとも言えます。そして、セラピストは、クライエントの苦しい胸のうちを包容します。クライエントは、セラピストの愛情と不屈の思いやりを通して、胸が潰れそうな思いとか鬱屈した感情ですっかり染まってしまった体を綺麗にしていくことが出来ます。そして、耐えられない痛みの代償行為としての過食嘔吐、自傷行為、過量服薬、アルコール、薬物乱用、衝動的暴力、性的逸脱から次第に抜け出し、良い習慣が獲得されていきます。その後も、クライエントは、償いと攻撃と取り入れと吐き出しのドラマを繰り返しますが、セラピストの思いやりと同一化していくことができれば回復の第一歩が達成されたことになります。そして、クライエントは、どんなことがあっても自分の事をずっと見てくれて、話を聞いてくれたことに感謝し、表情が柔らかくなります。

 

上記の方法に加えて、マインドフルネス瞑想や身体志向アプローチ、呼吸法を用いて、人間の最も洗練されたシステムに働きかけることにより、同時に原始的なシステムも作動します。そして、身体のなかで生じている生理的反応の変化を味わっていき、気づきを深めていきます。そうすることで耐えられない感覚や感情を改善するために何をしたらよいのかが分かり、自分が生きているという現実感を感じていけるようになります。今までの苦しい感覚が、ありきたりの痛みに変わることで、生活全般の困難に立ち向かえるようになります。また、前向きに生きれるようになれば、知覚や認知の歪みを修正していく認知行動療法やメンタライゼーション等の技法が有効です。

 

▶心理療法で使われる主な技法

 

①転移やエナクトメントを扱う技法

カウンセリングルームのなかで、セラピストとの対話を通して浮かび上がる「こころ」と「感情」と「身体」の動きを見つめながら、自分について語り、自己理解を深めていきます。そして、物事の見方が固定化されていることが多いので、自分や他者の精神状態や気持ちを十分に読みとり受け取る力を育てます。

 

②問題の外在化技法

妄想観念(例えば、見捨てられ不安)を認知的フラッシュバックとして扱い、自分のこころと過去の観念の混同に気づき、その間に仕切りをつけ、客観的に見れるようにします。また、情動的な人格部分を擬人化させ、自分の問題を分かりやすくします。そして、自分の怒りや不安、傷つきやすさなど、防衛している部分に気づき、対話していくことで、その部分に頼らなくてもいいように本当の自分を成長させていきます。

 

③認知行動療法

子どもの頃からの複合的なトラウマにより、歪んで形成されてしまった罪悪感、従順さ、高慢さ、潔癖さ、粗末さ、攻撃性、妄想、錯覚などの認知の修正に取り組みます。

 

④身体志向アプローチ

マインドフルネスや身体志向アプローチ、イメージ療法、自律訓練法、呼吸法などを組み合わることで、身体内部の自律神経系に働きかけて、身体の中に安心して住めるように支援します。

 

最終的には、トラウマによって生じる恐怖、混乱、興奮、苛立ち、麻痺、空虚感、孤立感の入り混じった複雑な感情に対応できるだけの心を育てます。そして、不合理・不確実な社会の中で、どう自分のこころと現実との間で折り合いを付けていけれるのかを話し合います。

▶境界性パーソナリティ障害の方のメンタライゼーションのページ