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境界性パーソナリティ障害の心理療法


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 第1節.

境界性パーソナリティ障害の子どもの頃から


1. 苦痛を内に封じ込めた子どもたち

 

虐待や機能不全家庭で育った子どもたちは、過酷な環境の中で、耐え難い苦痛や感情を自分の内に封じ込めざるを得ませんでした。しかし、長年にわたる過酷な状況から抜け出せず、厳しい環境の変化に適応できないまま、生きる実感を失い、心や身体は次第に衰弱していきます。こうした子どもたちは、ジャネが提唱した「意識下の固着観念」や、ユングの「感情に色づけられたコンプレックス」、現代で言えば怒りや恐怖に支配された情動的人格部分に囚われてしまいます。

 

2. 恐怖と不安に彩られた世界

 

複合的なトラウマを抱えた子どもたちは、他の人々とは異なる視点から世界を知覚します。この世界は彼らにとって恐怖と危険に満ちた場所であり、他者との関わりも非常に困難です。彼らは、人間に対して不信感を抱き、自信を失い、迫害されているような感覚に苛まれます。例えば、ヒステリックな母親や厳格な教師は、彼らには拷問者や悪魔のように映り、この世界が恐ろしく危険に満ちていると感じるのです。

 

3. 原始的防衛反応と慢性的なストレス

 

トラウマに囚われた子どもたちは、常に危険や脅威が身近にあるように感じ、扁桃体と交感神経が過剰に反応します。原始的な防衛反応が自動的に作動し、過剰警戒、過敏性、過覚醒、悪夢、睡眠不足、再体験、パニック発作など、慢性的なストレスに晒され続けます。些細な刺激にも過敏に反応し、集団生活の中で無意識に危険を感じると、癇癪や暴言、暴力、不動、緘黙、無表情などの行動を引き起こすことがあります。その結果、自分が他者と異なっていると感じ、疎外感を覚えることも少なくありません。

 

4. 感情の制御困難と自己喪失

 

子どもたちは、自分の行動を統制する力が弱く、外部からの刺激に過剰に反応しやすい状態にあります。そのため、無意識のうちに情動的人格部分が表に出てしまい、訳もなく悲しみや無力感に襲われ、怒りが爆発して問題行動を引き起こすことがあります。最悪の場合、こうした行動は大人からの処罰を招き、恐怖で身動きが取れなくなる悪循環に陥ります。この結果、慢性的なうつや解離症状、パニック発作、原因不明の身体症状に襲われ、人生に絶望することもあります。身体的には無力な存在として、自分を縮こませてしまう一方で、弱い自分を奮い立たせようと怒りを抱くこともあります。

 

5. 怒りと痛みの悪循環

 

虐待者との争いが続くと、本来の自分と怒りの部分とのバランスが崩れ、エネルギーが枯渇し、痛みや苦しみに変わってしまいます。さらに、フラッシュバックや身体症状を引き起こすトリガーが増えると、世界はますます不条理で恐ろしい場所として知覚され、人間不信と愛情の飢えから、心と精神の成長が停滞します。境界性パーソナリティ障害を抱える人々は、神経系のONとOFFが頻繁に切り替わり、自分の状態が急速に変化するため、一貫性を保つことが困難です。解離症状や被害妄想、部分的なフラッシュバックが同時に生じ、常に不安定な気分の中で生活せざるを得ない状況にあります。この耐え難い痛みを切り離すために、リストカットや過食、買い物、薬物、アルコール、セックス、共依存といった行動に依存することがよく見られます。

 

6. 性虐待と自己像の二重性

 

性虐待や性被害を受けた人々は、善と罪悪の自己像が二つに分裂することがあります。一方では、親を崇め、愛されなかった自分が悪いと信じ、純潔さを保とうとする一方で、他方では、人間を憎み、己の罪を罰する自己像を抱きます。この二つの自己像の間を行き来しながら、日常生活を送ることが多く、前向きに仕事をこなす一方で、自傷行為や援助交際に走ることもあります。

 

7. 白黒の世界と迷路のような内的世界

 

境界性パーソナリティ障害が重度になると、心の中は白か黒か、快か不快か、支配か服従かという二者択一的な思考に支配されますが、その内面は非常に複雑です。不安、恐怖、混乱、興奮、苛立ち、麻痺、空虚感、孤立感が入り混じり、彼らの内的世界は出口の見えない迷路のようなものです。親しい相手を見つけると、その人を迷路の中に巻き込み、相手を不正に操作しようとします。相手が疲れ果てると、彼らは高慢で支配的な態度を取ることが多くなります。

 

8. まとめ

 

虐待や機能不全家庭で育った子どもたちは、深刻なトラウマを抱えながら生きています。彼らの内面は、怒りや恐怖、不安に支配され、感情や行動を制御することが難しく、極端な行動に走ることが少なくありません。彼らの苦しみを理解し、適切な支援を提供することが、彼らの心身の回復と成長にとって重要です。適切なサポートによって、彼らが少しでも安心して生きられる環境を作り出すことが求められています。

 第2節.

境界性パーソナリティ障害の方の心理療法


1. 境界性パーソナリティ障害の治療の難しさ

 

境界性パーソナリティ障害の心理療法は、その難しさで知られています。クライエントは時折、気分が高揚し、自分の問題と向き合う意欲を持ってカウンセリングを希望しますが、当日までその気持ちが続かず、キャンセルされることが少なくありません。また、気分の高揚、投げやりな態度、意欲低下、無気力といった状態を目まぐるしく行き来するため、治療の途中でドロップアウトしてしまう確率も高いです。

 

2. 内的迷路を共に歩むセラピストの役割

 

当カウンセリングルームでは、まずセラピストが、出口の見えない巨大迷路のようなクライエントの内的世界を共に歩むことから治療が始まります。クライエントは、治療構造を壊そうとしたり、自分だけのルールを持ち出したりするため、セラピストはしっかりとした枠組みを作り、それを維持することが求められます。ただし、治療の過程では、両者が歩み寄り、構造の中間地点を見つけることが重要です。治療には最低でも1年以上かかることが多く、トラウマそのものが完全に治癒するわけではありませんが、より良い生活を送るための改善を目指します。

 

3. 感情の吐露とセラピストの包容力

 

クライエントは、過去に親や重要な他者から受け止めてもらえなかった怒りや恐怖、痛みを、現在の人間関係で再現し、ネガティブな感情として表現することがよくあります。まずは、彼らが抱える怒りや悲しみを外に向かって自由に話すことが重要です。セラピストは、ビオンの「コンテイナー」としての役割を果たし、クライエントが抱える鬱屈した感情を包み込むための容器となります。

 

苛立ちや絶望を感じているクライエントが、セラピストに対して不快な感情を吐き出すとき、セラピストは愛されず、汚れたものとして扱われるかもしれません。これは、クライエントが自分を傷つけた加害者に同一化し、過去にされたことを今ここで仕返しているようにも見えます。しかし同時に、彼らが今までの人生で感じてきた胸が張り裂けるほどの悲しみや「どうして私だけが…」という苦しみを吐き出しているのです。セラピストはその苦しみを包容し、共に耐えていきます。

 

4. 安心感と回復への第一歩

 

セラピストの愛情と不屈の思いやりを通じて、クライエントは次第に安心感を得ていきます。彼らの心と体は、長い間鬱屈した感情に染まっていましたが、その過程で次第に浄化されていきます。耐え難い痛みから逃れるために行っていた過食嘔吐や自傷行為、過量服薬、アルコールや薬物の乱用、衝動的な暴力や性的逸脱といった行動からも、少しずつ抜け出し、健全な習慣が形成されていきます。

 

その後も、クライエントは償いや攻撃、取り入れと吐き出しのドラマを繰り返しますが、セラピストの思いやりに同一化することができれば、回復の第一歩が達成されたと言えるでしょう。そして、クライエントは、どんな時でも自分を見守り、話を聞いてくれたセラピストに感謝の気持ちを抱き、表情が柔らかく変化していきます。

 

5. まとめ

 

境界性パーソナリティ障害の治療は困難を伴いますが、セラピストとクライエントが共に歩み寄り、内的迷路を探索することで、少しずつですが改善が見られることがあります。感情の吐露と包容を通じて、クライエントは安心感を得、健全な生活へと歩み出すことができるのです。彼らが回復の道を歩み出すためには、長期的なサポートと深い理解が不可欠です。

 第3節.

身体志向アプローチ


1. 多様な療法を組み合わせたアプローチ

 

境界性パーソナリティ障害の治療には、マインドフルネス瞑想、身体志向アプローチ、イメージ療法、音楽療法、動作法、呼吸法といった多様な技法が有効です。これらの技法を通じて、クライエントは現実世界からの絶え間ない内外の刺激に対する耐性を育み、体の中に安全な場所を見つけることができます。この過程で、見捨てられる不安や、一人でいるときの虚無感、自分の思い通りにいかない人間関係による痛みを、自分自身で処理できるようになることを目指します。

 

2. 身体への意識を深めるプロセス

 

まず最初に、クライエントは自分の体を一通り観察し、どの部分に凸凹があるかを確認します。特に凍りつき麻痺している体の部分に注目し、痛みや違和感、圧迫感、異変を感じ取ります。この観察を通じて、麻痺が徐々に解け、顔や首、肩、胸、背中といった部位に隠れていた痛みや凝りが浮かび上がってきます。セラピストと共にその部分に意識を集中させ続けることで、体の変化を経験し、感覚が徐々に改善されることを実感します。

 

3. 安全な感覚の構築とトラウマとの向き合い

 

次に、クライエントには過去の望ましい記憶や安心できる記憶を思い出してもらい、安全な身体感覚を構築します。しかし、トラウマを抱える人にとって、同時に原始的な防衛システムも作動するため、体の不快感と安全な感覚の間を振り子のように行き来することになります。このプロセスで、体の不快な部分に注意を向けながら、生理的な反応の変化を感じ取り、気づきを深めていくことで、緊張をほぐし、思いを吐き出すことができます。これにより、これまで耐え難かった感覚や感情に対処する方法が見つかり、現実感がより強く感じられるようになります。

 

4. 自然治癒力の発揮と生活全般の改善

 

最終的には、自らの力で心身の極限状態を出入りできるようになることで、自然治癒力が発揮され、心身の状態が大幅に改善されます。このようなセッションを継続することで、身体には本来の安心感が戻り、警戒心が少しずつ薄れていきます。これにより、かつて大きな痛みとして感じていたものが、日常の痛みに変わり、生活全般の困難に立ち向かう力が生まれます。

 

5. 認知行動療法や日常生活での取り組み

 

心身の状態が改善され、前向きに人生を生きられるようになると、認知行動療法や精神分析、メンタライゼーションなどの技法がより効果的に機能します。日常生活では、友人や家族との楽しい時間を大切にし、睡眠をしっかりとり、体に良い食事を摂ることが重要です。また、瞑想、ヨガ、ダンス、格闘技、スピリチュアルな活動に取り組むことも推奨されます。これにより、クライエントは「今の自分で良い」と感じられるようになり、やりたいことに積極的に取り組むことで、状態はさらに改善していくでしょう。

 第4節.

日常生活の中で取り組むこと


1. 家族や友人とのつながりを深める

 

境界性パーソナリティ障害の方にとって、日常生活で心がけるべきことの一つは、家族や友人との穏やかな時間を過ごすことです。大切な人々と会話を楽しんだり、共にリラックスできる時間を設けることで、安心感を得ることができます。また、外に出て自分の好きな趣味や活動に取り組むことも、気分を安定させるために有効です。周囲のサポートを受けながら、積極的に外の世界とつながることが重要です。

 

2. ヨガで身体を整える

 

身体の柔軟性を高め、心身のバランスを整えるためには、ヨガを継続的に行うことが勧められます。筋肉を伸ばしたり縮めたりする動きを通じて、しなやかで強い体を作り上げることができます。ヨガの呼吸法や瞑想の要素も取り入れることで、心を落ち着かせ、ストレスを和らげる効果があります。定期的なヨガの実践が、心と体の調和を保つ手助けとなります。

 

3. 生産的な活動に熱中する

 

興味や関心のあることに積極的に取り組むことも、心の安定を保つために大切です。自分が熱中できる生産的な活動を見つけ、それに打ち込むことで、自己達成感を得ることができます。この活動が、日常生活の中での自信を育む基盤となり、ポジティブなエネルギーを得るための大切な要素となります。

 

4. 自然の中でリフレッシュする

 

自然の中で過ごす時間も、心を落ち着けるために有効です。公園や緑豊かな場所で、木々の美しさを眺めながら、しっかりと地に足をつけて歩くことで、心身がリフレッシュされます。自然の中での散歩は、精神的な安定感をもたらし、日常のストレスを軽減してくれるでしょう。

 

5. 自分の空間を癒しの場にする

 

自室を自分好みに模様替えしたり、心地よい音楽を聴いたりすることで、自分を癒す空間を作ることができます。好きなインテリアや小物を取り入れることで、部屋全体がリラックスできる場所になります。このような工夫をすることで、自分だけの安心できる空間を持つことが可能になります。

 

6. 自己肯定感を育む

 

これらの活動を日常に取り入れることで、家族や社会からの支えを実感し、「自分は何でもできる」という自己肯定感を高めることができます。積極的に生活に取り組むことで、少しずつ心の安定を取り戻し、自分らしい生活を築いていくことができるでしょう。

 第5節.

心理療法で使われる主な技法


1.  転移やエナクトメントを扱う技法

 

カウンセリングルームでの対話は、クライエントの「こころ」「感情」「身体」の動きを見つめる貴重な機会です。セラピストと共に、自分自身について語り、自己理解を深めることが求められます。境界性パーソナリティ障害を抱える人々は、物事の見方が固定化されていることが多いため、他者の精神状態や気持ちを読み取り、受け取る力を育てることが重要です。セラピストとの関係を通じて、転移やエナクトメントの動きを観察し、柔軟な心のあり方を学んでいきます。

 

2. 問題の外在化技法

 

境界性パーソナリティ障害の症状の一つである妄想観念(見捨てられ不安、被害妄想、関係妄想など)は、時に認知的フラッシュバックとして現れます。この技法では、自分のこころと過去の観念を混同せず、その間に仕切りをつけて客観的に見る力を養います。さらに、情動的な人格部分を擬人化することで、自分の問題をより理解しやすくします。こうしたプロセスを通じて、自分の怒りや不安、傷つきやすさに気づき、それらに依存せずとも本当の自分を成長させる道を探ります。

 

3. 認知行動療法

 

幼少期からの複合的なトラウマは、認知の歪みや強迫観念を生じさせます。認知行動療法では、不安、嫌悪感、罪悪感、従順さ、高慢さ、潔癖さ、攻撃性、妄想などの歪んだ認知を修正することに取り組みます。物事の見方が変わり、選択肢が増えることで、体質が改善され、人生がより良い方向へと進む可能性が高まります。新しい視点を持つことで、心と体のバランスが整い、日常生活がより安定していくでしょう。

 

4. 身体志向アプローチ

 

身体志向アプローチでは、マインドフルネスやソマティックエクスペリエンス、イメージ療法、自律訓練法、呼吸法などを組み合わせて用います。これにより、身体内部の緊張や麻痺、痛みに向き合い、自律神経系に働きかけることで、自然治癒力を引き出し、身体の中で安心して暮らせる環境を作り上げます。このアプローチは、身体に蓄積されたトラウマの解放と、心と体の統合を目指します。

 

5. 感情コントロールと自己成長の目標

 

最終的には、トラウマによって生じる恐怖、混乱、興奮、焦り、苛立ち、麻痺、空虚感、孤立感などの複雑な感情に対応できる心を育てることが目標です。不合理で不確実な社会の中で、自分のこころと現実との折り合いをどのようにつけるかを話し合い、危険や不安を感じた時にも、その場で踏ん張り、自分を元気づける方法や気晴らしの行動を取ることで、感情をコントロールする技術を身につけます。これにより、日常生活における困難を乗り越え、より充実した人生を送る力が養われるでしょう。

 

トラウマケア専門こころのえ相談室

論考 井上陽平

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