発達性トラウマ障害

無慚にも与えられた

生きる路

懇願によっても

静めることができず

閉じこもるしかなかった

苦難の路

 

▶トラウマの与える影響

 

子どもの頃のトラウマというのは、一瞬にして情動を司る神経系に大きなダメージを与え、脳の神経回路、心的回路、身体内部に影響を及ぼします。そして、長年に渡り、自分を虐待する人物と関わることで、現実の脅威だけでなく、想像上の脅威(目に見えない敵への不安)に対しても過剰に反応するようになり、脳や身体はトラウマ後の過剰な防衛にすっかり汚染されてしまって、本来の穏やかな自分を見失います。長期的なストレスにより、過剰な覚醒と低覚醒の間を行ったり来たりして、発達のアンバランスさ、自己や感情調整機能の障害、性格の凸凹、ホルモンの症状、精神的症状、身体発達の偏り、複雑な心理機能、極端な行動などの様々な状態が見られます。最近では、子ども虐待は、第四の発達障害として注目されており、ヴァン・デア・コルクらは発達性トラウマ障害を診断名の一つとするべきだと主張しています。

 

PTSD(過覚醒、再体験、回避)と診断できなくても、乳幼児期から児童期にかけて、家庭、学校、子どもを取り巻く生活空間の全体がストレス過多になる慢性化したトラウマの影響は、脳や神経系、こころの発達にダメージを与え、精神疾患や発達障害、原因不明の身体症状を発現させる原因になります。また、トラウマを引き起こす暴力は、DVや虐待という形で巷に満ち溢れています。そして、法律に適応されるものから、法からこぼれ落ちる暴力まであります。例えば、親の側に統合失調症等の精神疾患や発達障害、パーソナリティ障害、知的障害、ギャンブル、アルコール、自殺企図等があり、子どもが普通の暮らしていけなくなります。また、家庭の経済状況が極度の貧困でまともな暮らしができないことがあります。さらに、化学物質による暴露や手術中の医療ミス、出生外傷等でまともな生活が送れないことがあります。あとは、性同一性障害の人や性被害にあった人が変えようのない体を持つことの苦悩とか、自分の殴り虐待を受けた人が親と同じ血が流れている苦悩など、この世には様々な形の暴力があります。人間は世の中のあらゆる暴力に対しても適応していき、痛みや葛藤は見て見ぬふりをして、人格構造が病理的に構造化されていきます。

 

大きなトラウマを負った人は、扁桃体という部分が過敏に反応するようになります。そして、扁桃体は、本来危険でないはずものまで、危険だと感じるようになり、ストレスホルモンを多量に分泌するようになるので、人を慢性的なストレス状態に置きます。ストレスホルモンが激増すると、人はこのストレスに対応するために無意識のうちに体は闘争もしくは逃走に備えようとします。そして、些細な物音に過敏に反応したり、常に必要以上に緊張するようになります。また、海馬が委縮していくと、一週間前の記憶、一年前の記憶、重要なライフイベントの記憶等、通常のもの忘れでは説明できない形で忘却されていき、記憶の定着を悪くさせます。長期的なストレスにより、最初に影響が出てくるのが睡眠障害で、生活全般の困難から落ち着いて休めないうえに、睡眠の質まで低下していきます。そして、ストレス過多から副腎疲労になり、自律神経失調症、うつ病、原因不明の身体症状に悩まされます。

 

恐怖で凍りつくようなトラウマを負い、治療されることなく、長期化していくと、私である要素と私でない要素に分断していきます。トラウマ記憶の中核部分は、私でない要素に解離していくため、自分の意識されない領域に凍結されます。ただし、現実場面で解離されたトラウマが意識に現れたときに(フラッシュバック)、恐れおののいたり、恐怖したり、麻痺したり、行動化したり、身体化したりします。ですので、解離されたトラウマの想起は、想像できるうちに最も悪いものと経験していき、想起される要因や人間関係を回避したり、切り離したりして対応していきます。その結果、複合的なトラウマを負った人は、様々な痛みや葛藤からこころを防衛するために、解離性健忘が生じて、自分を主体から切り離し、外の世界を遮断し、そのような体験が無かったかのように組織化され、安全で保護的な避難場所を見つけていきます。しかし、そこは外の世界の人々とは隔絶された憂鬱な空想が拡がる、愛も喜びもない不毛な場所になることがあります。

 

▶発達性トラウマ障害(児童期の逆境体験)※正式な診断名ではありません。

 

トラウマを負っていても必ずこのような症状が出るわけではありません。トラウマを負っていてもコミュニケーションが得意な人もいます。しかし、トラウマを負った人は、コミュニケーションや対人関係等に障害が出やすいのも事実です。また、生まれ持った資質の弱さや、脳の特性のアンバランスさ、感覚過敏等がある人は、同じストレスを受けても、通常の人に比べて、トラウマや解離、ADHD症状を顕在化しやすいです。

 

①コミュニケーションの障害

性的に虐待する親を持つことの絶望とか、ギャンブルやアルコール依存にはまる親を持つどうしようもなさとか、いじめられていても戦うこともできない無力な自分とか、父親から暴力を振るわれる母親を見ている無力な自分とか、様々な児童期の逆境体験があります。不幸な生い立ちの子どもは、良い思い出の記憶がほとんどなく、辛いことを思い出すだけなので、人に話すだけエピソードを持っていないことが多いです。また、同じクラスの子どもとの会話は、自分の変えようのない不幸を思い出す言葉が様々に散りばめられていて、躓いたり、傷ついたりしていきます。そして、自分の人生のどうしようもなさに嘆き、悲しみ、怒り、人間不信になって元気を失くします。トラウマを負った幸せそうでない人の頭のなかと、幸せな家庭に育った子どもとか、普通にこだわる世間一般の考え方との間には、大きな壁があります。そして、自分の苦しみなんて、誰にも理解してもらえないので、自分のことを悟られないように外の世界の人々と距離を置くようになります。

 

②対人関係の障害

健康的な人は、腹側迷走神経複合体が働き、外の世界の人々と落ち着いてリラックスして過ごすことが出来ます。しかし、大きなトラウマを負った人は、慢性的にストレスが過剰になると、交感神経と副交感神経のバランスが崩れて、交感神経に乗っ取られています。対人場面では、自分の理性よりも戦うか逃げるかの反応をしてしまうので、過剰な覚醒や感情を抑制しようとして、身体が絶えず緊張させられています。そして、強い感情と葛藤を抑制しようとしたり、不快な感覚やフラッシュバックに襲われて、戦うことも逃げ出すこともできなかったりして、長期の不安やストレスから、背側迷走神経複合体が主導権を握り、生き生きとした世界が枯渇して身動きがとれなくなります。また、集団場面では、自分が自分で無くなるかもしれない不安とか、相手に呑み込まれてしまうのではないだろうかという恐れて、人との対面を拒むようになります。その結果、逃避的で無気力で、思考力や意欲も低下し、人間関係そのものが煩わしくなっていき、社会交流システムが遮断されます。 

 

③意識・認識過程の狭窄

人がトラウマを負うと視床と皮質の部分が統合されずに断片化していく可能性があります。目や耳、肌を通して入ってくる感覚情報が視床の部分で解離されると、今ここでの知覚される対象のそれぞれが孤立して、断片化し、意識や認識過程の狭窄や、注意や集中面に支障をきたします。以後、ADHDのような状態になり、もの忘れ、注意散漫、過集中、片付けができない等の行動として現れます。

 

④過覚醒

トラウマを負った人は、扁桃体が過敏に反応するので、過剰な覚醒や混乱、イライラして神経系も尖り、外の世界の刺激に対して、非常に警戒しています。そして、外からの精神的なストレスにより、不安やストレスが高まると、交感神経の働きが活発になり、理性の働きよりも情動の方が強くなって、怒りや攻撃、逃走などの反応を示します。そして、情動の嵐のなかでは自分を客観的に分析できなくなり、周囲が見えなくなって、リスクを考えずに無計画な行動を取ったり、注意散漫になったり、自己中心的に見える行動を取るようになります。

 

⑤低覚醒

表情が乏しく、ぼーっとした状態で過ごしており、過去の恐怖や痛みを感じないように自分から切り離します。そして、生活全般が困難になると、自分が感じるさまざまな感覚がわからなくなり、何も感じられない現実感の喪失や、夢の世界で生きているような人もいます。症状としては、うつ、身体感覚の麻痺、失感情症、離人症、現実感喪失症等です。▶低覚醒システムの子どものページ

 

⑥回避行動

恐怖やフラッシュバック、身体的な痛みを呼び戻す引き金となるものを回避しようとします。危険なものに遭遇をしないように避けていると、次第に行動が制限されて、外に出ることが難しくなり、家に引きこもったり、移動が不自由になったりします。

 

⑦フラッシュバック(再体験)

外からの刺激により、怖い体験を突然思い出し、凍りついた感覚、情動、光景、臭い、音、声がフラッシュバックとして目の前に現れて今まさに起きているかのように再体験します。 睡眠中にフラッシュバックが起きるのが悪夢になります。フラッシュバック中は、脳の働きが通常の状態とはまるで異なっていて、頭痛や吐き気、身体のこわばり等の非常に辛く苦しい症状になります。この症状があると生活に大きな支障をきたすようになり、仕事や家事、学校等に通いたくても通えなくなることがあります。▶PTSDフラッシュバックのページ

 

⑧自己イメージ

自分に対するイメージが、過度に否定的か、あるいは空想的で誇大化されている場合があります。また、不幸な生い立ちの子どもは、矛盾や分裂を孕んだ自己イメージに持つようになります。本当の自己は、打ちのめされた無力感とか、暗く救いようがないので、強いふりをしたり、明るいふりしたり、まともな人間のふりをしたりと偽りの自己を育てます。また、長年に渡るトラウマの犠牲者は、自己認識や身体イメージが喪失していきます。

 

⑨身体症状

トラウマは自律神経の働きに障害をあたえ、心身症になりやすいです。例えば、危機的状況では、交感神経系の働きが過剰になります。また、解離が起こると背側迷走神経が優位になっていきます。自律神経系や免疫系の調整がうまくいかないと、身体の麻痺とか、身体に全く力が入らず倒れてしまうとか、椅子から立ち上がれない等の症状とか、原因不明の疼痛、喘息、頭痛、吐き気、めまい、過呼吸、吃音、食欲不振、過食など様々な身体症状が現れます。

 

⑩嗜癖(依存症)

ストレスに長年に曝されるとセロトニンが不足していき、好きだったことに対する興味や意欲が無くなり人をうつ状態にします。その一方で、今の苦しみを麻痺させ、自分を快適にしてくれるものとか、生き生きとした気分になれることに対して、異常なまでにのめり込んでいくため、薬物やアルコール、過食、買い物、ギャンブル、セックスなどの依存症になりやすく、周りの人を巻き込みがちです。常に周囲を警戒して過覚醒の人は、自分を落ち着かせようとして、過食やアルコール、セックス、電話、チャットに依存して、覚醒水準を下げます。身体が麻痺して低覚醒の人は、薬物や自傷行為、興奮をもたらすような行為にはまります。

 

⑪空想傾向

変えようのない家族や学校生活に絶望して、無意識のうちに、本当の親を探したり、自分をもらってくれる新しい家族と巡り会うといった空想に耽る傾向があります。

 

⑫極端に混乱した思考

フラッシュバックや悪夢に襲われ、生き地獄のような世界を生きています。良いか悪いか、白か黒かといった極端な思考になりがちです。また、過去のトラウマによって凍りついた思考がフラッシュバックと蘇ってくるために、今ここでの思考と過去の思考の区別ができず、混乱します。

 

⑬意味体系の変化

恐怖やフラッシュバック、情動のコントロールできなさ、身体の痛み等のトラウマにより、打ちのめされて無力化されています。生きていくことに希望を見い出せず、絶望感があり、自分を支えてくれていた信念が喪失しています。