恥と自己愛

▶恥と自己愛

 

人は恥をかかされると、平静な気持ちを保てず、その場にじっとしていられなくなります。それでも人の視線に曝され続けて、怒り出すこともできず、逃げ出すこともできない状況では、屈辱を感じて身体内部に生理的な混乱が起きます。人は、集団場面で恥をかくと、自律神経系の調整不全が起きて、手足が震える、顔が赤面する、怒りになる、体中に汗をかく、身体が硬直する、頭が真っ白になる、言葉に詰まるなどの反応をします。そして、周囲の視線が気になって、身体に痛みが刻み込まれると、恥がトラウマになり、過剰に覚醒させられたり、規定値を超えると凍りつきます。

 

恥がトラウマになると、人前で緊張するたびに、交感神経が刺激されて、呼吸数、心拍数、体温、血圧が上昇します。トラウマによって、過敏な人ほど、交感神経が過剰になり、自分の感情や興奮をコントロールすることが難しくなります。また、人は、このような身体反応が起こらないように、人の目を気にするようになり、他人にバレないよう過ごします。そして、世間体を気にして、危険があるかどうか細かいことでまで気にするようになります。

 

恥のトラウマがあり、自分の所属する集団に馴染めず、些細なことでさえも恥をかかされたように感じると、怒りや凍りつきのトラウマを負うことになります。環境が八方塞がりな状況が続くと、自分の感情の爆発を抑えますが、凍りつきや不動などのトラウマに永続的に曝されます。そうなると、身体機能は衰弱していき、被害感情は強くなって、自分の所属する集団には悪の大ボスがいて、それに群がる悪意のある人たちがいるという思考が活発になります。そして、自分は嫌われているとか、悪い噂を流されているという被害妄想が強くなり、様々な症状を見せることになります。日常場面でも、周囲のことばかりに注意が向き、自分に注意が向けれないので、自分らしく過ごすことができなくなります。また、自分のことを良く見せる生き方しかできず、人に良く思われることで安心感を得るか、苦手な人を避けていくか、人から悪意を向けられないように自分を守ります。

 

人は恥をかくことの恐怖と、恥をかくことによる闘争、凍りつきの身体反応の恐怖、自分で自分をコントロールできない恐怖にそんな自分を見られることの恥が二重、三重の恐怖のサイクルを作り出します。このサイクルにはまり込んでしまうと、恥をかくことに過敏になりすぎて、ちょっとした自分への噂や他者の視線などを気にして、周囲の気配に恐怖し、恐怖がさらなる過剰な覚醒や凍りつき、パニック、原因不明の身体症状を作り出します。やがて、多彩な精神症状を表し、性格も変化していき、職場や学校生活が送れなくなることがあります。その一方、恥をかかなくていいように分厚い鎧を着て過ごす人がいます。

 

恥と自己愛トラウマという言葉は、精神科医で精神分析家の岡野憲一郎先生です。解離やトラウマなどを研究されている先生ですが、自己愛トラウマとは、自己愛が傷つけられることにより生じる心的なトラウマのことであると述べています。そして、発達障害に関連した事件、いじめ、モンスター化現象など、様々な社会的な問題にこの自己愛トラウマが関連していて、自己愛トラウマは、トラウマと言っても、かなり身勝手なそれである場合が多い。本人の自意識が強く、人からバカにされ、脱価値化されることへの恐れが大きいばかりに、普通の人だったら傷つかなくてもいいところで激しく傷ついてしまう。問題はそれが人にとってはトラウマとして体験されるために、爆発的な反動を生み、それは怒りとなって確実にあいまいな加害者達に向かい、彼らはその濡れ衣を着せられてしまうことが多い。実に複雑で厄介な問題を生むのであると述べています。

 

恥は自己愛の病理と重なっており、人前で緊張する場面でも、恥をかかないように、人に良く思われようとして、良い自分を演じます。そして、良い自分、凄い自分というふうに鎧をかぶることで自己愛性パーソナリティ障害になる人がいます。自己愛性パーソナリティ障害は、もともとは恥ずかしがり屋で、臆病で、目立たず、大人しい性格ですが、恥を恐れて、周囲に過敏に反応します。被害妄想や関係妄想があって、 自分が人から悪く思われているか気になり、世間体や人を目を気にします。一方、追いつめられると身体症状がでやすく、恥をかくと、凍りついて、怒りをコントロールできなくなります。そして、分厚い鎧を着て、他者のことなんてお構いなしに振る舞う他者に無関心に見える部分があります。また、他者のことなんてお構いなしに無作法に振る舞う自分のことを責めて、負い目を感じたり、自分も相手も大切できない惨めな自分を貶めていきます。

 

制作中

 

▶HOME ▶電話カウンセリング  ▶お問い合わせ