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自己愛性人格障害の顔つき


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 第1節.

自己愛性パーソナリティ障害の顔の特徴


自己愛性パーソナリティ障害(自己愛性人格障害)を患う者は、幼少時からの性格や行動特性だけでなく、顔つきなどの外見にも共通性があり、特に目に特徴があり、従って、この障害を見分けるためには、目を見るとよいと言われています。病的な自己愛者は、獲物を探しているかのように目をギョロギョロさせており、周りに脅威を放ちながら、男なら爬虫類、女なら般若のような顔をしていると言われています。

 

彼らは、気配を鋭く察知し、敵か味方か、興味があるかどうか、嫌悪するものかどうかを常に見定めており、情報を集めながら獲物を見つけると凝視(目が動かない)します。そして、今ここに留まることが怖く、危険を察知すると、いつの間にか肩は上がり、首がガチガチで、奥歯を噛み締め、身体は緊張していきます。

 

無意識のうちに、身体の中に閉じ込めてあるトラウマが疼くために、焦りや苛立ちが出て、過緊張から委縮させられそうになると、相手を罵るか、怒りになるか、投げやりな態度をとるか、無力に落ちるかなどの特徴が現れます。そのため、できるだけ相手には自分の価値観に沿ってくれることを望み、どうやったら目的を達成できるかを考え、マイルールに従ってほしいと願っています。その一方で、相手から褒められると、気分が乗っていき、調子に乗るようになって、なんでもできそうな気分になります。

 

一般的に、ひとの顔や姿勢を見ればその方の性格や生活背景をなんとなく想像できるものです。また、自己愛パーソナリティ障害からくるキャラクターや行動傾向が顔つきにあらわれているのかもしれません。特に、対人コミュニケーションにおいての視線や表情、姿勢、発声、呼吸数、心拍数、感情のコントロール、覚醒度(過覚醒-低覚醒)等の情報処理の仕方は、その方の性格傾向を見ていくうえで重要な項目になります。しかし、障害を抱えていなくても、それに近い顔つきの方もおられるので、顔つきで判断してしまうと人権侵害に繋がるので注意が必要です。

 第2節.

自己愛が爬虫類のような顔つきになる原因


自己愛性パーソナリティ障害はどのようにして爬虫類のような顔つきになるのか、その原因を記述していきます。自己愛パーソナリティ障害になる原因としては、発達の早期段階で外傷体験(トラウマ)を被った経験がほとんどと言われています。

トラウマの影響により、得たいの知れない不可解な力が働く


人間は、胎児期から乳児期、さらに児童期に入る頃までに、生存本能を司る脳幹(爬虫類脳)や大脳辺縁系(旧ほ乳類)が成長していきます。しかし、その時期に虐待、DV、ネグレクト、母性剥奪、事故、事件、自然災害、手術の医療トラウマ、出生時の医療処置の影響、アトピーや高熱など身体の弱さ、母胎内のトラウマなどを受けると、恐怖や戦慄の衝撃が、情動脳(脳幹、大脳辺縁系)を激しくして、脳や身体の神経系が、通常とは違う形で防衛パターンが変質します。

 

身体内部にトラウマを抱えると、同じ姿勢でじっとしている時とか、寝ている間でも、ソワソワ、モヤモヤ、ザワザワなどの得たいの知れない不可解な力(過剰な覚醒、凍りつき、解離させてバラバラにする力、内部で進行している破壊活動)が働くようになります。そして、一瞬それが取り憑くと、身体に違和感や焦燥感が出て、胸が搔き乱されていくために、その場にじっとしていられなくなり、問題解決を図ろうとして、動き回ろうとします。

 

一方、学校の授業中や厳しい親の元にいて、身動きが取れない状況では、その場にじっとしているしかできないので、居ても立っても居られなくなりますが、その動きが封じられてしまうと、固まり閉じ込められるような恐怖が襲います。そして、トラウマが根深くある場合は、喉から気管支にかけて縮こまり、息ができない、心臓が止まりそうになるなど、心身が脅かされます。この破綻恐怖の防衛(私が私で無くなって、絶滅する恐怖、消えてなくなる恐怖、機能停止、崩れ落ち)として、捨て身で反撃してでも、優位に立ちたいとか、支配したいとか、目的を達成したいという病理的な部分を理想化します。そして、理想化された対象にしがみついて、なんでも人はしようとします。

身体の中の細胞レベルで強さを見せつけようとする


発達早期のトラウマを負った方は、恐怖により、身体感覚が麻痺状態に陥り、私は人間であるという体験が欠如させられます。自己感覚が麻痺していくと、自分で自分を満たすことができなくなって、対象を求める質が病的になります。また、私が私でいられる力が弱まると、自他の区別がつきにくく、相手の感情や周囲の気配に良くも悪くも影響を受けやすくなります。

 

そのため、自己愛が強く出ている方は、私が私で無くなるような不安から、対人場面で自分の存在を誇張するようになり、周囲に溶け込み、巧みに操作して、他者に認められようと努力し、不当に相手を利用します。また、彼らは、日常生活において、あたかも正常であるかのように表面上を取り繕いますが、軽いストレス刺激にさえ、脳の扁桃体という部分は、迫りくる緊急事態として察知します。そして、動物的で反射的に危険を察知して、警戒レベルが上がると、ストレスホルモンが副腎から多量に分泌され、体中の細胞は「力を見せつけてやれと…」指令を受けます。

 

ストレスホルモンが常に高い状態にあると、体は硬直していき、自分をどうにかして守ろうとするため、目や顔、首、肩、腕、足は特定の方向に向いて、闘争・逃走反応に移る準備をします。脳はサバイバル状態になっていき、気配や物音、視線、臭い等に過敏傾向が高まり、目の前にあるものが敵か味方か、好きか嫌いかを頭の中で評価します。そして、自分の気分を高めるために、興味のある刺激には接近しますが、嫌悪する刺激に対しては回避するか、戦うか、排除します。また、できる限り、不快なものや予想外のことを無くしたいので、周りに良く思われようと努力し、自分の思い通りにできる空間を作ります。

闘争本能や警戒心が強く、顔つきまで爬虫類に


自己愛の病理を患う者は、トラウマや神経系の問題から、通常の人と比べて、注意の向け方が違い、強い情動反応による感覚過負荷や意識狭窄、視野狭窄の間を行き来しています。また、注意欠陥、集中困難、過集中などの状態が原因となって、自分の状態に気づくことや同時に複数の視点から考えることが難しい状態にあります。

 

彼らは、些細な問題に直面しただけで、身体は硬直し、自制が利かなくなるため、苛立ちやすく、短気になります。そして、神経が外の世界に向けられ、視覚や聴覚、嗅覚などの知覚過敏から、疲れやすく、闘争・逃走モードのスイッチが切り替わるたびに、前頭葉が十分に機能しなくなり、自分や他者の精神状態を十分に読み取って、受け取ることが難しくなります。また、嫌悪する刺激を目の前にすると、闘争や逃走モードのスイッチが入りやすく、一方で、興味がある刺激に対しては、気分が乗っていき、なんでもできそうな気になって、能力の限界の認識を欠き、テンションが高くなります。

 

また、自己愛の強い親のもとで育った子どもは、親の価値観(プライドを持て、強く生きろ、一番になれ)を刷り込まれていくので、自己中心性は高まり、行動が極端になります。このような状態が続いていくと、性格が歪んで、行動傾向も変化していき、理性的な判断を求めても難しくなって、その後の人生に暗い影を残します。

 

ここまでをまとめると、病的な自己愛の方は、両生類や爬虫類といった進化上の祖先たちには有効であった太古的防衛操作の中に全身すっかり汚染されて、他者の気持ちを読み取ることが難しく、無意識のうちに、警戒していて、緊張が強く、顔つきまで爬虫類のようになっていくのかもしれません。

神経の働きから目つきは変わる、早い段階から脅かされると


赤ん坊は、波長を合わせてくれる大人がいると、身体が落ち着くため、愛着システムや社会交流システムが作動して、話し方が穏やかになり、柔らかい表情や目つきになります。その一方で、交感神経系に乗っ取られて、興奮状態から過覚醒システムが駆動すると顔つきは一変して、獲物を狙うような目つきになります。

 

子どもの頃から、様々なトラウマ的な体験に曝された子は、神経組織は捕食する側(闘争して勝利を得る側)と捕食される側(生き延びるために逃走か服従か)ともに双方が有利になるよう形成されていきます。つまり、発達早期に異常な環境にいると、脳や身体の神経システムはその過酷な環境の中で生き抜ける最適な形に作り変えられます。

 

捕食する側は、自己愛性パーソナリティ障害になりますが、損得勘定が最優先される市場主義社会において、劣等感をバネに優位に立って、支配しようとする自己愛性パーソンリティ障害の方は社会的に成功する可能性が高いです。一方で、捕食される側は、虐待やいじめ被害者に多い解離性障害やうつ病、回避性パーソンリティ障害、恐怖症の方々ですが、自己愛過敏型の方は解離傾向があるので、捕食されもするし、捕食する側でもあるのかもしれません。

自己愛性パーソナリティ障害の情動と理性の動き


複合的なトラウマを負うことによって、人間の最も洗練された理性脳を働かすよりも、興味や危険があるかどうかに反応し、過剰に警戒する情動脳や爬虫類脳が支配していくので、目の前にある快に飛びつき、不快なものは避けるようになります。

 

頭のなかでは、敵か味方を瞬時に判断して、得をしたいとか、安全でいたいとか、楽したいとか、動物的本能の赴くまま行動します。そして、快原則や損得勘定が何より優先されて、自分だけの利益を守るために行動します。自分の利益のためになら、身近な人を道具のように不当に利用しますが、罪悪感や自身の加害性に無自覚で、そんな自分は合理的な思考ができていると自己肯定します。

 

脳の方は、危険を察知しやすく、勝手に警戒していき、あらゆる情報に注意が向いていくので、身体の感覚は切り離されて、本当の自分は何をしていいか分からずに、その場その場で反応しているところがあります。こころや身体は空っぽで、自己存在は希薄で、想像性や身体感覚に乏しく、そのような自己の不全感がバレないようするために、自分を良く見せようとします。

 

一方、恥をかいたり批判されたりした時に、感情をコントロールできなくなることを恐れていて、闘争モードに火がつかないようにするため、周りを気を使い、周囲を盛り上げようとするところがあります。そして、生き残りをかけた損得勘定から、理性を働かせて、社会の規範には忠実に従い、規則正しく、スマートに振る舞うことができます。また、過剰に見栄えを気にして、素晴らしい自分を演じることで、他者の反応が良くなって、心を満たすことができます。

 

自己愛性パーソナリティ障害の方は、一方では、世間の目を気にして、環境に順応し、紳士的で、自然な流れに従っていく本来の自分、そして他方では、世間の目を気にせず、環境に順応せず、自然な流れを拒んで、自己中心的で浅ましく誇大妄想を持った自己の部分の両極の間を行き来しています。

 第3節.

自己愛性パーソナリティ障害の成長過程


自己愛性パーソナリティ障害(自己愛性人格障害)がどのようにして形成されていくのか、乳児期から児童期にかけての流れを記述していきます。人間は意識と無意識の適度のバランスを保ちながら、日常生活を営んでいます。また、理性脳(最も進化し洗練された部分)と情動脳(最も原始的な部分)の二つのシステムのバランスが良いと私が私であるという感じをしっかり持てて、この世界を生き生きと実感することが出来ます。

赤ん坊は母親との身体的な関わりを通して成長する


生まれたての赤ん坊は、交感神経系と副交感神経系のなすがままになっており、乳児期は爬虫類脳(脳幹)が取り仕切っていて、身の安全などに努めています。母親の世話(肌を包んで安心させてもらうぬくもり)があると、喜びや安心の感覚が育ち、愛着システムや社会交流システムが活性化して、人間らしく生きるための土台になります。

 

その一方で、赤ん坊の頃から、母親と心響き合う関係性が出来ていないと、落ち着いて心を休める神経の働きが育ちません。こうした自己の不全感を抱えている子は、絶えず次の変化に緊張し、警戒を強めて、焦っており、リラックスするための社会交流システムがうまく働きません。不安や緊張が強くなると、集中力が途切れたり、じっとしていられなかったり、近くにいる者にどう思われいるかどうか細かいところまで気にしたり、ついつい攻撃的になったりして、人間関係に失敗しやすくなります。そして、恥ずかしい思いをしないようにするために、自分を良く見せるように努力したり、周りから悪意を向けられないような完璧な姿でいようとします。

自律神経系や生体機能のリズムの調整がうまくいかない子


例えば、養育者が虐待的であると、子どもは危険や恐怖に怯えて、自己否定、不信、警戒心、焦り、不満、興奮、怒り、攻撃性、麻痺、孤独、依存心、無力さなど様々な気持ちを同時に持つようになります。子どもは安心させて落ち着かせてくれる母親対象が欠如すると、私は人間であるという体験が希薄になり、こころの育ちが悪くなって、感情や自己調整機能に障害が出ることがあります。そして、幼少期の頃から、自律神経系の調整不全や生体機能のリズムに異常がある子は、大衆の前で予期せぬ出来事が起きると、身体の中の生理状態が変動して、自分が変に思われていないかを気にしたり、恥をかくことを恐れたりします。

 

病的な自己愛が強い方ほど、恥をかかされるか批判されたときに、身体の生理反応や感情を処理できず、過剰に覚醒させられてしまって、自己愛憤怒になるか、手が震えるか、体が固まるか、パニックになるか、赤面してその場にいられなくなります。また、自律神経系や生体機能のリズムの乱れは、体調不良に直結するため、子どもは予測不能な出来事を避けようとしたり、死への不安に取り憑かれたりします。緊張状態が続くと、身体感覚が麻痺していくのと、恐怖や怒り、悲しみなどの感情は自分の行動の邪魔になるため、切り離していきますが、そのうち、いまここに存在しているという感覚が弱くなって、人間らしさを病的に求めていくことがあります。

いつ豹変するか分からない親と子どもの関係


子どもは怒ると怖い養育者をなだめようとして、本来の感覚や感情を最大限に抑制し、一生懸命に振る舞い、小さい子どもなりに理性脳をフルに使って、養育者のご機嫌を取りながら、行動の順序を考え、誉めてもらおうと努力します。養育者の虐待やDVが続くと、いつくるか分からない暴力に対して、どうしたら暴力を振るわれないか考えて、行動します。

 

子どもは愛着を持ちつつも、自分を悪い子だとを責めたり、他者の顔色や気持ちに過敏に反応するようになって、身体に落ち着きが無くなります。脳の扁桃体は、親の表情の変化に対して、危険であると素早く察知するようになり、ストレスホルモンの高まりと交感神経系の働きが優位に発達します。そして、ほんの些細な刺激にも強いストレスになって、情動や身体が闘争・逃走・凍りつきモードに染まっていき、それと同時に、体調不良(呼吸が浅く早く、動悸の激しさ、感情のコントロールの難しさ、倦怠感、身体疼痛、腹痛、便秘など)が出ます。

万能的自己像を保つために自己の不全感を克服しようとする


子どもは、自身の生理的反応への対処法を探り、コミュニケーション能力を鍛えたり、リーダーシップを取ることで自分の思い通りに支配していこうとしたり、、自分に厳しく他者に厳しくすることで完璧な状態を作ろうとしたり、不要な感覚や感情を切り離していったり、自分は価値があるという空想の世界に退却したりして、万能的自己像を保つことで、自己の不全感を克服します。別の言い方では、トラウマにまみれた身体の不快感を切り離して、頭の中では自分がどう思われているか気にするようになり、他者に良く思われるように振る舞い、目的を達成するために行動し、周りの人に良く思われているという誇大妄想に耽ります。

 

その一方、現実は、ひどい親へのやり切れない思いとか、理解してくれないどうしようもない親への怒りとか、親の身勝手な行動に振り回されてしんどくなります。さらに、親が一貫して愛情を与えず、傷つけてくる場合には、親からの愛情を諦めて、一人で生きていくために強くなろうとします。また、親に依存させてもらえず、絶望の気分のなかにいれば、自分の内的世界に引きこもり、誇大化させた自己イメージを使って支えます。そして、社会的地位やお金、外見、頭の良さなど、もっと素晴らしい完璧な姿を目指して、完全性、美的性などの追及や理想化が病的にまで進むと、対象を求める質も異質になります。

 第4節.

自己愛性パーソナリティ障害の小児期


厳しい家庭環境にいる子どもは、幼稚園や保育園、小学校に通い始めると、幾分か自由になりますが、より複雑な集団場面での適応を求められます。養育者のネグレクトや不在、虐待を受けた子どもは、家ではおとなしく良い子でいますが、学校社会では交感神経系のなすがままになっている乱暴なタイプと、なるべく目立たないようにしておとなしくしているタイプに分かれます。

 

自己愛が強い子どもは、身体内部の不快な感覚や感情を外に吐き出して、快感を求めていくために、抑圧されていたものが溢れ出すかのように感情的になり、警戒心から正義を振りかざしたり、臆病さから仲間を裏切ったり、行動が活発で荒くれ者のレッテルを貼られたりすることがあります。また、周りの子どもよりも動物的で反射的な行動を取りやすく、注意散漫になったり、過集中になったり、不作法に振る舞ったりするなど、学校集団で浮いた存在になり、不適応になることがあります。

大人に理解されずに反発する力が育つ


このようにトラウマがあり、自己調整の難しい子どもには、学校という社会の枠のなかに収めようとしたり、価値観をがっちり固めるような教育の場では耐えられないことが多く出てきます。そして、先生に理解されることなく、うまく立ち回ることができない子は、自分だけが理不尽に怒られ、集団のなかでは吊し上げにあって、公開処刑に遭い、恥や敗北、無力感に打ちのめされて再トラウマ化します。

 

トラウマが複雑化することで、体の方が限界になり、皆と同じ動作をさせられるとか、規則やルールに縛られて、じっとしていることが苦手になります。自分の意志に反して、じっとさせられて、無意味な行動を強いられることが、身動きが取れなかった過去のトラウマと重なって、反発する力や自然に逆らう力が育ちます。心の内側では、逆恨みや被害妄想、怒りが大きくなっていき、自分は正しく、相手が間違っていると認識していくようになります。

トラウマの影響に曝された子が学校でどう生き残るか


様々なトラウマを負っている子どもでも、腹側迷走神経が優位なときは、落ち着きリラックスしていられます。しかし、交感神経が優位になり、過覚醒から思考過多や過活動になると、全身に力が入り、身体を動かしたくなって、興味があることに対しては、とことんまで打ち込みます。

 

その一方、危険があるかどうかを入念に調べるようになり、細かいところまで気にするために、周りの子どもとの食い違いが増えていきます。また、嫌悪させる相手に対しては、許せないというスイッチが入ってしまって、今までの恨みつらみから、ひつこく付き纏い、復讐しようとします。

 

このようにトラウマによる自律神経系や覚醒度の調整不全が起きると、正常な状態と興奮した状態(過剰な思考や行動)の切り替わりが起こりやすくなります。そして、身体症状として表現したり、攻撃的になったり、衝動的な行動を取ったりして、悪い面ばかりが目立ち、恥をかく、誤解を招く、不当な罪を着せられるなどの失敗体験が増えます。

 

ただし、年齢を重ねるごとに、自分の恥ずかしいところに気づいて、それをバレないようにするために、周りの目が気になって、良い子を演じるようになります。また、過緊張で怯えたり怖がったり、イライラしてばかりでは、学校のクラスメイトとうまくやれないので、生き残る術として、自分のいらない感覚や感情を切り捨てて、自分を強く見せたり、明るく振る舞ったりして、他者に良く思われることが自分の快感となっていきます。さらに、自分は大したことなく、価値のない人間で、恥ずかしい存在だと思うと、胸の中が搔き乱されてしまうため、人から賞賛されることが、自分の価値が高まる手段となり、学校集団の輪の中心に入ろうとします。

力の無さを嘆き、ただただ強くなろうとする


親の不在やネグレクト等を受けた子どもは、幸せな思い出を語るだけの経験がないので、無意識のうちに、自分を誇張させた作り話をしたりします。同じクラスの子どもとの会話は、自分では変えようのない不幸や絶望を思い出す言葉が散らばっているので、自分は生まれつき劣っているんだと思い込み、元気を無くしていきます。

 

その一方で、落ち込んでいるときは、自分を誘惑してくる悪魔が囁き、欲求を満たそうとか、気分を晴らすことに対して、ドーパミンの神経物質が異常に刺激されます。家庭と学校の二重苦になりながらも、なんとか必死に生きているので、楽に生きている奴らや普通の暮らしをしている人を憎く思います。また、つまらなくて満たされない思いとか、やり切れない思いを分かってくれない怒りとか、自分なんて何をやってもダメだとか、無力さ、孤独、被害者意識、警戒心が高まります。

 

小学校の生活が辛くて、自分の力の無さを嘆き、ただただ強くなりたいと子どもながらに努力していき、コミュニケーション能力を身につけて、盛り上げ役をして、皆の輪の中の中心になりたいとか、一番に目立ちたいとか、人の上に立とうとして、周りから賞賛されたいと頑張ります。そして、自分がリーダーになり、思い通りにやっていたら気持ちが楽で、やりたいようにやっているときが一番輝いていると感じます。

 

このように自己愛的な子どもは、周りの評価に敏感なため、他者と比べて、自分の方が優位に立っているときに幸せを噛みしめて、気持ちが落ち着きます。逆に、優位に立てない自分を受け入れらず、いたたまれない気持ちになり、その場にいられません。頑張っていても。自分の思い通りにいかなくなると、不快さが強くなるため、苛立ち、無表情、不機嫌、投げやりな態度を取って、精神的ストレスが溜まります。

自己愛傾向が強い子どもの傾向


学力が高いタイプや運動神経が良いタイプの子どもは、学校で教師からの信望が厚くなり、心と身体を最高の状態にしたまま、自分の主張を一方的に押し切る尊大な自己愛を持つようになります。一方、知的に弱く、空気が読めない自己愛的な子どもは、周りの大人から見ると、身勝手で気分屋で自己中心的な行動を取っているようにしか見えないので、なかなか評価されません。

 

典型的な自己愛性パーソナリティ障害と診断されるような方は、子どもの頃から、闘争本能が剥き出しで、視野が狭くて、サッカーなどの集団競技では、誰にもパスを回さず、自分一人でゴールを決めようとするような自己中心性を発揮します。そのため、普段の頑張りが親や先生から評価されなくて、ガラガラと崩れ落ちるような絶望のなかにいると、現実よりも空想の中で、自分をを守るようになり、自分は何でもできるんだとか、凄いんだと思い込むようになります。そして、周りから認められたいと何かを欲すれば欲するほど、ストレスになって、更なる欲求が生じてくるので、対象を求める質も病的になります。

 

強いストレスに曝される環境では、人はそのストレスを発散しようとするので、今までの不平、不満、恨み、自己存在の虚しさを晴らすようになり、自分より立場の弱いものに向くようになります。また、幼い頃からの不幸な人生を回避しようとして、先手を打って安全な環境を作ろうとします。気に入らない相手や、身近にいる相手には、ひつこく粘着し攻撃して、無意識のうちに自分が有利になる構造を作り出します。

 

自己愛的な子どもから、ターゲットにされた子どもは、憎悪を向けられ、しつこく付き纏われながら、暴言や暴力を振るわれたり、いじめられたりして、とことんまで追いつめられていきます。そして、被害を受けるたびに、人が怖くなり、無表情になっていって、視線恐怖、関係妄想、被害妄想、うつ病、解離などの症状を呈して、生きる屍のようになることがあります。

 第5節.

自己愛性パーソナリティ障害の思春期以降


中学生以降になると、自分のことが客観的に見れるようになり、児童期の怖がりで泣き虫な部分や衝動的な部分は不利に働くと考え、抑制できるようになります。病的な自己愛が強い方ほど、自意識が過剰で警戒心も高くて、近くにいる者の視線や反応を気にします。そして、学校のいけているグループに入れるか、入れないかで運命は変わってきます。上位のグループに入れない子どもは、現実との関わりを避けて、自分で決断や実行をしなくなり、自分ひとりの誇大な妄想に耽るようになります。このようなタイプの方は、回避型や解離型の自己愛性パーソナリティ障害になるかもしれません。

 

その一方で、いけているグループに入れる子どもは、自分は優れていると思うようになり、誰よりも目立ちたいとか、自分の思い通りにできると傲慢になって、自分の主張を振りかざし、強圧的な態度で周りをコントロールしていきます。人前で注目を浴びたり、褒められたりすることが快楽や心地良さに変わります。そして、その快感を何度も得ようとして、他者に良く見られるために完璧な役柄を演じていきます。そのうち、一目置かれている自分のことを凄いと思い込むようになり、他者に良く見せている自分でいられることが好きになります。

 

本当の自分は臆病で、怖がりで、傷つきやすくいのですが、そういった恥ずかしい部分がまるでないかのように無視され、強いところを見せていくようになります。小さい頃の恥をかかされてきた子どもの部分の感覚を切り離し、他者と比べて自分の方が素晴らしいと思うようになります。そして、自分でいられる感覚の希薄さや劣等性を、他者から承認されることで埋め合わせをします。このようなタイプの方は、一般的な自己愛性パーソナリティ障害になります。

 第6節.

自己愛性パーソナリティ障害が形成されるまでまとめ


こうした偏った行動様式が形成されると自己愛性パーソナリティ障害になります。過激な言い方をすると、自己愛性パーソナリティ障害の方は、私は人間であるという人間化が十分になされておらず、感情は鈍磨し、自己感覚も希薄で、その場その場の反応だけで生きています。他方、野獣のように本能を剥き出しにして、こうなりたいという目先の利益を追求します。また、感覚は鋭敏で、嫌悪するのもや雑音に耐えられず、自分の置かれた状況や周りの雰囲気、他者の気持ちに過敏なところがあります。身体内部から不快さが出ると、すぐに問題解決しようとするか、怒りとして吐き出すか、心の中の誇大妄想に耽り、心地よい状態を得ようとします。嫌悪するものをシャットダウンしていくようになると、悲しみを悲しいと感じにくく、罪悪感も消えて、自己存在が希薄になります。

 

自分らしさを取り戻して、穏やかに安定した状態を維持するには、他者の賞賛を必要としており、周りの視線や反応を気にして、身のこなしがスマートで外見的な魅力があります。また、外見的な魅力とコミュニケーション能力の高さから、人を惹きつけることができますが、どさくさに紛れて、自分が有利になる構造を作り出します。そして、すごい自分のことを愛しており、そんな自分を賞賛してくれる者を好きになりますが、相手の内面まで理解しようとしたり、人を愛そうとする利他性は育っていません。

 

自己愛的な子どものは、副交感神経が優位になると、自分が周りにどう見られているか気にして、環境に順応していく良い子でいられます。しかし、交感神経系が活発になると、安全かどうかが気になり、自分と他者を比較して勝ち負けにこだわって、人を見下し、周りの気持ちを無視して、自己中心的、操作的、不寛容な行動をとります。また、家庭や学校生活が厳しく、幼い頃からストレスホルモンが絶えず高い状態にあると、環境に順応せずに、反発する力が育っていき、抑制的で良い子どもの部分は無力化されます。そして、自分には実現できないことなど何もないといった尊大で全能感を持った子どもの部分が日常生活の代わりを担います。

 

自己愛性パーソナリティ障害者は、人によって両極(世間の目を気にして、環境に適応し、抑制的で麻痺しやすい無力な部分と、環境に適応するよりも、賞賛されることを求めて、傲慢な行動を取る誇大化された部分)の振れ幅は違いますが、この二重の状態を行ったり来たりして、相手や場面によって極端な動きを見せるのが特徴です。この自己調整不全ゆえに、自己中心的な見方をするようになり、自分が楽しいかどうか、自分に価値があるかどうかが判断の基準になります。そして、穏やかさを願うこともあれば、他者のことなんてお構いなしに力を求めて、理想や幻想の世界のなかで生きています。

 

トラウマケア専門こころのえ相談室

更新:2020-06-22

論考 井上陽平

 

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