生きる屍と慢性疲労症候群

▶生きる屍と慢性疲労症候群

 

子どもは、虐待する親との暮らしや機能不全家庭のなかで育つと、外傷体験が反復的に再演されて、トラウマが複雑化します。複雑なトラウマを負った人は、学校や職場などの巨大なシステムのなかで、強制をしいられると、ガチコチに身体が固まり、身動きが取れなくなります。絶望や無力な状態が続いて、エネルギーが尽きてしまうと、動くのが大変になり、寝たきり状態で、身体を起こすのもしんどくなります。それでも、ごまかして身体を動かしますが、自分が生きているという感覚が無くなり、生きながらに死んだような感覚になります。

 

▶過剰な覚醒から凍りつき

 

子どもの頃から、家庭や学校から逃げたくても、逃げれず、張りにつけにされて、その場に留まり続けるしかありませんでした。虐待などの加害者と生活していると、激しい怒りや復讐心などの過剰な覚醒状態になり、感覚が過敏になります。ただ、過酷な環境のなかで、理不尽な目に遭わされながらも、身体の内から沸き起こる攻撃性や本能的欲求を向けることなく、抑制しようとする力が強いと、身体がガチコチに凍りつきます。凍りつきとは、身体の中にトラウマという莫大なエネルギーが滞った状態のことで、神経が痛み、訳もなく涙が出て、身体が麻痺して、無感覚になります。

 

▶凍りつきから生きる屍

 

激しい怒りなどの莫大なエネルギーを抑え続けていくうちに、喉がつまり、胸が痛み、息が吸いこめず、息苦しくなり、叫ぶこともできなくて、感覚や感情が鈍麻していきます。過酷な日々で身も心も擦り減らし、エネルギーが尽きると、生き生きとした世界が枯渇していって、人を虚脱状態にします。虚脱状態になると、身体の中から枯れていくような、周囲への関心が薄れて、ぼーっと1点だけを見つめています。自分が人なのかどうなのかも分からず、手足の力が抜け落ちてしまって、体は鉛のように重くなり、ただの物体に成り下がり、慢性的に死んだように生きていくことになります。生きる屍になると、身体が動かなくなり、イメージもできなくなり、夜は眠りにくく、ストレスから疲労が溜まり、重い鬱や慢性疲労症候群のような状態に陥ります。慢性疲労症候群は、人間本来の機能が制限されているため、手足に力が入りづらく、体は怠くて重くて、崩れ落ちていて、刺激に反応しなくなります。

 

▶生きながら死んだように生きている人

 

生きながら死んだように生きている人は、普段から、息を潜めて、目立たないように生きており、なるべく人と関わらないようにしています。外では、人の顔色を伺って、とても疲れやすく、しんどくて、休みの日は動けなくなります。希死念慮にとらわれていて、腕、頭、手、足が切り落とされて、バラバラなイメージがあったりします。また、外の刺激への反応が乏しく、自己感覚は弱くて、筋肉や内臓などの感覚が分からなくなっています。自分の身体が作り物のように見えて、置物や陶器のようなものに感じたり、手には手袋をつけているように感じたり、足にはブーツを履いているように感じたり、別人の手足がくっついているように感じて、気持ち悪かったりします。

 

生活全般のストレスから、身体に炎症が生じて、胃腸の調子が悪くて、精神的にも肉体的にも疲れています。身体は怠くて動くのが大変だったり、身体の中は穴が空いて、虫に食われているように感じたりと奇妙な感覚を抱いていることがあります。身体は鉛のように重く、怠いので、その身体を切り離して、頭の中で生活しています。動かない身体を頭で命令して、ごまして身体を動かします。生活全般がしんどくなると、頭の中も空っぽにして、何も思わないまま生きています。頭が働くなると、何も考えなくなり、頭のほうを働かせると、体はボヤッとして、気持ちは追いついてこなくなり、現実感が無くなります。

 

身体の中には、怒りと怯えといった相反する感情を持っているかもしれません。怒りの部分は、人間の身勝手さを受け入れられず、激しい感情になることがあり、自分の感情のコントロールが難しかったりします。この怒りの部分は、人を殺す計画を綿密に練っていたり、この世界を恨んでいたりします。一方、怯えている部分は、鬱状態で、死にたいという願望を持っていたりします。

 

▶HOME ▶電話カウンセリング ▶お問い合わせ